第804話 恐怖を消して強くなる魔法
部屋に戻ってから五時間程経過した頃―――
部屋で僕達がイメージトレーニングや瞑想を行って戦いに備えていると、艦内でグラン陛下の声が響いた。
『―――未来の英雄達諸君よ。今、この魔導船は魔王軍の本拠地であるヘルヘイムと呼ばれる荒れた大地に向かって時速100キロの速度の航行中である。
今すぐ戦いの狼煙が上がるわけではないが、戦いの心構えは済んでいるだろうか。もし、出来ていないものがいたら、わが軍の騎士達の所に行くと良い。付け焼刃ではあるが、軽く精神に作用する魔法を使って君達の士気を上げる事に協力してくれるだろう』
「……精神に作用する魔法?」
陛下の話の中に気になったワードが混じっていた。
「精神に作用する魔法と言えば、マインドコントロールや精神感応などの精神操作系の魔法が思い浮かぶわね。カレンさん、何か知ってる?」
「ああ、<狂戦士化>の魔法のデメリットを極力抑えた魔法で、不安や恐怖を打ち消して精神的な高揚感で塗り潰して身体能力も底上げする魔法よ。アリスちゃんが前使ってた<1/4狂戦士化>の改良版ね」
「アリスちゃんの……? そういえば、そんな魔法あったね」
以前、彼女達と冒険者として金策に繰り出してた時、アリスちゃんが相方のミーシャちゃんにそのような魔法を使ってた覚えがある。
「彼女のその魔法をグラン国王陛下の前で使ったら陛下に気に入られてね。国の新兵を鍛える際に使えるかもしれないと仰って、今回の作戦に試験的に導入することに決めたそうよ」
「な、中々思い切ったことしますね……国王陛下は」
カレンさんの話を聞いて軽く引いたような感想を述べるエミリア。
「考えようによっては非人道的に思えるかもしれないけど、効果は既に実証済みよ。
普段、あまり目立たない兵士もこの魔法を使うことで、通常よりも能力が底上げされ戦闘に対しての恐怖心も無くなって士気が上がるのだとか。
仮に実力不足の冒険者であっても並の兵士と互角程度に打ち合えるようになるのが優秀で、この魔法を前提に陛下は多少未熟と思われるC~Dランク程度の冒険者にも今回の戦いに募ったそうよ。
陛下が太っ腹な金額の報酬を提示したお陰で数だけは集まったし、これで戦力不足を補うってわけね」
「ふむ……国王陛下が目先の報酬を提示して参加者を集めたのはそういう理由があったのでございますね」
「あの時、陛下が集めた連中の中ではどうみても報酬に釣られただけのゴロツキも混じってましたからね。背中を預けるにはとても信用が置けないと思っていたのですが……」
「そういう連中もこの魔法を広範囲で発動させることで、積極的に戦闘を行う優秀な兵士に早変わりってわけよ」
「あははっ、グラン陛下も意外とえげつないこと考えますよねー♪」
カレンさんの言葉にサクラちゃんが無邪気に笑いながら言った。
「……まぁ、確かにグラン国王陛下がこの魔法を導入するのは合理的かもしれないね」
「そうね。この魔法の前提として『恐怖心を塗り潰す』って要素があるわけだから、戦況が不利になって我先に逃げ出したり敵に背中を見せる兵士の数は減るでしょうね」
「……少々やり過ぎな気がするけどね。カレン、そんな精神に強力に作用する魔法なのだから、何かしら代償があるんじゃないの?」
テーブルで俯いて眠っていたように見えたノルンが顔を上げて、カレンさんにそう質問する。
「ノルン、起きてたの?」
「ちょっと夢と現実の狭間を彷徨ってただけよ。眠っていないわ」
要するにウトウトしてたんだね……と僕は心の中で思ったが口には出さなかった。
「それで、どうなの? カレン」
ノルンは前のめりになりながらカレンさんに問い掛ける。
