第26話 不穏

 

 ゴブリン召喚士と遭遇してから数十分後


 僕は怪我をしていたため、姉さんの部屋に。

 エミリアは事の顛末を冒険者ギルドへ報告に行った。


「いたっ、いたっ!姉さん、もっと優しく!」

「もう、我慢してね、ガラス片が体に刺さっちゃってるからまずそれを全部取らないとね」

「レイさま、”ふぁいと”でございますよ」

 僕は姉さんのベッドの上で服を脱がされてうつ伏せに寝かされていた。

「正直、この恰好は…いたい、いたい…!」

 先ほどから姉さんにガラス片を抜かれているのだが、その度に微妙な痛みで悶えている。

 僕はパンツ一丁だ。それを女の子二人(一人は自称17歳)に見られているのだから恥ずかしすぎる。


「そろそろ大丈夫かしらね、<中級回復>キュア

 姉さんの魔法で僕の傷はようやく癒してもらえた。

「傷が完全に癒えましたね。レイさま、もう起きられて大丈夫でございますよ」

「う、うん」

 レベッカに手を引いてもらいながら起き上がった。

 ちなみにレベッカが居る理由は僕が痛がったときに体を抑えるためらしい。


「ありがとう姉さん。いつの間に魔法普通に使えるようになったんだね」

 少し前は姉さんは初歩魔法すらまともに扱えなかったんだけど。

「この間、ババラさんのお店で買った腕輪のおかげですね。これで大分扱いやすくなったわ」

 裾をめくった姉さんの左手には見た目何の変哲もない腕輪が付いている。

「なんていう腕輪なの?」

「エミリアさんに鑑定してもらったら<封印の腕輪>っていうらしいんだけどね」


『封印の腕輪』は本来呪いのアイテムだ。

 装備した人間の魔力を制限させ外すことが出来なくなる。

 犯罪を犯した術者を捕らえた時に嵌めさせて抵抗できなくするらしいのだが。


「装備したら魔力自体は下がったんだけど、そのおかげで魔法が使いやすくなって助かったわ」

 との事らしい。姉さんの魔力はSS級だったので半減したとしても支障はないのだろう。

 ちなみに姉さんの力で既に呪いは解かれているので今は誰にでも装備できる。


「ババラさんのお店、そんな危ないものが売られてたの…?」

 間違えて僕が買わなくて良かった…。

「銅貨2枚で売られてたのに、妙な呪いが掛かってたから気になって買っちゃったの」

 使い物にならないから安売りされてたのか。


「レイさま、風邪をひかれてしまいます。お召し物をどうぞ」

 忘れてた。僕まだ裸だったんだ。

 レベッカに着替えを手伝ってもらい、ズボンを穿いたところでエミリアが帰ってきた。


「今戻りましたよ、レイはこっちに居たんですね」


「おかえりエミリア」

「おかえり~」

「おつかれさまです、エミリアさま」


「はい、ただいまです。ギルドに報告してきましたよ。

 今日は夜遅くて人が殆ど居ませんでしたが、今から捜索隊を結成するそうです」


 現在は既に深夜だ。

 この時間では職員が殆ど残っておらず捜索隊を組むにしろ間に合わないだろう。

 爆発の後、直ぐにエミリアは索敵魔法で敵の動向を追ったのだが見つけることは出来なかった。


「あいつは、どうやって逃げたのだろう」

「もう少し情報がないと推測でしか言えないのですが、

 奴が召喚魔法を使えるのならそれを使って逃げおおせた可能性があります」

 もし、仮に奴が召喚魔法で自由自在に移動できるのであればどうしようもない。

「二人の話だと、その召喚士はゴブリンだったのよね?」

「うん」「はい」

 他のゴブリンと違い背丈もあり、人語を喋るなど違う点もあるが、顔はゴブリンそのものだった。

「普通のゴブリンがそこまでの力を持つとは考えにくいのだけど…」

「何か、強力な魔道具を使ったのでしょうか…?」

 色々と考えを巡らせてみるが、やはり情報が少なすぎる。


 その日はもう遅いということで解散となった。


 ◆


 そして次の日、ゼロタウンは厳重警戒状態となった。

 住民には今回の事件が公表され、いつゴブリンの襲撃がされてもいいようにベテランの冒険者や警備の兵が街のあらゆるところに警備に入っている。流石に全域というわけにはいかないが、居住区などの区画では冒険者総出で防御結界が敷かれる予定だ。


