第276話 キャンセル
『……何と、ヘルハウンドがこれほど容易く倒されてしまうとは』
ロドクはボク達の戦いを見て驚いたような声を出す。
しかし、何処かわざとらしい。いくら強いといっても結果は見えていたはずだ。
こいつは意図的に手を出さなかったのだ。
『だが、死んでくれたのはむしろ有り難い』
ロドクは、そんな畜生な事を言って杖を振り上げる。
「(攻撃……いや、違う)」
目が存在しないから分かり辛いが、ロドクはボク達では無く死んだ魔獣たちに視線を向けている。魔獣に対して何か魔法を使用するつもりだ。
「レイ、おそらく死霊術を使おうとしていますっ!!」
「分かってる!!」
それを止めるためにボクとカレンさんはロドク目掛けて飛び掛かる。
同時に背後からエミリアが攻撃魔法、レベッカが弓を構えて一斉に攻撃動作に入る。
「いくわよっ!」
「わかった!!」
「
「間に合えっ!!」
ボクを含めた四人共、全力で魔力を込めた攻撃をロドクに繰り出す。
しかし、ロドクの周囲を覆っていた黒い霧が前の方に集まり、
エミリアの魔法やレベッカの矢を自身に直撃する前に無効化してしまう。
「うそっ!?」
「これは、厄介でございますね……!」
エミリアとレベッカの攻撃がいとも簡単に防がれてしまった。
「レイ君!」
「うん!!」
ボクとカレンさんが一斉に飛び掛かるが、しかしロドクはまるで瞬間移動のように、その場から消えて回避し、数メートル先に現れた。
そして、ロドクはもう片方の右手を前に突き出して、魔法を唱えた。
『
ロドクはこちらに向かって魔弾の魔法を連発する。およそ拳と同じ程度の大きさの魔力弾が複数こちらに飛んでくるが、その程度なら十分に凌げる。
ボクとカレンさんは正面から飛んできた攻撃を剣で切り裂き、エミリアとレベッカは攻撃魔法でロドクの魔法攻撃を相殺する。しかし、ロドクの魔法攻撃は続けざまに撃たれ、ボク達は完全に足止めされてしまう。
唯一自由なのは攻撃参加していない姉さんだけだ。
その姉さんの様子はこちらからは分からない。
そうこうしているうちに、奴の死霊術が発動してしまう。
『さぁ、地獄の猟犬よ! 再び現世に蘇れ!!』
ロドクの言葉と同時に、二体の魔獣の死体の地面一帯から魔法陣が浮かび上がる。
「なっ!?」
地面に転がっていた魔獣の死体から黒い霧のようなものが発生し、それが徐々に魔獣の身体を覆っていく。
『これが死霊術だ……!
どのような生物でも我がアンデッドとして蘇らせてみせよう。
さぁ……アンデッドとして二度目の生を我が与えてやろうぞ……』
ロドクは両手を掲げ、自身の魔力を魔獣に与えるように視覚化させて流し込もうとする。
しかし、それをしようとした瞬間―――
『……むぅ!?』
どういうわけかロドクと魔獣たちに流し込まれていた筈の魔力の流れが断ち切られた。
魔力の流れが断ち切られた瞬間、ボク達は一瞬周りの風景がセピア色に染まったような気がした。
『……馬鹿な、死霊術が失敗しただと……?』
一瞬動揺が走ったロドクだったが、すぐに冷静になりこちらを見据える。
『我の死霊術を中断させるなど、並の魔法使いで出来ることでは無い。だが、そこのとんがり帽子の魔法使いが何かした様子は無かった。となるとだ……』
ロドクの視線はボク達よりも後ろ。
この状況を見守っていた姉さんに向けられる。
『貴様、何故か神に似た力を感じる……今の攻撃は貴様だな?』
その言葉に、今まで硬い表情をしていた姉さんが妖艶に微笑んだ。
「……あは、バレちゃったかしら」
『その身に纏う魔力の質は確かに人間のものとは違う。だが、それならば何故その女が力を使えるのか』
「あら、それは簡単。私はね、貴方達が言うところの神様だからよ?」
そう言って、姉さんは自分の正体を明かした。
「(元、女神様なんだけどね)」
心の中で姉さんの発言を訂正する。
