第944話 レベル30くらい?
その後、いくつかの用意された”敵”と遭遇した僕達。
しかしどれも予想通り大したものではなく、子供の遊びのようなものだった。
「(このくらいのレベルなら生徒たちの戦闘訓練に丁度いいくらいじゃないだろうか)」
本物の魔物と戦わせるのはダメだが、これなら十分良い経験になるはずだ。
洞窟の中は狭いため、闇雲に剣を振り回すと危険であるという事や気配を消して動くなどの探索の方法も学べるだろう。
自分が魔法学校に戻って教鞭を振るう時の事を考えていると、正面から”敵”が襲い掛かってくる。
「ほいっと」
前から飛び出してきたコボルトっぽい何かを手で押し止めた後、そのまま首元を掴んで軽く石壁に投げ飛ばす。コボルトっぽい何かは壁に激突した後、床に倒れた。
「終わりました。すいませんが次の階層の案内お願いします」
「は、はい……」
町人の男性はガタガタと震えながら次の階層へ僕達を案内する。
心なしか怯えてない?別にこの人に何かしたわけじゃないのに……。
そして、奥に進むこと1分ほど。
「つ、次の”敵”が最後になります」
「そうですか……ほっ」
ようやくこの茶番が終わるのかと僕は安心する。しかし、町人の男性は突然気合いの入った声で言った。
「ですが次の”敵”は今まで誰もクリアしたことありません!!」
「あ、分かりました」
僕は軽く返事をして、町人の男性が指さす方向を見る。そこには大きな扉があった。
「この扉の先には……今まで誰も倒したことの無い最強の”敵”がいます」
「……はぁ……」
もうなんか嫌な予感しかしないが、一応最後まで聞いておこう。
「その相手は勇者ケイローン!!!」
「え?」
「えっ」
「け、ケイローンさん?」
「……?」
僕達は町人の男性の叫んだ名を聞いて間抜けな声を出す。僕達の視線が男性に集まると、男性はギョッとした表情をして顔を伏せる。
そして、ボソッと「……という設定の自動人形です」と呟いた。
「では、最後の戦いに挑みたい方、おられますか? 最後に関しては全員で挑んでも構いませんよ」
男性は僕達にそう質問してくるが……。
「……お兄ちゃん一人で十分では」
アカメの一言に仲間達が無言で頷く。
「レイくん、頑張れ♪」
「ふぁいとー♪」
「……おー」
三人が僕を応援するように声を出す。アカメはもうちょっとテンション上げて頑張ってほしい。
「……わ、分かりました。レイさんもそれで構いませんか?」
「はい、というか疲れたのでそろそろ帰りたいです」
「……」
僕の言葉に町人の男性は顔を青くする。
もしかして彼には僕が物凄く不機嫌に見えるのだろうか。
狭い洞窟の先にはちょっとした空間がある。
所謂ボス部屋みたいな場所だった。その中央に堂々と立っている”敵”が一人……。
「……」
それは確かに人型をしていた。だが人ではないことは一目瞭然だ。何故なら部屋の壁から青白い光が放たれており、その光が人型らしき存在を形成していた為だ。
「おお、これは……」
「ふ、ふふ……ようやく驚いてくださいましたね。
これこそがこの”勇者の試練”の真骨頂!! さぁ、挑戦者レイさん!! 見事、現代に再現された勇者ケイローンを智恵と勇気で討ち破って―――」
「すごい魔法技術ですね。これだけの設備を整えるならそれなりの費用掛かったんじゃないですか? 」
「……」
僕は感心しながら目の前の人型に向かって呟く。その僕の反応を見て男性はさらに顔を青くする。
「それで、この人を倒せばいいんですか?」
「……え、えぇ……ですがお気を付けください。この最終階層まで到達した人は稀ですので、最後の難易度はそれ相応に跳ね上がっていますよ!」
「へー……じゃあ剣使った方が良いのかな?」
「ぶ、武闘家の方じゃなかったんですか!?」
「いや、剣がメインなので……」
僕は腰に装備していた剣を鞘から抜く。そして、勇者ケイローンにゆっくりと近づく。
「あ、あの……気を付けてください! あ、相手は魔法も使ってきますよ!」
「おお、それも勇者っぽいですね」
「え?」
僕はそのまま勇者ケイローンもどきの目の前に立つ。勇者ケイローンは僕を見て一瞬たじろぐがすぐに戦闘態勢に入る。光によって映し出されたその勇者ケイローンの姿は銅像を再現されており、携えている長剣もそっくりだった。
そしてその長剣をレイピアのように突き出して、僕に語り掛けてくる。
『勇気ある者よ。よくぞ勇者の試練に辿り着いた。この勇者ケイローンが勇気の試練を与えよう』
「あ、はい」
僕は適当に返事して、とりあえず出方を見る。
一応、難易度が跳ね上がるらしいので今までの敵と同じと考えない方が良い。
……と思いたいのだが。
「(っていうか今までが歯ごたえが無さ過ぎだよ)」
