第424話 予想より酷いことになった

 僕達は順調に進みながら魔道製造機を発見し、魔法の弾を設置しながら上層を目指していく。時には魔物と戦闘になったが、即座に撃破して魔物を逃がさず極力証拠を残さないように動く。

 そして合計5カ所の魔導製造機に魔法の弾を設置し、残すはあと5カ所になった。


 ―――第六階層、階段付近にて。

 僕達が階段を上り終えると、いきなり魔道製造機の装置が置かれていた場所だった。それはいいのだけど、問題は大量に魔物達が配置されている場所に出くわしてしまったことである。


「……やっば」

 僕は、思わず呟くが、その声に反応した魔物の一匹がこちらに振り向いた。


「……ん? 今、声が―――」

 振り向いた魔物は目が血走っていたが、その魔物と僕の視線が合ってしまう。


「……あ」

「なっ……貴様、一体何処か――」「<眠りの魔法>スリープマジック!」

 しかし、魔物が叫ぼうとした瞬間、僕に後ろから乗りかかってきたエミリアが、敵に向けて杖を構えて眠りの魔法を発動させる。


 眠りの魔法を受けた魔物は、

「―――すやぁ……」とそのまま立ったまま眠ってしまった。


 その直後に、僕とエミリアは後ろからサクラちゃん達に引っ張られ、階段下に下がったことでどうにか他の魔物の視線から逃れる。


「こいつ。急に何か言ったと思ったら眠ってやがるぞ……」

「死ぬほど疲れてるんだろう、寝かせてやれ」

「そうだな、こいつ十日くらい休みなしで働いてたからな」

「あーあー、俺も働きたくねえよ……」


 周囲の魔物達は、倒れた魔物を気遣うような言葉を口にする。

 意外と優しい同僚の魔物達だった。


「間一髪でしたね……」

「あ、ありがと……助かったよ……エミリア」

 僕は、僕の上に乗りかかっているエミリアにお礼を言う。


「二人とも大丈夫? ひとまずここから離れましょ?」

「ですねー、ここに居ると気付かれちゃいますし」

「そ、それもそうだね……」


 僕とエミリアは立ち上がり、サクラちゃんの手を取って一緒に立ち上がる。

 しかし、背後を警戒していたレベッカが、焦った声で叫ぶ。


「み、皆様、魔物がこちらからもやってきます!!」

「!?」

 僕達が慌てて振り返ると、階段下から何匹か魔物がこちらに向かって歩いてくる。


「(ヤバイ! 隠れないと!!)」

「(い、今、<消失>インヴィジビリティを使います!)」

 サクラちゃんは、急いで消失の魔法を発動させ、間一髪僕達の姿が搔き消える。しかし、今しがた下から上がってきた魔物は僕達が隠れている場所を見回して、怪訝な表情を浮かべる。


「……おい、さっき変な奴らが居た気がしたんだけどよ、見なかったか?」

「……そうか?」

「ああ、なんかちっこくて白い幼女と、頭がとんがってる女と、赤髪の女と、見た目若そうなのに実は歳喰ってそうな年齢詐称の女と、あと見た目女か男か分かんねぇ中途半端な奴」

「いやに具体的だな……そんな連中、この階じゃ見かけてねぇよ」

「……だよな。多分、オレの勘違いだろうぜ、ははは」


 魔物達は笑いながら、僕達の横を通り過ぎて階段を上がっていった。


「……」「……」

 僕達は、無言で階段を降りていって、近くの小部屋に入って一旦隠れる。


「……危ないところだった」

 僕は、額に浮かんでいた汗を拭って呟いた。


「順調だったので油断してしまいましたね」

「さっきの魔物、私達の姿をはっきり覚えていたような……大丈夫かな?」


 サクラちゃんの疑問に、姉さんがイライラした様子で答える。

「魔物が馬鹿であることを祈りましょう……っていうか、誰が年齢詐称女よ!」

 姉さんは今になって魔物の発言に怒っていた。


「でも、実際どうなんですか? 皆さんの本当の年齢は?」

 サクラちゃんは興味深そうに訊ねる。


「……私は永遠の十七歳よ♪」


「……姉さんの年齢はともかく、僕は十六」


「私、エミリアは十五歳。ちなみにベルフラウとレイの年齢に納得してません」


「わたくしは十三歳です。皆様、本人が実年齢を隠しているのであれば、そこは触れずにいてあげるのが優しさではないかとレベッカは思います」

 レベッカだけは、姉さんのフォローをしてくれる。


「レベッカちゃん、あなた本当に良い子よね……本当に、本当に……」

 姉さんは涙を流しながらレベッカに泣き付く。


「(姉さん、実年齢を隠してる事は否定しないのかぁ)」

 僕がそう考えていると、サクラちゃんは僕の耳元で言った。


「(あの、もしかして私地雷踏んじゃいました?)」

「(……うん、かなりね。サクラちゃんは悪くないけど、姉さんにその手の話題はNGだよ)」

「(分かりました!)」(こくり)

