第184話 考えてみる

 何とかデウスの配下を撃退した僕達。

 しかし、依頼を完遂できていないということで、リカルドさんはまだ調査を続ける様だ。


 僕達は、彼ら二人に調査を任せて廃坑からの離脱の準備をしていた。姉さんはリカルドさんの意識が戻ったばかりなので念の為に彼らと同行している。


「……駄目です。

 折角用意した魔法陣ですが、再び魔力を込めても発動しません……」

 エミリアとレベッカが二人で、デウスに封じられた魔法陣を復活させようと考えるのだが、どうやらそれは叶わないようだ。


「一体、あの男は何をやったんだろう」

 僕が見たのは、デウスという男が魔法陣に手を翳したところを見ただけだ。

 それで魔法陣は赤く染まってから機能を停止してしまった。


「分かりません……。

 以前も似たようなこともあったのですが、完全に私の知識外ですね」

 エミリアは申し訳なさそうに言った。


「似たようなこと?」


「……あの時レイは気を失ってましたね。分からないのも無理はない。

 ほら、以前、あの駄女神のダンジョンですよ。地下五階で<迷宮脱出魔法>を同じように使ったんですけど、何故か発動しませんでした」


「あ、あの時の……」

 あの時は、僕は死に掛けてて、復活してからも魔王の部下の登場やら女神様の登場とか色々あったなぁ。ただ、脱出魔法が使えなかったというのは初耳かも。


「あの時も、レッサーデーモンやアークデーモンがわたくしたちに襲い掛かってきていましたよね。まさか、あの男もあの場に居たのでしょうか?」


「分かりません、私も<索敵>サーチの魔法で周囲を探っていましたが、その頃の私は今と比べても未熟でしたから索敵漏れの可能性は十分にありました。レベッカの言う通り、確かにその可能性もありますね」


「じゃあ、あの時から僕達はあの男に目を付けられていたってこと?」


「それは多分無いと思うんですよね。

 その時の私達は何てことのない普通の冒険者だったはずです。

 冒険者の括りで狙うならまだしも個人で狙われる理由もないはず」



「あの場は女神ミリク様の管轄の場所です。

 そして、わたくしはあの場でミリク様と初めてお会いできました。とすると、もしかしたらわたくし達ではなくミリク様を狙っていたのかもしれません」

 なるほど、無名の僕達やその辺の冒険者を狙うよりは説得力がある。


「おそらく、レベッカが言ったことが正解、なのかな」


「多分、しかし……いくらあの女神がアホだと言っても仮にも『神』ですからね。よほどの強さが無ければ、いくらデーモンを向かわせても勝ち目が無いと思うんですけど」


「いや、アホは言い過ぎでしょ……」

 駄女神というワードは僕も同意してるので否定しないでおく。


「っていうか、レベッカが居るのにアホだの駄女神だの言い過ぎだって」

「そ、そうですね……ごめんなさい、レベッカ」

 流石に、女神ミリク様の信奉者であるレベッカの前で暴言を言い過ぎたエミリアは反省して謝罪する。


「エミリア様、お気にならさず。

 地の女神ミリク様はその程度のことでお怒りにならないでしょうし」

 レベッカは慈愛に満ちた表情でそう言うのだけど……。


「そ、そうですか……」

「はい、ですのでお気になさらず」


 僕が思うミリク様のイメージって、

 そういうのに過剰反応していたように見えるんだけどなぁ……。

 まぁ、レベッカが怒らないなら今は問題ないか。


「……なら、話を戻しますけど、

 仮にあの<デウス>とかいうやつがミリクを狙っていたとして、どう倒すつもりだったんでしょうね」


 手合わせという形ではあったけど、僕は一度ミリク様と対峙している。

 正直、僕単体ではまるで話にならなかった。当時の僕の強さはミリク様曰く、『アークデーモン級』と言っていた。つまり、アークデーモンが挑んでいっても論外だ。


「……となると、やっぱりあの<黒の剣>かな」

 今回の事例で分かったけど、あの剣は人間に使えば『狂化』させて、魔物が使えば『強化』する効果がある。

 あのデウスは部下たちを<黒の剣>で強化して、ミリク様に挑むつもりだったのだろう。

 ただ、それでもまだ足りないように思える……。


「あの<地獄の悪魔>ヘルデーモンでしたっけ? <黒の剣>で強化されてましたので、ミリク相手にもそれなりに戦えそうですが……」


「でも、あいつ単独だと勝負にならないと思う」


 僕がミリク様と戦った時、まるで本気じゃなかった。形式的は僕の勝ちだったけど、あれは勝たせてもらったというのが正しい表現だろう。


 仮に、ミリク様を撃破するつもりの襲撃だったとして、最低でも複数で同時に掛からないと全く勝ち目が無い。もっとも、ミリク様がわざわざ正面から迎え撃つというのも考えにくい。もし、自分で戦うつもりだったなら、僕達に協力を求める必要なんて無かったはずだ。 


