第541話 学校12
その日の放課後―――
「せんせー、ありがとうございましたー」
「ましたー♪」
「レイお兄様、また明日ー」
「うん、みんな気を付けて帰ってね」
「エミリア先生、明日はちゃんと授業教えてねー」
「……き、期待しててください」
「ハイネリア先生、さよーならー」
「はい、さようなら」
僕達三人は校門の前で手を振る生徒達に笑顔で返す。
一日の授業を終えた子供達は、用意されていた馬車に乗って各々の家に送られていく。
「さて、私達は職員室に戻りますか」
「そうですね」
ハイネリア先生とエミリアは子供達を見送ってから職員室に戻っていく。
「さて、僕も……」
と、踵を返そうとしたときに、腕を軽く掴まれる。
振り向くともう馬車に乗って帰ったと思っていたフゥリ君が、その小さな手で僕の手を握っていた。
「……フゥリ君、どうしたの?」
僕は不安そうな彼の頭を撫でながら腰を下ろして視線を合わせる。
「あ、あの、先生……オレ……」
フゥリ君は、周囲を振り返りながら挙動不審な様子だ。
他の子には聞かれたくない内容なんだろうか。
……あるいは、誰かに監視をされていて、それを警戒しているのか。
「大丈夫だよ、誰にも聞こえない。ゆっくり話してみて」
僕は出来る限り優しい声で彼に話しかける。
すると、彼は少し落ち着いたのかゆっくりと口を開いた。
「……ネィルのことなんだけど」
「……」
予想はしていた。
朝は風邪を引いて休んだと言ってたけど、明らかに目が泳いでいた。
何か隠していたのは明白だった。
「……あいつ、父上にレイ先生の事を言ってたんだ。
『生意気な平民の先生がパパの悪口を言っていた』って……それに怒った父上が『もう行かなくていい、パパが仕返しをしてやる』って……先生、どうしよう……?」
「……そんなことが」
僕の責任だ。ルウ君をイジメてたのが許せなくてネィル君には厳しい事を言ってしまった。その時、確かに僕は彼のお父さんに言及している。
僕は彼のお父さんを侮辱したつもりはなかったのだけど……。
「(仕返しって何するつもりだ……?)」
仮に、僕が今からフゥリ君と一緒に家庭に訪問しても取り合ってくれるとは思えない。この特別新生学部は、国王陛下の支援を受けている。つまりそれは、国の重要機関という事だ。そこに危害を加えようとするなんて……。
「(下手すれば国家反逆罪だぞ!?)」
ネィル君の父親がどんな人物なのか分からない以上、迂闊に行動できない。
「先生、オレ、怖いよ……」
「大丈夫……安心して……ハイネリア先生たちと相談してみるから……」
僕はネィル君の頭を撫でて、可能な限り安心させてみる。
しかし、今は相談する前にやることがある。
「……フゥリ君、ちょっと待っててね」
「?」
僕は立ち上がり、振り向いて言った。
「――そこの僕達の会話を盗み聞きしてる人達、気付いてるよ」
「!?」
フゥリ君が驚いたように僕を見る。
冒険者はある程度の経験を積むと、一般人には無い技能を習得することがある。
そのうちの一つが【心眼】と言われるもの。
この技能は僕も習得しており、自分の周囲の気配を感知する事が出来る。
気配が多すぎると機能しないけど、放課後の今のような時間は人が減っているため問題なく判別可能だ。特に、敵意を向ける人物の気配を察知するのは容易い。
僕が声を掛けると、校門の外から三人の黒服の男が出てきた。
「……」
黒服は黙ってこちらを見てるが、一歩ずつ近づいてくる。
今にも走り出して、何か事を起こしそうな危険な匂いを感じた僕は、フゥリ君を庇いながら後ろに下がる。
「……フゥリ君、こいつらの事知ってる?」
「こ、こいつら……父上の雇った用心棒だよ。いつもオレ達を監視してるんだ」
「そうか……」
僕が睨みつけると、男達は無表情のまま言った。
「我々は、御子息に害をなす者を近づけないよう仰せつかっている」
「僕はこれでも一応先生ですよ。フゥリ君に害を為すなんてするわけないでしょう。それよりも、あなた達の方がよほど危険に思えます。一体、何のつもりですか?」
