第422話 ねこだまし
トラブルはあったものの、僕達は無事に魔導研究所に侵入することが出来た。
ここからは魔物に見つからない様に、内部にある魔道製造機に魔法の弾を取り付ける必要がある。
「ところで、製造機が10ヵ所あるってどうやって調べたんだろ」
何気ない疑問を口にすると、サクラちゃんは頭に電球を浮かべて答える。
「師匠は魔法を使って情報収集するのが得意なんですよ。
この基地の場所を割り出した時から調査を進めていたんですが、最近集まった情報を元に再調査した際に、膨大な魔力を消費する魔道具の反応の数を割り出せたって言ってました」
「なるほど」
言われてみるとあの人毎回情報収集ばかりやってたね。
戦闘になった時、カレンさんに言われるまで戦場でずっと調べものしてたし。
「二人とも、喋ってないでそろそろ行きましょう。
魔物が寄ってくる前に任務を終わらせて、早く王都に戻りたいわ」
姉さんの言う通りだ。
これ以上余計な事に時間を割いている場合じゃない。
「そうだね、行こう」
僕達は扉の先に誰も居ないことを確認する。
そして、通路の曲がり角に隠れながら、最初の広間の様子を伺う。
そこには、大きめの装置が設置されていた。
装置の真ん中はガラスになっており、中には何らかの液体が満たされている。
「レベッカ、この位置からあのガラスの中身が見える?」
「少しお待ちを……」
レベッカは曲がり角から顔を出して、広間を目を細めて伺う。
「……中に、何か気持ちの悪いものが蠢いておりますね」
「ということは、あれが魔道製造機で間違いなさそうですね」
「そのようですね。あれを壊せば魔物の製造を止めることが出来るかもしれません」
「よし、それじゃ早速……」
「待って下さい。恐らく見張りが居ます」
僕達が動こうとするとレベッカに静止される。
覗き込むと、装置の向こう側に鎧の置物があった。
「あれってもしかして……」
「はい、ただの置物見えますが<動く鎧>ですね」
「……気が付かなかった」
動く鎧は、本来は置物に擬態して侵入者を撃退するトラップモンスターだ。
今まで動いてる所しか見たことないから忘れてた。
「流石にアレに気付かれずに、あそこまで行くのは難しいですね……」
「なら消失の魔法を使いましょう」
サクラちゃんは、自身を中心に
この場合、対象はサクラちゃん+僕達という形になる。
彼女から遠ざかり過ぎると僕達に掛かった消失が消えてしまう。そのため僕達5人は付かず離れずの距離で同時に動くことになる。彼女の魔法で姿が消えた僕達は、何食わぬ顔で広間に向かっていく。
「(……気付いてないね)」
今のところ、装置の向こう側にいる動く鎧に反応はない。
「(狭い部屋でなければ匂いで感知されることもないでしょうし、実はこの任務楽勝なのでは?)」
僕とエミリアは小声で話しながら、サクラちゃんの後に付いていく。
そのまま、無事に装置の前まで辿り着く。
「(レイさん、魔法の弾出して)」
「(うん)」
僕は手に持っていた魔法の弾を装置に設置する。
しかし、設置する時、僅かに「コツン」と音を立ててしまう。
「ん、今の何の音だ?」
「「「「「!?」」」」」
誰も居ないと思っていた広間から声が聞こえる。恐る恐る振り向くと、そこには白衣を着た悪魔がこちらの方を見ている。死角だったので僕達は気付かなかった。
「おい、今音が聞こえなかったか?」
「は? いや、知らねぇけど……」
魔物達はこちらをジロジロ見ながら怪しんでいる。
「(や、やらかした……!)」
幸い魔物達に僕らの姿は見えていない。だけど、魔法の弾は僕の手元から離れているため、普通に見えてしまう。
装置に置かれていることに気付かれれば失敗だ。でも再び手元に戻そうとすると、今度は他と接触してしまったことで僕の消失が解けてしまう。
「(レイ様、魔法の弾は装置に融合するまで30秒ほど時間が掛かるそうです。それまでなんとかして誤魔化しましょう)」
「(そ、そう言われても……)」
レベッカに言われたものの、この状況だと魔物を奇襲して倒すくらいしか手段が思い浮かばない。
だけど、最初にそれをやってしまうとその後警戒が強くなってしまうかも……。
しかし、姉さんは僕達から一歩引いて、魔物の方へ向き直る。
何をするのだろう、と僕は思ったのだけど、次の瞬間、姉さんは声色を変えて声を出した。
「にゃ~ん」
「「「「……」」」」
一瞬、この場にいる全員が固まった。
まさか元とはいえ、女神様が猫の鳴き真似をすると誰が思うだろうか。
しかし、魔物には通用したようで、
「なんだ、猫か」
「猫なら仕方ねぇな」
「誰だよ、隠れて猫飼ってる奴」
魔物達は、姉さんの猫真似声をそのまま信じてしまう。
