第275話 組み立て式アンデッド
サクラちゃん提案を了承し、彼女と一旦別行動を取ることになった。
それから数分、ボク達は森の近くを散策する。この辺りはボク達がロドクを一度は退けた場所だ。奴がまだ生きているのであればこの近くに居る可能性が高い。
「……!!」
ボク達は嫌な気配に気付いて武器を構える。
この感覚は覚えがある。魔物や異形の存在が獲物に襲い掛かる時のソレだ。
何処かで何者かがこちらを観察している。
戦士職の多いボク達は、敵意や殺意などといった負の感情に対して過敏だ。
所謂<心眼>と呼ばれる技能の為せる業である。
ボク達はその気配を辿って敵の場所を大まかに探っていく。
「……レイ様」
レベッカの静かな声がボク達の足を止める。
この辺りは自然の動物や野生の魔物などが生活してる環境だ。
それにも関わらず不自然な程に生き物の気配が無い。
だが確実に何かがいる。その矛盾こそ『敵』が近くにいる証明となる。
じっと、その場を離れず警戒を続けると、森から何者かが出てきた。
それは、ボロ布で全身を隠した人型の何かだった。
「……あいつは、ロドク?」
確証は無かったけど、奴から感じる威圧感が魔軍将ロドクと同じだ。
ボクの言葉を聞いてカレンさんが軽く驚く。
「最初に見た時と違うわね……」
カレンさんが言うように、ロドクの姿が最初見た時と姿が変わっていた。
その姿は前に見た時と違い、そもそも人間の形をしていない。手足が欠損しており、胴体部分は以前ロドクが装備していた黒装束がボロボロになった状態のものを身体に巻いているような感じに見える。
唯一以前と同じなのはフードから覗く、伽藍洞のドクロ顔だった。
ドクロの顔は変わらずその窪んだ眼の部分から怪しげな光を放っている。
そして、明確にこちらに敵意を向けている。全身から寒気を感じるほどに。
「なんですか……アレ……?」
エミリアが怯えながらボクの服を握る。
あまりの気味の悪さに、エミリアの手が震えている。
その震える手をボクは握って、奴を睨みつける。
「魔軍将ロドク、生きていたのか」
返事なんて期待してないが、このまま無言の応酬を続ける気はない。
奴が何も言わないのであればすぐにでも奴の元へ駆けて切り捨てる。
しかし、奴はこちらを無視するでもなく、
ボクの質問に答えるわけでもなく怨嗟の籠ったまるで亡霊のようなくぐもった声で話し始めた。
『やってくれたなぁ勇者よ……。
我の身体が熔岩すら超える熱量によってドロドロに溶かされてしまった。
しかし、まだだ。まだ終わらぬぞ……』
気味が悪い不快な声だった。
『我の身体は無くなってしまった。
だが、アンデッドは身体が無くなった程度で消えることは無い。
本当は貴様らの身体が良いのだが仕方ない……』
奴の言葉の意味が分からない。
だが、奴の次の言葉と行動でその意味が分かった。
そう言って奴の足元に魔法陣が浮かぶ。
そこから現れたのはスケルトン達だった。
「……またスケルトンですか」
ボクが手を握ってるからかエミリアもさっきよりは余裕がある。
奴のワンパターンな召喚魔法にエミリアは呆れて言った。
またこちらに襲わせる気なのだろうか?
