第305話 価値観の差
休憩を終えて王都の中を歩いていると、
先ほどよりも人通りが多く、賑わいのある道に出る。
「この辺りは賑やかなのですね」
周囲の様子を見ても人通りが多く売り子で店引きしているお店も多い。
「ここは王都でも特に商業が盛んで栄えてる場所だからね。特にこの王都では魔道具の研究が進んでて、それをウリに出してるお店もあるくらいよ」
「へぇー」
「なぬっ!?」
エミリアはカレンさんの話を聞いて目を輝かせる。
「魔道具!? 良いですね!! レイ、行ってみましょう!!」
そう言いながら僕はエミリアに腕を掴まれる。が、
「あーごめん。期待してる所悪いけど、
普通の冒険者が買えるような値段のものじゃないわよ」
カレンさんは申し訳なさそうに言うが、エミリアはどや顔で言った。
「大丈夫ですって! これでも金貨は貯めこんでますので!」
エミリアは金銀貨が詰めてある小袋を見せ付ける。
袋の大きさを考えるならおそらく金貨三十枚は軽く超えるだろう。
しかし、カレンさんはそれを見て、ため息を吐いて言った。
「いや……そのね。そのくらいだととても買えるものじゃないの。
ここら辺で売られているものって、冒険者じゃなくてお金持ちの富裕層の人たちを対象にしてるから値段が一桁くらい変わってしまうのよ」
カレンさんの言葉を聞いて、エミリアは真顔になって言った。
「一応訊いておきますが、最低での相場ってどの程度です?」
「一番安そうな物でも金貨数十枚かしらね。
冒険者が使うようなものじゃなくて家に設置するような大型のものが殆どだから、それらの設置費用とかも料金に含まれていると思うわ」
それを聞いて、エミリアは項垂れた。
そこまで高額となるとどういうものが売られているのだろうか。
「そんなに落ち込まないでください、ベルフラウ様」
レベッカは優しくエミリアの肩に手を置いて慰める。
「でも、折角だし見に行こうよ。エミリア」
僕自身も買う買わないは別としても見てみたくなった。
その言葉に姉さんも同意してくれて、こう言った。
「そうそう、一緒に行きましょ? こういうものは買わなくても窓の外から見てるだけでも楽しいものよ」
姉さんはそう言いながらエミリアの手を引いて一緒に歩き出す。僕とレベッカもその隣を歩き、後ろからカレンさんとリーサさんも苦笑いを浮かべながら付いてくる。
◆
カレンさんの言っていた高級魔道具店は、商店街で最も格式の高そうな大きな建物だった。お店に入る人達は冒険者のような人はおらず、見張りと思われる兵士の人達以外は身なりの良い恰好をしている。
「うわー、凄い場違い感」
「姉さんがそれを言うんだ……」
お金持ちどころか、この人元々は女神様なのに……。
だけど姉さんの意見には同意。お店に近付こうとするだけで、兵士さんは明らかに怪しんでるし、恰幅が良くて身なりの整った人達がこちらをチラチラ見ながら何か言っている。
それでも、気になって僕達は入ろうとしたのだけど……。
「待て!」
姉さんと並んで入ろうとしたところで見張りの兵士の人に声を掛けられる。
「な、なんでしょうか?」
姉さんは余所行きの笑顔を浮かべながら、兵士に問いかける。
兵士の人は甲冑を外しこちらをじろりと見る。
四、五十くらいの歳のおじさんだった。
「お前たち、何用でここに来た? ここは貴族の方々しか入れないところだが……」
「えっと……ちょっと興味があって……」
「悪いことは言わない。さっさと帰れ」
兵士の人の言葉は厳しいものだった。
「で、でもちょっとくらいいんじゃないですか」
エミリアがしつこく食い下がると男性は深くため息をついた。
そして、周りに聞こえないように声を落としてしゃがれた声で言った。
「……二度は言わない。入るのは止めておけ。
この店で売っているものは一介の冒険者が買える代物では無いし役に立つものじゃない。ここはお前たちが来る場所では無く、もっと相応しい人間が入るべき場所だ」
彼はそう言って店の扉を閉めてしまった。
残された僕達は茫然としていた。
◆
「何ですかあれっ!!」
「まぁまぁ、エミリア様、落ち着いてくださいまし」
店から離れた後、エミリアは怒り心頭といった様子で文句を言う。
それをレベッカがなだめている。
大声が周りに聞こえないかヒヤヒヤしたが、店から離れて今は広場だ。人は沢山いるけどそこまで人口密度も多くはなく、周囲も子供がキャッキャ言いながら遊んでるため少々の声はかき消される。
僕達は休憩がてらに近くにあったベンチに座って、エミリアの機嫌が収まるまで話をすることにした。
「貴族がどうとか偉そうに!!
私達が平民だからって馬鹿にしてるんですよ!!
