第277話 肉付きの良いアンデッド

 魔軍将ロドクは姉さんの女神の権能により死霊術を無効化された。

 しかし、奴は切り札として自身の肉体を生前と同じ状態に戻してボク達に挑みかかってきた。

 

「……ふぅん、面白いじゃない。やってやろうじゃないの!」

 カレンさんはそう言うと、右手に聖剣を構えた。


『ふむ、ではまずはこちらから』

 ロドクはそう言って左手をかざすと、そこから紫色の炎が噴き出した。

「みんな、下がって!!」

 ボクの言葉と同時に、全員がその場から離れた。

 その直後、その紫の炎が地面に触れた場所が爆発を起こした。


 爆発が起きた場所に小さなクレーターが出来ており、まともに食らえば無事では済まないだろう。ボク達が警戒するには十分すぎる威力だ。

 

 しかし、ロドクは逆に不満そうな顔をしていた。


『……く、アンデッドドラゴンを同時に操作していてはこの程度の威力しか出せぬか……。奴の制御の為に力を割きすぎていたようだ』

 ロドクは忌まわしそうに呟く。

 その言葉に、ボクの中で感じていた疑問が解消された。


 ボクが初めてロドク遭遇した時、奴の魔力は遥か上のように感じていた。

 それなのに、今のこいつは自分より格下の魔物を盾にして戦い、こちらの消耗を待つような消極的な戦いを繰り返している。魔法の威力だって最初に遭遇した時よりも僅かに落ちている。


 もしかして、あのドラゴンのせいで力の大半を奪われているのか?


「どうやら全力で戦えないようね。

 それだったらアンデッドドラゴンに力の供給を止めたらどうかしら?

 このままだと、私達が簡単に勝ってしまいそうよ」

 

カレンさんは挑発する様にロドクに言った。


『ふん……挑発のつもりか?』


「ええ、そのつもりよ?

 あのドラゴンは死霊術が使えない今のアンタよりもよっぽど脅威だわ。

 それとも、あのドラゴンを呼び寄せて私達と戦わせてみる?」


『……何?』

 ロドクはカレンさんに対して明確に怒りの感情を向けている。


「あら、怒ることかしら?

 私はアンタにアドバイスしてあげてるのよ。戦い方が下手だってね。

 アンタの周囲に漂ってる闇のオーラも防御手段としてしか機能してないし、はっきり言って私達の敵じゃないわ」


 過剰とも思えるカレンさんの挑発だ。

 ボクはともかく横で見ていたレベッカとエミリアは不安そうな顔をしている。

 けど、元々これは予定されていた作戦でもある。


『………』

 ロドクは顔をしかめて無言を貫く。

 明確な挑発を受けても、それをしないという事は何か理由があるのだろう。

 それとも、やろうとしたことをけん制されて何も言い返せないのか。


「そう……ならこのまま私達全員を相手にしてもらおうかしら」

 カレンさんのその言葉にボク達は武器を構えて身構える。


 カレンさんは如何にも『お前にはガッカリだよ』みたいな表情をしているが、実際は作戦失敗して嘆いているのだろう。


 ぶっちゃけると、今の状態でもこいつは十分脅威なのだ。


 奴の周囲に纏わりつくオーラのせいでこちらの魔法が届かず、こちらも連戦でかなり消耗している。今は優勢でもアンデッドである奴はどれだけ消耗しようが関係ない。

 

 疲弊したこちらが敗北してしまうのは確定だ。

 だからこそ、この中で一番強者オーラが強くて余裕たっぷりの演技が出来るカレンさんが徹底的にロドクをボロクソに貶して怒らせようとしていた。


 だからこそ、ここにきて今でも冷静なロドクに内心焦っていた。


 が、どうやら冷静では無かったようだ。

『……良かろう、ではこちらも守りを捨て全身全霊で戦うとしよう!!』


 ロドクは再び両手を天に掲げると、

 先ほどまで、自身の周囲に漂わせてた黒い霧が奴の周りに集まり始める。


 奴のこの黒い霧のような魔力は奴の防御壁だ。ボクたちの攻撃を打ち消したように、周囲に張り巡らせて攻撃を防いでいた。こちらは魔法使いや弓使いがいるため奴にとっては必須といえる。


