第309話 共通点
僕達は食後のお茶を飲みながら二人がキッチンから戻ってくるのを待つ。
「ふふ、ああやってキッチンで並んでいると本当の姉妹のように思えますわ」
リーサさんは二人の様子を微笑ましそう見ている。
確かに、サクラちゃんが妹でカレンさんが姉に見える。
「リーサさんって、カレンさんとは長いんですか?」
「そうですわね。私がカレンお嬢様のご両親のお屋敷で勤め始めたのは十年前になります。あの時のカレン様は今と違って絵に描いたような幼いお嬢様で、とても可愛らしかったですわ」
「へぇ、その頃から……」
「リーサ様はどういった経緯でカレン様のお付きとなったのでしょうか?」
レベッカがリーサさんに質問する。
しかし、リーサさんは少し目を背けて言葉を詰まらせる。
質問したレベッカはその様子に気付いて、慌てて言った。
「も、申し訳ございません。あまり訊かない方が良いお話でしたか?」
「いえ、そういうわけでは。
少々私にとって少し恥ずかしいことだったので……」
リーサさんは機嫌を損ねたというわけでもなく苦笑して言った。
「……? どういう意味ですか?」
僕は、思わず口を挟んでしまった。
すると、リーサさんは苦笑いしながら答えてくれた。
「実は、私は、お屋敷で働く以前の記憶が無いのです」
彼女は自分の過去について語り始めた。
「記憶喪失……?」
「はい、そうですわ。私は、自分がどこから来たのか何故ここにいるのか分からないまま彷徨っていました。
住む場所がなく、着ていた服もボロボロで、寒さと空腹で死にかけていたところを、カール様とルイズ様……カレンお嬢様のご両親のお二人に拾われたのです」
「そんなことが……」
姉さんとエミリアは少し悲しそうな表情をしていた。
「幸いにも、怪我や病気などはしていなかったようです。なので、そのまま使用人として雇っていただけました。その時の私は、生きるために必死でした。掃除や洗濯、料理などの家事全般を覚え、空いた時間は勉強しました。……努力の甲斐もあって、私は首にならずに済み、今はこうして仕えさせて頂いておりますわ」
リーサさんの話を聞いて、僕は気になったことがあった。
「(リーサさんは記憶喪失、そしてカレンさんも……)」
以前、依頼で盗賊の討伐を行った時に、僕達はカレンさんの過去の一端を聞いてしまったことがある。
『……答えは簡単よ。私は本来は別の名前だったの。
これはその時にカレンさん自身が言った言葉だ。いつカレンさんが記憶を失ったのか、今の両親に引き取られたのかは僕らは知らない。
だけど、もし二人とも元々知り合いの関係で、何かの事故で生き別れお互い記憶喪失になってしまったとしたら……。
「……レイ?」
僕が考え事をしていると、横からエミリアに声を掛けられる。
「ん……何でもない」
僕は思考を中断してリーサさんの話に耳を傾ける。
「そうしてしばらく使用人として働いていましたが、
ある時、当時幼かったカレン様に呼ばれてこう言われました。
『リーサって私の髪色にそっくりね!』……と、確かに私とカレンお嬢様の髪の色は同じ青髪でした。
とはいえ、私の髪は白髪が混ざっててくすんだ髪色だったので、カレン様の美しい青髪は別物のように思えました」
当時の事を思い出すようにリーサさんは目を瞑る。
だけど、きっと良い思い出なのだろう。口元は笑みを浮かべている。
「それから、私はカレンお嬢様と時々お話させていただくようになり、それをカレン様のお父上のカール様の目に留まり、今のようにカレンお嬢様の侍女をやらせていただくことになりました」
リーサさんは、カレンさんと一緒にいられることをとても喜んでいる。
過去はどうあれ、今を大切にしたいという気持ちが伝わってくる。
「リーサさんは、カレンさんのことが好きなんですね」
「そうですわね。私がお世話するようになって、すぐにお友達になってくださいまして、それ以来ずっと仲良くしていただいております。
