第147話 夜の街並み

 海コンテストで優勝した僕は、

 何人か(主に年上の女性に)に握手とハグを求められ、

 1時間後にようやく解放された。


「つ、疲れた……」

 元々インドア引きこもり人見知りの僕は、

 精神をすり減らし、広場のベンチで横たわった。


「レイ様、お水です」

 エミリアに水を渡され、それを一気に飲み干して一息つく。


「ふう、ありがとエミリア」


「いえ、気にしないでください。

 しかしまさかレイとベルフラウが真の姉弟だったとは」


「それ姉さんの嘘だからね」

 もっと突っ込む点があると思うんだ。


「冗談ですよ。優勝おめでとうございます。

 あの後、レイは英雄だとかドラゴンスレイヤーだとか、

 噂流しておいたので、この街ではもう有名人ですよ。

 良かったですね」


「何も良くないよ!!」


「まぁ、そう言わずに。

 さて、今日はこのあとどうします? もうすぐ日も暮れますが」


「うーん、特に考えてなかったなぁ。

 旅の再出発の準備は大体終えたし、

 痛んでた馬車の車輪も取り換えたし……」


「――それでは、私とデートでもしますか」


「―――えっ」

 エミリアの言葉に、僕の心臓が一瞬止まった。


「さぁ、行きましょう」

 その時のエミリアは、夕日のせいか頬を赤くしていた。

 僕はエミリアに手を引っ張られ、連れていかれる。


「あ、ちょっと……」



「さぁ、着きました」


 ――着いた場所は街の郊外にある高台だった。


「ここは……」


「私のお気に入りの場所です。

 ここだと海がよく眺められていい場所なんですよ。

 今朝散歩してて発見しました」


 確か、街を一望できる景色が綺麗だ。

 それに、海も……エミリアが言うように眺めが良い。


「さぁ、こちらへ」

「うん」


 エミリアの隣に腰を下ろし、

 一緒に夕焼けに染まる街並みを眺める。


「……」

 無言のまま、しばらく2人で夕日に染まる街と海を眺めていた。


「……レイは」

「うん?」


「……レイは、あっちの世界で死んでしまったのですね」

「……うん」


 姉さんの演説で『レイくんは転生した』とはっきり言っていた。

 当然、エミリアにもそのことは伝わっているだろう。


「ごめんなさい。

 辛い事を思い出させてしまいました」


「ううん、いいんだよ。

 いつか話さないといけなかったことだし」


 こちらに来てからもう時間が経つ。

 たまに両親に会いたいと思うけど、僕はもう立ち直ってる。


「やっぱり、帰りたいですか?」

 ……あちらの世界に帰りたいか、という意味だろう。


「そう思うこともあるけど、

 今は3人が傍に居てくれるから寂しくないよ」


「……私もですか?」


「もちろん、エミリアが居るから安心していられるんだ」


「……嬉しいです。

 私もレイと会えて本当に幸せです」

 エミリアは僕の手を取り、自分の頬に当てた。


「え、エミリア……?」

 姉さんやレベッカならともかく、

 エミリアにこういうことをされるとは思わなかった。


「私、普段素っ気なく見えてるかもしれませんが、

 ――レイの事は大好きなんですよ?

 レベッカとのやり取りを羨ましく感じるくらいには」


 エミリアの顔が近づいてくる。


「エミリア……」

 エミリアは目を閉じ、唇を重ねてきた。

 柔らかい感触と体温が伝わってくる。


「……っ」

 エミリアはすぐに離れた。


「……あはは、少しレベッカに対抗心燃やしちゃいましたね。

 普段こんなこと絶対考えないのに……」

「……」


「気付いてましたよ。

 以前、レイはレベッカとキスしたんですよね?」


「――! それは……」

 以前、僕が死に掛けた時の話だろう。

 あの時にレベッカにお礼を言われてキスしてしまった。


 そのくらいの時期から、

 僕のレベッカに対する距離感が変わったから気付かれたのだろう。


「大丈夫ですよ。

 私はそんな事で怒ったりしません。

 ただ、ちょっとだけ悔しかっただけです」


「エミリア……」


「とはいっても、私もまだ恋愛感情には疎くて……。

 今はレイとは恋人とかじゃなくて相棒として接したいかな。

 それなのに、こんなことをしたのは、感情の暴走みたいなものです」


 ……複雑な気持ちだ。


 エミリアには既に僕の気持ちは伝えてある。

 今エミリアの気持ちも受け取れたけど、

 まだ恋人みたいな関係にはなれないのか。


「残念そうですね?」

「えっ?……うん」


 自分でも分かるほど落ち込んでたのでバレバレだ。

 レベッカや姉さんの事も好きだけど、僕の初恋はエミリアだ。


「レイはどのみち、

 今の女性関係を清算しないと先には行けませんよ」

 女性関係って。


「まぁ、ベルフラウとレベッカが、

 正式にレイの姉と妹になれば問題ないのですが」


「いや、それもどうなの」


「そうなればレイは合法ハーレムが成立しますね」


「は、はーれむ……」


「ふふふ、冗談ですよ」

 ……なんか今日のエミリア、いつもよりテンション高くないか?


