第945話 ケイローン?

 勇者ケイローンもどきを倒した僕は緊張状態を解除して、皆の元へ戻っていく。


「お待たせ」

「お疲れー、レイくん」

「勇者ケイローンさんに勝つなんて凄いね!」


 姉さんとルナがそう言って僕を褒めてくる。


「うん、ありがと。でも本人ってわけじゃないし、そこまで凄いわけじゃないよ」

 というか凄いと言ってくれるルナでも勝てる相手だったと思う。


「え、そうなの?」


「アレが勇者ケイローンそのものとは到底思えないしね……ところで、一緒に来てくれた町人さんは何処に?」


 僕が周囲に視線を向けると、アカメが隅っこの方を指差す。そこには町人の男性がしゃがんで震えて大人しくなっていた。


 それを見てアカメは「小心者」と辛辣に言い放つ。


「アカメ、そういう言い方は良くないよ」

「ん」


「人付き合いに慣れてないのは分かるけど、もう少し優しい言葉遣いを覚えようね」

「反省……」


 僕はアカメにそう言い聞かせてから町人の男性の方へ近寄る。すると、こちらの視線に気づいたのかビクッと身体を震わせた。


「えと……大丈夫ですか?」


「は、はい……」


「一応あのケイローンもどきを倒したので、これで勇者の試練は終了ですよね?」


「た、倒した……? アレを……?」


「ほら、もういなくなってますし……」


 僕は先程吹き飛ばした壁を指差す。


「ほ、本当だ……で、では試練はクリアということで……」


「それじゃあ帰ろう」


 ……と皆に呼びかけて帰ろうとしたその時である。


『―――待つが良い、強き者よ』


 ……と、先程の勇者ケイローンもどきの声が周囲に響き渡る。


 試練を終えたと思っていた僕達はすっかり油断していて、突然聞こえた声も最初は気のせいかと思っていた。しかし全員が聞こえた事で僕達は足を止めて再び背後を振り向く。


 すると、さきほど消えたはずの勇者ケイローンもどきが最初の時と同じように立っていた。


「……試練はもう終わったんですよね?」


「そ、そのはずですが……」


 男性も予想していなかった事態なのか困惑した様子でテレビのスイッチの様な魔道具を懐から取り出す。そして、勇者ケイローンもどきに向けてスイッチを押す。だが何度ボタンを押しても効果が無いようで焦った様子でボタンを連打するが何も起きない。


「何をやってるんですか?」


「誤作動を起こした時の緊急停止スイッチなんですが……全然効果がなくて……!!」


『効果がないのは当然。何せ、今のこの状態は元々プログラムの制御下から外れておる……無駄じゃから止めておくのが懸命じゃよ』


「そ、そんな……!」

「……」


 どうやらお手上げ状態らしく、その場で男性は茫然としてしまった。


 まさかの展開だが、それ以上に僕は目の前の勇者ケイローンもどき……。


 いや、ここからは【ケイローン?】と呼ぼうか。


 そのケイローン?の口調が先程までと変わっていて違和感を覚えていた。


「(無駄じゃから?……お爺さんみたいな口調だな……)」


 姉さん達も違和感を覚えたようで、先程までの雰囲気と違う目の前のケイローンから距離を取って僕の後ろに下がる。


「ケイローンさん?と呼んでいいのかな……? 試練は終わったと思うんだけど」


『お遊びの試練は終わったとも。もし他の挑戦者が相手ならば儂が出るつもりは無かった。しかし、お主のその実力の実力を拝見させてもらって気が変わった。ここからは儂自らが相手させてもらおうぞ』


 おかしなことを言う。

 まるで誰かが外部で操作しているような言い方だ。


「拒否権あります?」


『……ホッホッホ、その返答は予想しておらんかったのぅ』


 ホッホッホ?

 その笑い方、つい最近何処かで聞いたような……?