 おそらく、カレンさんの挑発に乗ったロドクは、

 この後防御を捨てて本気の攻撃を仕掛けてくるのだろう。


 ちなみに、レベッカとエミリアが心配してたのは、

 カレンさんの挑発で本当にドラゴンを呼び寄せないかという事だった。

 カレンさんも必死だったのだろうが、実際にされると本当に困る。


 だが、奴は挑発に乗って自身で戦う事を選んだ。

 自ら守りを捨ててしまった。


 ――こっちには伏兵がいることも知らずに。


「――周囲の警戒を解いたわね」

『なに?』

 カレンさんのその意味深な言葉に、ロドクが反応した直後―――


「バックスタッブ!!!」

 声と同時に、ロドクの後方からまるで疾風のような何かが飛び出して来てロドクを襲った。


『なっ!!!』

「はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 突然ロドクに襲い掛かったのは、ボク達では無い。

 身を隠して機を伺っていたサクラちゃんだ。サクラちゃんは今までずっと気配を消していて、ロドクが隙を見せる瞬間で双剣で襲い掛かった。


『くっ……!!』

 ロドクは咄嗟に死霊術で魔物を呼び出して防御させようとするのだが、その死霊術は姉さんによって封じられている。その事を失念していたロドクは咄嗟に身を引こうとするが、サクラちゃんの双剣の一撃を背中に浴びてしまう。


