第423話 スイッチが入った二人

 ――魔導研究所 二階層目、階段付近にて


「さて、何処から行くかだけど……」

 魔物の姿はない。だけど、早速左右に道が分かれている。この建物は人間が作るような統一感のある設計ではなく、割と雑な作りになっているようだ。


「とりあえず、右の方に行ってみようか」

「そうね」

 僕達は早速右に行こうとするが、そこでサクラちゃんから声が掛かる。


「レイさん。探すなら二手に分かれるって方法もあるんじゃないかなーって」

 サクラちゃんが手を上げて、僕に提案をする。


「うん、その手もあるんだけど……」

 隠密行動に必須な<消失>インヴィジビリティの魔法は、サクラちゃんとエミリアがマスターしている。その二人を中心にして、それぞれ別行動を取れば出来なくはない。


「僕としては時間は掛けても慎重に進んだ方がいいと思うな」

「私も同意見ね」

 僕の意見に姉さんも同意する。


「どうしてですか?」


「敵の基地に乗り込んでる以上どこかで戦闘は避けられない。もし、戦闘になった場合なるべく早く敵を倒さないと増援が来るだろうし、凌げても警備が厳重になる。少数だと下手をすれば押し切られてしまう。万一、魔軍将クラスの敵と遭遇したら対処しようがなくなるよ」


 僕は、先日戦った魔軍将ロドクの顔を思い浮かべる。

 あいつと再び戦うのはごめんだ。


「うーん……でも、万一でも<消失>インヴィジビリティを使えば切り抜けられるかも」

「弱い魔物なら気付かれないかもだけど<心眼>の技能を持つ敵とか、視覚に頼らない魔物がいた場合、多分簡単に見つかっちゃうよ。狭い室内だと匂いで気付かれそうになったし」

「あ~、そういえばそうでしたね」

 サクラちゃんは納得して苦笑いする。


 彼女が納得したところで、エミリアが言った。

「レイ、一か所に長時間待機するのは危険です。移動しましょう」

「そうだね、動こう。まずは右に」

「ええ」


 僕達は、結局5人で動くことに決める。

 まず右側に進み、僕達は通路の途中の小部屋には入らずに長い通路を進む。

 途中の曲がり角で歩いてきた魔物達を<消失>インヴィジビリティでやり過ごし、僕達は先に進んでいく。


 その途中―――


「っと、サクラちゃん、<消失>インヴィジビリティ使って!」

「はい!」

 サクラちゃんに指示して魔法を掛けてもらって、危うく鉢合わせしそうになった魔物をやり過ごす。僕達は姿を消した状態で通路の左右の壁に背中を付けて、通路の真ん中を開けて魔物を見送る。


 魔物達が通り過ぎるのを待っていると、魔物が独り言をぼやき始めた。


「……ったく、魔軍将様も無茶な命令しやがってよ。

 研究所で作られた量産型の5割を戦力として投入したのに、結局は惨敗か……。

 挙句、将自ら討ち死にするとは……」


 その言葉に僕の心臓がドキッとする。

 何のことかと思ったら、先日の王都の戦いの事だったようだ。


「くそっ……お陰で魔物の量産が足りていない……早く作らせないと……」

 魔物はブツブツ言いながら、通り過ぎていった。


「……行ったみたいだね」

「魔物の量産とか言ってましたね。もしかしたら魔道製造機の方に向かったのかも?」

「ええ、ありえるわね。急ぎましょう」


 姉さんの言葉に促され、僕達は今しがた通り過ぎた魔物を追いかける。


 魔物は、僕達が通り過ぎた扉の一つに入っていった。

 僕達は気配を消しながら、扉の傍に近付いて中の様子を伺う。


 そして、中からさっきの魔物の声が聞こえてくる。


「……ちぃ、材料が足りてないな……。

 仕方ねぇ……何処かの村から人間を浚って材料にするか……。

 いや、死体でも構わない……何処かの村に襲撃を掛けて………ぶつぶつ……」

 魔物の不穏な発言を聞いて、僕達は顔を見合わせる。


「……今の言葉、聞いた?」

「口ぶりから察するに、人間を使って魔物を作り出してるということですか……!!」

「なんという非道、許せません!!」

 レベッカは怒りの声を上げながら<限定転移>で槍を取り出す。

 今にも扉を開けて、魔物に襲い掛かりそうだったので、僕が慌てて止める。


「みんな、落ち着いて」

「し、しかし……レイ様……」

 レベッカは、怒りに燃えているのか、いつもより冷静さを失ってる。


「(我慢しろって言うのも難しいかな……僕も、さっきの発言には腹が立ってるし……なら)」

 僕は少し考えてから、仲間に言った。


「ここで僕達が飛び出したら、僕達の事がバレちゃうよ。部屋には他にも魔物がいるかもしれない。だからここは、突っ込まずに魔物を誘い出そう」

「誘い出す?」

「うん、まず皆は<消失>インヴィジビリティで姿を隠して――――」


 そして、それから三十秒後―――


 トントントン、と僕は扉をノックする。


「……ん、誰だ?」

 扉の音を聞いた部屋の中の魔物が反応する。

 しかし、僕は何も答えず、外からもう一度扉をノックする。


「おい、誰かいるのか? 返事ぐらいしたらどうなんだ」

 魔物は苛立った声で扉越しに怒鳴る。

 僕は、そんな魔物を無視して、もう一度扉を叩く。


「ちっ!! 何なんだ、一体……!!」

 魔物は苛立ちを抑えられなかったのか、ドタバタと音を立てながら扉の方に向かってきて、乱暴に扉を開く。

 扉が開いたと同時に、僕は自身に<消失>インヴィジビリティの魔法を発動させ、その身を隠す。魔物は通路を見渡すが、僕達は全員姿を隠しており、何も見えていない。


「……ち、誰かのイタズラか? こっちは忙しいってのに……!」

 魔物はイライラした様子で、部屋の外に出てくる。僕はその間にこっそりと扉を閉める。そして、魔物が部屋に戻ろうとした魔物は異変に気付く。


「……ん? 俺、いつ扉を閉めて―――」

 と魔物が言い掛けたところで、僕はその魔物の腕を引っ張る。魔物と接触したことで、僕の消失の効果は消えてしまうが、そのまま魔物を床に押し倒して、魔物の首元に手を添えて頭を床に叩きつける。


