第252話 想い

 ――私はね、このドラゴンの身体に精神こころを閉じ込められているの。


精神こころを?」

 ――うん。本当はね、私も桜井君と同じ世界から来た人間なんだよ。


「えっ――!?」

 その答えは、ボクにとってあまりも予想外だった。

 まさか雷龍が元々人間だったなんて……。


「……レイ君、どうしたの?」

 姉さんに問われる。

 ……どうやら本当にボクにしか話が聴こえていないようだ。


「雷龍さん……元々人間なんだって……ボクと同じ世界の」

「えっ!?」

 姉さんもやっぱり予想外なようだった。


 ――話を続けるね。私は元々普通のJCだったんけど……。


「ふ、普通のJC……」

 要するに、普通の女子中学生という意味だ。


 ――同級生……といっても年に数回しか見たことないんだけど、気になる人が居てね。その人のことずっと気になってたんだ。よく、男子生徒に虐められてて、全然学校に来なかったんだけど、とっても優しそうで可愛い子だったよ。


「……」

 虐められてた……か。

 自分とちょっと似てるかもしれない。


 ――でもね、その子は一度私が男子に虐められそうになってたことがあってその時に助けてくれたんだ。結局、その子も一緒に虐められちゃったけど、あの時からずっと好きで……あはは、何か恥ずかしいね。


「その子って、どんな人だったの?」


 ――日本人なんだけど、銀髪で小柄で綺麗で……。

 ――それで女の子みたいに可愛らしい顔立ちの子だったよ。


「……?」

 ……あれ、何か既視感が……。


 ――でもね。ある時、その子が死んじゃったってニュースで知って……。

 ――もう会えないと分かって、私ずっと泣いてたの。


「……死んだ」


 ――うん、それでね。

 ――今思うと、私も馬鹿なことしたって反省してるんだけど……。

 ――その子に会いたくなっちゃって?


「会いたくなった?」


 ――……うん。もし、私が死んだら、同じ場所に行けるかなって……。


「――まさか」


 ――うん。自殺だよ。あの人が自動車で轢かれたと同じように……。


「そ、そんな……自殺なんて……!」

「……レイくん? 何て言ってるの?」


 今は、ボクは姉さんの質問に答える余裕が全然無かった。

 だって、もしかしたら、この子の言ってる、その気になる人って―――。


 ――それでね、その後、私意識を失って……。

 ――あ、このまま消えちゃうんだなって思った時、出会ったの。


「……会ったって? 誰に」


 ――女神様に。


「―――!!」

 この子、ボクと同じ……!?


 ――『転生の間』って場所に連れていかれて、綺麗な人……女神様に会ってね。

 ――その時に、私、あの人……ううん、桜井鈴くんと同じ場所に行きたい。

 ――私は、そう言って女神様に頼んだの。 


「……やっぱり、ボクの事だったんだ」


 ――うん。そして、気が付けばこのドラゴンの身体の中に入ってた。

 ――最初、何でこんなことに!? ってパニックだったんだけど、後で女神様が説明してくれたの。この世界に、あなたの会いたい人が居るって、ドラゴンの姿なのは今人間をこれ以上転生させる余裕が無いけど、たまたま精神が無くなったドラゴンが居たからそこに入れてしまった。ごめんなさいって謝ってくれた。


「………」


 ――ドラゴンの身体なのはもう仕方ないって諦めてる。

 ――でも、こうやって、大好きな桜井君にまた会えたのは嬉しい。

 ――あ、でも実は二度目なんだよね。気付いてる?


「うん、前にこっちの世界でも会ったよね」


 ――そうそう、前に会った時はまだ暴走して無かったから私、あなただとすぐに分かったよ。でも、何か今姿違うような……まぁ良いかな。といっても言葉も通じなかったから、その時は諦めて帰ったんだけどね。


「う……まぁ、それはそれとして……何で、暴走してたの?」


 ――それが、私にも分からないの。女神様にも聞いたんだけど、魔王の誕生の兆候を境に、この雷龍の元の精神……が壊れて暴走し始めて、それがまだ私にも影響が出てしまって、時々私自身にも制御が付かなくなるの。


