第643話 空回るお姉さん

【三人称視点:ベルフラウ、レベッカ、サクラ、ノルン、???】


「……誰?」

 ベルフラウは突然現れた女性を見て、その美貌に見惚れながらも警戒する。魔道士風の衣装と赤いマントを纏いつつ、太ももと胸元を際どいラインまで露出しており、短いスカートで男性を誘惑するような蠱惑的な女性。


 顔立ちは女性の目線で見ても艶やかで美しいが、芯の強さを感じられる美しさだ。年齢は20代半ばから後半程度と思われるが、彼女の佇まいは年齢以上に大人びて見える。


 そして、彼女の纏う魔力は私達と同等か、あるいは凌駕するほどに強大だった。


「あなたは……」

 ノルンは、その女性の事を知っていたのか、彼女に声を掛ける。しかし、彼女はノルンの言葉が聴こえていなかったようで、結果的にノルンの言葉を遮るように女性は言った。


「――私の眠りを妨げる愚か者は誰かしら……?」

 その女性は、飛行魔法で神依木の天辺と同じ高さまで浮かび上がりながら、最初にベルフラウ達を、そして恐れ慄いている黒装束達を順番に見渡す。その表情は明らかに怒っていた。


「折角、大事な妹と再会できたのに……貴方達のせいで台無しじゃない!」

「えっ……」


 その女性の言葉を聞いて、ベルフラウは一つの考えに辿り着いた。

 彼女の衣装、髪の色、そして彼女言った「大事な妹」というキーワード。


「ま、まさか……あなたは、エミリアちゃんの――!」

 ベルフラウは彼女の正体に思い至り、声を掛けようとするが――


「――不愉快よ。消えなさい」

 彼女は、その美しい顔を悲痛に歪めながら、ベルフラウの言葉を遮り、魔法を発動させる。彼女の杖から、赤黒い魔力の奔流がうねりながら黒装束達に襲い掛かる。魔力の奔流は彼らを濁流のように飲み込み、全てを覆い尽くしていく。


「ぐあああああああっっ!!」

「う、うわあああああああああああッッ!!」

 濁流に飲み込まれた黒装束達は、まるで地獄のような断末魔の声を上げて魔力の奔流の中に消えていった。彼女の使用した魔法が何かは分からないが、尋常ではない威力だ。


「……う、うそ……」

「凄まじい魔力の波動でございます……」

 サクラとレベッカは彼女の魔法を目の当たりにして戦慄する。


 そして、全てを綺麗に洗い流した彼女は、ベルフラウ達を見る。


「さて、次はあなた達ね……」

 彼女はそう言いながら、ベルフラウ達の方に杖を向ける。


「あ、あの、わたくし達は……!」


「安心なさい。同じ女のよしみであそこまで荒っぽいことをする気はない。だけど、気が立ってるからとりあえず眠ってなさいな」


 レベッカの静止を無視して彼女はそんな事を言う。

 しかし、それを見ていたノルンが声を張り上げて彼女に声を掛ける。


「――待って、セレナ!!」


 ノルンの声が届くと、彼女は動きを止めて、声のした方に視線を向ける。

 そして、驚いた表情で言った。


「……ノルン? ……何故、貴女がここに……?」


「セレナ、止めてちょうだい。この人達は、私を助ける為に来てくれたの。それに、この人達は貴方の妹の大事な仲間よ」


「……え、エミリアの!?」

 セレナと呼ばれた女性はノルンの言葉を受けて、ベルフラウ達に再び視線を戻す。心なしか、彼女の顔を先ほどよりも青ざめていた。


 様子が少し落ち着いたところを見計らって、ベルフラウ達は彼女に挨拶をする。


「あの……私達、エミリアちゃんと一緒に旅をさせてもらってるわ」


「お初にお目に掛かります、セレナ・カトレット様。貴女様のお話はエミリア様から聞かせて頂いております。エミリア様とは友人……いえ、家族のようにお付き合いさせて頂いております」


