第435話 可哀想なミノタウロス

 人々が囚われている牢屋には結界が作用しており壊すことが出来なかった。僕達は、彼らを助けるために、結界を維持している魔力の核を探し当てて破壊することになった。


 サクラちゃん達が待機する牢屋を離れて、来た道を戻っていく。見張りの魔物が倒されたことに気付かれていないのか、今のところ以前と変わった様子は無さそうだ。


「さて、核はどこかな……っと」

 最初に来た時は牢屋まで一直線に目指していたため、寄り道と思われる道は無視してたけど、今回は逆だ。途中の分岐に入って、見逃しがないように虱潰しに探していく。


「お、お腹空いた……」

 さっきから、お腹がぐうぐうなっている。

 朝食を食べてから何時間経過したのか分からないけど、もう空腹状態だ。


「何か、食べ物持ってくれば良かった……」

 任務の事ばかり考えて、その辺りのことを一切思い付かなかったよ。

 レベッカ達、何か食べ物持ってないかな……。


「さっさと見つけて合流しないと……」


 それから、三十分ほど探し回ってから―――


「……ん? あれは……」

 牢屋の場所がどのあたりだったか記憶が曖昧になり始めて、散々迷いまくってからようやく目的の場所の一つに辿り着く。

 そこは、迷路の中の行き止まりの一つで、そこには高さ二メートルくらいの紫色の水晶が床から二十センチくらい宙に浮いている。


 あれがエミリアが言っていたものに違いない。

 この階層に安置されている三つの魔力の核、その内の一つだろう。


 すぐでも壊そうとしたかったのだがそうもいかない。その目的の魔力の核の前には、まるで僕を待ち構えていたかのように一体の魔物が立ちふさがっているからだ。


「こいつって確か……」

 茶色の肌と牛のような顔を持ち、筋肉隆々としたたくましい肉体を持つ魔物だった。その手には、巨大な斧を持っており、如何にも強そうだ。


 ただ、僕はこう思っていた。


「美味しそう……」「!?」

 しまった、つい口にしてしまった。


 僕の呟きを聞いた瞬間、その魔物はビクッとした反応を見せる。そして、怯えるような目つきでこちらを見つめて、心なしか物凄く警戒している。


 僕の発言で怯えだした魔物の名前はミノタウロスという。魔物料理として使われる食材であり、何度か食べたことがあるが絶品中の絶品だ。


 しかし、ここまで大きく筋肉が付いたミノタウロスは滅多に見掛けない。さすが魔王軍の拠点、魔物の質が野生の魔物より数段上だ。


 目の前の魔物は、僕の方に斧を向けて、困惑した様子で言った。


「き、貴様、一体何者だ……!

 しかも、このミノタウロス様を『美味しそう』……だと!?

 この大斧が目に入らぬのか!?」


「あ、凄いね。重そうな斧だし、筋力もかなりのものだと思う。食べ応えもありそうだしお店に売りに出せば、高額になるんじゃないかな……」


 そう言いながら、僕のお腹はぐうぐうと鳴ってしまう。

 自分も色々と限界が来ているようだ。


「ぐぬぅ……おのれぇ……」

「あ、ごめん。気に障ったら謝るよ」

 ぐうぅ~


「ええい、許さんぞ人間め……!」

 ミノタウロスは怒りに震えながらも、武器を構えて戦闘態勢に入る。


「あの、ここは引いてくれないかな。僕さっきからお腹が空いて正直戦うのがしんどいんだ。僕の用事は君の後ろの魔石だからさ。ほら、そこにあるやつだよ。君が邪魔で壊せないんだよ。通してくれる?」