 ――その元の精神が壊れたから、私が雷龍に入ったんだけどね。

 ――そういう意味では、感謝? なのかな。

 ――おかげでこうしてまた会えたわけだし。


「そっか……今は、大丈夫……?」


 ――分かんない……。今は桜井君と話すことで何とか意識を保ってる。

 ――でも、全身凄く痛くて……寂しくて……泣いてしまいそうだよ……。


「……そうだ、今なら!」

 今の雷龍、いや彼女は全身傷だらけで瀕死だ。命が危ない。


「姉さん、回復魔法を使ってあげて」

「わ、分かった!!」


 ――あ、それなら私、桜井君に治してほしいかな。


「えっ? ……それは構わないけど」


 ――じゃ、じゃあ桜井君にお願いしていいかな。

 ――私、もう限界近くて……。どんどん声が遠く聞こえるように……。


「わ、わかった! 姉さん、やっぱりボクがやるよ!!」

「ええっ!?」

 何故かショックを受けてる姉さんをひとまず無視して、ボクは雷龍の傍に近付いて回復魔法を唱える。習得しておいて良かった……。


「癒しの風よ……傷を癒したまえ……<上級回復>フルリカバリー


 上級回復魔法を使用して彼女を癒す。

 怪我はかなり酷かったので、数回繰り返し、何とか見えていた怪我は塞がった。

 折れた翼や手足も数度回復を繰り返して少しずつ癒していく。


 ――き、気持ちいい……桜井君の手あったかいよぉ……。

 ――すごくいい気分、気が遠くなりそう……。


「いや、気が遠くなっちゃダメだよ!?」


 ――はっ!? そうだった……。

 ――でも、まだ辛くて……こうやって話をしないと意識が薄れてしまいそう。

 ――そしたらまた……。


「……ど、どうすれば……!!」

「レイくん、どうしたの?」

「あ、姉さん。あのね、この子、また暴走するかもって……!!」

「え、なんとかしないと……!」

 姉さんに言われるまでもなく、何とかしないといけない。


 と、そこで、見知った人物が現れた。

 ウィンドさんだ。今までどこに居たんだろう。


「レイさん、お困りのようですね」

「あ、丁度いいところに、この子、また暴走してしまいそうで……!」


 ボクの言葉に、ウィンドさんは怪訝な顔をした。


「この子……? いえ、詳しい話を訊かせてもらえますか?」

「分かりました。実は……」


 ボクは彼女……雷龍の今の状態を手短にウィンドさんと姉さんに説明した。


「――なるほど、意識を手放しそうになっていると。

 それなら良い手がありますよ。<契約の指輪>の二つ目の効果で、あなたと雷龍が契約を結ぶことで、おそらく意識を取り戻せるはず。

 全くの他人というわけでもない、同郷の知人ということであれば繋がりも深いでしょう。契約もスムーズに行くはずです」


「分かりました。どうやれば良いでしょうか!?」


「まず、左手に付けている契約の指輪を雷龍に当たるように触れてください」


「こうですか?」

 ボクは雷龍の傍によって、契約の指輪が頬に触れるように手を当てる。


 ――あ、桜井君の手が近い……私、ドキドキしてきちゃった……。


「(……何か、雷龍さんの様子が別の意味で変だ)」

 いや、それは後で考えよう。今は契約に集中しないと。


「その次に、詠唱を唱えるのです。

 <契約の指輪>に誓う。我と契約を結ぶものの絆を永遠のものとせよ。

 我と契約を結ぶものの名は<エージェント・オブ・ドラゴン>、我が名の下に契約を結べ。そして、あなたの名前を告げて下さい。それが契約の呪文となります」


「……はい! <契約の指輪>に誓う。

 我と契約を結ぶものの絆を永遠のものとせよ――」


 ……しかし、何故かその契約が成功しなかった。


「……おかしいですね。契約の指輪にあなたの血は流していますか?」


「はい、それは既にやっています」


「では、魔力が足りない? いえ、私がこの場でサポートしている以上それはあり得ない。では何が足りないのか……」


 ウィンドさんは頭を悩ませる。

 一緒になってボクと姉さんも考える。そこで思い付いた。


「……っ、そうだ、雷龍さん。キミの人間だった時の名前は!?」


 ――え? えっと……カエデ……。


「……!? 思い出した! ツバキカエデさんだよね!」

 元の世界の記憶は両親のこと以外はあまり印象に残っていないけど、

 名前聞いて思い出した。彼女、椿楓は僕の中学二年生の時の同級生だ。


 ――お、覚えててくれたの!?

 彼女の名前を聞いたボクは再び詠唱を唱える。


「<契約の指輪>に誓う。我と契約を結ぶものの絆を永遠のものとせよ!!

 我と契約を結ぶものの名は<ツバキカエデ>、

 我が名の下に契約を結べ。ボクの名は<サクライレイ>だ!!」


 すると、雷龍に変化が起きた。


 ――うっ……あぁあああっ!?


 苦しそうな声を上げて悶える。だけど、次第に収まっていく。

 そして雷龍とボクは光に包まれ、そして契約の指輪から光の糸のようなものがボクとカエデに繋がり、そして糸は消えていった。

 契約の指輪は、その色を変えて、雷龍と同じく青い綺麗な指輪へと変化した。


「―――おめでとうございます。無事に二人は契約で繋がれました。

 これで、雷龍も意識が途切れて暴走するようなことも無くなるでしょう」


 それを聞いたボクはホッとして、雷龍さんは―――


 ――桜井君……ありがとう! これで、私、桜井君のお嫁さんだね!!

