第334話 後悔した男

 その後、ボク達は戦いを優勢に進めていった。

 去年のベスト8のガダン率いる緑組と、ベスト4のネルソン率いる白組を撃退したことで、ボク達青組に下手に手を出そうとするチームがいなくなったからだ。


 しかし、ボク達以外にも活躍しているチームが複数あった。


「あの紫組のチームのとんがり帽子の女、すげぇな」


「まさか魔法であんな大立ち回りを演じるとは……」


「しかも、その魔法の威力が半端じゃない。あれほどの広範囲の炎魔法を連発しておいて魔力が枯渇する気配が全然感じられねぇ」


「紫組と相対したメンバーはどのチームもあっさり全滅だ。圧倒的にも程がある」


 彼らが噂しているのは、よりにもよってエミリアのチームだった。

 彼女は紫組のリーダーとして、最初の方は戦況を見守っていたようだったのだけど、戦いが各地で始まってからは圧倒的だった。


 その勢いたるや、彼女のチームはほぼ彼女のワンマンチームと化しており、この予選でも飛び抜けて撃破数が多い。


「(エミリア……流石に調子に乗り過ぎだって……)」


 ボクは内心で苦笑しながら、彼女を見守る。

 予選であそこまで大暴れすると他の参加者に恨みを買ってしまいそう。


「アルフォンス、お前ならあのとんがり帽子の女に勝てそうか?」


「ふっ……その質問は無意味だな」

 アルフォンスさんは誇らしげに言った。


「おお、流石、前年の優勝者だな。あれほどの相手にも強気か」

 仲間はアルフォンスさんの態度を見て感心する。


「いや、俺は女には手を出さないから無意味って意味だが」

「………」

 彼の言葉に、男たちは真顔になる。


「……お前、ほんとそういうところだぞ」


 団長さんの女好き&女に弱いのは、冒険者の間でも有名なようだ。


「それに、いくら強くてもあの年頃の女の子に本気でぶつかるわけにはいかないだろう?」

「まぁ……確かにな。リーダーと同じくらいの歳頃だろうし」

「……うちの娘と同じくらいなんだよなぁ」


 団長さんの言葉に何人かが同意する。

 さっきのネルソンと比べると、この人達は良い人だ。

 