『しかし若人よ。お主もそれだけの腕を持つ強者であるなら、戦いに挑まれたなら受けて立つのが筋というものだろう。……儂の試練はここからが本番じゃ。覚悟は良いか?』


「えぇ……?」


 もう戦いが終わったと思って気が緩んでたのに、まさかの二戦目は聞いていない。


『それではいざ参る。準備は良いか?』


 そのケイローン?の言葉と同時に、僕はアカメ達の方へ振り返る。


「皆、とりあえず先に帰っててくれる?」


「良いの?」


「見た感じさっきよりも強敵っぽいし、この狭い洞窟の中だと複数人居ると自由に身動きが取れそうにないからさ」


 僕はそう返事をして、この中では一般人の男性に視線を向ける。


「色々言いたいことはありますが、賞金と記念品は後で用意しておいてくださいね」


 今のところお土産決まってないし、せめて豪華な記念品を期待する。


「……は、はい」

「それでは皆さん、お気をつけて」


 男性は僕達に一礼すると、そのまま洞窟の出口の方へ走っていった。


「皆も先に帰っていいよ」

「心配だけど、仕方ないね……」

「頑張ってね!」

「……」


 アカメだけは特に返事をせずに、ゆっくりと後ろに下がっていく。そして三人はそのまま部屋を出ていった。


『……良いのか? 仲間と一緒に戦わなくて?』


 目の前のケイローン?は、少し挑発的にそう尋ねてくる。


「一騎討ちを御所望のようでしたので」


『ホホ……! なんじゃ……恍けた態度の割にはしっかり理解しているではないか?』


「……」


『では、始めるとしようかのぅ。儂の試練を見事突破してみせよ』


 ケイローン?はそう告げると、笑うように口元を動かして自身の手にしていた長剣を上を掲げる。


「(……何だ? 大技でも使うつもりか……?)」


 僕はケイローン?がどう動くか見定めるために敢えてこちらから仕掛けずに様子を見る。すると、その剣はケイローンの手を離れて宙に浮きあがった。


「え」


 そして、まるで意思があるかのように空中がぐるんぐるんと円舞を始める。


 次の瞬間、その剣の動きがピタリと止まり―――

 文字通り目にも止まらない速度で降り注いできた!


「うわ、っと!」


 僕は咄嗟に横へ跳んで回避する。が、剣は地面に刺さった後に再び空中へと浮き上がり、今度は僕に向かって飛んでくる。


「(……自動で動く剣か!)」


 僕は向かってくる長剣を自身の剣で弾き飛ばす。剣はそのまま後退して再びケイローン?の手の中に収まった。


『今の攻撃を回避したか。ではこれはどうじゃ……<閃光>フラッシュ


 今度はケイローン?自身が魔法を放つ。使った魔法は光属性の基礎的な魔法である<閃光>。効果は単純で前方にまばゆい光を放つというものだ。


「っ!」


 僕は目元を腕で庇ってその光をやり過ごす。

 視界が一瞬白く染まり、ケイローン?の姿が見えなくなったが――


 ――ゾクッ!


 次の瞬間、背後から怖気が走り僕は反射的に背後を振り向いて剣を振るう。


 ガキン、と金属と金属がぶつかり合う音が響き渡る。どうやら光で周囲を誤魔化して剣で背後から強襲する気だったようだ。


 僕が剣で弾いたのはケイローン?の剣だった。


『ホホ、良い反応じゃの』

「……」


 ケイローンの言葉に返事を返さずに僕は考える。


「(……以前にミリク様から聞いたことがある)」


 僕はずっと前にミリク様と話した会話の記憶を引っ張り出す。


『当時の勇者の名前は、ケイローン。彼は戦士ではなく治療の魔法が得意な魔法使いであった。しかし、当時、他に有望な者が見当たらず、唯一適性のあった彼を儂は『勇者』として選定したのじゃ』


『魔王を倒すには聖剣の力が必要なのだが、彼は実戦経験が無く満足に振えない。故に、我ら二柱の女神が考えた結論は、【神器】である【アロンダイト】を人間に扱える程度の力に封印を施して貸し与えることにした』


『力を封印したといっても、その力は絶大での。ケイローンが剣に指示を出せば、勝手に剣が動き回り敵を駆逐する中々に強力な武器であったのう』


 勝手に剣が動き回り敵を駆逐する……。

 なるほど、おそらくケイローン?が今行った攻撃が正にそれだ。


 神器アロンダイト。


 その武器は本来神様が使用する強大な力が込められた神器。


 当時のミリク様は戦闘経験の乏しかったケイローンの為に封印を施して彼にその武器を預けた。


 それが聖剣アロンダイトだ。


 今の持ち主は僕の大切な仲間であるカレンさんの所有物になっているが、元の所持者であるケイローンはその武器を今のような形で扱っていたという事になる。


 ケイローンが一度指示を与えれば、その剣は所有者の手を離れてあらゆる敵をなぎ倒すとミリク様は語っていた。


 目の前の相手の武器は本物のアロンダイトでないのは明白だが、可能な限りそれに近い動きをするように設定されているのだろう。


 再現度はどの程度のものか分からないが、なるほど確かに十分有効な攻撃手段だというのは理解した。


 ……でも。


「(妙だな……知っていないと再現なんて出来ないはず……)」


 この町の記念館を見学したが、ケイローン自身がどういう戦闘スタイルなのかは詳しく記されていなかった。当然ケイローンがアロンダイトをどんな風に扱っていたかなど誰も知る術はないはず。


「……でもまぁ、それはそれとして」


 僕は先程弾かれた剣を再び構える。


「申し訳ありませんが、その試練はクリアさせて頂きます。ケイローンさん」


『ホッホッホ! ……言うではないか』


 そんな僕の言葉に対して、ケイローン?も剣を構える。そして僕は先程とはまるで雰囲気の変わったケイローン?との二戦目が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る