 ……とボクの心に流れ込んできた。


「……えっ?」

 ――えっ?


「えぇーッ!?」

 思わずボクは叫んでしまった。


「ど、どうしたの?」

「何か、雷龍さん……いや、カエデさんがボクと結婚がどうのとか……」

「な、なんですってぇー!? まさか、異種婚……」

「ち、違うから!?」

 姉さんの突拍子もない発言にボクは突っ込む。


 ――え? 指輪までして、私と契約ってそれって結婚じゃないの?

 ――どうなの、そこの緑の人?


「ち、違うって!? 今のは、魔力的な意味で契約をしただけだよ。ウィンドさんも何か言ってよ……!」


「私はレイさんと雷龍が、普通に言葉が通じてるのが驚きなのですが……。

 ―――と、そうですね。契約の指輪はエンゲージリングと言われることもあるので、当たらずとも遠からずと言ったところですね」


 ――ほら、やっぱり結婚じゃん! 桜井君、大好きっ! チュッ!


 雷龍はボクの口元に自分の龍のクチを当てようとして、そのままボクは軽く吹き飛ばされる。


「ぐはっ!?」

 ――ああーっ? 桜井君ー!


「れ、レイくん、大丈夫!?」

「な、何故こんなことに……」

 ――もう、照れ屋なんだから♪ でも、そんな所も好きよ♪


「……」

 まさか、雷龍さんの中身が、こんな女子中学生だなんて……。


 ◆


 落ち着いたボク達は、雷龍と契約がきっちりなされたことを確認する。


 そして、それから少ししてから―――


 少し、離れた場所から激しい爆音と地響き、そして何かと何かが激しくぶつかる金属音が鳴り響く。ここからでは分からないけど、離れた場所で誰が激しく戦っているようだ。


「今の音は……!?」


「……おそらく、エミリアさん達と魔軍将クラウンが戦闘を行っているのだと思います。ここまで響いてくるとは、相当激しい戦いなのでしょうね」


 ――っ! エミリア達とクラウンが戦っている!!


「ボク達も行こう!」

「うん、みんなを助けないとね!!」

「……そうですね、手遅れになる前に」


 そうしてボクたちが駆け出そうとすると――。


 ――桜井君達、急ぎなの? 私が連れてってあげよっか?

 と、雷龍さんは言った。


「え、本当!?」

 ――うん、そこの二人にも伝えてね。私の背中に乗って!


 ボクはすぐさま二人に伝える。

 姉さんは嬉しそうに、ウィンドさんは珍しく困惑していた。


「ら、雷龍の背中に私が……? い、良いのでしょうか……」

「なんでウィンドさんは躊躇してるの?」

「さぁ……? でも、今は急ぎだから!」

 ボクはウィンドさんを抱きかかえて、強引に雷龍さんに乗せる。


「ちょっ!?」

「ウィンドさん、今は急ぎなので! 姉さんも早く!!」

「わ、分かった!」


 ボクは雷龍の背に乗り、姉さんも急いで乗り込む。


 そして――

 ――じゃあ、行くよ!!


 雷龍は大きく翼を広げて羽ばたき、空へと舞い上がる。

 そして、ボク達が乗った雷龍は、一気に加速して飛んでいく。


「す、凄い速さだ」

「すっごいねー!!」

「……」

 乗せたら、今度はウィンドさんがすっかり大人しくなっちゃった。


「――そうだ、雷龍さん。ボク達はキミのことなんてて呼べばいい?」

 ――今まで通り雷龍でいいよ?


「でも――」


 ――良いんだよ。こんな姿で椿楓なんて名前似合わないでしょ?

 ――雷龍って呼び方自体嫌いじゃないし、もう私受け入れてるから……。


 雷龍さんはそう言うけど、何処か諦めているように思えた。


「……じゃあ、カエデさん」

 ――えっ?


「……僕は、カエデさんって呼ぶよ、それでも駄目?」

「私は賛成かなー! 可愛い女の子の名前だしね!」

「私も異論ありません」

 ――……ありがとう、桜井君、お姉ちゃん、それに緑の人。


「それじゃあ改めてよろしくね、カエデさん」


 ――うん、これからも宜しくお願いします。

 ――それじゃあ、気合が入ったところで飛ばすよー!!


 カエデさんは一気に加速し、ボク達は必死に彼女の背中に掴まる。

 ま、待っててね、みんな! 今、助けに行くからね!!!

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