第803話 キャラ被りは許さないレイくん(姉視点)

 よりにもよって魔王(ラスボス)討伐前にとんでもない秘密を知ってしまった僕達は、そのことを踏まえて今後どうするか話し合う事になった。


「……キミ、エミリアと言ったね」


「そうですが……まさか、封印解いたから処罰するとか言いませんよね」


 クロードに質問されたエミリアは、クロードを警戒して距離を取ってからそう答える。


「別にそんな事は…………いや、キミが悪人だった場合、それ相応の対応はさせてもらうつもり事になるな。

 今回の魔王討伐が済んだ後、四賢者を全員集めてからこの件に関して話し合いをさせてもらうことに……その時は、長老様を交えて最終的な審判を……」


「ちょっと待ってください、審判ってどういうことですか!?」


 クロードさんの不穏な言葉に、僕はたまらず声を上げる。


「あ、いや、勘違いしないでほしい。彼女を拘束するとか無理矢理従わせるとかそんな人権を無視したことをするつもりはない。

 ……ただ、この件は僕一人の判断で決めかねる事案だ。最終的な審判とは魔法の再封印するか否かという議論の話だが、そこの彼女がこちらの要望を渋るような事があれば……長老様がどのような決断を下すかは僕は測りかねない。

 その魔法は、個人の尊厳命の価値を軽く見積もらせるほどの威力を秘めているからね……」


「……私が、そんな人間に見えますか?」


「そういう人間ではないと信じたいが、残念ながら僕はキミの事をよく知らない。表面的な口約束だけでは信用しきれないのさ。

 だから、僕の懸念は無用だと証明したいのなら、まずはその魔法を二度と使わないでくれ。そして、この件はしばらく口外禁止だ。今回の魔王討伐を終えた後、準備が整い次第キミを迎えに行く。

 その時には大人しくこちらの言う事を聞いて付いて来てほしい。そうしてくれれば僕の権限を使ってキミの身柄を保証しよう」


 クロードさんの話を聞いていたエミリアは不安げな表情が徐々に無表情に変わっていく。そして言った。


「すみません。その約束はできませんね」


「……何故かな? こちらの要望通りに動いてくれれば身柄は保証すると言っているんだよ? 何が不満なんだい?」


「ええ、確かに私の命は保証してくれるかもしれません。ですが、その後の私の『自由』を保証してくれると約束してくれますか?」


「……どういう意味だい?」


「言葉通り意味ですが……さっき、再封印とか言ってましたけど、本当にそんなことが出来るんですか?

 仮に出来たとしても魔導書を再封印して誰の手にも渡らなくなるという話で、一度習得してしまった私の”知識”が消えるわけじゃないでしょう。

 だから、『放っておくのは危険過ぎるから監視を付ける』……とか、『自由にさせるのは危険だから軟禁する』……私はこういう展開になるんじゃないかと危惧してるんです。……それを踏まえて、もう一度聞かせてください。私の『命』と『尊厳』、そして今まで通りの『自由』を保証してくれますか?」


 エミリアの問い掛けに対して、クロードさんは難しい顔をしてしばし考え込んだ後……。


「……分かった、約束しよう。四賢者の一人として、キミを束縛するような事態は決して起こさないことをここに宣言する」


「……信じますよ、クロードさん」

「……!」


 クロードさんのその回答に口を出したのは僕だった。


「クロードさん、僕はその言葉を信じます……。ですが、仮にその言葉を少しでも違えるような事があれば、僕はあなた達全員を敵に回してでもエミリアを取り返しに行きます。暴力は嫌いですけど、必要とあらば”勇者”としての力を使ってでも、です」


 そう言いながら僕は、腰に下げた聖剣の柄に手を当てる。すると、クロードさんの表情が強張り、仲間達すら僕を見て驚いた表情を見せる。


「……レイ、そこまで言わなくても……」


「……クロードさん、返答をお願いします。僕だってあなた達を敵に回す様な事はしたくない。それでも、大切な仲間の命に代えられるものなんて無いんです」


 そう言って僕はクロードさんの返答を待った。


「……」


 しばらく僕をじっと見つめていたクロードさんは、やがて諦めにも似た表情で答えた。


「……分かったよ。そこまで言うならこの件を報告するのを取り止める。ここでの話は僕は聞かなかったことにするとしよう……」


 その言葉を聞いて、僕は一息付いて剣の柄から手を離す。すると、仲間達の表情もホッと和らいだ。


「ありがとう、クロードさん……」


「いや、感謝されるような事はしてないよ……そもそも封印が解けたのはこちらの不手際だしね……。しかし、まさかキミからそんな好戦的な態度を示されるとは思わなかった。キミが魔王を討伐するより前に、僕がキミに切り伏せられるんじゃないかとヒヤヒヤしてしまったよ」