奴は魔法使い。接近戦が不得手なため部下を盾に戦うのは理には適っている。しかし、同じ戦い方でボクとエミリアとレベッカの三人だけで押し切られたというのに同じ手段を取るのは愚策としか思えない。
が、そうではなかった。
魔物をボク達に襲い掛からせるかと思いきや意外な行動に出た。
『我が下僕よ……その骨を我に捧げよ』
その言葉と共に、地面の魔法陣から大量の骨が這い出てきて、ボク達の目の前のロドクへと集まっていく。すると、瞬く間にその骨がパーツのように分解され、ロドクの身体を形作っていく。
やがて数秒後には、最初の姿よりもツノや翼の骨など余計なオブジェクトが付いているものの、人型のアンデッドへと戻った。まるでロボットの変形合体のようだ。
「嘘でしょ……」
「魔物の骨を使って自身の身体を修復したという事ですか」
カレンさんとエミリアがその光景を見て驚愕する。
『驚くことでは無いだろう。熟達した死霊術使いであれば不可能な事では無い』
多少歪だが、身体の戻ったロドクは先ほどまでと違い、元の声質に戻っていた。
『しかし、そこの勇者の力量は予想以上であった。最初に会った時は少々力が強い人間程度だと思っていたが、いやはやこれだから人間は面白い』
ロドクはクックッと笑い声を上げる。
そして、奴は地面に手をかざし何かの魔法を唱えた。
すると地面から骨で出来た杖を取り出し、こちらに向けた。
『待たせたな。では第二幕と行こうか』
ロドクは更に魔法陣を発動させ、周囲が歪んでいく。
そしてそこから今までとは別の魔物達が姿を現した。
『グォオオオ!!』
ロドクによって召喚された魔物はアンデッドでは無かった。
「召喚魔法……だけど」
「見たことの無い魔物ね」
ボクの言葉に、カレンさんが続けて反応する。
彼女の言う通り、今まで出会ったことの無い魔物だ。
全身が黒く、顔には赤い模様が入っている狼のような見た目をしている。
数は二体、どちらも5メートル程度の巨体だった。
「こいつら一体……?」
「魔獣系のモンスターだと思いますが……」
エミリアは汗を流しながら言った。
『その通り、こ奴らは"ヘルハウンド"と呼ばれる種族でな。
アンデッド化させてもよかったのだが、そのままでも十分使えるので重用しておる』
「ヘルハウンド……?」
ボクはその単語に聞き覚えが無かった。
『知らぬのも無理はない。地獄の猟犬、ヘルハウンド。
この世の地獄ヘルヘイムと呼ばれる地の果てに住まう魔獣である。
その強さはこの大陸の魔物の比では無いぞ?』
「なるほど、確かに強そうですね……」
エミリアは魔物に対して魔法を使用している。
おそらく、敵の能力を探る
『ではまずは力試しといこうか』
奴は自身の周囲のみを黒い霧で覆っていく。
そして、奴は骨で出来た杖を何処からか取り出し、前に突き出す。
『――行け』
ロドクの命令でヘルハウンドの一匹はこちらに向かって走り出す。
「来るわよ!」
カレンさんの言葉に全員が一斉に動いた。
最初に動いたのはボクだ。
「剣よ、炎を纏え!!」
以前の剣と同じように剣の魔法を込めて解き放つ。
「火炎斬撃!!」
『グルァアアッ!!!』
ボクの放った技は先頭を走るヘルハウンドに直撃し燃え上がる。炎は魔獣に対して強力な攻撃手段だ。弱い魔獣であればこれだけでも十分致命傷だろう。弱い魔物であれば。
「やったか!?」
ボクはそう思ったのだが、流石に一筋縄ではいかなかった。
『グァルルル……』
そのヘルハウンドは燃える身体のままこちらに一直線に向かってくる。
「くっ……!!」
回避が間に合わないと判断し、剣で受け止める体勢に入る。
こちらに突っ込んでくる魔獣とボクの間に剣を割り込ませ、両手を使ってガードする。
魔獣の鋭い鉄のような爪と剣がぶつかり合い火花が散る。
「ぐぅ……!?」
その衝撃に思わず腕に痺れが走る。
なんとか堪えたけど、流石の巨体で力の差は歴然だった。
「はぁああっ!!」
そこにカレンさんが追撃をかける。
しかし、ヘルハウンドは機転を利かせて後ろに後退しそれを回避する。
「逃がしませんよっ!
そこにエミリアの強烈な電撃魔法が突き刺さる。
『ギャウゥウンッ!!』
強力な魔法を受けてヘルハウンドは吹き飛ばされるが、まだ倒れていない。
しかし、この調子でいけば何とか勝てそうではある。
『ふむ、流石に単独では辛いか。では二体同時はどうかな?』
ロドクは再び魔物に命令を下す。二体の猛獣は互いに示し合わしたかのように左右に分かれて動き始める。まるで鏡合わせのような動きをしながらも、ボク達を囲むかのような動きをする。
いや、ボク達では無くボクを集中して狙う気だ。
自分を狙っていることに気付いて、ボクは敢えて前に出て回避に集中する。皆と紛れた状態でいるより単独で前に出た方が被害が少なくなると判断したためだ。
「レイ君、危険よ!」
「大丈夫、カレンさん達は攻撃の機会を伺ってて!」
それだけ言って、ボクは自分から魔物達に向かって走っていく。
右から襲いかかってくるヘルハウンドの攻撃を避け、左から来た攻撃を剣で受け流す。しかし、その攻撃の勢いは凄まじいもので、流石に完全には止められないと判断したボクは、身体を捻って回避する。二体の魔獣の足元を地面に転がるようにしながら距離を取り、すぐさま起き上がる。
そして、死角から一気に突っ込んで斬りつける。
――ガキンッッ!!