 サクラちゃんは元気よく返事をする。


「それで、レイさん、これからどうするんです? ここに隠れていれば見つからないだろうけど、あのままだと先に進めませんよ?」


「うん、どうしよっか……」

 階段を上がった所の魔物の数は十体以上、中央部に魔道製造機が設置されていた。

 その先は広めの通路になっていて、走っていけば何処かに上層へ進める階段があるだろう。だから何らかの手段でやり過ごして、装置に魔法の弾を設置して駆け抜ければ何とかなる。


「……ふむ、戦って切り抜けられない数ではありませんが」とレベッカは呟く。


 しかし、エミリアは首を振って言った。

「強行突破は早いです、レベッカ。それは最後の手段に取っておきましょう」

「む……その通りでございますね」

 レベッカはエミリアの言葉に素直に従う。


「魔法の弾だけ設置して先の通路に逃げればどうにかなりそうかな。ただ、僕達の存在が気付かれないように、魔物達に目晦ましする必要はあるだろうけど」


「なら消失の魔法でごり押ししますか?」

「それもいいと思うんだけど……」


 あの魔法は欠点が多く、途中で魔物に触れられてしまうと効果が消えてしまう。

 また、魔法の弾は僕達の手から離れると、消失の効果の対象外だ。魔法の弾が装置に融合して溶けて無くなるまでのタイムラグは約三十秒と聞いている。

 それまで僕達だけじゃなくて魔法の弾から魔物の視線から外す必要が出てくるのだ。


「レイくん、第一階層で見つけた<匂い袋>を使うのはどう?」

「あー、あれか……」

 姉さんのアドバイスを受けて、ポケットに忍ばせていた小袋を取り出す。

 これに水を染み込ませると魔物が好む匂いを発するらしい。


「それを使って、魔物達を全員引き付けるって事です?」

「用途としてはそうなるけど……」

 数匹の魔物なら引き寄せることも可能かもしれない。

 だけど、多数の魔物を全員引き寄せることが果たして可能なのだろうか?

