第106話 幸先不安

 次の日になり、僕達は馬車でエニーサイドに向かう。

 その予定だったのだが――


「えっ!?馬車が出せない!?」

 朝、定期馬車の時間帯に馬車乗り場に向かうとエニーサイド方面に出せないと言われてた。

「な、何故ですか?」

「ここ最近魔物の動きが活発でなぁ、暫く馬車で向かうのが危険なんだよ……」

 どうもここ数日短距離ならともかく、長距離移動の際に魔物の襲撃に何度も合っているらしい。

「あの、せめて私たちが護衛するので、出してもらえないでしょうか?」


「うーん、まあ君たちはここでも有名な冒険者だから大丈夫だと思うのだが……」

「それなら!」

「でも駄目だね、あちらに向かう馬車は全部ダメになってしまっている。

 あと一週間待ってもらえれば通常通りの運行されるかもしれないが、すぐに行きたければ自分達で馬車を用意して行ってもらうしか……」

「そ、そんな……」


 どうやら僕たちはこのタイミングで運に見放されたようだ。

 仕方ないので、僕は徒歩でエニーサイドに向かうことを提案したのだが……。


「とはいってもレイ様、徒歩だと一週間は掛かる距離でございますよ?」

「しかも今は怪しい商人を早く追いかけないといけないし、

 そんな時間を掛けてる場合じゃないんじゃないかしら?」

「うぐぅ……」

 二人の言うことはもっともだが、このまま何もしないわけにもいかないだろう。

 僕は少し考え、ある提案をした。

「ねえ、僕に一つ案があるんだけど」

 僕の話を聞いた三人は納得してくれたようで、早速準備に取り掛かった。


 ◆


 そして次の日――

「何とか揃えることが出来たね」

「ええ……しかし、高くつきましたねぇ」

 僕達は一日掛けて、自分達で自由に使える馬車と馬を一頭用意することが出来た。

 他の馬車が使われる以前の古い馬車で手狭だが、

 何とか積めればギリギリ四人程度なら入れるスペースはある。

 車輪はガタガタだったので専門のお店で新しいものと取り換えた。

 馬の方は大事な移動力になるという事で少しお高い子だったが仕方ない。

 その分、見るからに馬体が立派な子で農耕や運搬用に使われていた子を高値で買い取ったのだ。

 ちなみに御者さんは居ない。自分達で馬を乗って馬車を引っ張る必要がある。


「さあ、行こう!」

 こうして僕らは新たな旅路へと出発した。

 ……いや、したいんだけど……。


「レイ、ところで」

「え?」

「誰が馬に乗るのですか……?」

「「……」」

 か、考えてなかった……!


「ね、姉さん!乗馬出来る?」

「え、無理無理!デスクワークと面接しかしてない女神にそんなの出来ないわ!」

 だ、だよねぇ……?


「レイは乗れないのですか?」

「む、無理だって!僕現代人だよ?騎手でも乗馬クラブに通ってたわけでもないんだから……!」

「レイの言ってる意味が全く分からないのですが……」

 エミリアは僕の言ってることの半分も理解できていないようだ。

 そりゃそうだよ、別世界だもん。


「あ、あの……よろしければわたくしが……」

 レベッカが名乗り出てくれた。

「れ、レベッカ!乗馬出来るの?」

「はい、手慣れてはおりませんが……それでもよろしければ」

「た、助かるよ!ありがとう!」

 レベッカ、このパーティで最年少なのに一番優秀なのでは……?


