第51話 地下五階その3

 ―――地下五階

 ―――エミリア・ベルフラウ


「エミリアさん!危ないっ!」

 暗闇で襲ってきた敵にいち早く気づいたベルフラウはレベッカに声を掛けながら魔法を発動する。

<魔法の矢>マジックアロー!!」

 ベルフラウの魔法の矢が闇に紛れた異形の敵の横を掠める。

「チッ!」

 魔物は舌打ちをしてまた暗闇に身を潜めた。


「っ……ベルフラウさん、助かりました」

「うん、それより気を付けて、あいつまた襲ってくると思うわ」


 さっきの魔物、おそらくこのダンジョンのボスか、あるいは元凶なのだろう。

 暗闇に紛れてよく分からなかったが、あのシルエットは以前に似たようなモノを見たことがある。


「ベルフラウさん、さっきの魔物…何処かで見たことありませんか?」

「……もしかして、廃鉱山の時の魔物のことかしら?」

 今からもう数ヶ月は経つだろうか。

 初めてレイやベルフラウと出会ってから初めて依頼を受けた時に見たことがある。


 確か名前は…

「レッサーデーモン…でしたっけ……」

 完全に同じ魔物かどうかは分からないが、姿が酷似しているように思えた。

「同じかは分からないけど、多分同系統の悪魔…でしょうね」

 とすると、敵は手練れだ。少なくともあの時の私たちでは手に負えない相手だった。


「エミリアさんっ!また来るわ!」

「くっ!」

 私には分からないが、ベルフラウさんは何らかの方法で何とか敵の襲撃を察知しているようだ。

「あまり私を舐めないでくださいね!」

 私は魔法を構成しながら敵の位置を把握する。

<炎球>ファイアボール!!」

 敵が真っすぐこちらに向かってきたときを見計らい魔法を発動する。

 発動した<炎球>はタイミングは完璧だったのだが、敵はギリギリを躱した。

「……素早い!羽で空を飛んでいるみたいですね…!」


 状況はあまり良くない。私たちはどちらも後衛だ。

 ああいう素早く力の強い敵を相手取るのは向いていない。

 普段なら接近戦を得意とするレイか、正確な射撃を得意とするレベッカが居れば対処できるのだが―。


「(今はどちらも居ない…!分の悪い相手ですね…!)」

 すると今度は敵の魔法の発動を自身の感覚で確認する。方向は……!

「エミリアさん、後ろ!」

 後ろを振り向いて敵の姿を探す。居た!あれはおそらく炎魔法だ。


<中級火炎魔法>ファイアストーム

 敵のデーモンの中級火炎魔法が発動する。対象は当然固まってるエミリア達だ。

「(どこに来るか判れば対処は難しくない!)」

「ベルフラウさん、足止めお願いします!<魔力相殺Lv3>ネガティブ・マジック

 敵の魔法発動に遅れてエミリアの魔法で敵の魔法を完全に相殺して打ち消す。


<炎魔法>はエミリアの最も得意とする属性魔法だ。

 どのようなタイミングとどの辺りで発動させるかは自分の感覚で大体分かる。

 そのため他の魔法に比べて対処も早い。

 そしてデーモンは魔法を使用したことで動きが止まってしまう。


「<植物操作>」

 敵の動きが止まったことで周囲の植物を利用したベルフラウの植物操作により、

 デーモンの体に植物が巻き付き動きを拘束する。


「止まった!ならもう一度、<炎球>を撃ってやります!」

 そう言って私はもう一度<炎球>の詠唱を始めるのだが―――


「くああああああああああ!!」


 ブチブチブチブチ…!


 デーモンの魔物に絡まった植物は体に力を込めただけで破られてしまう。


「う、嘘…!」

「……っ!詠唱を一旦中断します…」

 上級魔法より詠唱時間はマシとはいえ、あの相手を捉えるのは至難だ。

 足止めしないかぎり魔法攻撃を当てるのは難しい。


「俺をレッサーデーモン如きと一緒にするなよ。あのような下級悪魔と俺では比較にならんわ」

 そう言って奴は空を飛び魔法の詠唱を開始する。

「(詠唱速度が速い、それにあの魔法―――)」

 おそらく上級魔法だ。無防備に食らってしまえば全滅してしまう。


 その時、森の何処かが大きく発光した。


「――――な、何…!?」

 デーモンは光を見て極度に動揺している。


 あの方向は……もしかしてレイ達が居た場所――?


