第689話 夜の健全な特訓(保護者付き)

【視点:レイ】

 その日の夜――


 依頼を複数消化したレイ達は疲れを癒すために宿に戻り、各々が自由に過ごしていた。一方、レイは一人部屋で軽く休息してから部屋を出る。


「……そういえば、ここには混浴の大きな大浴場があったっけ」


 ふと思い出して僕は呟く。あの時はレベッカに教えられて、中学生男子特有のイベントが発生したりしたものだが……。


「……止めとこう。レベッカはまだしも、他の子達と遭遇したら気まずい」


 お風呂場に向かおうとした足を止めて引き返す。そして、外の夜景でも見ながら散歩でもしようと考えて宿の外に出ていく。


 すると、宿の外の樹の傍でこちらに背を向けて周囲を伺っている女性の姿を発見した。


「あの背中は……」


 外が暗いから分かりづらいけど、スラリとした長身に長い青髪の女性……カレンさんだ。こんな時間に何をやっているのだろう?


「どうしたの、カレンさん?」「!?」


 僕に突然話しかけられたのが驚いたのか、その背中をビクンと震わせて、そっと顔だけをこちらに向

 ける。


「……なんだ、レイ君か……ビックリしたわ」

 カレンさんはそう言いながら軽く目を瞑って息を吐く。


「こんなところで何を見てるの?」

「え? ……えーっとね……」


 カレンさんは何故か目が泳いでいた。不思議に思い、僕はカレンさんが見ていたホテルの広い庭を覗きこむと、華奢な身体に似合わない武骨な剣と盾を持って一人で剣の稽古に励むミーシャの姿があった。


「ミーシャちゃんを見てたんだ。声を掛けないの?」


「……ま、まぁ? あの子が変な事しないかだけちょっと見張ってただけよ。別に声を掛けるほどの事じゃないわ」


「なるほど、無茶しすぎないか心配してたんだね。それで、ミーシャちゃんとは気まずい関係だから声を掛け辛かったと」


「い、言ってないから!」


 僕はカレンさんの反応を見て思わずクスクスと笑ってしまう。


「心配なら傍で指導してあげればいいのに。カレンさん、人に物を教えるのは得意でしょ?」


「……あの子とは初対面での印象が最悪だったから……。私が声を掛けると、驚いて悲鳴上げて逃げ出しちゃうのよ」


「あー、なんだっけ。鬼の形相でミーシャちゃんに襲い掛かって殴り飛ばしたんだっけ?」


「そこまでやってないわよ! サクラを押し倒してひん剥こうとしてたから、ついカッとなって彼女を掴みあげて店の外に投げ飛ばしただけなの。まぁ、ガラス窓に投げちゃったから窓を突き破って色々酷いことになったけど……」


「……むしろ、それでよく今もパーティが組めているね」


「まぁサクラが取り持ってくれたから何とかね。でも、最初にそういう事があったからずっと関係性を引きずってるのよね……はぁ」


 その様子を見て、僕は少し呆れながらも小さく笑う。


「……まぁ、どっちが悪いかは追及しないけども。やり過ぎたと思うなら謝ればいいのに……」


「サクラは彼女の事を許してるからそうすべきなのは分かってるけど、まだ心の整理が付かないのよ……」


「カレンさんらしいと言えばらしいけど」


 僕は頭を掻いて困ったように笑う。カレンさんは優しいけど、一度怒ると頑固になって中々考えを変えてくれないのだ。しかも、その行動がやや暴力方面に寄ってるせいで、アルフォンス団長辺りからは結構酷い呼ばれ方されたりもする。


