第642話 迷った結果

 ベルフラウ達が黒装束達と戦っている頃。レイ達は、何処かに吹き飛んでいった敵の首魁であるロイド・リベリオンを空から捜索していた。


【視点:レイ】


「……あ、アレだ!!」

 僕は、竜化したルナの背中に乗って空から地上を睨む。


 すると、しばらくしてロイドらしき存在が目に映った。

 どうやら彼は、上空に大きく吹き飛んだ後、数百メートル離れた樹木に突っ込んでへし折って地面に落下していたようだ。今は意識を失っているようで、地面に倒れたまま動く気配が無い。


「ルナ、降りてくれる?」『うん』

 僕の指示でルナはすぐに地上に降りる。彼女の背中から飛び降りて、男の様子を確認する為に男の口元に自身の手を当てる。


「……呼吸はしているね」

 生きていることを確認すると、僕は男から離れてルナに竜化を解除する様に指示をする。ルナは僕の指示に従って竜化を解いて人間の姿に戻る。


「サクライくん、その人どうするの?」

「とりあえず、この樹に縛り付けておこう。ルナ、手伝って」


 僕は鞄からロープを出して、男の身体をぐるぐる巻きに拘束する。そして、ルナに手伝って貰って傍の樹に男を括りつけて簡単には動けないようにする。


「さてと、これでひとまずオッケーかな」

 僕達は男をしっかりと拘束出来ていることを確認する。しかし、男が持っていた漆黒の大剣が近くに無い。何処かに吹き飛んでしまったのだろうか。


「(……あれは魔法で生成したものだし、もしかしたら自由に消せるのか?)」

 武器を取り上げておけば安全だと思ったのだけど。それならそれで、事前に拘束したのは結果的に正解だったと言える。


「う………」

「!! さ、サクライくん。こいつ、起きそうだよっ」


 ルナの指摘に、僕はロイド・リベリオンの方に視線を向ける。


「ここは……っ!?」

 すると、男が拘束されている自分の状況に気付き声を上げる。


「目覚めた?」

 僕がそう声を掛けると、ロイドは僕を睨み付ける。


「く……貴様ぁ!!」

 男は身体を動かそうとするが、念入りに樹に縛り付けているためビクともしない。


「……くそっ、俺を縛り付けたというわけか!!」

 ロイドは憤怒の表情のままだが、自分の置かれた状況を把握できたようだ。


 僕は彼が動けない事を確認すると、命令するような強気な口調で男に話す。


「状況判断が早くて助かるよ。自分の立場を分かってくれたなら、まず部下達に掛けている術を今すぐ解いてくれ」


「はっ……俺に指図する気か?」


「……指図じゃない、命令だ」

 僕はロイドを睨み返しながらそう言い放つ。


「サクライくん、ちょっと怖いよ……」

 僕の背後からルナが呟くのが聞こえたけど、気にせず言葉を続ける。


「聞きたいことが山ほどあるし、何よりアンタの部下達が僕の仲間に危害を加えている。まずその責任を取ってもらうよ」


 僕がそう言うと、ロイドはニヤリと笑みを浮かべて言う。


「断ると言ったら?」


「……この状況が分かってる? やろうと思えば拷問だって出来るんだ」


「さ、サクライくん……!」

「……」

 僕の言葉に、剣呑な気配を感じたのだろう。ルナが心配そうに声を掛けてくる。


 ロイド・リベリオンは強気な態度だが動けない。

 それが分かったうえで、僕は彼女の方に視線を移して彼女に小声で話す。


「……ルナ、分かってほしい。コイツは簡単に言う事を聞く様な奴じゃない。多少強引にでも……必要があるなら、拷問してでも情報を吐かせる必要があるんだ」


「……で、でも……サクライくん……」

 ルナは途中で言葉を呑み込んで黙ってしまう。彼女が言いたかったのは『サクライくんだって、そんな事したくないんでしょ?』という言葉だ。


「……分かってるよ」

 僕だって人をいたぶるなんて行為をやりたくない。動けない相手に命令して、逆らえば一方的に暴力を振うなんて、僕が嫌いなイジメと同じだ。いや、やってる事はそれ以上に非人道的だと気付いている。


 だが、人を説得するのに言葉だけで足りない人間は何処にだっている。小悪党くらいなら多少脅せば言う事を聞いてくれるかもしれない。だけど、この男は違う。


 僕に対して並々ならぬ敵意を抱いているし、何より『不死身』という大きなアドバンテージがある以上、どれだけ脅しても効果が薄い。仲間を傀儡にして操るような奴に、仲間をダシにして説得させる方法も望めないだろう。


 そうなってくるとこちらも手段が多くない。

 幸い、不死身でも痛みは感じるようだし、拷問は有効だ。


 ……なら、自分の意思に反してでもやるしかない。


「サクライくん……どうしても、その方法を取るの?」


 ルナが僕の服の裾を掴みながらそう呟くように問い掛ける。彼女は僕がこれからやろうとしている事を止めようとしてくれている。その気持ちは嬉しいけど、今は心を鬼にしないといけない。


