第八章 もう一人の勇者編

第172話 魔物との戦い

 ――三十日目


 今日もまた一日が始まる。

 朝起きてから、朝食を取って身支度を整えた後、再び目的地へ向かう。

 最終目的地が近いが、それでも道のりはまだ長い。


「ふむ……距離にしてあと七日程度……でしょうか」

 レベッカは地図を見ながら唸っている。


「そうですね……このペースなら大丈夫でしょう」

 寄り道を何度かしている割にはペースは順調といえる。これも姉さんのよく分からない馬車速度ブーストとレベッカの強化魔法あってのものだろう。


「あと一週間あればいよいよ目的地なんだね」


「そうですね、問題が起こらず真っすぐ進めればの話なんですが」

 その物言いは壮絶にフラグが立ちそうだから止めてほしい。


「そういう事言ってると何か起こりそうだから……」

 僕は若干心配になって言った。


「えー、大丈夫でしょ?レイくん心配し過ぎー」


「そうですね、こんな良く晴れた日に問題なんて起きるはずありませんよ」


「レベッカもそう思います。

 突然魔物の襲来が起きない限り、何も問題など無いはずです」


 そして、レベッカの槍から光の玉が飛び出してきた。


「闇の精霊様も、『問題が起こるはずなんて無いよ』と仰っておりますよ」


 何で全員でフラグを立てようとするのか。

 ……っていうかなんで精霊の言葉が分かるんだろう?


「ふふふ、精霊と心が交われば何を言っているのか分かるものなのですよ」


「へぇーそうなんだー……って、僕はまだ何も言ってないんだけど」


「レイは顔に出やすいですからね」

 そんなに分かり易いだろうか……。


「レイ様はとてもお優しい方なのです。

 ですので、何となく考えが読めてしまうのです」

「そ、そうなんだ」

 褒め殺しされるとそれはそれで辛い。


「まぁ、何も起きなきゃそれでいいんだけどね」

 その言葉が最後のフラグだったかもしれない。


 ◆


「……ん?」

 何やら前方が騒がしい。

 それも複数の集団同士の戦いのようだった。


「どうしましたレイ様」


「なんか、争っているみたいだ」


「あっちの方角ですか……私も確認できました。行きましょう」

 僕達は争いの現場に向かって駆け出した。


「あれは……冒険者と……魔物!?」

 そこに居たのは数人の人間たちと数十体のゴブリンやオークの群れだった。

 しかも下位種では無く上位種が複数混ざっている。冒険者側もそれなりに善戦しているようだが、相手の数が多く劣勢を強いられているようだ。


「レイ様、状況的に冒険者側が不利のように思えます」

「僕もそう思う、助けよう」


 僕は皆と共に戦いに参加するべく走った。


 ◆


「くっ!数が多い!」

「数が多すぎるぜ……このままじゃジリ貧だぞ……」


 私達のパーティは今、複数のゴブリンの上位種相手に苦戦を強いられていた。私は剣士として前線に立ち、戦線を維持しているが状況はかなり厳しい。


 最初は普通のゴブリンとオークだった。

 こちらもそのつもりで対応し、初めは優勢に戦っていた。


 しかし、状況が一変した。


 奴らゴブリンは途中から奇妙な黒い剣を取り出し、

 それを自分の腹部に向けて貫いたのだ。その姿を見て、私達は瞠目した。


 だが、その先が問題だった。腹部を貫いたにも関わらず、ゴブリン達は倒れない……どころか体が膨張し始めて急に強くなり始めたのだ。

 明らかに異常事態だった。


 ゴブリンは最上種のゴブリンウォリアーへと進化し、オークもオークキングという上位種に進化しはじめた。この状況は非常に不味い。

 こちらで戦闘経験の豊富なメンバーは限られている。まして、これほどの数の上位種と戦い抜けるほどの人間は私を含めて二人だけだ。


 それにしても、何故こんなことに……。


「これは一体どういうことだ……?」

 今まで魔物がこんな行動を起こしたことなど一度も無い。

 それに、魔物がいきなり上位種に変化するなど……。


「理由は分からねえが何らかの手段で強化してやがる。魔物が凶暴化してるのは分かっていたが、まさかこんな方法で強くなっていやがるとはな……」


 私の呟きに、リーダーであるウオッカが答える。

 彼は熟練の冒険者で、この中でも最も経験の長いベテランだ。


 しかし、いくら熟練の冒険者とはいえ、これほどの数の上位種混じりの魔物に囲まれては苦戦は避けられない。なんとか、敵陣を突破し、街に帰還をしてこの件をギルドに報告しなければ……!!