「とあーーーー!! てやーーーーーー!!」


 僕達が話していると、間延びしたミーシャちゃんの声がホテルの庭に響き渡る。


「……声だけは立派だけど、あの子、要領が悪くて今一つ訓練になってないのよね。何処から仕入れてきたか案山子人形を相手に、もう二時間ぶっ通しで剣を振るったり盾をぶつけてるだけ……。動かない相手に武器を振るって上達するのは最初だけよ。まだ素振りの方が型の訓練を繰り返しやすくて効率が良いくらい。ちょっとレイ君、話しかけに行ったら? 向こうは話し相手ほしがってるかもよ?」


「カレンさんが自分で行けばいいじゃん」


「わ、私は別に心配してないもの」


 カレンさんは軽く頬を赤く染めながら僕から顔を逸らして言い放つ。カレンさんも割とツンデレ気質あるよね。


「……分かった。じゃあ僕が代わりに行ってくるよ。ミーシャちゃんに伝えたい事、何かある?」


「……近所迷惑だから気の抜けた声を叫ぶのは止めなさいと言ってあげて。私、あの子の叫び声はちょっと苦手」


「分かった」


 僕は少し苦笑いしながら了承して、ミーシャちゃんの方へと歩いていく。


「えい! やあ!」


「……よっと」


「うーん……えい! やあ!……」


「おーい」


「よ……わひゃっ!? あ、れ、レイさん!?」


 ミーシャちゃんはこちらに気付いてなかったようで、僕の声に驚いてビクッと身体を震わせた。


「どうしたんですか、レイさん。夜のお散歩ですか? 夜景綺麗ですもんね!」


「うん、まぁそんなところ。ミーシャちゃんは剣の稽古?」


「はい! この、ボクが作った【訓練用カカシ君】と向き合って技の稽古をしていました!!」


「自作だったんだ、これ……どおりで手作り感満載だと思った」


「はい! でも、中々カカシ君を上手く切れなくて……まだまだ修行が足りません!!」


「そ、そうだね……」


 ミーシャちゃんはカカシ君に向かって剣を振り下ろしては何度も切りつけているのだが、切り口や場所が妙にまばらで技自体上手く決まっていないようだ。


 何度も繰り返して技を出すときの構えが雑になってるから、体のバランスを崩しているんだろう。時々よろめいたりしてて危なっかしくハラハラする。


「あ、そうだ。レイさん、いや、レイ先生!!」


「レイ先生……えっと、何?」


 生徒でも無い子に突然先生と呼ばれて、僕は一瞬頭に『?』が浮かんだが、少し遅れて返事をする。


「ボクに凄い技を教えてください!!」


「技?」


「はい! 今日、巨大ゴーレムを倒した技あったじゃないですか!! あの、剣から炎を出して、一瞬で巨大ゴーレムの大きな足を一瞬で粉砕玉砕した技!! ボクもあんな派手な技が使いたいです!!」


