第427話 戦略的撤退でございます

【視点:レベッカ】

 任務の最中で魔物に見つかってしまったわたくし達は、魔物達に<消失>インヴィジビリティの魔法を解除され追い詰められてしまいました。

 しかし、レイ様による聖剣を使った広範囲の攻撃により、敵陣を突破することが出来ました。先行するサクラ様とわたくしは、まばらに襲い掛かってくる前方の敵を薙ぎ払いながら次の階層を目指します。


「……見つけた!!」

 やや後方を走っていたエミリア様は息を切らせながら前方を指差す。そこには、次の階層へ行くための階段が設置されており、そこには多数の魔物達が待ち構えておりました。


「サクラ様、ここは強行突破以外ないかと思われます」

「そうだね、頑張ろう!!」

 サクラ様とわたくしは武器を構えて魔物達を見据えながら走る。

 魔物の数は十二、三といったところ。通常種の魔物と比較して強化されているのかタフですが、それでも私達五人の敵ではありません。


「レイ様、お力添えをお願いします!!」

 最後尾を走っていると思われるレイ様に、わたくしは声を掛けます。

 しかし、返事がありません。

 何故かと思いながらも、目の前の敵から離せず返事を待つのですが―――


「……レイ?」

「……レイくん?」

 背後のエミリア様とベルフラウ様が戸惑った声でレイ様の名前を口にします。

 そして、そこでレイ様が私達に付いてきていないことに気付きました。


「れ、レイくんが居ない!?」

「もしかして、途中で魔物に―――!?」

 レイ様が不在な事に気付いた私達は、すぐに引き返そうとしますが……。


「侵入者だ!!」

「強化兵を出せ!! こいつらを全員半殺しにして、実験体に使ってやる!!」

 階段前に待ち構えていた魔物達が、何かに命令を出してこちらに襲い掛かってきます。


「(少々不味い状況、すぐにレイ様の所へ引き返したいというのに……!)」

 おまけに【強化兵】などと不穏な単語が聞こえてしまいました。

 増援でしょうが、この施設の目的を考えるなら、製造された魔物をわたくし達にぶつけるつもりでしょうか。

 モタモタしていると、レイ様の身が危険に晒される可能性が高い。そう判断したわたくしは、数歩後ろに下がって失礼を承知でエミリア様に指示を出させていただきます。


「エミリア様、申し訳ございませんがここを任せてもよろしいですか? わたくしだけでもレイ様の捜索に向かいます!」


「レベッカ……そうですね、お願いします。私達はこいつらを蹴散らして、先に上層に上がって近くの小部屋で身を隠しています。……後で合流しましょう」


 私の意図を察してくれたエミリア様は、わたくしの言葉に力強く応えてくれました。


「……ありがとうございます、では!」

 わたくしは即座に駆け出し、来た道を戻っていく。彼女らが心配ではありますが、あの三人ならばきっと窮地を乗り越えてみせるでしょう。


 ですが、レイ様は別れる直前、様子がおかしかった。

 もしかしたら、あの聖剣による攻撃は、彼にとって相当無茶な一撃だったのかもしれません。


「どうか無事であってください……」

 私は祈りながら、通路を疾走していきました。


 ◆


【視点:レイ】

「うぐぅっ……!」

 オーガロードに振り下ろされた棍棒の一撃を聖剣によるブーストで受け止める。

 しかし筋力差を補うために聖剣に魔力を注いだことで、三度、魔力疲労の立ちくらみを起こしてしまう。


『レイ、一旦下がって!! 今の貴方じゃ、正面から戦うのは不可能!!』

「わ、分かってる」

 魔物から距離を取ろうと背後に下がる。

 しかし、その前に魔物の追撃が振りかぶられる。


「くっ!!」

 咄嗟に聖剣を盾に防御を行うが、次は魔力によるブーストが間に合わず、僕は魔物の攻撃の衝撃によって吹き飛ばされ、近くの壁に叩きつけられてしまう。


「くあぁっ!!」

 壁が崩れ落ち、瓦礫の中に埋もれてしまった僕だったが、

 何とか体勢を整えて崩れた場所から這い出る。


「ハァ、ハァ……」

『大丈夫?』

「なんとか……」

 聖剣の声に応えると、聖剣の刀身を支えに立ちあがる。


「ははははははは!! 流石、デウス様が考案した強化兵!! 多少強い程度の人間など話にもならないな!!」

 僕が苦戦している様子を後ろから眺めていた魔物は、不快に笑いながら言った。

 どうやら、この魔物は【強化兵】と呼ばれるらしい。確かに普通のオーガよりはるかに強靭だし、身体能力も高い。


「強化兵……つまり、こいつはここで作られた魔物って事か」

「コソコソと基地に侵入した人間が何を目的に動いていたか分からなかったが、それを知っているということは貴様たちの目的はこの装置か?」

 魔物は、こちらを見下すように眺めながら、一瞬だけ背後の<魔道製造機>に視線を移す。


「とするなら、貴様は人間の国家の<王都>から派遣された騎士。