 少なくとも今すぐその手段が思い付かない。


「よし、ウィンドさんに相談しよう」

 僕はイヤリングの通信魔法を起動して、通信先の人物の応答を待つ。

 数秒後、雑音が入り、音声が僕の耳元で聴こえてくる。


『どうしました?』

「ごめんなさい、ちょっと相談が……」

 僕は、通信先のウィンドさんに事情を話す。


『……ふむ、匂い袋ですか。その状況下では、確実性に欠けてしまいますね。

 私も制作したことはありますが、そこにあるのは急ごしらえで作った物でしょう? 流石に十体以上の魔物を全て引き付ける効果を発揮するとは思えません』


「やっぱり、そうですか……」

 予想通りの答えだった。


 僕達の会話を聞いていたサクラちゃんは、ウィンドさんに質問する。

「ししょー、魔法の弾を遠くから装置に向かって投げたらどうです?」

『却下』

「うっ、即答」

 サクラちゃんの提案を、ウィンドさんは即座に否定した。


「どうしてですか?」

『……いいですか、皆さん。あなた達に持たせた<魔法の弾>は、見た目こそカラフルな鶏の卵にしか見えませんが……』

 あ、その認識、僕だけじゃなかったんだ。見た目だけじゃなくて、融合する時に殻が割れて出てくる液体は卵の黄身そのものだもんね。


『中身は精密な爆弾そのものです。

 もし、必要以上の衝撃を与えてしまえば、その場で大爆発を起こしてしまいます。作戦どころか、貴女達は全滅してしまいますよ。絶対にやってはいけません』


「……分かりました」

 サクラちゃんは残念そうに答える。


 ウィンドさんは、少し思考するような間を置いて言った。

<消失>インヴィジビリティを使うのがベターでしょう。魔法の弾を所持した状態で装置に近付いて弾を設置し、二十九秒数えてから手を離して空間転移で離脱を行います。

 <消失>インヴィジビリティを使用しても、足音を消して移動する必要があるので、空間転移が使えるベルフラウさん単独で行うのが成功率が高いです』


「わ、私……?」

 姉さんは自信無さそうに言った。


『……とはいえ、このやり方は一人に負担が掛かり過ぎます。

 もっと簡単なやり方として、魔物達の目を塞ぐのがベストでしょうか』


「目を塞ぐ……か……」

「あ、それならいいアイデアがありますよ!」

 エミリアは、そう言って自身のスカートの裾を捲って、太ももに忍ばせていた薬品を取り出す。


「これを使えば簡単に出来るはず」

 エミリアが見せてくれたのは、朝渡された煙幕薬だ。


「同時に三つくらい使えば、煙で周囲が何も見えなくなるはず。

 問題は、これを使うと私達の視界も塞いでしまう欠点もあるわけですが」

 エミリアは途中で声のトーンを落として言った。


「……まあ、それは仕方ないかな。

 煙幕を張った後に姉さんの空間転移で装置の前に移動すれば行けると思う」


「うん、それなら私もできるかも」

 姉さんはさっきと違って自信満々に言った。


「よし、それで行こう」

 僕達がこれからやるべきことが決まった。


 僕達は、再び階段を上がっていき、魔物達の様子をこっそり伺う。

 状況は相変わらずで、エミリアが眠らせた魔物はいつの間か床に横になっていて眠っているくらいだ。僕達は階段下で様子を見ながらタイミングを見計らう。


「皆、煙幕薬は持った?」

「はい、大丈夫です」

「私もいいよ」

「いつでもどうぞ」

 僕は、皆に確認して言う。


「よし、じゃあ……作戦開始」

 僕の言葉と共に、僕達は階段下から煙幕薬の木栓を抜いて階段上に放り投げる。

 すると、真っ黒な煙が一気に溢れ出し、瞬く間に周囲を闇に染めていく。


 同時に部屋の中が魔物の悲鳴や困惑の声で騒がしくなる。

 この状況下なら、僕達が何か話しても雑音でかき消されるだろう。


「よし、行くよ」

「みんな、集まって!!!」

 僕達は姉さんの掛け声で、姉さんを中心に円陣を組んで姉さんの腕を掴む。

 次の瞬間、姉さんと僕達は階段下から、魔道製造機の正面に瞬間移動する。移動した場所は、真っ黒な煙幕で何も見える状況ではない。


 煙を吸ってはまともに話せないので、口元をハンカチで抑える。


「……うぅ、けほっ!」

「けほけほ……レイ、サクラ、早くお願い……けほっ、します!」

「分かってる!」

「いっきますよー!」

 エミリアに急かされて、僕とサクラちゃんは同時に魔法を発動させる。


「「<風の盾>エアロシールド!!」」

 僕とサクラちゃんを中心に周囲に風の膜が展開される。

 同時に僕達の周囲のみ煙幕の煙が晴れていく。


「それでは、魔法の弾を設置しますね」

 レベッカは、僕達を横目で見ながら魔道製造機に魔法の弾を設置する。


「終わりました!!」

「レベッカ、ありがとう。それじゃあ姉さん、もう一度お願い!」

「了解! <空間転移>」

 姉さんは再び使用し、今度は魔道製造機の先にある通路に瞬間移動する。


 そこまで移動しても、まだ煙幕は完全に晴れておらず、僕達は急いでその場を立ち去る。

 しばらく走ってから僕達は、階段を目指していたのだが、煙幕騒ぎを聞きつけた魔物達が上層から降りてくるのを見て、僕達は近くの小部屋に入って身を隠した。


「ふう……ここまで来れば、ひとまず安心かな……」

「そうですね。後は、このまま上層に上るだけです……はぁ、疲れたぁ……」

 ここまで全力疾走で走ってきたので、僕達はかなり汗を流していた。


 僕達が呼吸を整えていると、外から爆発音が響き渡る。

 それから数秒後、サイレンの音が鳴り響き、沢山の足音が聞こえてきてここを通り過ぎていく。


「……外の様子が騒がしいですね」

「何があったんだろう?」

 僕は足音が遠ざかってから扉を少し開いて外の様子を覗き見る。

 どうやら、僕達が煙を撒いた方角で火事が起きたようだ。

 

「しばらくここから出ない方が良いかも……」

 僕は冷や汗を流しながら言った。


「何があったんです?」

「火事があったみたい……多分、さっきの煙が原因かな」

 その言葉を聞いて、皆は気まずそうな表情をする。


 エミリアは僕から目を逸らしながら言った。


「……しばらく、ここで休んでいましょうか」

 僕達は、彼女の言葉に無言で頷く。

 そのまま小部屋に腰掛けて一息つくことにした。

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