第314話 どうしてそうなった
兵士さんの一人に連れられて王宮内を案内してもらう。
王宮内は表面上は教会のような外見だったが、内部は特殊でむしろ本拠地は地下にあると言っても良かった。内部の特定の場所から地下に通じるための道を開く仕掛けがあり、そこで降りていくと空間が広がっている。
僕達が最初に来た地下闘技場の施設もその一つだ。
この場所はかつては捕らえた魔物を人間の奴隷を戦わせて賭け事をさせたり非人道的なことをしていたようだ。
しかし、それは今から100年以上昔の話。現在は、王都で稀に行われる闘技大会に使われたり、演説の際に使われているらしい。
この話を聞いてギョッとしたが、とうの昔の話だと聞いて胸を撫で下ろした。それ以外の施設としては、王宮内部で働く労働者たちの居住区、王族や貴族が暮らす居住スペース、謁見室などの重要な部屋がある。
訓練場もあり、そこでは騎士団の人たちが日々鍛錬を積んでいるそうだ。
どうしてこのような構造になってるのか、案内の兵士さんに聞いてみたのだけど……。
「さぁ? なんででしょうね」と、首を傾げていた。
昔からこうなっているらしく、誰も理由を知らないみたいだった。
色々と説明を受けながら歩いているうちに、玉座の間に到着した。
◆
玉座の間に到着すると既にグラン陛下。
それに仲間の皆が既に集まっていた。
「レイくん、おかえりー」
「ただいまー……じゃない、姉さん達。なんで僕より先に着いてるのさ」
姉さんのあまりの普通っぷりに、ついいつもの反応で返してしまう。ここは玉座、つまり陛下がいるところだ。なのにまるで自分の家のような対応にペースを崩してしまった。
「私達も、レイくんと別れた後で王宮の内部に入る許可が出たのよ。それでレイくんが来るのを待ってたわけ」
姉さんの言葉に、周りの皆は無言で頷く。
流石に姉さん以外の人間はあまり軽口を叩かないようだ。
当然か、目の前にはグラン陛下がいるのだから。
「な、なるほど」
僕は少し気まずい気分で答えた。
というか、何故姉さんはここまで普通でいられるのだろうか。
僕の様子を見て、グラン陛下は笑顔で言った。
「ははははは、素敵なお姉さんじゃないか。大体の人間は私の子供の姿を見て油断するか、それとも『陛下』という立場を知って恐縮するような人間ばかりだったが、彼女はどちらでもなかったぞ。
いきなり『私は女神です』だからな! 腹を抱えてつい笑ってしまった!」
グラン陛下は愉快そうに笑う。
「え、姉さん……言ったの?」
「えへ、つい」
「……まぁ、仕方ないか」
グラン陛下は気分を害したわけでは無いようなので良しとする。
多分冗談と受け取ったのだろう。
「さて、皆が集まったところで場所を移そう。
隣に私の私室があるからそちらで話そうじゃないか」
グラン陛下の思いの外フレンドリーな態度を見て、僕達は驚く。
「あの、陛下……」
すると一人の兵士が前に出て陛下に首を垂れ、陛下に質問をした。
「ん、どうした?」
「はい、その……隣の部屋に移動するというのは賛成なのですが、
この国の最高権力者が玉座にいなくなるのはどうかと思うのですが」
「部屋には映像魔法や音声魔法などが一切効かない結界が張ってある。
彼との話は誰に聞かれても困る。それでも私がここにいなくてはいけないか?」
兵士はグラン陛下の言葉を聞き、
もう一度頭を深く下げてから後ろへと下がった。
「では、移動しよう」
僕達はグラン陛下について行きながら、玉座の脇にある扉を潜った。
グラン陛下に案内された私室の中はかなり広く、大きなテーブルと椅子がいくつか置いてあった。部屋の内装はシンプルだが、よく見ると高価な調度品が置かれていた。
「適当に座ってくれ。飲み物は紅茶で良いかな? 毒などは入っていないから安心してくれ」
「ありがとうございます」
僕は素直に感謝を述べる。