 いや、乗り込んでくるなら只者はあるまい。庇護していた<勇者>といったところか?」


「…………」

 あっさりバレてしまった。


 今話している魔物は、アークデーモンの上位種の地獄の悪魔だ。

 この魔物自体、相当強力なはずだが戦いに参戦せずに、高みの見物をしている。

 何処となく小物感のある魔物だが、勘は良いようだ。


「丁度良い、先の戦いでは貴様たちに我らが将のデウス様が殺されたらしい。

 もし貴様と、ついでに、他に逃げた人間も一緒に殺せば、俺がデウス様の後釜として魔軍将入りするのは間違いなしだ!!」


 魔物は、僕に向かって指を差しながら、醜悪な笑みを浮かべて宣言する。


「……」

 魔物の態度にイラッとした気持ちを抑えて、冷静に魔物を観察する。


「(厄介過ぎる。強化されたオーガロードも強いのに、地獄の悪魔まで……)」

 本来、オーガロードはアークデーモンより弱いとされる魔物だ。

 なのに、このオーガロードは、あれほどの深手を負っているのにまるで怯まずに攻撃をしてきた。

 こうなってしまうと、魔物の強さの指標など当てにならなくなる。


 今、流暢に話している<地獄の悪魔>は単独でも相当強力な魔物だ。その割に喋ってばかりで威圧感が感じないが、それでも強敵には間違いない。


 さらに状況が悪いことに、僕自身が大技を使った反動で本調子ではなくなっている。仲間には先に行かせてしまったし、絶体絶命の状況だ。


「(姿を隠して逃げるか……いや……)」

 エミリアが消失の魔法が打ち消された時に、しばらく使えない状態と言っていた。それが本当なら使用しても不発に終わってしまうだろう。

 僕が逃げようとしたことがバレてしまえば、即座に取り囲まれてそこで終わってしまう。


 なら、会話で時間を稼ぐか。こいつは出世欲の強そうな魔物のようだ。オーガロードもこいつが指示しないと動かないようだし、上手く誘導すれば隙が生まれるかもしれない。


 僕は、深呼吸して最初に何を話すか考える。

 そして言った。


「……さっき、デウス様がどうとか言ってたね。もしかして、ここって」


「ははは!! 今頃気付いたのか間抜けめ、ここは今は亡き魔軍将デウス様の居城よ。我らはデウス様の元で、魔王軍を強化すべく日夜研究を続けていたのだ!」


 魔物は、僕の反応を見て愉快そうに笑う。やはり、思った通りだった。


「………少し前の階層で、魔物が人間を浚ってどうとか言ってたのを聞いた」


「ふん、コソコソと聞き耳を立てていたのか。しかしその程度の事すら知らんとは、人間の勇者など大したことないな!!」


 魔物は、得意げに語る。

 イラッとするが、この調子で質問すればベラベラ喋ってくれそうだ。


「……っていうことは、人間を使って魔物を増やしているのか?」


「強い強化兵を作るには魔物の遺伝子と肉体が必要になるというだけよ。脆い癖に無駄に数が多い人間どもは、いくら殺してもゴキブリのように沸いて出るからな。実験用には丁度良い」


 僕は、話を聞きながら思考を巡らせる。

「(人を実験動物に……こいつ、許せない。……だけど、こいつの話を信じるなら、実験用に囚われた人も基地にいるのか?)」

 人を実験に使われていることは許しがたい。

 しかし、もし囚われてる人がいるなら助けないといけない。


「……まさかと思うけど、僕達以外に人間が連れて来られているのか?」


「それは『僕も実験動物になりますから助けて下さい』と言っているのか?

 ははは、生憎だがその手には乗らんぞ、泣いて許しを乞うたところで貴様の運命は死だ。実験動物などその辺の村を襲えばいくらでも手に入る。

 貴様ら冒険者達が金の為に手ごろなゴブリンを狩ってギルドに報酬を受け取るのと同じよ。強そうな手負いの獣を実験に使って反抗でもされたらたまらん」


 魔物は、僕が命乞いをしていると思っているようで、嬉々として話し続ける。


「(こいつ、やっぱり馬鹿だ)」

 今の言い方では人間を襲って何処かに捕らえていると言ってるようなものだ。

 この調子なら、少し突けばまだ情報を喋ってくれそうだけど……。


「……」

 奥の方の通路で見知った気配を感じた。どうやら時間稼ぎは功を為したようだ。


 僕は話すのを止めて、剣を構え直す。

 すると、地獄の悪魔は、ニヤリと笑い高らかに言った。


「む……? どうやら死ぬ覚悟が出来たようだな。では、名も知れぬ勇者よ、死ねぇぇぇぇ!!!」

 そう言いながら、地獄の悪魔はオーガロードに命令を下そうとし―――


 次の瞬間、その真横から頭目掛けて弓矢が飛んでくる。

「ぐあっ!!」

 飛んできた弓矢は、騒いでいた地獄の頭のこめかみを貫通し、そのまま壁際まで吹き飛んでいった。


「レイ様、こっちへ!!」

「っ!」

 僕は声のした方向に向かって、すぐに走り抜ける。僕の動きに反応して、オーガロードは僕に向かって棍棒を振るおうとするが、すぐに他の矢が飛んできてオーガロードをけん制する。


