第50話 地下五階その2

 ―――地下五階


 目が醒めないレイとレベッカを残して

 エミリアのベルフラウはダンジョンから脱出するべくダンジョンを探索をする。


<点火>ライト

 エミリアは初歩魔法の<点火>を使用して周りを照らす。

 ベルフラウがランタンを持っているといっても周りが暗すぎる。

 魔力の消耗は痛いが身動き取れないよりはマシだ。


 周りを火で見渡してみると周囲は木で囲まれており森のダンジョンのようだ。

 深い場所なのか光が全く差さないため、明かりがないと歩くことすら出来ない。


 私たちは周囲を探索するために先に進む。

 ふと後ろを見ると、ベルフラウさんが進むたびに足元に何かを垂らしている。


「ベルフラウさん、何をしてるんですか?」

「レイくんとレベッカちゃんが動けるようになった時の道しるべよ」

 ベルフラウが垂らしていたのは先ほど魔法陣に使った白い粉だった。


「……凄いですね。私はそこまで考えていませんでした……」

「あはは、私も少し前に気付いたばかり……」

 弟のレイが意識不明という状態で精神的にはきっと私より辛いだろうに…。

 冷静なフリをしている私よりよほど冷静だと感じた。


「………それにしても静かね」「そうですね……」

 森だというなら野生の動物や虫の音がしてもおかしく無いはず。

 それにダンジョンだというのにモンスターの気配すらない。


「ベルフラウさんはどう思いますか?」

「……この階層のこと?」

「魔物が出ないこととか、脱出魔法とか色々気になる点がありまして」

 自分で考えても答えが出ない。

 こういう時はいつも大人の人、私はセレナ姉さんに聞いていた。


「………推測混じりの感想だけど、それでもいい?」

 ダメ元で聞いたのだが、ベルフラウさんは何かに気付いていたようだ。

「構いません」


「その前に、エミリアさんはこのダンジョンはどう作られたと思う?」

「え?」

 それは今関係のある話なのだろうか?


「いえ、分かりません」

 とんでもない技術が使われてるのは間違いないですが…。


「少なくともその辺の魔物が蔓延る場所とはワケが違うとは思います」

「そうね、それは間違いないと思う。

 ただ、このダンジョンは人為的に作られたと私は思ってるの」

 人がこの場所を作ったという事だろうか。少なくとも私が知っている魔法ではあり得ない。


「どんな魔法使いでもこんなダンジョンを作るのは不可能だと思います」

「でも私にはそういうことが出来る存在を知っているわ」

 そういうことが出来る存在…?


「それは一体……?」

「神様って言われてる存在」

 ……突拍子が無さ過ぎます。確かレベッカも神を信仰しているという話だったけど、

 もしかしてベルフラウさんもそうなのでしょうか。


「今は信じなくても良いわ。ダンジョンを作った存在の正体は今の話とは関係ないの。

 私が言いたいのはこの先の話だから」


「……話を聞きましょう」


「ここまでの階層で私は一度も邪気を感じたことは無かった。

 でもこの階層だけ今までと違う。邪悪な存在がこの階層から感じる」


「……つまりどういうことですか?」


「率直に言ってしまうとこの階層だけ何者かが介入している、とそう思ってる」


「……根拠は?」


「今までここのダンジョンはどこか神聖な気配があったの。

 でもこの階層に来た途端それと真逆のような気配を感じるわ。

 ごめんなさい、曖昧な事を言ってしまってるとは思うのだけど……」


「……なるほど」


「あと、四階の宝箱にも似た雰囲気を感じたのよねぇ…」


 話の半分も全然分からない。ただ、言いたいことは分かった。


「…………要約すると、元のダンジョン主とは違う存在にこの階層が乗っ取られてる」

「うん、そういうこと」

 ……信じがたい話ではあるが、符合する部分もある。


<迷宮脱出魔法>が使えなかったこと。

 事前の情報によれば五階まで到達した冒険者達は何グループか存在する。

 そのうちの一人は私が実際に会いに行って情報を聞いた。

 仮にその冒険者が嘘を言っていなかったとしたら、魔法が使えなかったのはおかしい。


 嘘を付いていたとして、どうやって脱出したのかというのも思いつかない。

 あの空から落ちて這い上がる手段など存在しないだろう。


 ここが魔法が使えない区域だというのも考えられない。

 私もさっき<点火>を使用したし、ベルフラウさんも<結界>を使っている。


 また、魔物や宝箱が一切無いことや光源が無いのも今までと違う。

 光源が無いことならまだそういう場所だと納得できるが魔物が存在しないのは異質過ぎる。

 こんな如何にも魔物が好みそうな場所に居ないのは不自然だ。


 ベルフラウさんの神聖な存在というのも気になる。

 聖女として優秀な彼女ならそのような存在を感じ取れてもおかしくない。


 ……そう考えると、ベルフラウさんの推測に信憑性が出てくる。


「……迷宮脱出魔法が使えなかったのも、その邪悪な存在が理由だと?」

「それしか考えられないと思う」


(もし、その存在がここを支配しているとしたら…)