「その質問に答える前に、フゥリ君をこちらに返してもらおうか」
「何故?」
「何故、とはおかしな事を言う。
我々は彼の父上の護衛以外にも彼の護衛も引き受けているのでね。
先生が何もしないなら彼を引き渡しても問題ないだろう?」
彼らは黒いサングラスを付けていてその表情が読めない。
だけど、良からぬことを考えているのは分かった。
「……フゥリ君、行ってあげて」
「で、でも先生……」
「大丈夫、むしろ僕の近くにいるとフゥリ君が危ないと思うから……」
「……?」
フゥリ君は困惑しつつも、渋々僕から離れて黒服の近くに移動する。
「……これでいいでしょう、それであなた達の目的は―――」
と、僕が聞こうとした瞬間、彼ら三人は突然僕に向かって走ってきて、うち一人が僕に向かって拳を振り上げる。
「先生っ、危ない!!」
「――!」
僕はその拳を紙一重で躱して、その場から数歩下がる。
「……ちっ」
「……何のつもりですか?」
僕は警戒しながら尋ねると、三人の男は懐からナイフを取り出した。
「なぁに、護衛以外にも我らはこうした荒事が得意でね。
今、我々は、フゥリ君の父上に逆らう愚か者を制裁しろと命令されている」
「(……殺気を感じたのはこれが理由か)」
流石にフゥリ君に害を及ぼすつもりはないようだ。
目的はお父さんを侮辱したと誤解されている僕だけらしい。
こうやって放課後、僕とフゥリ君しか居ない時を狙ったのはそれが理由か。
この魔法学校は国王陛下の支援を得ている重要機関だ。いくら爵位持ちの貴族といっても陛下に逆らえない、当然、権力を使って学校を潰す様な真似は出来ないだろう。だから、直接逆らうような真似をせずにこうやって僕個人を狙ってきたのだ。
おそらく、暴力だけで済ますつもりはないだろう。これが露見して陛下の耳に入ろうものなら、フゥリ君の父上の首が間違いなく飛ぶだろう。
そうならないよう口封じ……要は僕を殺すつもりなのだ。
「……僕を殺しても意味無いと思いますよ?
それに、もし僕を殺したりしたらあなたの雇い主の立場が悪くなるのでは?」
「……っ、先生それって……」
フゥリ君は僕の言葉に驚いて、黒服の男達から距離を取る。
だが、黒服の男はフゥリ君を無視して僕の質問に答える。
「そうならないよう我々はこの場所、この時間を選んだのだ。既に人払いを済ませている。この場で先生がどういう目に遭おうと知るものは居ない。
悪いが我々も仕事なのでね、先生にはこのまま行方知れずと言う事になってもらおう。……なに、たかが平民の一人だ。死んだところで代わりなどいくらでも用意出来る」
「……なるほど、そういうことか」
最初に彼らの存在を察知した時から嫌な予感はしていたのだ。
彼らは僕が思っていたよりもずっと狡猾で、冷静で、そして冷酷だった。僕がここで殺されても誰にも気付かれない状況を作りだし、その上で僕を殺そうとしている。
それを理解した上で、僕は言った。
「今なら間に合います。何も言わずにフゥリ君を置いて雇い主の元へ帰ってください。これが僕の最後の警告です」
しかし、男達は僕の言葉を鼻で笑う。
「随分と余裕だな……おい、やるぞ」
「おう……」
「……」
僕の提案を無視されてしまい、いよいよもって僕は覚悟を決める。
「先生、逃げてっ!!」
フゥリ君が叫ぶ、しかし、僕はなるべく平静を装って行った。
「フゥリ君、絶対にそこから動かないでね。約束だよ?」
「え、で、でも先生が……!」
「大丈夫」
僕は優しく返事をしてから目の前の男達を睨む。
「(相手は自分より体格の大きな三人、そして全員武器持ちか)」
対して、今の自分は無手で、愛剣の
「(……全く、先生は大変だなぁ)」
僕はそんな事を考えながら構える。男達が一斉に襲いかかってきた。僕は、襲い来る男達のナイフ攻撃や蹴りを、時に避け、あるいは防御し、反撃の機会を伺う。
次第に、僕に翻弄される男達が苛立ち始める。
「こいつ……!!」
「避けるばかりでは勝てんぞ!!」
「大人しく死ねぇ!!」
男達は荒げながら僕に向かってくる。