「く、くそぅ……!! な、何者だ……!!」

 地獄の悪魔は脳天を貫かれて、若干脳みそがはみ出たまま床を這いずり矢の飛んできた方向を睨む。

 すると、通路の奥から見知った顔が現れた。

 僕は彼女の傍に駆け寄って、魔物を警戒しながら話しかける。


「助かった、

 僕は、その現れた彼女の名前を呼ぶ。

 彼女……レベッカは、僕の無事な姿を見て、心底ホッとした表情を見せる。


「……レイ様、ご無事で何よりです……」

 レベッカは<限定転移>で弓と矢を消して、僕の手を握る。

 心なしか目を潤ませているような気がするが、その表情を見て恥ずかしくなって慌てて顔を背ける。


「?」

「い、いや……なんでもない。それより、皆はどうしたの?」


 僕は誤魔化すように質問する。

 しかし、レベッカは申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。


「申し訳ございません、レイ様。レイ様が心配で、エミリア様に後を託して、独力でこちらにやって参りました。上層寸前のところで敵に囲まれてしまいまして、わたくしは後方の魔物の身を排除しながらこちらに来たので状況は分かりません」


「そっか……僕のせいで……」

 そうなると、エミリア達も無事かどうか分からない。


 僕とレベッカがいなくても、エミリアは強いし今はサクラちゃんっていう強い味方もいる。いざとなれば姉さんの能力で、撤退することも不可能じゃないだろう。


 ただ、それでも万が一という可能性がある。


「レベッカ、今からエミリア達のところに―――」

「無視するなぁぁぁぁぁ!!!!」

「……」

「……」

 人が会話してる所に魔物が割り込んで怒鳴り込んできた。

 さっきレベッカに矢で頭を貫かれた地獄の悪魔だ。相変わらずこめかみに矢を貫かれた状態なのだけど、よくもまぁ元気に喋るものだ。


「そこの小娘、よくもこの俺様の明晰な頭脳に矢を叩き込んでくれたなぁ!!」

「……はぁ」


 レベッカは、魔物を冷ややかな目で見ながらため息を付く。

 そして魔物の方に振り返り、深紅の目で睨み付ける。


「(……あ、レベッカのこの反応、明らかに怒ってる……)」


 基本的にレベッカは普段穏やかだ。

 でも、たまに僕でも引くくらい怒るときがある。

 僕の前ではあんまりそういう表情を見せないようにしてるみたいだけど……。


「――そこの魔物、わたくしとレイ様の会話に割り込むのを止めて下さいまし」


「き、貴様! この偉大なる地獄の悪魔の俺様を誰だと思っ……」


「偉大? どこぞの魔軍将があなたの種族を『所詮量産型に過ぎん』と語っていたような……。ええと、たしか、魔軍将サタン・クラウンでしたか。仲間内にも侮られておりますよ」


「ぐぐぐ、言わせておけば……!! この小娘めぇぇぇ!!!」

 魔物……地獄の悪魔は、怒り狂って立ち上がる。立ちあがった瞬間、刺さったこめかみから大量に出血してるが、本人は気付いていないようだ。


「(うーん、完全に頭に血が上っているね)」

 血が上ってるせいで、出血量が余計に増えているのだろうか。

 

 出血大サービス的な。


 ただ、このまま放っておくとまた戦闘になりそうだ。

 今はこの魔物達を相手にしてる場合じゃない。僕はレベッカの手を掴んでいった。


「レベッカ、こいつらの事はもういいからエミリア達のところに急ごう」

「……! そ、そうでした……!!」


 レベッカは、ハッとして僕の手を握り返す。


「では、行きましょう、レイ様!」

「うん、行こう!」

「行かせるものか!!」

 僕達が動き出すと同時に、地獄の悪魔がオーガロードに命令を下す。オーガロードは、棍棒を振るいながらこちらに走ってくる。その体格に見合わずに動きは速い。


「レイ様、動きを止めます!」

 レベッカは、冷静に状況を判断し、オーガロードに向けて魔法を発動させる。


<重圧>グラビティ

 レベッカが魔法の言葉を呟くと、オーガロードの周囲一帯の床の鉄板が歪んで徐々に沈み始める。

 同時に、オーガロード自身にも魔法効果が圧し掛かり、その身体が重くなっていき足の動きを止めて膝を付く。


「ググググググ……!!」

 オーガロードはそれでも立ちあがろうと膝に力を込めるが、

 全身の重さを足で支えようとした反動か、その膝が嫌な音をし始めてそのまま前のめりに倒れてしまった。


 ……どうやら、骨が折れたらしい。


「これで時間は稼げるはずです! レイ様、急ぎましょう!!」

「分かった、行こう!」

 僕達は急いで通路の奥へと走り出した。


「お、オイィィィィ!!! この矢をとっていけぇぇぇぇぇ!!!」

 後ろから地獄の悪魔の声が聞こえてくるけど、僕は聞かなかった事にした。

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