 ◆


 ―――レベッカ・レイ


「あの魔物は……?」

 防御結界の先にレベッカは異様な姿をした魔物の姿を捉える。

『あの悪魔は本来地下三階のボスとして配置したのだが、失敗だったようじゃな』

「ミリクテリアさま、それは一体どういう―――」


『その話は後にしよう、奴の攻撃がくるぞ』

「くっ…レイさまを守らなければ……!」


 しかし、レベッカが身構える前にデーモンの魔法が発動する。


<中級雷撃魔法>サンダーボルト

 デーモンの雷撃魔法がレベッカの頭上に降り注ぐが、防御結界がそれをかき消す。


「た、助かりました……」

『じゃが、あのレベルの相手ではそう何度も持たんぞ』


 確かに……いくらベルフラウさまの魔法陣でもこの結界は簡易的なモノだ。

 さっきの魔法の威力から想像すると、このモンスターは以前戦ったゴブリン召喚士よりも強い。

 流石にレイさまを守りながら戦う前提なら厳しい相手だと感じる。


『さぁ、迷っている場合ではないぞ、先ほどの方法で早く男を復活させるのじゃ!』

「うう……本当にそれをやるしかないのでしょうか……」

 二人きりの時ならともかくミリクテリアさまと

 よく分からない化け物と対峙しながら行う行為としては……


 そんなことを悩んでいる間に敵の魔法攻撃が飛んでくる。

<中級火炎魔法>ファイアストーム

 火炎魔法により防御結界の周囲に炎が降り注ぐ。

 なんとか防御結界で魔法を防ぐことは出来ているが、徐々に綻んできている。


『わしの予想だと防げるのはあと1~2回が限度じゃ!覚悟を決めよ!』


 これは、もう、非常事態ですね…。

「れ、レイさまの意思なくこのようなことを行うレベッカをお許しください!」

 レベッカはレイの傍に跪き、レイの頭をレベッカの膝に寄せる。


『さぁわしも力を貸してやるぞ! 此方に女神の祝福を――――』

 ミリクテリアの祝福を受けたレベッカの周囲が激しく光り輝いていく―――


「な、何だこの光は―――!」

 強烈な光を受けた異形の悪魔は少しの間、目を眩ませてしまう。

「お兄様……!」

 レベッカは、レイの顔に自分の顔を寄せて、レイに口づけをした。



 ◆


 ………あれ、何か眩しい…。

 さっきまで自分はどこか暗闇の中にいて、体中が痛くて仕方なかったような気がする。

 でもなんか今はすごく気分が良い……。

 何というか体がポカポカしてて、何故か口や顔あたりに柔らかい感触が……。


 ―――というか、僕は今何をしているんだ?

 確か、みんなでダンジョン攻略をしてて、それからなんか空中に投げ出されたような―――


「そ、そうだ!みんなは!?」

 僕はその瞬間に目を開けて、目の前に飛び込んできたのはレベッカの顔だった。


「れ、レイさま!?」

「あ、レベッカ……?良かった、無事だった―――――うぉっ!」

 いきなりレベッカに首のあたりをハグされて言葉が遮られてしまった。


「レイさま! レイさま! レイさまぁ! 

 うぅ……うわああーーーん!!!」

 レベッカが凄く泣いてる!?

 落ち着かせてあげたいけど、首が絞められて――――!


『お主のせいで首が締まっておるぞ。泣くほど嬉しいのは分かるが、少し自重せよ』


 誰だ?レベッカ以外の声が今聞こえたような…?

「あ、も、申し訳ありません!レイさま、ご無事で良かったです」


 何とか気持ちを落ち着けたレベッカは僕を解放してくれた。

 目元は赤くなっており、ずっと泣きはらしていたのだろう……多分、僕が理由だ。


「そ、そうか、僕気を失って―――レベッカが助けてくれたの?」

「ええと、話せば長くなるのですが―――」

 と、そこに強烈な轟音と共に、周囲から何かが砕け散る音がした。


『不味いぞ! 今の攻撃で防御結界が完全に破壊されてしまった!』


 ―――またさっきから声が……いやこの声、どこかで聞き覚えがある?