「ふざけるなぁ! こんなところに核があると知ってる奴を見逃す奴があるか!!」


「うーん、それは確かに……」


「そもそも、お前みたいな弱そうな奴にこの俺様が引くわけないだろ!」


「いやまぁ……今は空腹で弱ってるけどさぁ」

 ぐうぅ~


「もう我慢できん!! 喰らえ、必殺の一撃をぉおおおお!!!」

 そう叫びつつ、ミノタウロスはその大きな斧を振り上げて突進してくる。


「仕方ない……<火球>ファイアボール

 僕は、魔物に剣を向けて攻撃魔法を放つ。発動した火球はミノタウロスに直撃し、良い感じにその身体の一部が焼け焦げる。


「ぎゃあああっ」

 魔物は悲痛な声を上げつつ、床に転がってジタバタし始める。

 どうやら、床に転がって火を消そうとしているようだ。


「今引いてくれたらこれ以上手を出さないから、お願い」


「ふ……ふんっ、誰が退くか。そんな言葉を信じられる訳がないだろ」


 魔物は、何とか火を消してようやく立ち上がる。

 しかし時間を掛けて消化したせいで色々な場所が焦げている。


 肉の焼ける匂いが身体に毒だ、色んな意味で。


「じゃあ、どうすれば信じてくれるのさ」

「そうだな……。なら、まずはこの俺様に傷を付けたことを詫びてもらおうか。その上で、ここで死ぬが良いわっ!」


 そんな理不尽な。


「じゃあ、こうしよう。引いてくれたら君の事は食べないよ」


「ふん、何を言うかと思えば………って、お前、今、なんて言った!?」


「だから、君の事を食べないって」


「おい、お前何を言ってる!? 正気か!?」


「自分も空腹で、意味分からない事口走ってるのは気付いてるよ」

 さっきから、この魔物の肉が焦げた匂いを嗅いでからというもの、頭の中でずっとその事でいっぱいになっている。


「く……馬鹿にしやがって!!

 大体、何故、俺の種族は貴様ら冒険者に乱獲されている!?

 俺が魔王軍に入る前、俺の仲間は突然押し入ってきた冒険者に攻め入られて捕縛された!

 それ以降、復讐のために魔王軍に入ったというのに、本末転倒ではないか!」


 この魔物も色々あったのだろう。ちょっと不憫な気がする。

 ただ、この魔物は特に恨みはなくても人間に狙われる理由があるのだ。


「……あ、多分それ食材確保の為だと思う」


「はぁ!?」


「ミノタウロスとかオークの肉って、魔物料理店で人気あるんだよ。お肉のまま食べても絶品だし、出汁を取ってスープにしてもコクがあって評判が良いってお店の人が言ってたなぁ」


 あ、言ってたら凄く食べたくなってきた。

 というか、目の前のミノタウロスが調理済のお肉に見えてきたよ……。


「お、お前……よくもぬけぬけと……」


「あ、でも安心して。確かに、お腹空いてるけど、別に依頼されたわけじゃないし、襲ってこないなら僕も君を攻撃したりしないから。

 っていうか、僕も限界で、そろそろ君がお肉そのものに……」


「ええい、黙れ! 俺はまだ負けていない!