レイだってあんな言い方されてムカつきませんか!?」
「いや、僕は別に……」
貴族だからとか平民だからとか、僕は元々そういう生まれの人間では無いから疎い。さっきの態度は少し理不尽さは感じているけど、かといってエミリアほど腹は立っていない。
「わたくしも平民がどうとかなどは気にしてはおりませんが、
少々不自然な態度であったのは事実でございますね。あの衛兵の方も言い方は少々辛辣ではございましたが、悪意というほどのものは感じませんでした」
レベッカも僕と同じ意見なのか、怒るようなことはなく冷静だった。
しかし、それでもエミリアの怒りはまだ収まらない。
「大体、なんでカレンは何も言わないのですか!! あなた、一応貴族でしょう!?」
「一応って……」
エミリアの言葉を聞いて、カレンさんは苦笑する。
「確かに私は一応貴族だけど……。
あの店に入る資格があるかどうかと言われれば微妙な所ね」
「どういうことですか?」
「確かに、私のお父様が一緒にいて下されば問題なく入れたと思うわ。
だけど世間一般の私個人のイメージって貴族じゃなくて、ああいう店には相応しくない冒険者として見られてる。だから、私が一人で行っても追い返されるだけよ」
私は特に気にしてないけどね、とカレンさんは付け加える。
「証明しようと思えば出来るんじゃ……?」
「私自身が冒険者として見られてる方が気楽だもの。やろうと思えば出来るかもしれないけど、そんなことしてもお父様やお母様に迷惑が掛かるかもしれないわ。
必要な事ならそれでも力を借りる必要は出てくるかもしれないけど、自分の見栄の為に自分の力でもない権力を振りかざすようなことはしたくないの」
「……そうですか」
エミリアは納得したのか、それ以上何も言わなかった。
「あ、でも、カレンさんも入ったことが無いって言ってたよね」
僕の言葉にカレンさんは頷く。
その頷きを確認してから僕は改めてカレンさんに質問した。
「それなのに、なんでここの商品が高額って事を知ってたの?」
「ああ、それは簡単よ。このお店で売られている魔道具の元となった技術は、王宮内の一室に研究グループの魔道具開発部門の副産物なの。
それを開発資金目的の技術提供として売り出してたから、その関係で知っていたというわけ」
「魔道具開発部門……」
王宮ってイメージが掴めなかったのだけど、
もしかしたら『会社』のような形で組織が出来ているのだろうか。
「その、魔道具開発部門ではどういう技術を提供したの?」
「提供した技術は生活に少し便利といった程度のものばかりのはず。
例えば、部屋の出入り口の壁の付いたカードのようなものに微弱な魔力を込めると部屋全体が明るくなる魔道具とか」
照明みたいなものだろうか。
「普通の椅子のように見えるけど、付属のスイッチを押すと家の壁が連動して動き出して、そのまま椅子ごと外に飛ばされる緊急放出チェアーとか。まぁ、これは一例だけど、要は複数の魔道具が連動して動き出す仕掛けとかね」
なるほど。
用途は意味不明だけど技術的な意味なら確かに有用かも。
「他は、寝る前に思い描いたイメージをしながら眠りにつくと、イメージ通りの夢が見られる夢心地ベッドとか……」
「……なんか、思っていたよりショボいですね」
ショボいというか、何故ピンポイントな能力の魔道具ばかりなのだろうか。
「あの兵士さん、最後に言ってたでしょ。
もっと『相応しい人間が来るべき』って。あれって私達に対する嫌味じゃなくて、店の客に対する皮肉なのよ。こんな役に立たないような道楽品なんてお前たちには無意味だぞ、って言ってるのよ」
「……確かに言われてみれば、そんな気がしますね」
エミリアはそれでもちょっと悔しそうだ。
「それにしても、エミリアはどうしてそこまでムキになるの?
魔道具収集といっても、使い道のない物まであつめる意味なんて無いでしょ」
「うっ……そ、それは……」
エミリアが言い辛そうに僕をチラチラ見る。
なんで僕を見るのだろう?
しかし、その様子を見てカレンさんは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「あ、分かった。エミリアはアレでしょ。
レイ君が欲しいって言ったら買ってあげようと思ってたんでしょ」
「え? 僕の為だったの?」
「ち、違います! べ、別にレイの為に買おうと思った訳じゃないです!!」
違うのか……少し残念。
いや、エミリアの反応見ると、案外その通りだったり?
ただ、さっきのカレンさんの言ってた魔道具は魅力を感じなかった。
照明器具のような魔道具は便利ではあるけど、明かりを付けるだけなら威力を加減した
緊急脱出用のギミック椅子も使いどころが分からない。家から脱出しようとするなら、姉さんが近くにいれば空間転移で簡単に逃げられるし、何なら窓から飛び降りれば問題ない。
元の世界の時の自分がそんなことしたら大怪我するだけだけど、今の僕なら三、四階くらいの高さから飛び降りてもほぼ無傷で済むくらいの自信はある。
仮にそれ以上の高さだとしても風属性の魔法で、
落ちる速度を調整するだけで無事に地面に着地出来てしまう。
最後の夢心地ベッドは、ちょっと興味が無くもないけど……。
数回使ったら飽きて普通のベッドと同じ扱いになってしまいそうだ。
高いお金を出して買うようなものでは無い。
僕がそう考えていると……。
「ねぇ、レイ君は何か欲しい物とかは無いの?」
欲しいもの……?
突然言われて、僕はすぐに思い付かなかった。
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