第802話 究極魔法なんていらない!

「アンリミテッド・ディストラクション?」


 その仰々しい名前を聞いて、ルナが可愛らしく首を傾げる。


「ああ、まぁ簡単に言えば破壊のみに特化した魔法だよ。

 例えば自然干渉魔法の上級獄炎魔法は炎の密度を圧縮させることで破壊力を高めた魔法だ。それを極限まで圧縮させた結果、高熱の炎は触れるものを焼き尽くすだけでなく、何物をも熔解させる力を持つようになった。

 ……究極魔法とは、この自然干渉魔法と違って、魔法を自然エネルギーに変換することなく、純粋な『魔力』のみで物理的な破壊力を生み出す魔法だ」


「え、えっと………つまりどういうこと?」


「ははは、キミはもしかして魔法の事は詳しくないのかい?」


「あ、その……ごめんなさい。最近、エミリアちゃんに魔法を教わったばかりで……」


 ルナは恥ずかしそうにそう答える。


「ですが、ルナ様は素晴らしい魔法の才能をお持ちなのですよ。基礎的な魔法はマスターしておりますし、既にいくつかの応用魔法を習得済でございます」


「うんうん、ルナは凄いよ」


 レベッカは恥ずかしそうなルナに向かって微笑み、彼女をフォローする様に褒め称える。僕もそれに乗っかった。


「ありがとう、サクライくん、レベッカちゃん」


「なるほど……才能はあるけどまだ知識が乏しいわけか。なら魔法初心者に分かりやすく説明するなら……そうだね、魔法の矢マジックアローを知ってるかい?」


「あ、その魔法なら……確か、攻撃魔法の初歩中の初歩ですよね。エミリアちゃんからそう教わりました。ね、エミリアちゃん?」


「え、えぇ……」


 ルナの呼びかけにエミリアはびくりと身体を震わせる。


「魔法の矢は攻撃魔法の基本と言われていて、ある程度の魔力のある人間だから誰でも簡単に使える魔法だ。

 だけど、基本となる魔法故に、実はこの魔法はこの魔法と比べて特殊な工程を踏んでいてね。普通、魔法というものはマナを魔力に変換する際に、特定の『イメージ』を形成する。

 それは、揺らめく炎だったり、流れる水だったり、空に浮かぶ雲だったりと千差万別だ。そして、その『イメージ』を具現化して方向性を得たものが、キミ達がよく知る”自然干渉魔法”と呼ばれる魔法の系統だ……ここまでは理解出来るかい?」


「な、なるほど……何となくです、けど……」


「結構。だが魔法の矢は、そのイメージを踏む工程をすっ飛ばして純粋な魔力……いわば、『無属性』のエネルギーを撃ち出すモノだ。無制限アンリミテッド・破壊ディストラクションは究極的に言えば、魔法の矢の威力を無尽蔵に底上げした魔法と言ってもいい。

 魔法の矢の威力なんて、どれほど優秀な魔法使いが使っても威力はたかが知れてるけどこの魔法はその威力に上限など無い。まさに、破壊だけに特化した魔法なんだ」


「すごい魔法なんですね……」


「凄いなんてもんじゃないよ。”長老様”の話によると、長老様がこれを解き放つと小国程度なら一瞬で塵芥にしてしまうほどの威力だそうだ。だからこそ、”長老様”はこの魔法を作り出したものの、一度たりとも使うことなく封印をしたわけだけどね」


 クロードさんはそう言って苦い顔をする。


「……恐ろしい魔法ね」


「ええ、国を一瞬で崩壊させる威力なんて、私達が普段扱う魔法とはまるで次元が違う」


 ノルンの呟きにカレンさんは綺麗な顔に汗をにじませながらそう言った。


「しかしコンセプトこそ酷似しているが、”極光の槍”グングニルはそれよりも出力が抑えられている。仮に撃ったとしてもこちらに被害が出ることはないし、無差別に破壊などせずに範囲を抑えて貫通力に特化しているため、味方や船自体に当たる事はない。だから安心してくれて良いよ」


「……それを聞いて一安心です」


「さて、これで僕が案内できる範囲は一通り終わった。後は自由に艦内を探索してくれて構わないよ」


「ありがとうございます」


「……だが、そこの彼女は大丈夫かい? 随分と顔が青いようだが、体調を崩しているなら部屋に戻った方が……」


「……え?」


 クロードさんに指差されたエミリアの方を振り返ると、彼女は青い顔をして呆然と立ち尽くしていた。


「……エミリア?」


「……私……その魔法、知ってます」


「え!?」


「……っていうか、その魔法の封印を解いてしまいました」


「は!?」


 クロードさんが思わず声を荒げる。


「ど、どういう事なんだ!? 何故、この魔法の事を知っている!?」


「お、落ち着いてください。私、随分昔にとあるダンジョンで迷ってる時に隠し通路を発見してしまいまして、その時にある魔導書を発見したんですけど……それが、これです」


 エミリアはクロードの剣幕に圧されながらも、鞄から古びた魔導書を取り出す。その魔導書は僕も覚えがあった。何せ、彼女と会って間もない頃によく自慢話として聞かされていたモノだったからだ。