「……ごめん、これは必要な事だ」

「……ダメ」


 僕の返答に、ルナが珍しくはっきりと否定する。


「私、優しい桜井くんがそんなことする姿を見たくないの!!」


「……っ!!」


「……覚えてるよ、私。元の世界でイジメられてた時に、桜井くんが庇ってくれた事を。

 ……桜井くん、私を助けてくれた時に、いじめっ子達に言ってたよね。『どんな理由があっても人を傷つけるのはダメだ』って。『彼女を傷付けるな、僕が許さない』って。……私、そんな桜井君だったからずっと………!」


 ルナが必死に僕に訴えかける。彼女なりに僕の事を大事に思ってくれているのだろう。彼女の言葉は僕にとって、凄く大きな衝撃だった。


「……だから私、桜井くんがそう言う事してる姿も見たくない。もし本当にそうするなら、私が……止める……お願い……」


「……ルナ……いや、楓さん……」


 そう言って服の裾を握る手が震えている。

 本当は止めたいけど、勇気が持てずに葛藤しているのかもしれない。


「…………」

 彼女の言葉を否定できる材料は僕は持っている。


 僕がやりたいわけじゃない。

 仲間を守るために仕方なくやっている。

 相手がどうしようもない極悪人だから手段を選べない。


 ……そう自分に言い聞かせて、僕はこれから行う事への免罪符にする。


 だけど、それは僕の本心なのだろうか。

 いや、違う。きっと僕も心の何処かでは分かっていたんだ。


 ――この方法が正しいやり方じゃないと知りながら『仕方がない』と自分を納得させることを。


 だからだろうか。

 ルナの言葉が深く刺さったのは。


 ……いや、きっとそれだけじゃない。


 僕は自分の胸に手を当てる。

 トクントクンと、自身の鼓動を刻んでいる心臓の音が聞こえる。


 ……しかし、その鼓動の中に、誰かの声が聞こえた。


 その声は、自分自身……いや、『桜井鈴』の心の声だ。


『桜井鈴』としての過去の自分が、『それは間違ってる』と今の僕を否定する。


 今の僕は、異世界人の『サクライ・レイ』。

 地球人としての『桜井鈴』としての過去の自分はもう存在しない。


 だけど―――


『でもね、強くなったとしても心は変わっちゃいけないと思うんだ。強くなりたいと思ったその時の気持ちは忘れずに、その時に感じた想いは未来の自分の原動力になる。』


 以前、僕の大事な教え子たちに語った言葉だ。

 だけど、これは『サクライ・レイ』じゃなくて『桜井鈴』としての言葉だ。

 なら、僕は今でも昔の自分と同じ。『桜井鈴』は今でも生きている。


 僕は、この考えが自分にとっての枷だと思っていた。

 でも違った。『桜井鈴』としての人格が僕をこの場所まで導いてくれたのだ。



 僕を家族として支えてくれる人。


 僕を信頼して背中を預けてくれる人。


 僕を慕って甘えてくれる人。


 僕を強さを認めてライバルと思ってくれる人。


 迷ってばかりの僕を導いてくれた人。



 ……そして、僕の目の前に居る彼女は、間違ったことをしようとした僕を止めてくれた。



 彼女達は僕が『桜井鈴』だからここまでの道のりを一緒に歩んでくれた。

 なら僕が、『桜井鈴』としての言葉と信念を否定してどうする。



「……そっか、そうだよね」

 僕は目を瞑り、自身の内面と対話する。


「……サクライくん?」

「……もう大丈夫……ありがとう、ルナ。キミがここに居てくれて良かった」


 僕は瞑っていた目を開けてルナに微笑みかける。


「……話は終わったか。拷問でも何でもするがいい」


 ロイド・リベリオンはニタリと表情を歪ませて吐き捨てるように言った。


「(……さて、ならどうしようか……)」

 ルナの説得もあり、拷問という選択肢は取る気が無くなった。

 しかし、こいつは術を解く気は無いようだし、まともな説得にも応じないだろう。


「色々訊きたいことはあるんだけど……まぁ、もういいか」


 僕はため息を吐いてそう呟いた。


「……何?」

「あ、もういいよ。別に術解かなくても」


「……は?」

 ロイドは僕のそっけない言葉に唖然とする。


「別に拷問もしないし、そこでゆっくりしてて」


「な、何を言って……」


「あ、でも逃げられると困るし……一応、念押しだけしておこうか」


 僕は、鞄を取り出し、中から欲しいものゴソゴソと探る。


「お、あったあった」

 そして、目当てのものを探り当てると、それを取り出してロイドに見せる。


「……貴様、それは何だ?」


「見て分からない? スコップだけど」


 僕が取り出したものは、自分で話した通り、土を掘るためのスコップだった。

 当然、それ以上でもそれ以下でもない。


「……おい、何のつもりだ?」


「だからスコップだって。もしかしてスコップ知らないの?」