 ここから逆転するところなのだ! 食われる前に貴様を殺す!」


「あ、駄目だ。もう限界。お腹空いた」「!?」


 次の瞬間、僕は剣を魔物に振り上げた。


【視点:エミリア】


 サクラから移送転移魔法陣の基礎的な知識を学んでいる最中、レベッカから通信が入る。


「あ、サクラ。ちょっと通信が入ったので、一旦切りますね」

『はーい』


 私は彼女にそう伝えると、切り替えてサーチ先をレベッカに変更する。

 そして、彼女に意識を向けて話す。


『エミリア様、こちらの魔力の核は破壊しました』


「了解。御苦労さまです、レベッカ。まだレイの方は魔力の核の破壊が済んでいないようですが、先にベルフラウと中央部の核の方を探しに行ってください」


『了解でございます。……それにしてもレイ様、まだ済んでおられないのですか?』


「ええ。どうせ道に迷っているのでしょう、結構複雑な迷宮ですからね」


 私がそう自分の推論を述べると、

 通信先のレベッカは少し黙り込み、間を置いてから言った。


『もしかしたら、魔力の核を守っている魔物と戦闘になっているのやも?』


「守護者が居たんですか?」


『ええ、ミノタウロスという魔物でございます』


「ああ……あの魔物ですか」


 冒険者の間では中々有名な魔物だ。

 強さは中堅止まりだが、その肉が絶品で高額で売れるとか。

 そのせいで乱獲されまくって絶滅が危惧されているという。


 魔物の癖に、人間に絶滅が危惧されるという中々レアなケースである。


『疲労が溜まっているレイ様単独では、苦戦をされているのかもしれません。中央の核はベルフラウ様にお任せして、レイ様の元へ向かってもよろしいでしょうか?』


「今のレイならミノタウロスの一頭や二頭、疲れてても苦戦する相手ではないと思うんですけどねぇ」


 私の知る限り、今のレイがミノタウロス相手に手こずる理由が無い。

 今の彼なら普通の剣で張り合ったとしても、余裕で勝利を収められるだろう。


『ですが、万一という事も……』


 心配性ですねぇ、レベッカは。彼に似たのでしょうか。


「分かりました。大丈夫だと思いますが、レベッカは彼の元に向かってあげて下さい。それと、通信をベルフラウに代わってもらえますか」


『了解いたしました』

 レベッカがそういうと『ザザッ』と一瞬雑音が入ってから、声が聴こえてくる。


『はいはーい、みんなの女神様にしてお姉ちゃんのベルフラウです♪』

 イヤリングから聴こえてきたお気楽な声に、私はつい気が抜けてしまう。


「なんですか、その挨拶……。レベッカはレイのところに行くみたいなので、ベルフラウは単独で中央部の魔力の核の場所を探してくれませんか?

 核の場所を事前に把握しておきたいだけなので、無理そうならすぐに引き返してくれても大丈夫ですよ。貴女ならいざという時に自力で逃げられるでしょうし」


『えー、私がレイくんに会いに行きたいんだけど……』 


「そんな事を言っている場合じゃないですよ。

 ……まぁ、気持ちはわかりますが、今は我慢してください」


『むぅ~、分かったわよぉ。じゃあ中央で待ってるわね』


「お願いしますね。レベッカから預かったイヤリングはそのまま持っていてください。何かあったら連絡を」


『りょーかーい』

 そう言って通信を終えると、私はため息を吐く。


 何だかんだで、みんな場慣れしてきてますね。

 私が率先して皆を引っ張っていた頃が懐かしくなってきます。


「さて、再びサクラの方にっと……」


 私は再びサクラの方にサーチを掛けて彼女の魔力をアクセスする。

 彼女に魔法を教わって、後ろの彼らを助け出さないとですね。




【視点:桜井鈴】




「――――はっ!?」

 俺は目を覚まして上半身を起こす。なんだか夢の中で戦ってたような……。

 それに、今見た夢の内容が思い出せない。確か、俺はミノタウロスと戦って……。


 えっと、その後……。


 僕が周囲を見渡すと、魔物の骨がいくつか転がっていた。

 そして、僕の手元には、どうみてもミノタウロスのお肉とした思えない、こんがりと炎魔法で焼かれた原始肉が握られていた。


「あ、思い出した……食べてる途中で寝ちゃったのか」

 最後にミノタウロスを倒した時、そのままミノタウロスを浄化しないように気を付けて、お肉を焼いてから、手持ちの香辛料で味付けしたんだっけ。

 そして、食べて空腹感を満たして、ついうとうとして眠ってしまった。


 僕は手に持ったお肉を見て思う。


「よくお腹壊さなかったな……」

 そう呟いて、再び周囲を見渡す。

 そこには紫色に怪しく輝く魔力の核があった。


「……しまった、壊すの忘れてた」

 肝心の任務を放り出して、魔物を調理して食べて寝てたと仲間に知られたら呆れられてしまう。僕は慌てて魔力の核を破壊した後、念のため、他の魔力の核が無いか周囲を探索したけれど、もう何も無かった。


 ここはこれでオッケーかな……。

 お腹も満たせたし、小休憩も取れたからマナも多少回復した。

 これで次に魔物と戦っても問題なく捌けるだろう。


 いや、捌けると言っても食べるわけじゃないけど。


 僕は、ミノタウロスが最期に果てた場所を見て、手を合わせる。


「ご馳走様でした」

 この世の食材に感謝を込めて、僕はミノタウロスにお礼を言った。

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