「一度索敵を行ってみます <索敵Lv7>サーチ

 エミリアは周囲を探索魔法で周囲に何者かの存在が居ないか確認する。

 もし、その存在が近くに居て私たちを妨害しているとしたら、引っかかるかもしれない。

 エミリアは今まで以上に注意深く、時間を掛けて探索する。


 そして数十分掛けて、自分達二人以外に四つの存在が確認出来た。

 うち、二つはレベッカとレイだろう。寄り添っている反応だ。そしてその近くに反応が一つ。

 そして私たちがいる場所の近くに一つある。


「………四つ?」

 私たちの近くに居る反応はここの元凶である可能性が高い。

 固まってる二つの反応はレイとレベッカだろう。だが、もう一つの存在は一体何だ――?


「エミリアさん、何があったの?」

「……敵と思わしき反応が二つありました、この先に一つ……

 そして、レイとレベッカさんの近くに反応が―――」


 つまり、彼らの身に危険が迫ってる可能性が高い。


「エミリアさん、それって―――!」


「ベルフラウさん!早くレイ達の元へ行ってあげてください!

 私はここでもう一体の反応の足取りを――――っ!」


 そこでエミリアは見た、暗闇から正体不明の敵が襲い掛かってくるのを―――



 ◆


 ―――一方、レベッカ達は


 エミリア達が探索に出てもう一時間は経つ。

 状況は変わっていない。レイの意識は未だに戻っていない。


「………お兄様」

 レベッカは膝に寝かせているレイの顔を見ながら考える。

(何をやっているのでしょう、わたくしは…)

 レイさまが目を醒まさないのに心を痛めているのはわたくし一人ではないのに…。

 きっと姉のベルフラウさまやレベッカさまだって同じだ。


「………レイさま…早く目覚めてください…」


 レイさまはわたくしを庇わなければあれほど酷い怪我にはならなかった。

 それでもわたくしに寄り添ってくれた貴方の事を私は嬉しいと思ってしまった。


『大丈夫だよ…レベッカ―――――』


 あの時、レイさまの言葉と抱きしめられた時、私は――――。


 レベッカは貴方にこの気持ちを伝えたい、それなのに――


「う………レイさま……れいさまぁ………!」

 私は涙でぐしょぐしょで……もう他のことなんて考えられなかった…。



『ふむ、そんなにこやつの事を慕っておるのか』

「っ!?」


 今、誰かの声が聞こえたような――!


 レベッカは涙を拭って周囲の様子を伺う。

 しかし、レベッカの『心眼』を以ってしても周囲に存在を感じることが出来なかった。


『周りを見ても無駄じゃ、わしはそこにおらんよ』


 ――っ!また声が聞こえた…!?一体何処から…!


「何者です……! 姿を見せてください!」

『そう言われても、直接操れる体はお主たちに倒されてしまったからのぅ』


 声が聞こえるたびにエミリアは周囲を警戒するが、どこにも姿が見えない。

 それどころか、声の発生源は自分から聞こえているように思えてしまう。


「わたくしたちが倒した…!?ならお前の狙いは……!」

 レベッカはレイを守るように槍を呼び出し、周囲を警戒しながら構える。

 ここはベルフラウさまの結界内だが、それでもどこに敵が潜んでいるか分からない。


『違う違う、誤解するな、お主らに危害を加える気などないぞ』

「っ!なら一体!?」


『面倒じゃのう……とりあえずお主の敵でないことを証明するしかないか…』


(……いったい何なのでしょう、この声は)

 周囲を見ても誰も居ないのに声だけはすぐ傍から聞こえる。


『そうじゃのう、わしの名前はミリク、ミリクテリアと言えば分かるかの?』


「え?」

 レベッカはその言葉で槍を消して武装解除した。


「ミリクテリアさま……?」

 それはレベッカの故郷で信仰している女神さまの名前―――


「貴女は……本当にミリクテリアさまなのですか?」

『そうじゃ、それを証明するためにも、その眠っている男を目覚める方法を教えてやろう』


「そ、それは本当ですか!?」

『本当じゃ、それはのう――――――――』


 レベッカはその方法を聞いてつい叫んでしまった。


「えっ……えぇーーーーーーーー!!?」




『という事じゃ、わしの力をお主に一時貸してやるからパパッとその男を救うがよい』


「そ、そんなこと言われましても、わたくしは……」

 そんなはしたないことレイさまの許可なしで行うなど…

 いや、仮に許可があってもわたくしに出来るかどうか……!


『うーむ、乙女とは難しいのぅ……

 しかしレベッカよ、悩んでる時間はあまりないと思うがの』


「そ、それはどういう―――――!?」


 レベッカの『心眼』が周囲に敵の存在を認識して警報を鳴らす。


「今、敵が何処かに……っ」


『そら来たぞ。早いうちにその男を目覚めさせた方がええ』


 その時、結界の光で僅かにレベッカは暗闇の先に異形の何かの存在を捉えた。

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