流石に最高権力者とこうやって向き合って話すのは緊張する。しかし、陛下の外見は見た目は幼い少年と変わらないため、その点では威圧感を感じられないのは助かった。
外見の割に、言動も行動も大人びてるのは気になるけど……。
「さて……」
グラン陛下は、扉を閉めてから扉に手を当ててその場に留まり、それから数秒後に扉から離れた。
一体何をしてるのだろう?と思ったけど、今は緊張でそれどころでは無かったので疑問を口にすることは無かった。
それからグラン陛下は紅茶とお菓子をテーブルに並べ、グラン陛下が席に座ったところで僕達も着席する。
「では、改めて自己紹介をさせてもらおう。
私はグラン・ウェルナード・ファストゲート。
……こんな姿ではあるが、一応国王という事になるな」
『こんな姿』とは自身がかなり幼い姿をしていることを言っているのだろう。
「えっと……僕はレイです。正確な名前は……」
「おっと、それは言わなくていい。君の情報は伝わっている。
サクライ・レイ……だったか?」
「あ、はい。合ってます」
「カレン君から聞いてるよ。異世界から召喚された勇者だと」
「え、カレンさんから?」
僕は驚いてカレンさんの方を見る。
「えっと……ごめんなさいね。
私が知っている情報は陛下に全て報告する義務があって……」
カレンさんは申し訳なさそうに僕に謝罪した。
「彼女を責めないでほしい。彼女も私の指示に従っただけなのだ」
グラン陛下がフォローを入れる。
「……いえ、別に大丈夫ですよ」
正確には、異世界に召喚された時は勇者でもなんでもなかったのだけど。
「さて、それじゃあ本題に入ろうか。
君を彼女に捜索を頼んでいた理由だ。率直に言おう。
サクライ・レイくん。君を王宮に迎え入れたい。いずれ来るだろう魔王軍との戦いに勇者としての君の力は必要不可欠な存在となる」
グラン陛下は真剣な眼差しで僕を見つめ、そう言った。
「……」
こう来るだろうと予想はしてた。
カレンさんにも同じようなことは既に言われている。僕はすぐに了承をするつもりでいた。だけど、こうしていざ言葉にされると、少し考えてしまうのが人間の性というものだろうか。
「……レイ」
エミリアが不安げに僕に呼び掛ける。
「レイ様……」
レベッカが、心配そうに僕に視線を向ける。
二人の表情から察するに、僕に迷いがあるように見えたのだろう。
「…………」
僕は二人を安心させるように微笑みかけ、グラン陛下に返答した。
「仰せのままに、陛下。勇者の力と言われて今でも自覚は出来ていませんが、協力させて頂きます」
一瞬、断ろうかと思ったけど、口にすると僕は素直に返事を返していた。
そして僕の返答を待っていた。グラン陛下は、一瞬目を伏せてから、息を吐いて言った。
「―――そうか、助かる。
もしかしたら断られるかもしれない、と思っていたからな」
グラン陛下はさっきに比べると、汗を掻いていた。
今のグラン陛下の言葉は僕の想像以上に重かったのかもしれない。
結局、僕は戦う道を選んだ。
普通にこの世界で第二の人生を謳歌する選択肢もあったのかもしれない。
戦わずに済むならそれが一番良いと思っている。
今でもそれは変わらない。だけど、自分の意思で決めた。
「……いいの、レイくん?」
隣で姉さんが僕の手を握って静かに問われる。
僕は誰にも気付かずに手を握り返して頷く。
「……うん」
僕も女神だった姉さんも平穏な生活を望んでいる。
それは今も変わらないけど、役割が出来てしまった以上何もしないわけにはいかない。僕達の様子をじっと見ていたカレンさんは、僕の返事を見て深くため息をついていた。
◆
「それで、具体的に僕達は何をすればいいんですか?」
グラン陛下の提案を受け入れた僕達は、具体的な話をすることにした。
「そうだな……。まずは、現状の君達の能力を確認しておきたい。
先程アルフォンス君と戦ってもらった理由は、勇者である君の力を測るためだったのだが、どうやら全く本気で戦ってくれなかったようだし……」