『……ほう? では貴様は地の女神か、あるいは風の女神か……いや違う。異世界の神と言ったところか』
「ご名答。そして、あなたが魔獣と結ぼうとしていた悪しき契約を断ち切らせてもらったわ。おそらく、あのアンデッドドラゴンもそうしてあなたが操っているのでしょう?」
姉さんの周囲にはさっき見たセピア色の光が漂っている。
それを魔獣の死体に放ち、ロドクの死霊術を跳ね除けたようだ。
「これで、あなたの死霊術は使えないわよ。
あなたの使う魔法は私にとって許しがたい。これ以上死者を冒涜しないで」
普段の姉さんと違い強い口調だった。姉さんはボクを生き返られたように、転生を司る女神だったようなので、死体を好き勝手に操るこいつが気に入らないのだろう。
『……なるほど、女神の権能か。
どうやら本物らしい。まさか勇者パーティに女神が紛れ込んでいたとは』
ロドクは納得したように言った。
姉さんと奴の会話を察するに、これで奴は死霊術を使うことが出来ないようだ。とすれば、これ以上魔物を復活させられて襲われることも無いだろう。
「ベルフラウ、その力があれば上のアンデッドドラゴンの動きを止められるのでは?」
エミリアは姉さんに質問した。
姉さんはその質問に首を横に振ってから答えた。
「ううん、ちょっと厳しいわ。今止められたのは、死霊術が完成する前だったもの。既に完成された死霊術の流れを断ち切るのは時間が掛かり過ぎる。その前に、ロドク本人を倒した方がきっと早い」
姉さんのその言葉に、
ボク達は全員ロドクに目を向けて武器を構える。
『………くくく、死霊術士が死霊術を封じられてしまうとは。
これは少しばかり厄介なことになってしまったかもしれん』
ロドクはそう言いながらゆっくりと立ち上がった。
『だが、まだこちらには手がある。
死霊術が使えずとも、まだ我には召喚術が残されている。……しかし』
奴はそこで一旦言葉を途切れさせ、笑いを堪えながら言った。
『……しかし、それも不要よ。
何故なら、我単独でも貴様らと戦えるだけの力が残っているのだからな』
次の瞬間、ロドクの身体から強大な魔力が放出される。
同時に周囲が一気に闇に染まり、ボク達の前は真っ黒な霧に覆われ周囲の様子が分からなくなった。
「こ、これは一体!?
「魔力を一気に放出させただけでしょう! 気を付けてください、おそらくこれからが本番ですよ!」
エミリアは杖を強く握って、ボク達に呼び掛ける。
「姉さん、この闇の霧を打ち払える!?」
「任せて!!
姉さんが放った光の閃光が、周囲を明るく照らし出す。
そして、そこには―――
『我の闇を容易く打ち払うとは、流石異世界の神よ』
その声は間違いなくロドクだった。
しかし、明るく照らされたそのロドクの姿は今までとは違っていた。
「……人間の姿?」
そこに立っていたのは、黒いローブを纏い杖を持った人間の男だった。
顔立ちも先程までと違っており、ドクロの男の顔ではなく整った若い男のものだ。
『ふむ……時魔法というものを知っているだろう。
本来、一部の限られた魔法使いでないと習得が不可能な系統の魔法ではあるが、我は死霊術の研究の末、その一旦を真似ることが出来た。
我が今使ったのは、その応用だ。
今から数十年前、我がアンデッドになる前まで時間を一時的に遡って肉体を蘇らせたのだ。とはいえ、時間の流れに逆らい続ける都合上、極度に魔力を消費する羽目になるがな』
ロドクは、まるで人間のようにため息をついて言った。
『さて、では殺し合おうではないか。
我が貴様らを倒したら、その肉体をアンデッドにして蘇らせてやろう。
特に、勇者と女神をアンデッドとして操るというのは中々面白そうだ』
奴はとても嬉しそうにそう言った。
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