「まあ、アルフォンスが負けるとは思わないが、一応気を付けろよ」

「分かってるさ」

 そうして、団長さんは余裕そうな表情を浮かべる。調子のいい人だ。


「だがよ、厄介そうなのはあのとんがり帽子だけじゃなさそうだぜ」


 そう言いながら、一人の仲間が別の方向を指差す。


 そこには―――


「―――はぁぁぁぁぁぁ!!!」


 一人の銀髪の少女が単騎でコロシアムを駆け回る。

 彼女は体格に不釣り合いな大きな槍をまるで手足のように扱い、重さをもろともしない速度で敵陣に突っ込んでいく。


 進路上にいる敵は彼女に一突きされるだけで戦闘不能になる。

 その姿を見たボクは、思わず声を上げる。


「れ、レベッカ!?」

 そこにいたのは、紛れもなくボク達の仲間のレベッカだった。

 彼女はリーダーではないようだが、金色の旗を頭に浮かべていた。


「あの槍使い……やべぇな。槍の一撃もすげぇが、あの速度……」


「ああ、俺が相手してもまず勝てる気がしねぇ」


「……それに、あの槍使いのチーム見ろよ」


 更に別の仲間が指を指す。そこには、レベッカの後を追いながらチームで周囲の敵を撃退している金色の旗のチームがあった。


「どうやら、さっきのと違って総合力が高いチームみたいだぜ」

「それに、金組のリーダー……。

 積極的に戦闘には参加しねぇみたいだが、防御魔法と回復魔法で仲間をサポートしてるみてえだな。あの槍使いといいリーダーといい、隙がねぇな」


 仲間たちは素直に敵チームの実力を認める。ちなみに金組のリーダーは姉さんだった。どうやらレベッカと姉さんは同じチームに組み込まれたようだ。


「(ほっ……良かった……)」

 ボクは内心で胸を撫で下ろす。今の姉さんは単騎で戦えるほど強くない。ある意味、この予選は姉さんの力を活かせる采配だったとも言える。


 しかし、ボクが安堵していると、仲間に声を掛けられる。


「―――ん? お、おい、リーダー。やべえぞ」


「え、なんです?」


「さっきの槍使い……。

 こっちのチーム目掛けてものすごい勢いで迫ってきてんぞ」


「え!?」

 ボクは目を凝らして、前方を見る。そこには、砂煙を上げながらこちらに槍を向けて迫ってくるレベッカの姿があった。


「(もしかして、ボクがリーダーな事に気付いてない!?)」

 ボクは頭を切り替えて、いつでも飛び出せるように準備をする。


「おい、アルフォンス。あの銀髪の槍使い止められるか!?」


「……お、女だから……子供だし……」


「誰もお前の守備範囲の話なんてしてねぇよ!?」


「いや、正直……あの速度は……俺一人ならともかく……」

 団長さんは汗を垂らしながら言った。

 流石に、レベッカ相手だと彼はあらゆる意味で相性が悪いらしい。


「(……これは仕方ないかな)」


 レベッカは身内だ。

 まだ予選だというのに家族同士で潰し合いをしたくない。


 だから、一撃だけ。

 彼女の一撃をボクが受け止めて、その後に引いてもらおう。


 そして、レベッカの姿が搔き消える。


「き、消えた!?」

「いや、違う……来るぞっ!!!」


 アルフォンスさんは前に出て大剣を構える。

 しかし、団長の対応は少々遅すぎた。このままでは、多分――


「(レベッカは……見えたっ!!)」

 ボクは、レベッカの僅かな残像を目と気配で追う。

 そこから彼女が攻撃を仕掛けてくる位置を割り出す。



 そして、初速の技能を使用して、一気に加速する!!


「―――ハァッ!!」

「――――っ!!!」


 次の瞬間、コロシアムの地面が吹き飛ぶような衝撃音が鳴り響く。


「なっ……!?」

「嘘だろ……」


 ボクの仲間達は、目の前の光景を見て驚愕の声を上げた。


「う……ぐぅ……」


 アルフォンさんの少し手前、

 彼の大剣が僅かに届かない位置からレベッカは仕掛けてきた。


 しかし―――


「お、お嬢さん……!!」


 アルフォンスさんが驚いたような声を上げる。

 ボクは、団長さんに放たれた槍の一撃を、剣で受け止めていた。


 レベッカは自身の攻撃が防がれたことを察し、素早く一歩下がる。


「わたくしの攻撃を容易く受け止める猛者がおられるとは……!!

 って、れ、レイ様っ!?」


 攻撃を凌がれたレベッカは相手を称賛するとともに、

 その相手がボクだったことにようやく気付く。


「危なかった……。レベッカ、悪いけど引いてもらえないかな」


「も、申し訳ありません。まさかレイ様のチームだとはつゆとも知らず………」


 レベッカは、ボクに向かってお辞儀をして謝罪する。


「申し訳ございませんでした。青組の皆様」


 レベッカは、ボク達に頭を下げた後、

 ボク達の後方……つまり、青組の皆にも謝罪した。


「……あ、ああ。別に気にしなくていいぜ」


 アルフォンスさんは、彼女の豹変ぶりに驚いている。


「それではレイ様、青組の皆様がた。本戦でお会いしましょう」


 レベッカは、もう一度深く礼をした。


「うん、本戦でまた」

 ボクは、笑顔で彼女に答える。


「はい、レイ様と剣を交えるのを楽しみにしております!!」


 レベッカは満面の笑みを浮かべると、

 そのまま仲間の元へと帰って行った。


「……お、おい。レイお嬢様。あの槍使い、知り合いか?」


「はい。彼女はレベッカ、ボクの仲間ですよ」


「な、仲間? あんな強い奴が?」


 アルフォンスさんたちは困惑した表情になる。


「薄々思ってたんだが……あんた、実は滅茶苦茶強いのか?」

 そう仲間に質問されて、ボクは言った。


「普通です」


「「「「絶対嘘だろ!!!」」」」

 仲間たちは、声を合わせて叫んだ。



 ◆



 そして、開始から二時間経過し――――


「そこまでですー!!!」

 二時間のバトルロイヤル予選が終了した。


「皆さん、お疲れ様でしたー!!