「……あの、よろしいでしょうか?」

 レベッカが控えめに手を挙げて発言の許可を求めてきた。


「ん、どうしたの?」


「えっと、これは、推測混じりの話になるのですが……」


「構わないよ、言ってみて」


「はい、では失礼して。あの男の目的は<黒の剣>を使うことで、<魔王>の誕生を早めようとしたのではと」


 ……それは、想像もしてなかった。


「どういうことです?」


「旅立つ前に、ミリク様とお話する機会があった時にミリク様にこう助言を受けたのです」


 ◆


『あの、酔っ払いの男から取り上げた剣を解析したが、とんでもないぞ。人間に寄生してマナを吸い尽くし、それを別の力に還元して何処かに流しておる』


『ミリク様、それは―――』


『詳しいことはまだ分かっておらん。

 しかし、この力を何かに利用しているのは間違いなさそうじゃ。個人的な考えではあるが、お主らが何度も遭遇している<魔王の影>、あやつを生み出すためだと想像しておる』


『つまり、それはどういう事なのでしょうか?』


『<魔王の影>は地上にその姿を何度も現わすことで、

 魔王の誕生を速めて、その力を増大させる役割を持つ。では<魔王の影>はどうやって現わしたのか?儂は、それがその<黒の剣>の力を利用していると考えておる』


『もし、それが本当なら、わたくし達がこれから追う人物は……』


『そこまでは分からんな……。だが、気を付けよ。

 もしそいつが自覚して行っているなら、仮に人間であっても放置出来るような存在では無い』


 ◆


「……と、その時のミリク様は仰られていました。

 つまり<黒の剣>で<魔王の影>を生み出し、<魔王の影>を地上に出現させることで、<魔王>の誕生を早めるつもりだろう、と」


 ……なるほど、一応それなら筋が通っている。


「あのダンジョンの時に、ミリク様を襲撃しようとしたのは間違いないと思います。ただ、それは<魔王の影>の出現を期待していた可能性もあったやもしれませんね」

 レベッカの話を聞いて、エミリアは自分の考えを述べる。


「……まぁ確かにあの魔物がいれば、可能性はあったかも」

 <魔王の影>は個体差はあるけど、それでも無理矢理進化させた<地獄の悪魔>とは比較にならないくらい脅威だ。


「ですが、肝心のミリクが表舞台に出てきませんでしたからね。実際に悪魔達と戦ったのは私達ですし、途中で計画が頓挫して襲撃を諦めた可能性があります」


 ……エミリアの推測なら、筋は通っている、と思う。

 実際、下級悪魔が上級悪魔を手引きしたのは下層までで、ミリク様が待ち受ける十階には入り込む余地が無かったのだろう。それ以降、悪魔達の襲撃が無かったのも、襲撃を諦めたのであれば納得がいく。


 八階や九階も、ダンジョン内部ではなく別の場所に転送されるシステムだったのも、もしかしたらミリク様が襲撃に備えての策だったのかもしれない。今となっては分からないけど。 


「レベッカはどう思う? あいつが僕らを狙った理由」

 僕は何か言いたそうにしていたレベッカに尋ねてみる。


「そちらに関しては何とも、ただ……」 


 レベッカは、こう前置きをしてから言った。

「これはミリク様では無く、完全にわたくしの推測です。

 今回に関しての話ですが、デウスは対策を講じられる前に、この場で皆殺しにしてしまえば、誰にも知られることなく<魔王>の誕生を早めることができると考えたのでしょう。

 だから、奴を追っていたわたくし達をこの場で始末しようと考えたのだと、推察が可能です」


 <デウス>は『魔王様の誕生を心から望む者』と自身の事を語っていた。

 今の話を照らし合わせると、奴が<黒の剣>を作り出し、人間に使わせることで<魔王>の誕生を目論んでいる……というのは、考えられる話だ。


「しかし、そうなると厄介ですね……。

 まさか、そんな目的があるとは思ってませんでしたし」


「……あの、<デウス>って奴を放っておくわけにはいかないね」


 多分、あいつはあの<黒の剣>の作り方を知っている。

 邪魔者が居なくなれば、再び同じ事が出来ると考えてるに違いない。


「……レイの言う通りですね。

 私達の旅は、あの<デウス>という奴を倒さないと終わらなさそうです」

「はい……そうでございますね」


 魔王討伐よりも先に<デウス>を見つけ出し、討伐する。

 幸い、奴は僕達を始末したと考えているだろう。今の奴は無警戒なはず。

 ただし、問題がある。


「あいつが今何処にいるかってことですね」

「うん、それが分からないと僕達も動きようがないと思う」


 結論としては、こちらから動きようがないという事だ。

 悔しいが、今は生き残ったことを喜ぶ以外に出来ることがない。


 ◆


 現状維持という結論が出てから数分後、

 別行動していた姉さん達がようやく戻ってきた。

 どうやら、目的のモノは見付けられたようだ。


「これで、ここの鉱山はまだ利用価値があることは確認できたな」


「ああ、後は上に報告すれば俺たちの依頼は終わりだ。

 お前らには随分迷惑掛けちまったな……すまねぇ」


「大丈夫です。苦労はしましたけど全員無事ですし」


「そうだな……では帰ろうか」


 その後、僕達は歩いて地上に戻ることにした。

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