魔獣の身体を狙ったのだが、その身体はまるで鋼鉄のように固かった。
しかし、それでも斬りつけた部分から赤い血が滴り落ち、魔獣は僅かに悲鳴を上げてこちらから逃げるように動く。
「今だよっ!」
後方の仲間に指示を出す。
片方がダメージを負ったことで連携が鈍った今がチャンスだ。
ボクの声に反応して、
後ろで攻撃の機会を探っていた仲間達が一斉に攻撃を仕掛けた。
「聖剣解放、50%
「
「
カレンさんの技が、姉さんの魔法が、エミリアの攻撃魔法が、
怪我を負って鈍くなった魔獣に対して追撃を行っていく。かなりの分厚い装甲を持つ魔獣だが、度重なる攻撃により流石に大きなダメージを負っていく。
これならあと一押しだろう。
残りは、もう一体。カレンさん達が魔獣を倒すまでにもう一体を足止めする。
『グルルル………ガアァァァァ!!』
もう一体の魔獣もこちらの動きに合わせて襲い掛かってくる。この魔物は巨体だ。前足のリーチの長さを考えれば、懐に入られるのは不味い。
しかし、こちらは単独で勝負を挑んでるわけでは無い。あえて片方に加勢せずに無傷のこちらを狙いを定めている人物がボク以外にももう一人いる。
「レベッカ!!」
「お任せくださいっ……!!」
ボクよりもやや離れた場所、魔獣の死角からレベッカは弓を番えて矢を放つ。
単純な威力では無い。既に強化魔法が付与されており、魔獣の強固な皮膚すら十分に貫通するほどの威力がある。放たれた矢は風切り音を立てながら魔獣に向かって一直線に飛んでいく。
しかし、野生の勘と言うべきだろうか。
完全な不意打ちだったレベッカの射撃を魔獣は脚を止め鋭い前足の爪で迎撃を行う。
―――ガッキィィィィン!!
レベッカの矢と魔獣の爪がぶつかり合い、魔獣は何とかその攻撃を食い止める。
しかし、その攻撃を防ぎきれなかったのか、受け止めた爪はへし折れてそこから出血していた。
『グォオオッ!!』
痛みを感じたのか、怒り狂ったような声を上げるヘルハウンドだが……!!
「ありがとうレベッカ、おかげで―――」
レベッカが稼いでくれた時間で、魔獣を倒しきれる魔力を剣に注ぎ込むことが出来た。
「これで終わりっ……!!」
剣を振りかぶると同時に剣身が炎に包まれる。
それはまるでボクの意志に呼応するように、どんどんとその火力を増していく。
「サポート致します!
レベッカの魔法により、ボクの全身の感覚が研ぎ澄まされる。
この魔獣の皮膚は並の攻撃では弾かれてしまう、なら最大限にダメージを与えられる場所を狙う。
ズバリ、魔物の口の中だ。
「火炎―――」
剣に込めた魔力を炎に転化し、あえてゆっくり突きの構えを取る。
魔獣はこちらの攻撃動作に過敏に反応し、こちらに向かって襲い掛かってくる。
そして、こちらの身体をかみ砕こうと大きく口を開けて飛び込んできた瞬間……!
「——一閃!!!」
渾身の一撃を放ち、その口の中目掛けて突きを放つ。
『ガルゥッ!?』
如何に強固な固い皮膚をしていようが、その口の中は柔らかい肉に覆われていることには変わらない。カレンさんに借りた長剣がヘルハウンドの口の中を大きく抉り取り、大量の出血が迸る。
だけど、この技はそれでは終わらない。
「<
剣に封じ込めていた魔力を一気に解放させ
『ガ……ガフッ!!』
口からおびただしい量の血液を吹き出しながらも、内部からその身を焼き焦がされていき魔獣はその生命活動を停止させた。
「ふうぅ……」
息を整えながら周囲を確認すると、どうやらエミリア達の方も決着がついたようだ。二体の魔獣は倒れ伏し、死体の損壊具合を見るかぎり起き上がることはもう無いだろう。
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