ですが、ああしてカレン様とサクラ様が仲の良い姉妹のように過ごされていると、その……」
リーサさんは、サクラちゃんがカレンさんと楽しそうにキッチンで料理をしている様子を眺めている。そして、意を決したように前に出て口にした。
「……もう我慢出来なくなりましたわ」
「えっ」
リーサさんは突然変な事を言いだした。そして、
「カレン様ー、サクラ様ー!! 私も仲間に入れてくださいませー!!」
キッチンに向かって走り出した。
それを見て僕達は呆気にとられる。
どうやら二人の姿を見て自分もその間に入りたかったようだ。
仲の良い二人に妬いてしまったのだろうか。
「(ちょっと可愛い……)」
もしリーサさんが男性だったから止めただろうけど。
仮に僕が「僕も仲間に入れてくれよー」とか言い出したら、姉さんとエミリアから冷たい視線を浴びせられそうだ。
百合の間に入る男は戦場で死ぬなんて諺がこの世界にあるらしい。
ここは黙って見守ることにする。
「いえ、そんな言葉はございませんが」
心を読んだのか、レベッカが僕の思考に突っ込みを入れてきた。
おかしい。
前に読んだ本に書いてあったんだけど。
「……で、今の話を聞いて三人はどう思いました?」
エミリアは声を落とし、彼女達三人を見守りながら僕達に問いかけた。
「……記憶の事を言ってるんだよね?」
「はい」
以前に聞いた話だ。その時はデリケートな事だったので、むやみに詮索せずに何聞かなかったことにしようという結論を出した。
だけど、今の話を聞いて気になってしまった。
「うーん……偶然って可能性は?」
姉さんは、少し考えてから言った。
確かに無理に結び付けなければそれも十分にあり得るだろう。
「レベッカはどう思います?」
「……そうでございますね。お二人が記憶喪失というのは事実でしょうけど、わたくしにはただの偶然とは思えませんでした」
「どうしてですか?」
「……どことなく、お二人の容姿が似ているように思えたので」
「それは、確かに……」
レベッカの意見にエミリアが賛同した。
リーサさんの回想に出てきたように、二人は同じ青髪だ。初対面の時は、眼鏡を掛けいてることもあり顔立ちまでは似ていると思ってはいなかった。
だけど、こうしてカレンさんとリーサさんと旅をするようになって、二人の顔立ちが少し似ているなと感じるようになっていた。
とはいえ、全く同じとまでは断定できない。
二人は二十近く歳の差があるのだ。だけど、もし二人とも同じくらいの歳だったとするなら、かなり似ていた可能性はある。
「……もしかしたら、本当に生き別れの姉妹だったりしてね」
「……あるいは、娘と母の関係である可能性が」
エミリアの推論も二人の年齢差を考えると十分可能性はある。
「仮にそうだとして、なんで記憶を失ってたんだろう」
「それは……わかりかねます」
「……」
レベッカの言葉に僕は同意する。
もし生き別れていたとしても、何故記憶を失っていたのかがわからない。
何らかの事故にでもあったのだろうか?
「……やめやめ、分からないことを考えても仕方ないわ」
姉さんはそう言いながら、軽く両手を叩く。
「それに、今は二人とも幸せそうなんだからそれでいいじゃない」
それはその通りだ。
彼女たちの過去を暴いたとしても、それがプラスに働くかと言われると怪しい。もし、僕達の推測が正しかったとして、彼女たちがそれを確信する何かを見つけたとする。
そうなると彼女達や僕達は、何があったのか探ろうとするだろう。だけど、もしそこに不幸な何かがあったことを知ってしまえば、今の関係性が壊れてしまう可能性もある。
僕達は今までどおり、カレンさんとリーサさんが仲良くしている様子を見守ろう。
僕達が結論を出してから十分後、三人がお片付けを終えて戻ってきた。
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