グラン陛下は意味深に笑って言った。
「(いや、結構本気だったんだけど……)」
勇者という事で、何か特別な力を期待されてるのだろうか。
ウィンドさんの話では、僕はもう覚醒段階に入ってるらしいから今までよりも能力が格段に上がり始めてるのは自覚してる。それでも、あくまで今まで出来たことの拡張が限界だ。
純粋に身体能力が上がり、マナの量も増幅されてきてるけど、それ以上何か変わったかというと思い当たらない。
雷龍であるカエデと契約したことや、聖剣を所持してることは僕自身の力とは別の話だし、特別何かの力に目覚めたというわけでは無い。
「お言葉ですが、陛下。僕は本気で戦ったつもりです」
「謙遜しないでくれたまえ。
サクラ君……彼女も似たような事を言っていたが、君からも微塵も本気が感じられなかったよ。アルフォンスくんはあっけなくやられてしまったが、彼も元は王都で行われた闘技大会の優勝者でね。その腕を見込んで私が彼を雇ったんだ。
そんな彼をあれほど容易く倒せるとなれば君の実力の底が知れないよ」
「あ、あはは……」
こうやって過大評価が生まれていくのだろうか。
彼と戦った時は、全力とまではいかなかったけど本気で戦っている。
短期決戦で勝負を決めたのが、陛下から見て実力の差だと捉えたのだろうか。実際のところ、消耗戦になるとこちらが不利だから早々に勝負を決めにいっただけなのだけど……。
そんな僕の心中を他所に、グラン陛下は続けて言う。
「そこで、まずは私から一つ提案があるのだ。さっき少し話で出したが、闘技大会の話が出ただろう」
「闘技大会?」
アルフォンスさんが優勝者だったという話かな?
「実は毎年、国を上げての武の祭典を催しているんだ。
我が国の強さを示すと同時に、他国や知性ある魔物への牽制の意味を込めている。
今年も例年通り開催する予定だったのだが……」
グラン陛下がそこまで話すと、今度は僕を見ながら話し始めた。
「丁度いい機会だ。レイ君、君に闘技大会参加する権利を与えよう。
もしよければ、お仲間も一緒に如何かな?」
「えっ!?」
と、闘技大会……って、
あの戦士たちがステージで一騎打ちで戦って優勝を競う大会!?
それを僕が出るって事!?
「闘技大会、ですか。面白そうではありますけど」
「ふむ……」
エミリアとレベッカは興味ありそうな顔をしている。
「わ、私はやめとこうかな……勝てる気しないし」
元女神様の姉さんが一番自信無さそうなのはどうかと思うんだけど、僕も同じ気持ちだったりする。
「不服かい? 勇者であることは勿論伏せさせてもらうが……。
今の君の実力を測るにはいい機会だと思うよ。王都にはアルフォンス君以外にも腕利きの冒険者や兵士が沢山いる。なに、お祭りのような物さ。肩の力を抜いて気軽に戦ってくるといい。怪我をしても、王宮は魔法を利用した医療設備も整っている。即死以外であればすぐに治してあげられるよ」
グラン陛下は愉快そうに笑いながら言った。
「いや、でも……」
正直、自信がない。僕は今まで喧嘩すらまともにしたことがない。
冒険者として経験を積んだとはいえ、対人戦は経験が殆ど無いし、それにもし他の人に負けてしまったら周りを呆れさせることになるんじゃ……。
「よし、そうとなればこちら手配させてもらおう。
闘技大会の開催は三日後だ。君と君の仲間達を参加者として登録しておこう。他にも色々話はあるが堅苦しい話は後にして、まずは楽しもうじゃないか」
「いや、あの」
「ふふふ、こういうお祭りは楽しまないといけない。拒否権はない物とさせてもらおう」
「そ、そんなぁ……」
こうして、僕達は拒否する権利を奪われた状態で強引に闘技大会に参加する羽目になった。
こんなことならゼロタウンから離れなきゃよかったよ……。
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