 結成された捜索隊も今日の明朝には捜索に入っており、

 街での聞き込みを終えて近くのゴブリンの拠点などを探しまわっている。

 また、これに合わせて依頼内容もゴブリンの調査や討伐などが多くなった。



 今日は姉さんは防御結界のためにギルドから呼び出されており、エミリアは情報を集めるためにゼロタウン居住区の図書館で調べ物をしている。そのため、今日はフリーなのは僕とレベッカだけだ。



「少々、物々しい雰囲気でございますね…」

「うん…こうしてても緊張が伝わってくるよ」

 僕とレベッカ二人で宿で朝食を取っているが、いつもに比べて他の冒険者の人がザワついてる。



「なぁ、ゴブリンが街に入ってきたんだって?」

「しかも驚くなよ?そいつは召喚士で同じゴブリンを連れて来たって話だ」

「マジかよ、っていうか召喚士って何だよ?」

「おめぇ知らねえのかよ」


 ・・・・・・・・・・・・・


「ゴブリンの依頼が大量に来ているらしいぜ」

「しかも知ってるか、今は報酬額が倍になっているみたいだ」

「えっ、それ本当?稼ぎ時じゃない!?」



 ・・・・・・・・・・・・・


「ゴブリンなんて新人の仕事だろ?」

「俺たちベテランには関係ない話だな」

「ちょっとおっさん、そりゃあないだろ。街の危機なんだぞ!」

「あぁ!新人が偉そうに言うな!」


 襲撃で我関せずを貫くものも居れば恐怖に怯えるものも居る。

 名を上げるチャンスだと息巻く新人や今こそが稼ぎ時だと張り切る新人も少なくない。

 中にはベテランと新人で喧嘩になり、騒がしい宿が更に騒がしくなっている。



「……出ようか」

「……そうでございますね」


 僕たちは下手に絡まれないうちに宿を出る。

 緊張も伝わってきてゆっくり食事をとることも出来ない。


 ◆


 その後、少し商業区をブラブラした後、

 中央部の噴水広場でちょっと癒されてから、近くの喫茶店に二人で入った。

 ここに来るのはゼロタウンに初めて来たとき以来だろうか。


「いらっしゃいませ~!」

 お店に入ると店員さんが声を掛けてくる。

 確か、エミリアは『ネネさん』って呼んでたっけ。

「すいません、二人で」

「あら~? お二人って以前にエミリアちゃんと来てたわよね?」

「あっ、はい……えぇと、ネネさん…ですよね?」

 ネネさんは僕たち二人を見て言った。

「もしかして家族かしら? お兄ちゃんと妹でデートって微笑ましいわねぇ!」

 もしかして髪の色が似てるのと手を繋いで入店してるから勘違いしたのだろうか。

「……家族」

「えっと、ははは……」

 否定しようと思ったらレベッカが手をギュっと握りしめてきたので言いそびれてしまう。

「あ、ごめんなさいね、おばさん話が長くて、奥の席へどうぞー」


 僕らは店の奥に行く。丁度以前エミリアと僕が座ってた窓際の席へ座った。

「お二人さん、何にする?」

「僕はおすすめジュースとチョコケーキとドーナツ2個」

「レベッカは赤色果実のジュースとショートケーキでおねがいします」

 二人の注文を訊くとネネさんは店の奥へ行った。

『赤色果実』はこの街から離れた村で取れる果実で、見た目りんごのようなのだが中身はみかんのようなみずみずしい果物だ。ちなみに赤色果実は通称でもなんでもなく正式名称となっている。