 ミーシャちゃんは、僕を尊敬のまなざしで見てくる。


「……あれは、【魔法剣】っていう特殊な魔法と【剣閃】っていう剣の応用技で……」


【魔法剣】は僕自身が勇者として使える固有技。名前通り、魔法と剣を融合させたもので、低確率で偶然それっぽい現象が発生する以外は僕以外の使い手が居ないと聞いている。


【剣閃】はリカルドという剣の達人から教わった技。<心眼>と<初速>の技能を発動した上で敵を振り向きざまに薙ぎ払う技で、見た目の地味さの割に威力の高い優秀な技だ。


「魔法剣? 剣閃? なんだか凄そうな名前です!! ボクも使えるでしょうか?」


「い、いやぁ……剣閃はともかく、魔法剣は無理じゃないかな……」


 僕は苦笑いしながら答える。剣閃はリカルドさんに最終日に教わった技で錬度も低く、魔法剣が使えるのも今のところ僕しか居ないらしいからなぁ……。


「そうですか……」


 ミーシャちゃんは見るからに落胆する。よっぽど派手な技を使いたかったんだろう。


「ミーシャちゃんには【シールドバッシュ】っていう立派な盾技があるじゃないか。あれだって十分強力で有効な技だと思うよ」


「でもボクはちゃんとした剣技が欲しいんです。お爺ちゃんに教わって剣を使い始めましたが今だにヘッポコですし、お爺ちゃんはそういう技は全然教えてくれないし……」


「ジンガさんはなんて言ってるの?」


「『鍛え上げた肉体から繰り出される一撃は全て「一撃必殺」の技となる。故に、ただ剣を振る事のみに没頭すれば自ずと剣技は身に付く』といつも言ってます」


「(脳筋の理屈だ……)」


 僕は思わず頭を抱える。まぁ、確かにジンガさんの言う通りではあるけど、ジンガさんはあの見事なマッスルボディだからこそ力任せで敵を倒せているからそれを実現出来ている訳であって、華奢なミーシャちゃんが同じ方法を取ってしまうと自分の怪我と引き換えになってしまう。


「全て一撃必殺の技となる。ジンガ殿の言う事は正しいわね……うんうん」


 庭の樹に隠れてこちらを伺っていたカレンさんが納得したように呟いた。カレンさんも基本脳筋だか

ら、ジンガさんの考えに共感するものがあるんだろう。


「……? 今、あの鬼……じゃなくて、カレンさんの声が聞こえたような?」

「!」


 ミーシャちゃんが声の方を振り向くと、少し身体を樹から出していたカレンさんがサッと隠れる。


「……? 気のせい、ですか」


「そ、そうだよ。気のせいだよ。気のせい。多分風の音じゃない?」


「そうですかね……?」


「うんうん。……それで、さっきの話に戻るけど――」


 僕は誤魔化すように頷いて、話を逸らす。


「ジンガさんの教えは後々考え直すとして、技の方だよね。剣技かぁ……【バックスタッブ】とかどう?」


「バックスタッブ……!? あ、サクラお姉様の必殺技ですね!!」


「そうそう。あの、背後から敵を強襲する技」


 あれも、やってる事はただの背後から斬るだけなんだけど、語感の良さとサクラちゃんの技だということでミーシャちゃんは目を爛々と煌めかせていた。


「レイさんも出来るんですか、教えてください!!」


 ……自分で言っておいてなんだけど、ミーシャちゃんに向くだろうか?