ぶっちゃけ今までの敵の強さを考えるなら、勇者の試練というより初心者の洞窟の方が似合ってる。
「じゃあ、行きます」
『ぬぅ……っ!』
僕が一歩前に出ると勇者ケイローンもどきはピクリと肩を震わせる。
そしてこちらから攻撃を仕掛ける前に―――
『はっ!!』
目にも止まらぬ……というと過大評価が過ぎるが、それなりに早い速度の刺突を放ってきた。
「!」
その攻撃を軽く受け流して、僕は勇者ケイローンもどきの長剣を自身の剣で弾いて一歩踏み込む。そのまま軽い小手調べの一撃で反撃を繰り出す。
『くっ!』
僕は軽く剣を振るっただけだが、勇者ケイローンもどきは僕の一撃をギリギリで回避する。そしてそのまま後ろに飛びのいた。
『……やるではないか』
「……おお、相手の行動に対してちゃんと会話出来るんだね」
僕は純粋に勇者ケイローンの喋りに感心した。
それに自動人形と侮っていたが、ちゃんと戦士としての動きを模倣しているのにも驚いた。
以前にミリク様から聞いていた勇者ケイローンの戦い方と違うのは気になるが、彼の戦い方が町に伝わってないのであればそれも仕方ない。
『この試練、そう簡単に突破できると思うな!』
ケイローンはそう叫びながら再び剣をフェンシングのように構える。しかし突撃してこずに剣を軽く揺らすだけだ。すると、剣の周りに微弱ながら魔力が集まり出す。
『――
すると剣に集まっていた魔力が解放され、僕の目の前を強烈な風が駆け抜ける。
「きゃっ!?」
「わっ」
「ひいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「……」
踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまう程度の威力。
僕は足に力を込めていたため特に問題なかった。
しかし、観戦していた皆は風によってバランスを崩し、一般人の男性は危うく壁に吹き飛ばされそうになったところをアカメに手を掴まれたことで難を逃れる。
「す、すみません……助かりました……!!」
「……」
アカメは震えながらお礼を言う男性を一瞥して再びこちらに視線を向ける。
僕よりも多少離れてはいたものの、姉さんとアカメは今の風の魔法は驚いてスカートを抑えた程度、アカメに至っては僕と同じく微動だにしていなかった。
「レイくん、平気ー?」
「こっちは特に問題ないよ……っと!」
こちらが会話している隙に勇者ケイローンもどきがこちらに接近して剣を振るってくる。僕はその攻撃を剣で受け止めて今度は攻勢に出る。
『っ!』
勇者ケイローンもどきは僕の攻撃を何とか受け止めるが、こちらの威力に押されて後ろに下がっていく。こちらは無理攻めをせずに一撃一撃追撃して相手の防御を冷静に崩していく。
「(うん、悪くない)」
手心は加えているが並の冒険者以上の戦闘力は保持している。剣技に関しても飛び抜けて優れた点は見当たらないが攻めも守りもそこまで穴が無い。
この”勇者の試練”もとい”初心者の洞窟”で戦うボスとしては規格外の強さだ。
とはいえ、この程度であれば……。
「(肩慣らしには丁度良いくらいかな)」
僕は勇者ケイローンもどきの剣を薙ぎ払って押し飛ばす。そして、そのまま軽く跳躍して思いっきり剣を振り切った。
その攻撃を受け止めた勇者ケイローンもどきだが、それは失策。僕の目的はその武器だ。途中で斬撃の軌道を変化させ、手元の剣につっかえの部分を弾いてそのまま剣だけを手元から吹き飛ばす。
―――カランカラン。
弾き飛ばされた勇者ケイローンもどきの武器は洞窟の石壁に弾き飛ばされて、それが音を立てて地面に転がっていく。
『……っ!』
「悪いけど、これで終わらせてもらうよ」
本物の勇者ケイローンの強さは分からないが、おそらくオリジナルには遠く及ばない目の前の存在。
それでも剣の稽古の相手としては十分過ぎる強さだった。僕は剣を鞘にしまい、勇者ケイローンもどきに向かって駆ける。
『くっ! まだだ!』
「終わりだよ」
無手で勇者ケイローンもどきは両手を前に突き出す。おそらく何らかの魔法を使うつもりだろう。
だが、その前に僕は懐に飛び込み―――
「さっきのお返し――――
勇者ケイローンもどきのお腹辺りに片手の拳を当てて、そのまま魔力を解放する。
凝縮された魔力は風属性の魔法に変換され、そのまま勇者ケイローンもどきの身体を一気に吹き飛ばしてその身を激しく壁に叩きつけた。
『ぐはっ……!! ……み、見事だ……!!』
勇者ケイローンもどきは最後に自分の負けを認めてぐったりと横になると、数秒後にはその身体が消えていった。
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