 ……さっき、デートと言う言葉にドキッとしてしまった。

 自分は女の子と今まで一度もデートをしたことなかったからである。


「さきほどはネネさまに勘違いされてしまいましたね、レイさま……♪」

 そういって僕の目を見ながら微笑むレベッカに、不覚にもまたドキドキしてしまう。


「う、うん……困ったよね…」

 いやいや何ドキドキしてんの僕、勘違いってのは家族って部分の話で……


「あ、レイさま、お顔に…」

「えっ?」


 僕は気付いていなかったが、急いで食べてきたせいでほっぺたにご飯粒が付いていたらしい。

「レベッカがとってさしあげますね♪」

 と言って僕のほっぺたに指を添えて、

「ふふっ、レイさまったら子供みたい…♪」

 ペロッと可愛い舌を出して僕のご飯粒を自分の口に運んだ。



 あ、無理、死ぬ。

 こんな幼い女の子の無邪気で好意的な言動にすら顔が熱くなってしまう。


「おまたせしましたー、ごゆっくりねー」

 顔が赤くなり過ぎてレベッカと目を合わせずに俯いてた僕らのテーブルに、頼んでいたケースとジュースが置かれた。僕のおすすめジュースは……何だ、これ。


「ネネさん、このジュースって?」

 ストローが二本入ってて、ピンク色に染まってる大きなコップに入った飲み物だった。


「ああこれ、恋人同士がよく頼むラブラブカップルジュースよ」


 ネネさん、余計なことしないで!さっき家族?って聞いてたじゃん!

 チラッとレベッカを見ると顔を真っ赤にして「れ、れいさまとわたくしが……」とか言ってる。


 ど、どうしよう……!

 レベッカは顔を赤らめて「あ、あのレイさまが良ければわたくしも…」と口に手を添えて言ってるし、でも自分の気持ちとしては全く嫌では無くて…レベッカの目を見ると余計にドキドキしてくる。


「そ、それじゃあ飲もうか……」「は、はい……」

 とお互いにストローを向かい合わせにして顔を近づけて飲もうとする――――のだが、

「か、顔がとどきません……!」

 つま先を立てて前のめりになってるのにレベッカは飲むのも大変そうだった。


 大変そうなので、レベッカは向かいではなく空いていた僕の隣の席に座って一緒に飲んだ。


「「…………」」

 黙々と二人して、ラブラブカップルジュースを飲んでいる。

 ……さっきより密着して余計に緊張するんだけど…。

 飲むときに顔を近づけてお互いの息が掛かるくらい近くなるため体温を感じてしまう。

 あとこのジュース、果物が入ってるんだろうけど滅茶苦茶甘い、糖尿病になりそう。


「あ、甘いよね…」

 と僕は言いながら、ははは…と笑ってごまかすのだが…

「はい…本当に……わたくし、心も溶けてしまいそうです………♪」

 そんなよからぬ想像出来そうな言葉を、滅茶苦茶頬を赤らめて湿っぽい目で言われてしまった。


 状況に耐えられなくなった僕は目の前のケーキをバカ食いした。


「レイさま…ぽんぽ、大丈夫でございますか…?」

 突然狂ったようにケーキ喰い始めたを心配してくれてるのだろう。実際かなり気持ち悪い。

「大丈夫……うん、大丈夫だよ」

 お腹を押さえて僕は言う。この甘い空気を少しでも打ち消せた代償がこれである。


 ふと、気になったことがある。


(レベッカって何歳なのだろうか?)

 ここ最近一緒に行動してることが多いのに一度も聞いたことが無かった。


(見た目幼いけど、結構大人びたこという子だし、もしかしたらそこそこ年齢言ってるのかな)

 そんな希望(何の希望?)を胸に、勇気を出して訊いてみる。



「レベッカって歳いくつなの?」


「…………? 12歳ですが?」


 ◆


 ―――その後


「………二人とも、ここで何をやっているのですか?」


 居住区で調べものしていた筈のエミリアとエンカウントしてしまった。


 ラブラブカップルジュースが入っていたコップを、

 ジト目で凝視しているエミリアの誤解を解くのに小一時間掛かった。




<レイはレベッカと超仲良くなった>

<レイはエミリアに二人の関係を疑われた>

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