「僕は争い事は嫌いですけど、友人に危害を加えるなら敵とみなします。よく勘違いされますけど、僕はそんな正義感が強い方じゃないんですよ。

 悪人は嫌いですけど、それでも仲間の命に代えてまで世界を救おうなんて考えは僕にはありませんし、今回の魔王討伐の件だって、一度僕が魔王を倒したのに全てを終わらせることが出来なかったことに責任を感じてるから頑張ってるだけで、勇者らしい活躍をして周りから認められたいなんて思ってません。……純粋に、大切な人達の命が奪われないように戦うだけです」


「レイ様……」


「レイくん……」


 レベッカと姉さんが僕の言葉を聞いてなんとも言えない表情で僕の名前を呼ぶ。


「……そうか。キミは正義感や使命の為に戦ってるわけじゃないだな。だからと言って名誉や名声の為に動いてるわけでもないのか」


「違いますよ。僕はずっと自分と自分の仲間達の為に行動してるだけです」


「……理解したよ。もうこれ以上何も言わない。先程のエミリア君の話も僕は『何も聞かなかった』事にする。それで手打ちにしてくれ」


「はい、それで構いません。お互い、友好関係を築くためにもこれ以上深入りしないでおきましょう」


 僕達はそう言って、これ以上の追及をお互いにしない事を確認して握手を交わした。


 ◆◇◆


 それからクロードさんと別れて、僕達は部屋に戻った。そして部屋に戻った直後、僕は皆と一緒にソファーに座って――――


「……ストレスで死ぬかと思った」


 第一声がこれだった。


「レイ君、無茶な事言ったわね……私もエミリアの件で口出ししそうになったけど、貴方の剣幕で口出しできなくなったわよ」


「もう、もしあそこでクロードさんが怒ったらどうするつもりだったの? いざとなれば、お姉ちゃんがクロードさんを抑えるつもりだったけど、それでも事態を丸く収めるのは難しかったと思うの」


 僕の第一声を聞いたカレンさんと姉さんに責められてしまった。


「ごめん……クロードさんの煮え切らない態度につい怒っちゃった」


「ふふ、まぁそれだけエミリアの事が大切だったって事でしょう」


「うぐ」


 ノルンは僕の背後からそう言って、僕の首の後ろを指ですーっと撫でる。


「れ、レイ……そこまで私の事を大事に想ってくれてたんですね……」


「い、いや……その……」


 エミリアの言葉に僕はなんだか気まずくなってしまった。


「で、でも、さっきのサクライくん、凄く格好良かったよ!」


「はい、わたくしもそう思います。ルナ様」


「……あはは、ありがとう二人とも……」


 女の子的にはああいうのがカッコいいと感じるのだろうか。


 自分の行いを振り返ると、なんとも恥ずかしい行動だったと後悔し始めていたのだが。上手くいったから良かったものの、裏目に出た可能性もあった。


「だけど、エミリア。今回はレイ君のお陰でこれで済んだけど、例の魔法は絶対使っちゃダメよ」


「流石に私も自分の命は惜しいですし、あれだけ事前に脅されたら使う気は起りませんよ。あーあ、究極魔法って聞いてたから期待したんですけど……」


「もう、エミリアちゃん。私達はその魔法の危険性を知った良かったけど、他の人達の前でそういう発言しちゃ駄目よ?」


 姉さんがエミリアを窘める。


「すみません……軽率でした……私もあの魔法の事はもう忘れる事にします」


「それが良いと思うわ」


 姉さんはエミリアにそう言ってから、ふと思い出したように言った。


「ところで、レイくん。さっきクロードさんに対して『僕と自分の仲間達の為に行動する』って言ってたけど……」


「うん、言ったね」


「仲間じゃなくて『好きな人』の間違いよね?」


「気付いてるなら敢えてここでバラさないでよっ!!」


 僕は恥ずかしくなってその場に突っ伏した。

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