「エミリア、今日何かあった?」


「えっ!?いえ別に何もありませんよ?」

「そう……?」

 明らかに動揺してる。


「えっと……?」

「………やっぱり分かります?」

「うん……」


 普段のエミリアには無い雰囲気を感じた。

 昨日も雰囲気が違ったけど、それとは別に今は悲壮な雰囲気だ。


「――今日、ベルフラウがレイの過去を話してる時、

 レイが転生したって話をしたときに、私と似てるなって思いました」


「それは……どういう」


「―――私、もう両親が居ないんです。

 身寄りはもう実の姉だけで、ある意味ではレイと似てるなって」


 ――僕は僕自身が死んで、両親に二度と会えない。

 ――エミリアは、両親が死んでしまって二度と会えない。



「初めてレイとベルフラウと出会った時、

 何となく自分と姉の関係に似てるなって思いました。

 どこか余所余所しいけど、それでもお互いを意識してる」


「……」


「そして、多分この二人はもう帰れる場所が無いんだと感じました。

 不思議ですが、その時に二人を守らないとと思ってしまいまして……。

 多分、両親が居ない自分と重ねちゃったんです」


「そう、だったんだ……」

「あはは、実際当たってたんだから大したものですよ、私」


 エミリアは少し明るさを取り戻す。


「私が二人と離れようとしなかったのはそういう理由です。

 ソロでやってたのだって、人に弱みを見せたくなかったから……」


「エミリア……」


「でも、寂しかったんだと思います。

 ……だから、少し感情的になって、今回やっちゃったわけですね」


 エミリアは頬を赤らめながら苦笑する。

「でも、もう大丈夫です。

 私はレイ達の傍に居られればそれでいいので」


「……ありがとう、エミリア」


「いえいえ、お礼を言うのはまだ早いですよ?

 魔王だか何だか知りませんが、そいつらの件が終わったとしても、

 しばらく私の冒険に付き合って貰いますから」


「――うん、もちろんだよ」


 ……僕は改めて思った。

 この世界で、初めて会えたのがエミリアで良かった――と。


 ◆


 それから、僕とエミリアは夜の夜景を楽しんだ。

 この幸せな時間を噛みしめるように、ゆっくり散歩しながら、

 

 ―――手を繋いで、本当の恋人同士のように。


「それにしても、さっきのレイ、タコみたいに真っ赤でしたね」

「そ、それはエミリアもだよ!?」

 さっき、エミリアとキスした時の事を思い出す。


「ほらほら、真っ赤ですよ」

「だから、今のエミリアだって――」

 思ったほど、真っ赤にもなってなかった。


「どうしました?私真っ赤になってますか?」

「うぐぐ……!!」

 く、悔しい……。


「あはは、私の勝ちー!!」

「お、怒るよ!エミリア!!」

 そう言って僕は少し、ムカッとして反論するのだが……。


「―――隙ありっ」

 僕の一瞬の隙を付いて、

 エミリアはまた一瞬僕の唇にエミリアの唇を重ねた。


「―――っ!え、エミリア……」

「あはは、これで二回目ですね」


 今度のエミリアは、僕と同じく真っ赤だった。

 突然のキスだったので、僕の心臓は再び昂っていた。


「レベッカよりも、

 キスの回数が多くないと納得いかないので」


「な、何、その理由?そんなこと―――」

 






 ―――キスの回数?

 

 ―――レベッカとの、回数?




「………」

「どうしたんですか、レイ?」


 確か、レベッカとキスしたのって―――

 死に掛けた時と、あと、大人レベッカに襲われた時に――


「……」


「……レイ、今思ってることを正直に言いなさい」

「い、いや、そんなことは」


――ガシッ!!


「―――言え」

 エミリアの両腕が僕の頭をガシッと挟み、

 万力のように絞められる。


「い、痛い!!言いますから!!!」 


 その時のエミリアの表情が凍っていて、

 あまりにも怖かったので正直に洗いざらい話した。


 その後、腕で首を固定されたまま、

 歯が痛くなるような三回目のキスをエミリアと交わした。

 

 最初と、二回目の甘いキスとは、全然違った。



 その後、エミリアと宿に帰ると――


「おかえりなさいませ、レイ様、エミリア様。

 こんやはおたのしみでしたね」


「……」

「……」


「おや、どうされましたか?」


「い、いや……」

「な、なんでもないです、レベッカ……」


 レベッカは気付いてるのか、

 それとも天然なのかさっぱりだった。

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