『ぐあっ!』

「逃がさない!!」

 更に追撃を仕掛けようと、サクラちゃんはロドクを追いかける。

 が、そう上手くはいかなかった。ロドクは飛行魔法で咄嗟に飛び上がり、自身がさっきまで立っていた地面、つまり今サクラちゃんがいる位置に向かって魔力弾を連続して放つ。


「わっ、わっ、わっ!!」

 サクラちゃんも流石に追撃が出来ずに、

 そのまま魔力弾を回避するために距離を取っていく。


『舐めるな、小娘が!!』

 突然背後から襲撃されて、気が動転したのだろうか。ロドクはそのまま集中的にサクラちゃんに攻撃を浴びせようするのが、そこにカレンさんの光の刃が飛んでいく。


『むっ……!!!』

 ロドクは咄嗟に、もう片方の手で防御魔法を発動させその攻撃を無効化させるが、この機会を逃すボク達じゃない。


 先ほどの闇のオーラによる防御壁は自身で消失させてしまっている。

 今こそが攻撃のチャンスだ。


「サクラ、見事な不意打ちだったわよ!! 後は私達に任せて!!」

「お、お願いします! 先輩、レイさん!!」

 ボクとカレンさんは同時に駆け出す。そして、二人がかりで攻撃を仕掛ける。


『くっ!! こうなれば!』

 ロドクは何処かから骨で作った杖を取り出して、向かってくるボク達に杖の先を向けて魔法を唱えようとする。


「させないよ!」

 だが、それは許さなかった。

ボクは契約の指輪の力を解放して一瞬で距離を詰めて、剣の一閃を放ってロドクの持つ杖を破壊する。

「はああああっ!!!!」

 そして、そのまま奴の腹部を蹴り飛ばしてロドクを地上に叩き落とす。


『ぐあっ!?』

「カレンさん!!」

「任せなさい!!」


 カレンさんは落下するロドクに向けて剣を振りかざし、振り下ろした。


「聖光斬撃波!!」

 そして放たれたのは聖なる波動を宿す一筋の光線だ。

 その光線は真っ直ぐに降下していくロドクに直撃し、大爆発を起こす。


 更に、それだけは済まない。


「世界よ、我が言葉に耳を傾けたまえ―――<重圧>グラビティ

「目の前の皮を被った骸を、贄と捧げよ、煉獄の炎よ!<上級獄炎魔法>インフェルノ

 レベッカとエミリアが強力な魔法で同時攻撃を繰り出し、

 最後に姉さんがトドメの魔法を解き放つ。


<極大大砲>ハイキャノン!!」

 姉さんの特大級の魔力砲を総攻撃を受けているロドクに向かって放つ。

 ロドクが攻撃を回避した様子はない。おそらく直撃している。


「……やりましたか?」

 魔法でボク達を支援していたエミリアが呟いた。

 ボクは地上に着地し、爆心地を見つめる。

 これで相当弱っていれば最後は姉さんの<浄化>の魔法で止めを刺す。

 アンデッドであるロドクにとって浄化の魔法は致命傷だろう。


 しかし、姉さんに指示を出す前に、

 まだロドクの気配の大きさがまるで変わってないことに気付いた。


「……どうやらまだみたいね」 

 カレンさんは爆発が起きた場所をじっと見つめながら言った。数秒後、爆風が止んでうっすらとその場に人影が佇んでいるのが見える。

 そこには、満身創痍としかいえない重傷を負ったロドクが立っていた。


「あれほどの攻撃を受けて未だ健在とは……!」

「背中の一撃も確実に致命傷だと思ったんですけど、流石アンデッドですね。大して効いてなかったみたいです」

 二人は奴がまだ生きていることに驚きながらも油断なく構える。


『っ……生前の姿を再現したのは良いが、痛覚まで戻ってしまっているな。

 やはりアンデッドのままの方が我は性に合っていたようだ』


 ロドクは傷だらけになりつつも余裕のある口調で話していた。

 奴は自身が持つへし折られた杖を一瞥して言った。


『この杖が折られてしまったか……。

 まぁ、仕方あるまい。また新たな物を作れば済むだけの事だ。

 それよりも、まさか我がここまで追い詰められるとはな……』


 ロドクはそう言ってボク達を見る。

 最初に、ボク、次にカレンさん、そして最後に自身を背後から襲ってきたサクラちゃんを見る。

 そして奴は言った。


『そこの聖剣使いの挑発ですっかり我を忘れてしまったようだ。

 貴様たちは我の隙を突こうとしていたわけか。いやはや、中々に勇者らしからぬ手段を取る輩よ。むしろ気に入ったぞ』


「………」

 どうやら作戦がバレてしまったようだ。

 だが、ここまでダメージを負っているなら十分に押し切れる。


『……貴様、何という名前だ?』

「え? さ、サクラですけど……」

 いきなり名前を聞かれて、戸惑いつつ答えるサクラちゃん。


『サクラ……覚えておくぞ。貴様も、そこな娘と同じく妙な力を感じる。もしや、霧の塔で選ばれた勇者は貴様か?』


「――っ!? な、何でそれを……?」


『少々オーラが違うものの、女神のそれに近い気配を感じたのでな。

 なるほど、勇者二人に異世界の女神、聖剣使いの女騎士、それに地の女神の巫女、極大魔法の使い手……そして、竜化の術を持つ魔道士か。

 魔軍将サタン・クラウンが敗北するのも必然……これは分が悪いな』


 そう言い終わると、ロドクは自身の胸に手を当てて何か呪文のようなものを詠唱し始めた。

 すると、奴の全身から禍々しい闇の魔力が溢れ出した。


『ならば、せめてもの置き土産を残していこう。アンデッドドラゴンよ……その封じた力を解放せよ』


 そして、奴は自身の持つ杖を砕いた。

 そこから黒い魔力が放出され、上空のアンデッドドラゴンへと飛んでいく。


「何をしたっ!?」

『元より、この杖はアンデッドドラゴンと契約を交えた時に使用した触媒だ。

 杖が壊れてしまったためどのみちこれ以上長く契約は保てぬ』


 そして、ロドクは飛行魔法で上空に飛び上がり高らかに叫ぶ。


『さぁ、古の竜よ。貴様はもう自由だ。

 最後にその力を解き放ち、封じられた力と共にこの者たちを道連れにしろ!!』


『グルオォオオオッ!!!!』

 アンデッドドラゴンは叫び声を上げると、今までよりもさらに強い闇色のオーラを纏い始めた。


『さて、今宵はここまでとしよう』

「まてっ! 逃げる気か!!」


 レベッカは叫び、空に浮かんだロドクに向かって矢を放つ。

 しかし、ロドクの周囲に漂う闇の魔力によって、その矢は直撃する前に消滅してしまった。


『さらばだ、人間どもよ。次に会う時は、全力で相手をしてやろうぞ』

「くそぉ!!」

 そして、ロドクの身体は光に包まれて消えていく。


「待ちなさいっ!!」

「逃さないわ!」

 ボク達はロドクを追おうとするが、自由の身となったアンデッドドラゴンがこちらに物凄い勢いで飛んでくる。こうなると、流石にロドクを追う事が出来ない。


 アンデッドドラゴンを追ってウィンドさんが追いかけて攻撃を行う。

 しかし、力を解放された影響かアンデッドドラゴンの力が更に高まっており、風の刃をその身に受けても大したダメージを受けていない。


『……ふふ、生き残れたらの話だがな』

 奴は最後に、こちらを気味の悪い笑みで嘲笑し去っていった。

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