「(いや、猫に寛容だな!?)」
思わず声に出しそうになったが、心の中で思いを抑える。
魔物達は、呆れた様子だったがそのまま魔道製造機から離れていく。
どうにか難を逃れたようだ。
数秒後、弾の外殻が割れて、黄色い中身が漏れ出し、装置に融合していく。
融合した魔法の弾は、何も残らず溶けていったため装置の外観は何も変わっていない。
だけど、これでいつでも起爆可能な状態のはずだ。
「(……ほっ、誤魔化せた)」
これで、この魔道製造機は大丈夫だろう。
僕達は消失の効果が残っている内にその場を後にする。
そして、中に誰が居ないか気配を探ってから近くの小部屋に入る。
中に入って僕達は物陰に潜み、そこで全員しゃがみ込む。
「……もう声出しても良いよね」
僕達は頷き合い、そこで一旦消失の魔法を解除する。
そして、一旦で呼吸を整え落ち着いたところで話し始める。
「ああ、危なかったぁー」
「ベルフラウさん、猫真似ナイスです♪」
「ふふん、これでも女神だからね」
僕の左隣のサクラちゃんに褒められ、右隣りの姉さんは誇らしげに胸を張る。女神であることと猫真似が全く繋がらないけど、余計な事は言わないでおく。
さっきは目に届かない場所に魔物が待機していたため気付くことが出来なかった。
今までなら
僕は正面のエミリアに視線を合わせて言った。
「エミリア、次から索敵の魔法を使ってくれると助かる」
「それなんですが、実は今回の作戦では使えません」
「え、なんで?」
「消失を使っているからです。索敵の魔法を使用すると、消失の魔法が索敵の魔法に上書きされて、私達の姿が敵から丸見えになってしまいます」
そんな制約があるなんて知らなかった。
エミリアの隣で話を聞いていたレベッカも同じ感想だったようで、
「むむ……消失の魔法は万能かと思いきや、意外と使い勝手が悪いのですね……」
レベッカは、抜かったと言わんばかりの顔で唸る。
かわいい。
「なら、消失を使って部屋に入る前に索敵を使うしかないかな」
「ですが使っている間、私達の姿を隠すことが出来ません。咄嗟に索敵の魔法を解除したとしても、消失の魔法を使うまでにほんの少し時間が必要ですし、その間に魔物に気付かれてしまいます」
「じゃあ、どうすれば良いの?」
「それが分かれば苦労しませんよ」
エミリアは困ったように眉根を寄せている。
索敵と消失の魔法があれば、意外と楽な任務なのでは?
と、思ったのだけどそう簡単にはいかないか。少し立ち回りを考える必要があるかもしれない。
「魔道製造機は、残り9か所あるんだよね。場所は分からないのかな?」
僕の質問に、サクラちゃんが苦笑いしながら答える。
「師匠でも数は分かっても正確な場所までは調べることが出来ませんでした。分かってるのはこの施設は全部で12階層あって、同じ階層に二つ以上の製造機が存在しないってことくらいです」
「なるほど……とすると」
僕は自身の床を指差して言った。
「ここが最下層なわけだよね?」
「多分そうだと思います!」
サクラちゃんは、首を上下に振って肯定する。
「……なら、少しは場所を絞れるわね」
姉さんの言葉に僕は頷く。
そして、僕は情報を整理する形で皆に聴こえるように話す。
「えっと、情報を纏めるね。
この施設は全12階層で、魔道製造機は全部で10ヵ所ある。
そして、今この場所は第一階層と考えていい……ここまでは良いよね」
「合ってます!」
「うん、それで同じ階層内には二つ製造機が存在しない。
この階層の製造機はさっき魔法の弾を設置したからクリアと考える。
残った製造機はあと9か所だ。そして、同じ階層に無いのであれば――」
そこでサクラちゃんは合点がいったのか、僕の台詞を代わりに話す。
「あ、なるほど。残り9か所の装置は、ここよりも上層!
1階上に上がるたびに魔道製造機を探し、見つけたら魔法の弾を設置する。
これを繰り返していけばいいと思います!」
「うん、大体そんな感じかな。全12階層だから2階層だけ無いって事になるけど、もし探して見つからなかったら敵に勘付かれる前に上に行こう」
僕とサクラちゃんの言葉に皆が頷く。
「ではやることは簡単ですね」とエミリア。
そして、レベッカはエミリアの言葉に頷いて話す。
「ええ、つまりここからどんどん上に向かって進めばいいのです」
レベッカはそう言うと、通路の奥を指さす。
「先ほどと同じ要領で装置を探して、魔法の弾を設置していけば良いだけです。幸い、まだ敵はここに来ていないようですから、急いで移動を始めましょう」
「よし、分かった」
僕達は、立ち上がり作戦を続行する。
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