「そうでした!今襲撃を受けています!」「えっ!?」

 レベッカの言葉で現状をようやく理解できた僕は、『魔力喰いの剣』を抜いて周囲を目で確認する。


 しかし周りは暗闇でよく見えない――いや、確かに気配を感じる。


 よく目を凝らしてみると、確かに魔物らしき敵が一体、髑髏のように皮膚が消え歯がむき出しになっている。頭部にはヤギのような角が生えている。左右の手には尖った爪が武器のようになっており、トカゲのような尻尾まで伸びている。


 この特徴は以前に見たことがある。名前は、確か――――


「レッサーデーモン!」

「それがこの魔物の名前なのですか、レイさま?」

 僕は以前にこの魔物を目撃したことがあることやその特徴を手短に伝えた。

 しかし、そんな悠長なことしている場合では無かった。


<中級凍結魔法>ダイアモンドダスト

 敵の攻撃魔法が発動する。

 このまま無防備で通してしまうと僕たちは凍結して動けなくなってしまう。


「こいつ、魔法が使えたのか!<剣技・炎魔法>ソードファイア

 僕は剣に魔力を込めて魔法剣を放ったのだが、

 驚くほど魔力の発動が早くなっており、魔法攻撃力も上がっていた。


 その結果、魔法剣は敵の中級攻撃魔法をほぼ相殺して無効化出来た。


「な、何だと?」

 レッサーデーモンは魔法を相殺されたことを驚いて警戒を強めた。


「う……」

 しかし、体がフラフラする。

 意識が戻って時間が経っていないのが理由かもしれないが、魔力も殆ど底をついているようだ。


「レイさま、大丈夫ですか!?」とレベッカは僕を支えてくれた。

「う、うん……、ただ、ちょっと魔力が枯渇しているみたいで……」

 復帰できたのはいいけどこのままでは戦闘が出来ない。


『仕方ないの、一時お主とレベッカの魔法力残りMPを共有出来るようにしてやろう』

 何処からか聞こえる声はそう言って、何かの魔法を唱えた。


<魔力共有>シェアリング

 魔法が発動したが、僕たちに特に体感的な変化は感じなかった。

 ただ、魔力が枯渇してたはずなのだが、その時の体調不良が軽減された気がする。


『これでお主らは一時的に互いの魔法力を共有しながら戦うことが出来るぞ』

 この女性の声、やはり聞き覚えがある。

 それにレベッカのすぐ近くから聞こえるが、レベッカの周りには誰も居ない。


「レベッカ、この声は一体…」

「……レイさま、疑問があるでしょうが、今は危機を乗り切りましょう!」

「…………分かった!」

 色々と訊きたいことはあるが、今はこの敵を倒そう。


 敵はこちらを警戒しているのか中々動き出さない。

 いや、どうやら闇に紛れて襲撃を掛けるつもりのようだ。


「っ!来るぞ!」

 僕はレベッカの前に立ち、襲い掛かってきた敵のツメ攻撃を盾で受ける!