「うぉおお!!」

 私は雄たけびを上げながら敵の中へと突っ込んだ。

 一刻も早くこの状況を伝えなければという思いが、恐怖を打ち消していた。


 ――その時だった。


「なに!?」

 突如、敵の一部が吹き飛ばされた。

 一体何が起こったのか、私達には理解できなかった。

 しかし、その答えはすぐに分かった。


「大丈夫ですか?」

 そこに現れたのは、銀髪の三人の少年少女と黒髪の少女の4人。

 見慣れない4人ではあるが、服装や装備を見るかぎり、私達と同じ冒険者のようだった。


 私に声を掛けてきたのは、そのうちの銀髪の少年だった。

 体格に不釣り合いな大きな剣を振り回し、魔物を斬り飛ばしたようだ。


「き、キミ達は……?」


「えっと、冒険者です。今ピンチなんですよね?僕達も手助けします」


 その少年は、弱々しい態度でこちらを伺うように訊いてきた。

 しかし、すぐに分かった。

 彼らは並の実力では無い、あるいは自分を凌ぐかもしれないと。


「――済まない、助かる」

 本当ならもっと話をしたいところだが、今は戦闘中だ。

 彼もそれが分かっているようで、軽く頷くだけでこちらから目線を外し敵を睨んだ。


 そして、少年は優し気な印象と裏腹に、

 はっきりとした言葉で、仲間に指示を出した。


「―――そういうわけだから、敵を迎え撃つよ。エミリア、敵陣のど真ん中に上級魔法をお願い。レベッカは僕と一緒に、前線に斬り込もう。姉さんは負傷者の治療をよろしくね」


「了解です、こういうシチュエーション大好きですよ」

「エミリア様、どうか加減なさってくださいね」

「うん、けが人はお姉ちゃんに任せて!!」


 彼らは一瞬で役割分担を行い、戦闘を開始した。


 ◆


 それから、彼ら四人が加わったことで状況が一変した。


「――精霊よ、我が呼び声に応えよ。

 ―――我が魔力に応じて、その力解放せよ、天の雷よ――――」


 魔法使いと思われる黒髪のとんがり帽子を被った美少女の凛とした声が周囲に轟く。魔法の心得が無い私でも感じるほどの膨大なマナが彼女に集まっていく。


 そして、


「――轟く雷撃の槍、貫け<ギガスパーク>」


 彼女がそう詠唱を終えると同時に、

 空から巨大な稲妻が降り注ぎ魔物たちを焼き尽くしていく。


 凄まじい威力だ。

 熟練の冒険者でもこれほどの威力の上位魔法を使える魔法使いは限られている。それはまさに神話に出てくるように思える光景だった。


 私はただ、呆然と立ち尽くすことしかできない。いや、体がまるで痺れたように動かなかった。これが圧倒されるということなのだろうか……。



 ※なお、彼はエミリアの電撃魔法に巻き込まれています。

  自分が電撃を喰らって麻痺してることに気付いていません。



 そこに、美しい女性の詠唱が降り注ぐ。


「―――癒しよ、傷ついた者たちを天の恵みを与えよ。<キュアレイン>」

 私達の周囲に、光り輝く癒しの雨が降り注ぐ。回復魔法、しかも相当高位の魔法の筈だ。私達のさっきまでの怪我と疲労が一気に抜け落ちる。

 そして、その瞬間、私の体が動くようになった。



 ※エミリアの電撃魔法の麻痺が解けただけです。



「おお、凄い……!!」

「うふふ、大丈夫そうですね」


「あ、ありがとう………!貴女がたは一体……?」

「いえ、ただの通りすがりよ。もう大丈夫だから暫くは休んでてね」


 おお、なんという優しさ……。

 女神のような美しい女性だが、内面もまさに女神のようだ!



 ※エミリアの攻撃に巻き込まれていたので優先的に回復させただけです。

  遠まわしに、もっと離れてくれと言っています。



 だが、彼らだけに任せるわけにはいかない。

 怪我が治ったのであれば、私達も戦わなければ……。

 そう思い直し、仲間に声をかける。


「お、おい、私達も続くぞ!!」

 このままでは突然現れた少年少女に後れを取ってしまう。

 そう思い、叱咤激励を掛けたのだが……。


「いや、てめぇは落ち着け」


 ゴン!!っとウオッカの拳が私の頭に鈍い音を立ててぶつかる。

 思いっきり殴られて、一瞬目の前に星が飛び散ってしまった。


「いったあああああ!!な、なにをする!!」

「何をする、じゃねえよ。

 リーダーでもないのにリーダー面してんじゃねえ!!

 ……それに見てみろ」

「なに?」


 私達は彼が指さした方向を見る。

 そこには、オークキングを相手にしている銀髪の少年の姿があった。

 彼はたった一人でオークキングと互角に渡り合っている。


 いや、互角では無い。


 彼は、自身より体格が圧倒的に大きい敵相手に怯みもせず、一気に攻め立てる。本来あれほどの体格差と、槍と剣というリーチの差でどうしても防戦一方になるはずの相手を圧倒している。


 そして、彼の持つ剣がオークキングの槍を弾き飛ばし、突然少年の剣が燃え上がりそのまま魔物を一刀両断し斬り伏せた。


 更に、斧を持ったゴブリンウォリアーすら単独で向かっていき、軽く打ち合ったと思ったら、ゴブリンの剣をすり抜けるように間合いを詰めて両断した。


 見事だ。剣技は独学なのだろうが、基本的な動きは出来ている。しかし、それ以上に戦い慣れている。おそらく、良い仲間、良い戦に恵まれたのだろう。


「あれだけ強い奴がいるなら却って手助けは邪魔だろ。

 俺たちは大人しく見ていた方がいい」


「そ、そうだな……」

 ウオッカの言うことはもっともだと思った。


 それにしても凄まじい戦いぶりだ……。

 少年だけではない、先ほどの強力な魔法を使った少女も、最も小柄な槍使いの少女も、掛け値無しと思えるほどの強さだった。

 そして、私達の傷を癒してくれた聖母のような美しい女性も……。

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