「わー、やっぱりエミリアさんのお姉さんなんですね。似てると思いました♪」


「……え、待って、何で私の本名を知ってて……あ、ミリーの知り合い……」

 ミリーというのはエミリアの事だろう。

 セレナは、先程の尊大な態度が消え失せて、すっかり慌てふためいていた。

 ノルンは若干呆れたようにため息を吐いて言った。


「……セレナ・カトレット。とりあえず、ちゃんと下に降りて挨拶しなさいな。失礼よ」


「そ、そうね……」


 セレナはノルンの言葉に従い、ベルフラウ達の側に降り立つ。

 そして、ベルフラウに視線を向けると、申し訳なさそうに言った。


「は、初めまして。エミリアの姉のセレナ・カトレットです。わ、私の妹がお世話になっていたようで……その、えっと……ありがとうございます」


 セレナは先程とは打って変わった態度で、恭しく頭を下げてベルフラウ達に挨拶する。三人は彼女の変わりように少し驚きながらも、笑顔で挨拶を返す。


「私は、ベルフラウ。こちらこそエミリアちゃんにはいつも助けられていますわ」

「レベッカと申します。セレナ様、以後お見知りおきを」

「わたしはサクラ・リゼットです♪ よろしくですー」


「本当にごめんなさい。敵と勘違いして攻撃してしまうところでした」


 セレナはそう言うと、ベルフラウ達に再び頭を下げる。先程までは本当に機嫌が悪かったようで、事情を話すと随分と殊勝な態度になってくれた。


 これが彼女の素なのだろうか?

 エミリアの名前を出した途端に態度が変わったので少し怪しいが……。


「ところでセレナ、貴女が出てきたということはエミリアは……」

「ええ……その通りよ」


 セレナは目を伏せて悲しそうな表情で、ノルンの質問に頷く。

 その表情を見て、ベルフラウ達は彼女に何かあったのかと不安になる。


「エミリアは……」

「え、エミリアちゃんは………?」


 三人は、彼女の次の言葉を静かに待つ。


「私はミリーに、『セレナ姉、後は私がどうにかしますから、とりあえず出てってください。邪魔です』って言われて、追い出されてしまったの……!」


 そう言って、セレナは泣きそうな顔をする。その言葉を聞いて、三人は軽くズッコケる。


「そ、そうだったんですか……」

「あはは……エミリアさんらしいです♪」

「ほっ……ひとまず、エミリア様は無事という事ですね、安心しました……」


 レベッカは胸を撫で下ろす。エミリアは辛辣な言い方をしていたようだが、彼女がどれだけ姉のセレナに会いたがっていたか、三人はよく知っている。セレナはエミリアの物言いにショックを受けているようだが、姉妹仲は決して悪くなさそうだ。


「……折角数年ぶりに会えたのに、あんなそっけない態度取られるなんて……ああ、でも久しぶりに会った妹も可愛いわ……! エミリア~!」


「は、はぁ……」

 セレナは涙目になりながら、悶えている。どうやら、彼女は妹のエミリアを溺愛しているようだ。その様子にベルフラウはちょっと呆れた様子だったが、レベッカとサクラは微笑ましそうに言った。


「……ふふ、ベルフラウ様に似ておられますね」


「レイさんに構ってほしがってる時のベルフラウさんに超そっくりです♪」


「え……私、こんな感じかしら?」


 レベッカとサクラの言葉に、ベルフラウは若干困惑する。

 どうやら、自覚がないのは本人だけらしい。そんな彼女達のやり取りを見て、セレナは少し冷静になって咳払いをすると、ノルンに声を掛けた。


「ゴホン……ところでノルンはどうしてここに? 今の貴女がここに居るのは危険よ。いつ『敵』があなたを見つけて襲ってくるか分からないのに……」


「いつまでも隠れている余裕なんか無いし、時間が経てばいずれこの神依木は力を無くしてしまう。丁度、この人達が私の前に現れてくれたから協力を要請したの。でも、まさか貴女の妹が私の元に尋ねてくるなんて、まさに渡りに船だったけどね」


 ノルンがそう言うと、セレナは納得したように頷きながら話す。


「……そういう経緯だったのね。で、さっき私が倒した連中はなんだったの?」

「あー、あれはね。闇ギルドっていう訳アリの人達で……」


 ベルフラウがそう言うと、セレナは少し顔が強張る。

 彼女も闇ギルドの存在は認知していたようで三人に同情するように言った。


「……面倒な連中に目を付けられたわね」


「まぁ、貴女のお陰で綺麗に片付いたけどね……後は、彼らの首魁のロイドって男だけど……」


「その男はどうしたの?」


 セレナは三人に質問する。


「今、その男はレイ様が追っております」


「レイ?」


「わたし達のリーダーです。すっごく強いんですよー♪」


「へぇ、そうなの。どんな人?」


 セレナは、レイに興味を持ったのか三人に質問する。

 すると三人は若干考えてから彼女に答える。


「私の人生そのもの……かしら」

「わたくしの運命の人……で、ございますね」

「生涯のライバルです♪」


 三人はそれぞれ思い思いの言葉で、レイのことを評した。


「(どうしよう……どういう人かさっぱり分からない……)」

 セレナは彼女達の言葉を聞いても、レイの事がさっぱり分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る