「ガッ……! だ、誰だ、お前……!」


「―――動くな」

 自分でもゾッとするほど冷えた声で、僕は殺さない程度に魔物の首を絞める。

 そして魔物に向かって静かな声で言った。


「今、お前、なんて言ってた? ……人間を材料にする?」

「グッ……、な、何の話だ……?」

 苦しげな声を出しながらも、魔物は惚けようとする。

 僕は、無言で魔物の首を持ち上げ、反対側の壁に魔物を叩きつけて、剣を突きつける。


「……質問を変える。部屋の中には他に誰かいるか? すぐに答えないと――」

「な、何を……! ひっ、だ、誰も居ない……本当だ!!」


 魔物は観念したように答える。

 僕は、一旦呼吸を整えてから、魔物の首から手を離す。


「……僕は部屋の中を調べてくるよ。あとは任せた」

 そう言って、僕は扉を静かに開けて中に入っていく。

 しかし、僕に首を絞められ脅された魔物は、息を乱しながら叫んだ。


「ふ、ふざけやがって……!! し、しねぇ!!!」

 魔物は腰に下げていたナイフを使って、背後を向いていた僕を殺傷しようとするのだが、魔法で姿を隠していたレベッカの槍によってナイフが弾き飛ばされる。


「……」

「な……き、貴様ら、一体どこに……!」

 魔物は突然現れたレベッカ達の姿に酷く動揺する。

 しかし、レベッカは魔物の言葉を無視して魔物を蹴り飛ばし、

 転んだところで魔物の背中に容赦なく槍を突き立てる。


「ギャアァァー!!! や、止めてくれぇ……!! 痛い、痛い!!」

 魔物は悲鳴を上げて泣き叫ぶ。

 自分の命の危険を周囲に知らせたかったのだろう、とにかく大声で叫ぶ。だけど魔物の周囲は、装置が作動してる起動音すら聴こえないほど不自然なほど静まり返っていた。


「―――叫んでも、無駄だ。

 今、この場はベルフラウ様の異能の力によって、貴様の声は誰にも届かない」

 レベッカは、魔物をゴミを見るかのような冷たい眼差しで見つめて言った。


「先ほどの貴様の発言、詳しく聞かせてもらう。

 ……何も言わなければ、ただ死ぬよりも辛い目に遭うことになる」


「ヒィ……!!……わ、分かった……何でも話す……」

 レベッカの威圧感に押された魔物はあっさりと折れてしまった。


 ◆


 僕が部屋の中を調べ、中央にあった魔道製造機に魔法の弾を設置して出てくると、既に事が終わっており魔物の姿はもう消えていた。

 

 僕が皆に声を掛けると皆は振り返り、

 レベッカは穏やかな表情で僕の傍に駆け寄って僕の手を握る。


 そして、至近距離でレベッカは僕に向かって言った。


「レイ様、お疲れ様でございます。如何でしたか?」

「うん、やっぱり魔導製造機が置かれていたよ。弾を設置してきたから、二階層はこれでクリアだね」

「そうでしたか、こちらも処理が終わりました。落ち着いた時でも話をさせて頂きますね」

「分かった、レベッカもお疲れ様だったね」

 そう言いながら、擦り寄ってくるレベッカの頭を撫でる。


 僕とレベッカは互いに労い合って、穏やかな表情で話し合う。

 しかし、横で見ていたサクラちゃんは若干怯えた様子で僕達を見つめていた。


「れ、レイさんとレベッカさん。も、物凄く怖かったです……」

 サクラちゃんは、隣で苦笑していたエミリアと姉さんに同意を求めるように言った。

 彼女の言葉に、エミリアと姉さんは困ったような笑みを浮かべる。


「あー……あの二人、魔物相手だと怒ると本当に怖いので」

「特にレベッカちゃんなんて、凄いわよねぇ……。

 普段ちっちゃくて可愛いのに、戦いになると戦国武将みたいな貫禄だもの」

「そ、そうなんですか……」

「二人とも、仲間には凄く優しいのですが……」

「その分、魔物に対しては容赦ないっていうか、敵として割り切っちゃってるのよねぇ」

 と、三人は僕達の方をチラリと見ながら小声で話し合う。


「……なんか、サクラちゃんに嫌われちゃったかな」

「いえ、そんなことはございませんよ。レイ様の凛々しいお姿を見て、ときめいておられるのでは?」

「絶対違うと思う……」

 レベッカのズレた推測に、僕は少し肩を落として呟いた。


 それから僕達は、次の階層へと向かう階段を見つけて、階段を上っていく。

 その途中で、僕とレベッカはサクラちゃんにこう言われた。


「レイさんとレベッカさんって、本当に似てますよね……特に怒った時とか」

 サクラちゃんは、遠い目をしながら呟く。

「え、そう?」

「レイ様に似ているとは、わたくし、とても嬉しいです……♪」

 レベッカは喜んでいたけど、僕は内心複雑だった。

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