第107話 つい流れで言っちゃった……

 翌朝――


 僕らは朝早くに出発した。

 というのも予定していた村に着いた時点でかなり遅れていたためだ。

 下手をするとエニーサイドに夜中に着いてしまい、宿が取れないと判断した。

 なので少し早めだが目的地へと向かう事にした。


「レイ、乗馬随分慣れてきましたね」

「うん、少しずつコツを掴めてきたよ」

 今はレベッカに代わってもらって僕が御者をやっている。乗馬はレベッカやエミリアの方がずっと上手いのだが、僕が慣れるためにやりたいと言って代わってもらったのだ。


「このままベルフラウ様にも慣れてもらいたいのですが……」

「すぐには無理かな」

「残念です……」

 ベルフラウ姉さんは、心交わしたと思った瞬間に馬に暴れられたことがトラウマになったらしい。昨晩のうちに「私はお馬さんとお友達になるんだからぁ!」と涙目で言いながら必死になって馬と向き合っていた。

 

 その姿を見た時は流石に可愛そうになってしまった。

 でもあの調子ならすぐに仲良くなれるんじゃないかと思う。


「うう、もうお馬さんやだぁ……」

 当の姉さんは馬車の中で蹲っていた。結局上手くいかなかったらしい。

 そんな話をしながら進んでいると、前方に人影が見えてきた。


「あれは……?」

 どうやらこちらに向かってきているようだ。


「気をつけてください!敵かもしれません!」

「え、敵……?」

 僕は目の前の人影をよく凝らしてみてみる。


「あ、あれって……」

 その人影はゴブリンの集団だった。

 どうも通りがかった人や家畜を無差別に襲っているらしい。


「馬車の人が魔物に襲われるってこの事だったんですね!!」

 最近は僕達は厄介そうな依頼ばかり受けていたが、

 確かにゴブリンやコボルトの依頼も比例して増えていた。

 確かにこんなことが頻繁に起これば冒険者ギルドに依頼の一つも出るだろう。


「こっちに来てるね……」

「まずいな……どうしましょうか?」

 

 ゴブリンの数は二十匹前後、司令塔と思われるゴブリンウォーリアーが一匹。

 ただのゴブリンはまだしも司令塔の方はそれなりに強敵だ。

 四人で戦えば問題なく勝てるが、馬や馬車を放置してしまうとそちらが襲われる可能性も考えられる。馬車と馬を守るために一時遠ざけておいて、僕達の誰かがこの場に残って退治する必要がある。


「この場は僕とエミリアが残るよ。

 レベッカと姉さんは馬車を動かして逃げてほしい」

 この中で乗馬がもっとも上手いのはレベッカだ。

 姉さんはいざという時に<空間転移>が使用できる。

 この場で姉さんの力で短距離ワープしてやり過ごす手もあるが、万一別動隊がいて挟み撃ちにされると厄介だ。それにこの場にゴブリン達が居ると他の通行人の迷惑になる。


「分かりました、ではレイ様、お願いします」

「うん、任せて」

「え、ちょっと待ってよぉ~!!」

 姉さんの悲痛な叫び声が聞こえたが無視するしかなかった。

 エミリアと僕がその場に残り、レベッカ達はその場を離れて馬車で走り出した。

 それを見届けてから僕達は戦闘態勢に入る。


「エミリア、まずは一撃お願い」

「はい!」

 エミリアが杖を構えると同時にゴブリンの群れが一斉に飛び掛かってきた。

 僕はエミリアの前に立ち、剣を構えて魔法を発動させる。


<剣技・風魔法Ⅱ>風圧破

 剣に風魔法を付与し、剣で薙ぎ払う。

 同時に発生した風圧で襲ってきたゴブリン達複数を一気に吹き飛ばす。

 ゴブリンの数は多いが、個々の強さは今となっては大したものではない。

 それにこっちは集団戦が得意なエミリアが居る。


「折角なので強力な魔法使いますね」「えっ?」

 そう言ってエミリアは強力な魔法を発動させる。


<上級暴風魔法>トルネード!!」「ちょっ!!」

 風の渦が発生し、辺りに強風が巻き起こった。

 それはまるで台風の目にいるかのように僕の体を激しく揺さぶる。

 途轍もない攻撃範囲で周囲には極大の竜巻が発生しており、

 多数のゴブリンを一気に巻き込んだ。

 

 ――ちなみに僕も巻き込まれてる。


「エミリア、ちょっと加減して!!?」

「あ、ごめんなさい!この魔法攻撃範囲が広くてレイも少し巻き込んでしまいました!!」

 エミリア本人は最初見た時より遠ざかっていてちゃっかり範囲外に逃げてる。最近のエミリアは上級魔法ばかり使ってるせいで以前より戦い方が雑になってる気がする。


「ゲホッ、ケホ!!……死ぬかと思った……」

 僕はなんとか起き上がりつつ周囲を確認する。どうやらあの広範囲の攻撃で殆どの敵を一掃できたようだ。だが、まだ何体かいるようで生き残りのゴブリン達は一目散に逃げていくのが見える。


