第946話 中の人が必死

 レイとケイローンの二戦目が始まった頃、ベルフラウ達は勇者の試練の洞窟から先に脱出してこれからどうするか話し合っていた。


「はぁ……はぁ……ま、まさかあんなことが起こるなんて……!」


 ベルフラウ達と洞窟から出てきた男性は洞窟から出た途端に息を切らして、その場に膝を付く。


「あらあら……大丈夫ですか?」


 ベルフラウはそんな男性を心配して歩み寄る。


「だ、大丈夫です……。しかし、まさかあのケイローンが暴走してしまうなんて……魔道具の暴走なんて初めてで……」


「暴走……」


 アカメは男性の言葉を聞いて、洞窟の方に目を向ける。


「暴走だったのかな、あれ?」


「まぁ確かに町人さんが魔道具を停止させようとしても止まる気配が無かった様子だしね」


 ルナとベルフラウは先程までの洞窟内の事を思い出して、ケイローンについて推測する。


「……町人」


「な、なんですか?」


 特に威圧したわけではないが、アカメの静かな問いに圧を感じた町人の男性はヘビに睨まれたカエルのように縮こまりながら声を出す。


「あの魔道具の管理をしている人物は誰?」


「こ、この町の町長です」


「……なら、異常事態が起こった事をすぐにでも報告しに行くべき。もし何かあった場合、責任を取って貰わなければいけなくなる」


「わ、分かりました!」


 男性はそう叫びながら町の方へ逃げていった。


「じゃあ、私たちは彼が帰ってくるまでここで待ちましょうか」


 ベルフラウはそう言って洞窟の傍の岩にハンカチを敷いてそこにちょこんと腰を下ろす。それに習ってルナも近くの岩場に腰を落とす。


「でも何だか変な様子だったよね。あのケイローンもどきさん……途中で言葉遣いも変になって訳の分からない事を言ってたし」


「うんうん、何か段々混乱し始めてたよね」


「……まるで、何かにハッキングされているようだった」


「え、アカメちゃん。何それ?」


「つまり誰かが外部であの魔道具を乗っ取ってる……という意味」


「魔道具を遠隔で誰かが操作しているということ? そんな話聞いたことないけど……」


「でも、あの言動は少しおかしかったし、アカメちゃんの推測が当たっていたとしたら納得がいくよね」


「……だとしたら、一体誰がそんな事を……」


 三人はケイローンに乗っ取られていた勇者の試練の洞窟の入り口を眺めながら、どう行動するべきか話し合う。


「……?」


 そんな三人の疑問を感じ取ったのか、アカメがふと何かの気配を感じる。


「どうかした?アカメちゃん」

「……敵?」


 アカメは自身の五感を集中させて周囲の気配を探ってみる。


 魔王軍の手によって肉体を改造されていた彼女は技能無しで中レベルの<心眼>と同程度の気配感知能力を有している。


 アカメは天使の翼を顕現させて宙に浮きあがり、五感と研ぎ澄ませて周囲の索敵を始める。


「あーかーめーちゃーーん! どうしたのー!?」


 急に空を飛んでキョロキョロし始めたアカメを見てルナは立ち上がって彼女に声を掛ける。


「……近くで誰かの気配がしたのだけど……」

 ルナに返事だけをして再び気配を探るアカメだったが、その気配が感じられなくなっていた。


「(……気のせい?)」


 アカメは空中で首を傾げながら、地面に着地した。


 ◆◇◆


 その頃、レイとケイローン?達はというと……。


 ベルウラウたちが洞窟から去った後、二人は互いの力量を推し量りながら戦いを繰り広げていたのだが、途中からケイローン?の動きがおかしくなった。


 レイは剣を構えてつつ、目の前のケイローン?の挙動が明らかにおかしくなったことを警戒しながらも疑問を感じていた。


「(……なんだ、さっきから時々動きが硬直したり、気配が薄くなったり……)」


 わざと隙を作っているのかと思い、レイは相手のペースに乗らずに敢えて攻撃の手を止めていたのだが、流石に違和感を覚え始めた。


「(……まさか)」


 レイは剣を構えたまま気配を消して近寄る。


 ケイローン?はこちらの方を向いているようでその視線はこちらに向いていない、虚空を見ているようだ。更に接近、まだケイローン?は動かない。


 そしてさらに踏み込み―――


「ていっ!」


 レイはケイローンの頭を狙って剣を軽く振り下ろす。

 わざと刃の部分は当てずに、鞘の先で軽く叩くように。


「(……っ!)」


 しかしその瞬間、ケイローン?はこちらに視線を向け直して上空に浮遊させていた剣をこちらに飛ばすのだが、当然こちらの攻撃の方が直撃が早い。


 ―――ゴンっ!


『あいたーっっ!! 突然何をするんじゃ!?』


 頭を抑えて悶絶するケイローン?。


 こちらに向けていたアロンダイトも今の一撃で指示がリセットされたのか地面に落ちてしまう。


 それを見てレイはやっぱり……と、剣を構え直す。


「さっきから様子がおかしいですよ?」


『なぬっ!? そんな事はない!儂はいつも通りじゃ!』


「いや、普段のあなたがいつもどんな感じかは知りませんが……」


 そもそもあなたは魔道具ですよね?


「集中力が切れているように思えました。もしかして、誰がに本体の場所がバレそうになっている……とか?」


『!!?』


 僕は当てずっぽうの推測でカマをかけてみたのだが、ケイローン?は図星を付かれたのかビクッと身体を揺らして動揺する。


『ふ……ふふ……!何を言っとるかまるで分からんのう!?』


「いや、正体隠す気があるなら口調くらい気を付けてくださいって……」


 最初の時と口調が変わり過ぎてもうバレバレなんですよね……。


『う、うるさい! そもそも儂は魔道具じゃぞ? 口調などどうでもよかろうが!』


「……まぁいいです。それで、あなたは一体何者なんですか?」


『ふんっ! そんなの言う訳なかろう』


「近くに居るんですよね?」


『言わんといっとるじゃろうが!?』


 ……うーん、強情な。


「……じゃあ、僕が勝ったら正体ちゃんと明かしてくださいね」


『ホッホッホ、そう簡単に勝てると思わんほうがいいぞ?


 儂を見つけようとしていたお嬢ちゃんは諦めて何処かに行きおったし、もう不覚は取らんぞ!」


「(お嬢ちゃん……)」


 彼の言う『お嬢ちゃん』は、僕の仲間の誰かだろうな……。


 ルナはあまり人を疑うような事はしないし、姉さんは気付いたことがあってもすぐに口にしたり探るような真似はしない。


 となると、僕と仲間達以外に対して今も懐疑的な考えが頭にあるアカメ辺りだろうか……?


 アカメは勘もいいし……。


 ……まぁ、その答え合わせは戻ってから聞けばいいとして。


「では、ここからは真面目に戦います。隙を見つけたら普通に倒しに行くので覚悟してください」


『む……若造が生意気を言いよる……。良いじゃろう、儂に勝てると思うならやって見せろ!』


 ケイローン?はそう言って剣を自身の付近に呼び戻して構える。


『行くぞ!小僧!』

「どうぞ!」


 その言葉を合図に、弛緩した空気が一気に引き締まり、戦いが再開された。

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