 今から30分後に集計発表を行います。皆さん、コロシアムから退場してください!!」


 サクラちゃんは、大きな声で参加者に呼びかける。


「―――はぁ……やっと終わった……」


 いつも組んでるメンバーと全然違うし、

 相手も人間だったからいつもとは全然違ったなぁ……。


「(そうだ、世話になった人たちに挨拶しないと……)」

 ボクはコロシアムから降りる前に、仲間に挨拶をして行こうと思った。


「皆さん、今回はありがとうございました」

 今回チームメンバーになってくれた人たちに挨拶に向かう。


「おう。俺たちもアンタがリーダーになってくれて助かった」


「あの胸糞悪いネルソンの野郎に赤っ恥を掻かせてたのは爽快だったぜ」


「もし本戦で当たったらよろしくな」


 皆、見た目は恐いけど、

 最後までボクと一緒に戦ってくれた良い人ばかりだった。

 ボクは彼らと笑顔を交わしながら別れ、次は団長さんに挨拶しに行く。


「アルフォンスさんもありがとうございました」

「いやいや、俺も楽しかった。それにしても……凄まじかった……」

 アルフォンさんは、少し顔を引き攣らせながら言った。


「凄まじかった?」

「いや……何というか、俺がアンタを常に守護するような展開を期待していたんだが……思ったより全然強くて、逆に驚いちまったぜ……じゃない、驚きましたよ」


 流石、アルフォンスさん。最終的に本音を暴露してくれた。


「あはは……でも、助かりましたよ」


「しかし、今年は大荒れですね。

 あなたを含めて、優勝を狙えそうな女性が何人かいましたし……。

 これは、色んな意味で俺の二連覇が難しそうだ……」


 アルフォンさんは、少し悩まし気な顔をする。

 女性に手を挙げるような事が出来ないって言ってたもんね。


「(あ、そうだ……)」


 周りも騒がしくてボクらの声も全然届かないだろう。

 今の間に正体を明かしてもいいんじゃないかな?


 そう思い、ボクはアルフォンスさんに伝える。


「あの、ボクの正体なんですけど……」


「レイお嬢さんの正体……?

 はっ!? まさか、お忍びで大会に参加した何処かの国のお姫様、とかですか!?」


「いや、全然違いますけど……」

 この人は、ボクにどんな幻想を持ってるんだ……。


「そうじゃなくて、ボクはレイですよ。

 最近、自由騎士団に配属された、『勇者』のサクライ・レイです」


 ここなら言っても聞こえないだろう。


「はて……確かに、そういう名前の新入りが最近入団しましたが……」

 アルフォンスさんは首を傾げながら言った。


「しかし、貴女はどうみても女性ですよね?」


「今はそうなんですけど、ちょっと薬のせいで女の子の姿になってしまってるんです」

「……はい?」


 アルフォンスさんは、目を点にして呆然とする。


「い、意味がよく分からないのですが……」

 だよね。ボクもこの展開に全然付いて行けてないよ。


「つまり、今は女の子なだけです。

 何度も言うようですが、ボクはサクライレイです。

 要するに、本来は男の身体ですよ」

 

 その言葉を聞いた、アルフォンスさんは……。


「ま、まさか………」

 アルフォンスさんは顔を青くし始めて、膝を崩した。


「だ、団長さん!?」


「お、おれは、男相手に、ホテルに誘ったり、求婚したり、してしまったというのかぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!」


 アルフォンスさんは頭を抱えながら叫んだ。

 そのアルフォンスさんの絶叫に、雑談をしていた周囲がどよめく。


「あ、あの、落ち着いて……」

「こ、これが落ち着いていられるか―――!!!大体、レイお嬢さん……じゃない、レイ! お前、なんで男なのに、そんな女っぽい態度してるんだよっ!!」


「えぇ……? ボク、そんなつもり全然無かったんですけど」


「無意識かよぉお!! 余計タチが悪いわぁああ!」


「お、落ち着こうよアルフォンスさん。

 ほら、あっちの観客席に女の子いますよー?」


 ボクは彼を落ち着かせるために、観客席の一部を指差す。


 しかし、


「くそぉぉぉぉぉ!! お前の方がかわいいいんだよぉぉぉぉぉ!!!

 俺の性癖歪めやがってぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 逆効果だったようだ。


「もう、何なのさ一体……」

 その後、ボクとアルフォンスさんは暫く口論した後、何とか落ち着いた。


「――とにかく、俺は今回の事を一生忘れねぇぞ!!」


「なんというか……ドンマイ、です!」


「お前がいうなぁぁぁぁぁ!!!!

 あと、俺とお前が本戦で当たった時、絶対女の姿になるなよ!!!

 絶対だぞ!!!!」


 アルフォンスさんはそう言い残し去って行った。


「……まぁ、団長の事はもういいとして」

 あの人の事だから、傷心してもすぐに復活するだろう。


「それよりも、あの子……」

 ボクは、仲間の一人であるフードを被った女の子を探し始めた。

 しかし、もう帰ってしまったのか、その姿を見つけることが出来なかった。


「最後に、あの子と話をしたかったんだけど……」

 名前も顔も分からなかったけど、あの背丈に、あの声は間違いなく女の子だった。


 それに、気になることを言っていた。


 『―――でも、魂と肉体の形が違う。今のあなたは偽りの姿―――?』

 彼女は、ボクの本当の姿が『男』であると気付いていた?


「それに……」


『―――いずれ近いうちに、別の形であなたと出会うことになる。今は、ここまで』


 あの子はそう言ってた。どういう意味だろう?

「まぁ、考えても仕方ないか……」


 まだ謎は多いけど、彼女とまた会う機会があるならその時に聞けば良いだろう。


「ふぅ……とりあえず……お風呂入りたいなぁ」

 ボクは息を吐きながら、本来の仲間の元に向かうのだった――。

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