「な、なにぃ!」

「そんな不意打ち僕たちには効かない!はぁっ!」

 僕は魔力を込めた剣で敵の腕を斬りつける。


「グッ……」

 腕を切れたものの、少し浅く斬り落とすまでには至らない。

 攻撃を防がれて腕を切られた敵は、一旦距離を取り、また暗闇に身を潜める。


 僕とレベッカは『心眼』と呼ばれる技能を所持している。

 それなりの高レベルとなれば、例え暗闇に潜む敵だろうがある程度気配で位置を把握出来る。

 特に敵が攻撃をしてくる際はほぼ見えなくても察知が可能だ。


「レベッカ!」

「はい!―――――はあっ!」

 レベッカの弓から放たれた銀の矢が暗闇の敵を正確に捉える。

「ぐあっ!!!……な、何故だ!?」

 レベッカの矢が腹に突き刺さった敵は、無理矢理力で矢を引き抜き投げ捨てる。

 更にレベッカは弓で追撃をするのだが、敵は動き回り何処かの木の陰に身を潜めてしまう。


「どうも、森の木の陰に隠れたようでございますね」

「……大体の位置は分かるけど、逃げに徹されたちょっと面倒かも」

 羽がある割に飛ばないのは幸いだが、あのすばしっこさは厄介だ。

 個々の実力はあちらが上だが、僕とレベッカ二人でなら撃破可能だと思う。

 逃げさえ封じればそう時間は掛からない。


『ふむ、「あちら」が苦戦しているようだ。

 わしも力を貸してやるからこのような雑魚はさっさと倒すぞ』

 あちら?……そういえばこの場にはレベッカしか居ない。

 姉さんとエミリアは別の場所で戦っているのだろうか、色々気になることばかりだ。

「ミリクテリアさま、お願いします」


『うむ、<束縛>バインド

 ミリクテリアと呼ばれた声は魔法を発動する。

 すると近くの木から敵の苦しがる声が聞こえたのでそちらに向かった。


「くそっ!何故こんなことに――!!!」

 レッサーデーモンは木ごと魔力の鎖で縛られて身動きが取れなくなっていた。


『まさか魔王の眷属だとはの、貴様をダンジョンに配備したのは間違いだったようじゃ』

 魔王の眷属?………嫌な単語を聞いてしまった気がする。

 それに『ダンジョンに配備した』って、まるで雇い主のような言い方だ。


『もう一体の悪魔はお前の仲間か?

 あのような奴は招き入れた覚えはないのだが、お主が呼んだというわけか』

 もう一体の悪魔……ということは、今ここに姉さんとエミリアが居ないのは…。


「……貴様のペットと階層を入れ替えた時だ。

 こんな余興なんぞにいつまでも付き合ってやると思ったか!」

 ペットというのはあの白い魔物か。どうやら本来の地下三階のボスはこいつだったらしい。


『……認めたくはないが、わしのミスというわけか。

 四階の宝箱の中身を盗んで入れ替えたのも、お主の仕業じゃな?

 コイツの話はもういい。おい、レイよ、さっさとこいつを倒してしまえ!』

 いきなりこっちに話が飛んできた!何なのこの声!?


「わ、分かったけど……後でちゃんと話聞かせてよ!」

 僕はマジックソードを鞘から抜いて、縛られたレッサーデーモンの首を刎ねた。


『はぁー、このダンジョンを維持するのも大変だというのに。

 従業員すら腹黒い奴が混ざっているとは……全く、ダンジョンマスターは大変じゃな…

 仕方ない、三階と五階のボスは代理を立てておくとしようか…』


 僕は霊薬をガブ飲みして魔力を回復させる。大体5個くらい飲んだか。

 今はこの声の人の魔法でレベッカと魔法力を共有してるけど、回復しないと連戦は厳しい。

 今はちょっと飲み過ぎて気持ち悪いけど、後のことを考えると仕方ない。


「それでミリクテリアさま、エミリアさま達の様子はどうでしょうか?」

『少し待っとれ……ううむ、ちょっと危ういの。さっさと助けに行った方が良さそうじゃ』

 2人が危険!?早く向かわないと―――

「レベッカ、二人が危ないなら早く行こう!」

「そうですね…なるべく早く向かわないと間に合わない可能性が―――」


『ちょっとまてぃ、二人とも』

 僕たちが急いで向かおうと走り出すと、声に遮られる。

「えっ?」「ミリクテリアさま?」

『悠長に走っとる場合ではない。レイよ、ひとまずレベッカと手を繋ぐがよい』

 手を?言われた通りに手を繋ぐが…。

「ミリクテリアさま、これはいったいどういう事でしょうか」

『お主のもつ「空間転移」を強化して一気にワープさせるぞ。

 わしの力でその場所に誘導してやる。さぁ早く使え、手を離すなよ!』

 ど、どういうこと?空間転移って女神の権能だよね!?


「わ、わかりました!それではレイさま、手を離さないでくださいね」

「うん、よく分からないけどわかった!」

『さぁ!行くぞ!』

 僕たちはレベッカの空間転移を使用して僕たちはその場から消失した。

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