「そうだね、一回やってみるよ」


 自身の思考を一旦放棄し、僕はミーシャちゃんとカカシ君から離れて10メートルくらい先のポツンと生えていた木の根元まで歩いていく。


 そして、その木の影に左から入って隠れようとしたところで、ミーシャちゃんに声を掛けられる。


「レイ先生、何故そんなに離れるんですか?」


「ん? 一番有効そうなシチュを想像したらこれが良いかなって」


「はい……?」


 首を傾げたミーシャちゃんが何か言う前に、僕は【バックスタッブ】発動前の事前準備を取る。狙いは、ミーシャちゃんの背後にカカシ君だ。


「(さてと、……ミーシャちゃんの視点からだとどう見えるのかな?)」


 僕はミーシャちゃんの驚く顔を想像しながら、彼女の目線から外れる為に木の影に隠れる。そして、技能の一つである【初速】を発動させる。


 次の瞬間、僕は一気に後方の地面を蹴り上げて木の影の右から飛び出して一気に加速する。


「?」

 ミーシャちゃんは僕が木の影に隠れた時から視線が全く動いておらず僕の動きを追えていない。


 僕はそのまま超スピードで別の木の影に回り込んで、さらに別の木に移動する。それを繰り返してミーシャちゃんに見つからないようカカシ君の背後に回り込む。


 そして、一直線に加速して真後ろまで接近。


「――バックスタッブ」


 剣を鞘から抜いて居合抜きのように人形をバッサリ斬り裂いて両断する。


「あ……」


 ようやく気付いたミーシャちゃんが、こちらを振り向いて小さく声を漏らす。カカシ君はその体を支えていた軸を失い、バランスを崩してそのままゆっくりと崩れ落ちる。


「……と、こんな感じだよ。分かった?」


 僕は剣を再び鞘に納めて言った。


「ほへー……が、頑丈に作ったカカシ君が一撃で……」


「驚くのそこなんだ……」


「あの、どうやってボクから姿を隠していたんですか?」


「木の影に姿を隠した時に、【初速】っていう一歩目の速度を跳ね上げる技能を使ってミーシャちゃんが反応しきる前に別の木に飛び移って死角に回り込んだ。

 【バックスタッブ】は背後から斬り掛かるだけの技に思われがちだけど、実際は強襲するために相手の不意を突いて速度を増して一気に背後を取って斬るまでの動作の事なんだよ。簡単そうに見えて、相手を翻弄するだけの速度と、周囲に遮蔽物があって成立する高度な技なんだ。……パッとみだと地味に見えるけどね」


 サクラちゃんが凄いのは、その技を自身のスピードのみで成功させてしまうところだ。身軽で臨機応変に動き回れる彼女だからこその得意技なのだろう。


 一応再現出来たけど彼女のようにいつでもどこでも使えるような技では無い。今回のように隠れる場所が無ければよほどの格下出ないと見つかってしまう。


「ボクにはやっぱり難しそうです……」


「……そうみたいだね」


 しょんぼりしたミーシャちゃんを見て僕は苦笑する。盾を持つミーシャちゃんには難しいだろう。


「ミーシャちゃんは派手な技を覚えるより先にやることがあると思う」


「……やっぱり基礎訓練ですか?」


 彼女は今までそれを散々実践してきたのだろう。それでも上手く強くなれなかったので、藁にも縋る想いの顔だ。


「ううん、それも大事だけどもう一つ……。キミは自分に自信が無さ過ぎる。それが理由で、自分の成長を妨げてるんだと思う」


「……っ!!」


 自覚はあったのだろう。ミーシャちゃんは顔を伏せて手を強く握りしめる。


「ミーシャちゃん。キミはこうやって深夜に一人でひたむきに稽古に励んで強くなろうとしている。とても頑張り屋で真面目な良い子だと思う。でもその頑張りを誰も褒めてくれなくて、今まで結果も出せていないのが理由だろうね。狂戦士化無しで魔物と向き合えないのも、自信の無さが顕著に出てるんだと僕は思うよ」


「……そ、それは……」


 ミーシャちゃんは図星を突かれたようで、何か言い返そうと口を開いたが言葉を発する前にまた閉口してしまう。


「だから、まずはキミは自分が思う以上に強い事を認めるところから始めよう」


 伏せていた彼女が顔を上げる。


「自分で自分を認められないなら僕が言うよ。……キミは強い」


「……え?」

 予想外だったのか、ミーシャちゃんはきょとんとして僕を見る。


「『キミは強い』と言ったんだよ。カカシ君と向き合って二時間も剣の稽古をすれば普通は息も絶え絶えなのにキミは平然と続けられている。

 今朝、模擬戦をやった時も、キミは動きもよくて剣の威力は十分に重くて鋭かった。戦士としての技量や実力は、その辺の戦士よりも頭一つか二つは抜けてると思う」


「ほ、本当に、本当? お世辞とかじゃなくて?」


「本当だよ。以前はカレンさんやサクラちゃんと一緒にオーガロードを倒したって言ってたけど、今のキミなら単独で十分勝てる」


「……で、でもボクは……」


「うん。信じきれないよね。……だけど、キミが勇気を持って戦えばそれだけの事が出来るんだ」

 僕は先程収めた剣を再び抜いて構える。


「……僕も手伝う。キミが自信を持てるまで何度でも、……キミが自分を信じれなくても、僕がキミを信じる」


 僕は自身の使えるいくつかの技を使いながらミーシャちゃんに剣の稽古をつけてあげた。


「……頑張ってね、二人とも」


 二人の励む姿を見て、カレンは静かにその場を立ち去った。

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