「き、貴様……喧嘩売っているのか……!?」


「違うよ、喧嘩なんか売ってないって。……ルナー、ちょっと手伝ってー」


「えっ、何!?」

 僕の突然の行動に戸惑っていたルナは、声を掛けられて驚きの声を上げる。


「あ、うん、今そっち行くね」

 意図が分からないにも関わらず、彼女は素直に僕の言う通りに近づいてくる。


「何をするつもりだ?」

 ロイドは訳が分からず、怪訝な表情を浮かべる。


 僕はそれを無視して、足元の地面を取り出したスコップ掘り始める。異世界で身体を鍛えてただけあって、何の苦もなくスイスイと足元の土を掘ることが出来た。


「……?」

「……?」


 ルナとロイドは、敵同士のはずなのに、僕を見て同じように首を傾げる。


「ん、これでいいかな」

 僕は大体の感覚で深さ二メートルほどの深さまで掘って手を止めた。


「ルナ、その人と樹を繋げてるロープだけ外してくれる? 身体に巻き付いたロープだけはそのままにしておいてね。万一自由にしたら大変だから」


「え、……あ、うん」

 僕の言葉に従って、彼女はロイドの拘束を解いた。


「これで準備はできたけど……」

 僕はそう呟きながら、ロイドの方を見つめる。彼は訝しげに僕を見つめ返すだけだった。


「それじゃあ、ルナ。始めようか」


 ルナは『え、この人こんな状態でまだ何かする気なの?』と言わんばかりの表情で僕を見る。


「その男をこの穴に埋めるよ」


「……?」

「……??」

「……???」


 僕の言葉を聞いた2人は、たっぷり数秒間は沈黙していた。



 そして――


「お、おい、やめろ………やめろぉぉぉぉぉぉ!!!」

 ロイドは僕とルナの手によって、穴の方へジリジリを身体を押されていく。


 そして、


「——ああああぁぁぁぁあああああ!!」

 ロイドは悲鳴を上げながら、穴の中に頭から突っ込んでいってドスンと鈍い音を立てる。


 おそらく穴の固い石の部分と彼の頭部が激突したのだろう。


 でも、不死身だから問題ない。


 今、穴の中でロイドは逆立ち状態だ。頭に血が昇ってさぞ辛いだろう。


 でも、不死身だから問題ない。


「よし、ルナ。掘った土を元に戻そうか」


「あ、あの……サクライくん、もしかしてこれって……」


「うん……土葬」


「やっぱり……!?」


 そんな会話をしながら、僕はルナと一緒に穴を埋め戻し作業を始める。ロイドは土に埋まった状態で動く気配は無かった。そもそも手足を完全に拘束しているため身動きが取りようがない。


 でも、不死身だから問題ないね。


「き、貴様、こんなふざけた真似を……ぶほっ………か、顔に土を掛けるのをやめろぉぉ!!! い、息が……息が出来ん……っっ!!!!」


「大丈夫大丈夫、不死身なんでしょ。息が出来なくても何とかなるよ」


「この外道がぁぁあ!!」


 ロイドは穴の中でジタバタしながら、怒りの声を上げていた。

 そして、三十分程経過し、無事に戻し作業が完了した。


「はー、久しぶりに子供に戻った気分だった……」


「……サクライ君、子供の頃こんな遊びしてたの……?」


「いやそうじゃなくて、単純に穴を掘るのって楽しいよね。……まぁ、今はもうそんな歳じゃないからやれないけどね」

 確かに楽しかったのだが、年を取ると流石にそれを楽しめる程、僕も子供ではなくなったということだ。


「…………せ……」

 そして、埋めた穴の中から、奇妙な声が聞こえてきた。


 耳を澄ませてみると、穴の中のロイドが『こ……こ……か……ら………だ……せ……』と亡者のように呻いていた。この場所を夜中に通ったら全力で逃げたくなるようなうめき声だ。


 だが、流石不死身。

 穴に埋められててもなんとも無さそうだ。


「じゃあルナ、戻した土を叩いて地面を固くしておこうか」

「まだやるの!?」


 ルナは僕の言葉に突っ込みを入れた。

 何はともあれ、穴を埋める作業も終わったことだしそろそろ戻ることにしよう。


「じゃあ、皆の所に戻ろう」

「あ、うん……」


 ルナは竜化する前に、ロイドを埋めている部分に視線を落として言った。


「これ、死なないよね」

「不死身だから大丈夫だよ。……多分」

「多分!?」


 僕はルナにそう言葉を返して、先を歩く。

 そして、穴を掘るのに使ったスコップを鞄にしまい込んだ。


 ロイド・リベリオンは『土葬』された。


 その後、ロイドは助けを求める為に、何度も地面の中から叫んだ。しかし、誰一人としてその声に応じる者は居なかったそうな。


 そして、誰にも助けてもらえないことに気付いたロイド・リベリオンは考えるのを止めた。

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