「それ、確か”鼓動する魔導書”……って名前の魔導書だったよね?」


 僕はエミリアにそう問いかける。


「はい、レイには何度か見せた事ありましたよね。最初この魔導書の殆どのページに特殊な封印が掛かっていて私にはどうすることも出来なかったんです。ですが―――」


 エミリアはそう言いながら、カレンの方を見る。自分の方に視線を向けられた彼女は、最初は頭にクエスチョンマークを浮かべていたのだが、エミリアの無言の視線の意味を察したのか、彼女の顔まで徐々に青くなっていく。


「……え、あの、もしかして………あの時、エミリアに頼まれたやつ……かしら?」


「……はい、サイドでカレンの力を借りて、強引に封印を解いてもらった魔導書です。その中にこの魔法の情報があって……」


「!!」


 その言葉を聞いて僕もようやく思い出した。


 その当時、<封印の悪魔>という魔導書などに封じ込められた恐ろしい魔物の話をカレンさんから聞かされたエミリアが、自分の持っている魔導書に掛かってる封印が気になってカレンさんに相談を持ち掛けたのだ。


 カレンさんはそれを聞いてエミリアの不安を解消する為に、強引に自身の魔力を流し込んで無理矢理封印を解除して中身を確認したことがある。


 結果、<封印の悪魔>とは無関係だったものの、封印を解いたことでエミリアは魔導書の力を得て大幅なパワーアップを果たした。


 その時、確かに聞いた。無制限アンリミテッド・破壊ディストラクションの名前を。


 名前を聞いて嫌な予感がした僕は、エミリアに使わない様に強く釘を刺したのだけど……。


「……な、何という事だ。”長老様”程のお方が危険と判断して封印されていた魔法が、いつの間にか解かれていたなんて……!!」


 クロードさんは頭を抱えてその場にうずくまる。


「ま、まさかと思うが、その魔法を使ったことは……!?」


「使うわけないじゃないですか!! 今の説明を聞いたかぎりだと、使えば私も死んでしまうんでしょう!? 」


「そ、そうだったね……仮に使ってたとしたら、キミは当然だがキミの周りにいた人間やありとあらゆる生物も消滅していたと思う。使わなくて正解だよ」


「………」


 クロードさんのその言葉を聞いて、エミリアの顔が更に青くなってガタガタと震えはじめた。


「じ、自分の想像より遥かにヤバい代物でした……!! レイに止められてなかったらヤバかったかもです……!!」


「止めておいて良かった……!」


 もし、あの時にエミリアのテンションに乗せられて使うのを許可してたら、僕達丸ごと全滅してたかもしれない。


「……び、ビックリする話ね……お姉ちゃんも今になって危機感感じてしまったわ」


 姉さんも思い出したようで、汗びっしょりになってそんな事を言う。


「迂闊だったわ……冷静に考えたらエミリアに頼まれて封印を解いたのは私だし、下手するとエミリアと並んで大戦犯になってたかもしれないわ……」


「大戦犯な上、弁解の余地なく即死することになりましたね……カレン」


「じょ、冗談じゃないわ……!!」


 青ざめた顔で震えるエミリアとカレンさん。


「……ま、まぁ封印が解かれたとしても使わなければ問題ないはず……。うっかり試しに詠唱などしないでくれよ?」


「だ、大丈夫ですよ。……確か……あらゆる敵を撃ち滅ぼす、究極の破壊の力、今、ここに―――という感じの……」


「ちょ、ちょっと!?」


「そんな軽率な詠唱はやめて!!」


 カレンさんが慌ててエミリアの口を塞ぐ。


「むぐぐ……!! い、今のは第一節目の詠唱文ですから……!実際はもっと詠唱が長いですし……!」


「それでも駄目よ! お願いだから迂闊なことはしないで頂戴!」


「は、はい……!」


 エミリアも自分のしでかした事の重大さが分かったのか、顔を青ざめさせて何度も頷く。


「……クロードさん、その魔法が今、もし発動してたらどうなってたんですか?」


 僕はもしもの可能性を考えてそう聞く。


「……そうだな。少なくとも僕達は魔導船ごと消滅して、誰一人として生き残りは居なかったと思うよ」


「ひえぇ……」


 その光景を想像してしまい、僕は背筋を凍らせた。


「……しかし、それほどの魔法であるなら、もしや魔王を倒せてしまうのでは……?」


 レベッカのその一言で、その場の全員が固まった。


「魔王を倒す……」


 その可能性は考えても居なかった。確かに、この魔法が魔王に効けば、魔王を倒すことも出来るかもしれない。ただし……。


「……仮に倒せたとしても、術者である彼女と君達も肉片残らず消滅することになるな」


「……」

「……」

「……」

「……」


 当然だが、全員即決でこの魔法の使用を却下した。

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