しかし、何度も攻撃を躱されて次第に動きが鈍ってきた。
「(……この辺りで反撃するか)」
彼らは思ったよりも手強い。流石に加減しながら戦うのは難しい。だが、ある程度体力を消耗させた状態まで持ち込めたので、僕はまず一番近くの男に素早く接近する。
「なっ!?」「遅い」
僕はまず一人目の男の鳩尾に掌底を加える。
「うがっ……っ!」
その男は呼吸が出来なくなり、ナイフを地面に落としてその場に膝から崩れ落ちる。
そして、僕はその男を放置したまま男の横を通り抜けて、次の男に向かう。
「なっ――!」
もう一人の男が驚く。
僕はそのまま、相手の懐に入り込み、肘打ちを喰らわす。
「ぐっ……!!」
男は腹を押さえて倒れる。
そして、僕は残ったもう一人の男に向かうとするのだが―――
「う、動くな!!」「!!」
もう一人の男は、フゥリ君にナイフを突きつけて人質に取った。
「くそ、近寄るな!!動いたらこのガキの命は無いぞ!」
「……」
「そうだ!良い子だ……ゆっくり俺から離れるんだ」
男はニヤつきながら言う。
何とかして隙を伺いたいが、フゥリ君を傷付けさせるわけにはいかない。
今は男の言う通りに後ろに下がる。
――しかし。
「!?」
咄嗟に背後から殺気を感じた僕は即座に振り向く。
そこには、さっき僕が肘打ちして倒した男が起き上がっていて、
手に持ったナイフで僕を突き刺そうとしていた。
「くっ!」
間一髪、僕はその攻撃を片手で受け止めて、もう片方の手で男の頭を殴りつけて意識を昏倒させる。その男は倒れたが、フゥリ君にナイフを突きつけてる男はまだ健在だ。
「な、なんて奴だ……くそ、近づくなよ……!!」
男は今の襲撃に失敗して焦ったのか、先程よりも動揺した様子だ。
そのせいで、奴のナイフの持つ手が震えている。
「おい、やめろ!」
僕はその男に向かって叫ぶ。
男のナイフを持つ手が、今にもフゥリ君を傷付けそうだったからだ。
だが、僕のその言葉に更に動揺してしまったせいか、男のナイフの切っ先がフゥリ君の首を僅かに傷付けてしまう。
「……っ! い、痛いよ!!」
「黙れ、クソガキ!!」
フゥリ君が悲痛な声で訴えるが、男は怒鳴りつけてフゥリ君を殴りつけた。
――その瞬間、僕の頭の中で何かが切れた音がした。
「フゥリ君っ!!!」
僕は叫びながら、男に向かって走り出す。
「ひっ、来るなぁ!!」
男は完全に怯えきって、僕の動きに反応出来なかった。
僕は怒りのままに男を殴り飛ばして、男を校門の石壁に叩きつける。
「ぐふぅ……!」
背中から叩きつけられた男は、そのままズルズルと地面に落ちて倒れ伏した。
どうやらこれで三人共気絶したようだ。
「フゥリ君、大丈夫!?」
「う、うん……」
僕はフゥリ君を抱き寄せて、彼に回復魔法を発動させる。
少ししてフゥリ君の怪我が完治したところで、彼から離れる。
「無事で良かったフゥリ君……キミに何かあったらどうしようかと……」
僕は、安心してその場に座り込む。
「先生のお陰で大丈夫だよ。それにしても、先生、すっげえつええな!!
父上が言うにこいつらは元冒険者って話だったのに、先生あっさり倒しちゃったじゃん!!」
フゥリ君は興奮気味に僕に言った。
「あはは、僕もびっくりだよ」
僕は苦笑しながら返す。
途中から一般人じゃないと気付いて、手加減が難しくなってしまった。最後に至っては、フゥリ君を傷付けられた怒りで思い切り殴ってしまって申し訳ない。
「でも先生、こいつらどうする?」
「後で騎士団に引き渡すよ。それまでは縄にでも縛っておこう。目に付くと本校の生徒たちが驚くかもしれないから、それまで体育倉庫にでも閉じ込めておこうか。フゥリ君、悪いんだけどちょっと手伝ってくれない?」
「お、おう……」
僕はフゥリ君と一緒に黒服の男達を体育倉庫に運び入れ、外から鍵をかけておく。
その後、僕とフゥリ君はエミリア達の居る職員室に戻ることにした。
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