「逃すわけにはいかないよね……」

 僕は再び剣を構えると逃げるゴブリンに向かって魔法を発動する。


<剣技・風魔法>真空斬り

 僕は魔法と同時に剣を振るい、真空の刃を発生させて遠くに逃げようとするゴブリンを切り裂いた。


「よし、これで全部かな……いや、まだいるか」

 先ほど魔法に巻き込まれた一匹、司令塔のゴブリンウォーリアーがまだ生き残っていた。

 持っていた斧も離さず健在のようだ。


「エミリア、後は僕に任せて」

「あ、うん、お願いします」

 僕は敵に目掛けて飛びかかる。ゴブリンウォーリアーは慌てて振り向くと持っている武器を振り下ろしてくる。しかし、さっきの魔法で相当ダメージを受けていたのか動きが緩慢で鈍い。


「はぁぁぁ!!」

 ウォーリアーの攻撃を掻い潜り懐に入るとそのまま胴体を剣で斬り裂き真っ二つにした。

 僕は敵が黒い煙を上げて消えていくのを確認してから剣を鞘に納めた。


「今度こそ終わりだね」

 僕は周囲を見渡して敵がいないことを確認し終えると、エミリアの方に振り返る。

 するとそこには呆然と佇むエミリアの姿があった。


「エミリア?」

 僕は首を傾げながら声を掛けるが、なんだか嬉しそう。

 よく見るとエミリアは目を輝かせながらこちらを見ていた。


「レイ、本当に強くなりましたよね」

「え?そ、そうかな?」

 急に褒められたものだから思わず照れてしまう。


「えぇ、最初の頃と比べたら別人みたいです」

「そんなことはないと思うけど……」

 確かに最初は苦戦していた相手だったが、最近は難なく倒せるようにもなった。

 ただその分危険に晒されることも増えてきたため油断はできない。


「いえ、間違いなく強くなっていますよ。

 最初の頃は私の方が全然強かったんですけどね……」

 そう言って少し寂しそうなエミリア。

「今でもエミリアの方が強いと思うんだけど……」

「私が強いのは魔力だけですよ。

 最近だと工夫のない戦いばかりしてて迷惑かけてましたし……」


 前半はともかく、上級魔法ぶっぱしてる自覚はあったんだね……。


「さっきみたいにたまに巻き込まれることはあるけど、迷惑だなんて」


 僕としてはエミリアのお陰で強くなれたと思ってるし、今でもエミリアに頼りっぱなしだ。

 異世界に来てからずっと一緒に戦ってくれてたし、それは精神的な部分でも同じ。

 だから、僕にとってはかけがえの無い相棒なのだと思っている。


「でも、やっぱり私より先に行っちゃうのを見るとちょっと寂しいですね……」

 どこか悲しげな表情を浮かべるエミリアを見て僕は思わず胸が締め付けられるような感覚に陥った。


「エミリア……」

「私もレイと同じように成長しないと、置いて行かれそうです……」

 エミリアは笑いながら言うが、どことなく無理をしてるように思えた。

 僕はレベッカの手を握って言った。


「大丈夫だよ、エミリアは少し前に凄い魔法を覚えたんだし、

 むしろ僕が追いつくのが必死なくらい」


「レイ……」

 そして僕は少しだけ勇気を振り絞って言った。

「それに、僕だって好きな子にいつまでも負けていたくないから、

 だから強くなろうと頑張ってるんだよ」


 僕の言葉を聞いたエミリアの顔がみるみると赤く染まっていく。


「す、好き……ですか……?」

「うん」

「あぅ……」

 エミリアは赤くなった顔を隠すように俯いてしまった。

 今のは自分でも直球過ぎたかもしれない。自分の顔を赤くなってるのが分かる。


「わ、わかりました!もう十分伝わりました!」

「そ、そっか……」

 僕達はしばらく顔を赤らめたまま、街道の方へと戻り馬車に合流した。


 ◆


「レイくん達、何かあったの?」

「え、何でもないよ!」「ありませんよ!」

 姉さんに様子が違うことに気付かれそうになったが誤魔化した。

 エミリアも同じく動揺しているのか声が裏返っていた。


「そう?ならいいけど……」


 危なかった。

 まさかこんなところで告白紛いのことをしてしまうとは思いもしなかった。

 僕は気を取り直すために一度咳払いをした。


「それじゃ、みんな揃ったことだし出発しようか」

「分かりました、それではわたくしがまた馬を走らせますね」


 レベッカはそう言って馬車を走らせた。

 エニーサイドまであと六時間程度走らせればもう着くはずだ。

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