「分かりました。エニーサイドへ着くまでに最低でも二日は掛かりますが……」

「そうだね……以前に来た時もそれくらい掛かったし、それは仕方ない」

「では参りましょうか」


 そうして僕らは再びエニーサイドを目指すのだった。

 エニーサイドへ続く街道を馬車が走る。

 車輪が壊れないようにサスペンションも付けてもらっているので揺れは少ない。

 これなら長時間座っていても疲れなさそうだ。


 ――数時間後


「レベッカ、疲れたら私が御者の役目を代わりますから言ってくださいね」

「はい、ありがとうございます。エミリア様」

「えっ……エミリアも馬に乗れるの?」

「はい、といってもあまり経験が無いので期待しないでくださいね?」

 日本出身の自分からしたら馬に乗れるだけでも凄いよ……。


「レイとベルフラウも少し乗馬の練習をしてみては?」

「うぇっ!?ぼ、僕達もやるの?」

「はい、いざという時に動けないと困りますよ?」

「そ、そうなんだけど……乗馬なんてやったことないしなぁ」

 僕は自分の体を触ってみる。

 冒険者を続けてるとはいえ運動神経は良い方ではないし、そもそも僕はインドア派なのだ。

 今更ながら乗馬の経験がない事を思い出して少し後悔した。


「大丈夫ですよ。私も教えます」

 そういうことならやるべきかな……出来ないと迷惑かけてしまいそうだし。

「よし……やってみようかな」

 こうして僕らは少し休憩がてら乗馬の練習を始めることになった。


 ◆


「はぁ……疲れた」


 あれから数時間、最初はぎこちなかったが徐々に慣れてきた。

 僕は乗馬は不慣れだがレベッカの強化魔法で身体能力を上げていたおかげで、

 多少の無茶はしつつも何とか乗りこなすことが出来た。

 しかし問題はベルフラウ姉さんの方だった。


「お、お馬さんが言うことを聞いてくれないのー!

 きゃあああああああああ!!!」

 姉さんが馬に跨ると何故か馬が興奮して暴れ始めるのだった。


「ど、どうしてこんなことになるんですかね……」

「わかんないよぉ……!もうやめるぅ……」

 姉さんはすっかり意気消沈してしまった。

 どうしたものか……。


「……レベッカ、何かアドバイスとかある?」

「そうでございますね、強いて言うなら……」

「言うなら?」

「愛、でしょうか……?」


 あ、愛だと……?

 愛を以って接すれば馬と心を通わすことが出来るという事だろうか……。


「姉さん、愛をもって馬に乗ってみて?」

「えぇ……?」

「お願い」「う、うん……」

 僕が頭を下げると姉さんは渋々と言った様子で馬に跨った。

 すると先程までの暴走が嘘のように大人しくなってくれた。


「お、よしよし……」

 そして再び乗馬を再開する。

「ほら、怖くないよ……落ち着いて……」

「ブルル……」


 それから数分後――


「わ、わわっ!ま、待って!止まってぇ!」

 馬は急に走り出した。

 また暴れ始めたのだ。

 しかし――


「ふぇ?……大丈夫だよ……いい子だから……」

「ヒヒンッ!」

 姉さんの優しい言葉に反応するかのように今度は素直に従ってくれるのだった。

「……すごい」

「さすがですね……」


 これには僕もレベッカも驚きを隠せなかった。

 何が凄いかと言うと、ただ単に馬を落ち着かせただけじゃないからだ。

 あんなにも言うことを聞かなかった馬が自分の意志で走っている。

 これはつまり、姉さんが馬の気持ちを理解したという事だろう。


 これが愛の力なのか……。


「これもみんなのお陰ですね、ありがとう」

「いえいえ、ベルフラウ様の慈愛の為せる業でございますよ」

 そ、そうなのかな……?


「うん、これで私もこの子と―――!?」

 姉さんは何か言おうとしてたようだが、

 馬は姉さんが乗ったまま走り出してしまった。


「わあああああああああああ!!

 待ってええええええええええええええええええええええええ!!」


「「「……」」」

 その光景を見て僕らは顔を見合わせて苦笑した。

 こうして乗馬の練習を終えた頃には日も暮れており、

 レベッカの魔法で少し馬を速めて進んでいった。


 今のペースだとエニーサイドへと到着するのは明日の夜になりそうだという事だった。

 僕達は少し遅れたが予定地の村まで何とか着いた。


「今日はこの村に泊まりましょうか」

 エミリアの言葉に全員が賛成して村の宿屋へ泊まる事になった。

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