「副作用ね……無くもないわ。肉体的な部分じゃなくて精神面の方だけど」
「具体的には?」
「魔法に掛かっている間、本人はちゃんと自身に記憶はあるの。どういう風に戦ったか、どういう言動を取ったかまでも鮮明にね。だけど魔法の効果が解けた後、数日間は本来の自分と魔法を使った時の自分の差に苦悩することになる。要するに『あの時はこんな凄い戦いが出来たのに、魔法が掛かっていない自分は、どうしてこんなに弱いのだろう……』って感じで苦悩して、食事すら手に付かないほど無力感と自己嫌悪に陥るらしいわ」
「強烈な鬱状態になるって事かな……」
「そうね……元々、の強さに自身のある人間なら自己嫌悪に陥らないみたいなの。でも兵士の中で一番未熟だった新兵の子は魔法のお陰で二年先輩の兵士に圧勝するほどの強さになったのだけど、魔法が切れてから数日間、急に兵舎から出るのも嫌になって仕事を数日間放棄したそうよ。ちなみに、サボったことは魔法の副作用で精神が不安定になったってことで不問に処されたわ」
「それ、今は大丈夫なんですか?」
「今は問題ないわよ。ただ、この件が議題に持ちあがって本当に実戦に使って大丈夫なのかって王宮内で議論があったのだけどね。最終的にグラン国王陛下が、全責任を持つという形で今回の作戦に導入する許可を下ろしたわ。最も、今回の魔法はそうならないように調整されてるから危険性は下がってる筈なのだけどね……」
カレンさんの言葉に、今まで不安そうな表情で黙り込んでいたルナが、突然僕の服の裾を引っ張る。
「ルナ、どうしたの?」
「……ご、ゴメン、サクライくん。ちょっと私なりに考えたことがあって……」
ルナはそう言いながら、カレンさんの方に視線を合わせる。
「……どうしたの?」
「あの、それってやってる事は殆ど【洗脳】じゃないですか。そこまでして兵士さん達を戦わせないとダメなんですか!?」
「……そうね。でも、それが戦争なのよ。ルナちゃん」
「……っ!」
真剣な表情で返事を返されたルナは、カレンさんと目を合わせると縮こまってしまう。
「……厳しい事言ってごめんなさいね。でも、戦いで恐怖して身体が動かずに殺されてしまうより、例え洗脳と呼ばれても無理矢理身体を突き動かして戦った方が結果的に生き残る確率は高くなるの。
覚えておいて、ルナちゃん。最終的にどういう手段を用いても、勝たないと殺されるか蹂躙されてしまう。戦争はいつの時代でも過酷で、苦渋の選択の末に決断しないといけないのよ。そうしなければ全てが奪われてしまう」
「……ごめんなさい、私何も知らないで……」
「いいの、気にしないで。……レイ君やルナちゃんの元居た場所は、戦争は無かったのかしら?」
「……少なくとも、僕達が生まれた国の現在は平和そのものです。ですが、他国は今でも戦争や紛争は起きていると思います」
「一応、80年くらい前には戦争をしてたって習いました」
「……そう。二人が優しいのは、そんな平和な環境で生まれた穢れの無い考えなのね。レイ君、ルナちゃん、その考えは大事にしてね」
カレンさんは優しい笑みを浮かべて僕にそう言った。
「……さてと。皆、そろそろ昼食に向かいましょう? この魔導船には王宮の腕利きのシェフも乗ってるの。戦いの前の最後の食事よ。十分に胃を満たして英気を養いましょう」
「……そうね。何事も食事が大事よ。というわけで食べに行くわよ!!」
姉さんは少し気分が沈んだこの空気を打開するためか、カレンさんの言葉に同意してこの部屋から出て行った。
「……僕達もいこっか」
「うん……」
僕達も、姉さんの後を追うように部屋から出て行く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます