第123話 奮戦

「……居た!旅人さんを助けよう!」

 谷の近くまで来たところで魔物から逃げて走ってる二人の旅人を発見した。

 しかし不味い。このままだとあと数十秒後に魔物に襲われてしまうだろう。


「姉さん、悪いけど御者を代わってくれる?」

「えっ!?」


 僕は馬車を飛び降りて、走って現場へ向かう。

 姉さんは戸惑ってるが振り向いている場合じゃない。


「レイ様!<全強化>貴方に全てを!!」

 レベッカが僕の意図を察して、僕に強化魔法を掛けてくれた。


「――これなら!」

 魔法により大幅強化された僕は、

 そのまま旅人さんの元まで走って大声で叫んだ。


「二人とも、伏せて!」

「おっ!?」「は、はい!」

 二人の旅人の僕に言われた通りにその場に伏せ、

 僕は鞘から出した<龍殺しの剣>ドラゴンスレイヤーを投擲した。

「ギャアアアア!!!」

 僕の剣は旅人の傍まで迫っていた魔物の顔面に直撃して倒れた。


「大丈夫ですか!?」

「あ、ああ……」

 僕は地面に刺さったままの龍殺しの剣を回収しながら二人に声をかける。


「二人とも、僕達の馬車に避難してください!早く!」

「悪い、助かった」

「冒険者さんですか?助かります……!」

 二人の旅人は僕の言葉に従い、馬車に駆けこんでいく。

 これで二人は大丈夫だろう。問題は……。


「――っ!」

 不意に爪で襲ってきたコボルトの攻撃を剣で防ぐ。

 そのまま、剣で距離を取って一歩下がり周囲の様子を確認する。


「――数が多い!!」

 ザッと見渡しただけでもコボルト六体、

 アルミラージ四体、バーサクグリズリー三体。

 更に少し離れてこちらに向かってくる魔物は総勢でも二十体ほど、先行した僕単体では勝ち目が無い。僕は周囲の魔物を炎魔法で焼き払いつつ、旅人さんと同じく馬車の方へ引き返す。


「レイ様、私達も加勢します!」「ありがとう!」

 馬車に近づくとレベッカとエミリアが馬車から飛び降りていた。


「レイ、緊急時です。アレを使いますが構いませんよね?」

 エミリアは既に魔法の詠唱をかなり前から始めているようだ

 既に周囲に驚異的な魔力の集束が見られる。


「アレ……って」

 単なる上級魔法でエミリアはこういう言い方はしない。


「――分かった!」「了解です!」

 前方から向かってくる敵の総勢は既に四十体を超えている。

 正面から戦うと勝ち目は薄いだろう。


「姉さん、旅人さんを乗せて少し馬車を引き返してくれる」

「分かった!行くわよ、シロウサギ、クロキツネー!!」

 姉さんが声を掛けると、馬達はやたら興奮して爆速で引き返していった。

 これで旅人二人は大丈夫だろう。


「レベッカ、一気に行こう」「はい!」

 僕とレベッカは同時に敵陣に突っ込む。


 エミリアのこれから使用する魔法は非常に時間が掛かる。

 詠唱途中とはいえ、あと数十秒必要だ。

 足止めだけではなく勢いで敵を押し込む必要がある。


「うおおぉ!!」「やああぁ!!」

「ギイィ!?」「ギャン!!」

 僕とレベッカは剣と槍で襲ってくる魔物を次々と斬り捨てていく。

 レベッカは疾風のような速度で迫りくる敵の攻撃を回避し、

 槍の一突きで敵を撃破していく。


 僕は<魔法剣>を使用しながら、敵を纏めて薙ぎ払う。

 しかし、それでも数が多すぎる。

 一体、また一体と数が減っているが一向に減った気がしない。


<重圧>グラビティ

 レベッカの重力魔法が周辺の魔獣複数体に対して発動する。

 敵は重力により身動きが出来なくなり、苦し気な声を出しながら地に伏せる。


 僕も出し惜しみはしない。もう一本の剣を抜き放ち魔法を発動する。


「――剣に纏え――<火炎烈風>フレイムブレード

<中級火炎魔法>と<中級暴風魔法>の複合魔法。


 最も近い敵に対して斬撃を飛ばし、そこから前方扇状に火炎で敵を焼き払う。僕の放った炎の嵐が周囲を瞬く間に包み込み、燃え盛る炎によって多くの魔物が焼かれていく。レベッカと僕の魔法で周囲の敵の大半がなぎ倒されたが、まだまだ敵は多い。


「あと、一息だ!」「はい!」

 しかし詠唱時間は十分稼いだ。

 僕達は再び剣と槍で後続の敵をけん制しながらじりじりと後退していく。


 ◆


「すげぇ……」

 馬車の中から様子を伺っていた旅人の二人は驚いていた。


「あんなに強い奴らが居たなんて……」「本当に凄いわ……」

 三人の目の前には既に十体以上の魔物の死体が転がっている。

 先程まで劣勢を強いられていたのが嘘のようであった。


「あの冒険者さん達に任せておけば大丈夫そうですね」

「そうだな……」

「二人とも、今からもっと凄い魔法が飛ぶから、

 もうちょっと後ろに下がりましょうか」


 そのベルフラウという女性の言葉に旅人二人は耳を疑う。

「は?」「えっ?」


 そして、次の瞬間、エミリアの魔法が発動する。


<極大吹雪魔法>フィンブル

 エミリアの前方から大きな水色の魔法陣が展開される。魔法陣からは想像を絶する吹雪が上空に舞い上がり、前方の敵に向かって拡散していく。氷点下百度以下の猛烈な吹雪は前方のみならず谷と隣接する山の一部を巻き込み、迫ってきた全ての敵を纏めて氷漬けにした。


 そのせいで半径一〇〇メートル近くが雪に埋もれて、

 魔物の氷のアートが出来あがってしまった。


 ◆


「―――ふぅ、終わりました……」

 極大魔法を放ったエミリアはその場で膝を崩し、呼吸を整える。


「それで――お二人は無事ですか?」

 エミリアの視線の先にはさっきの吹雪魔法に若干巻き込まれ、

 体をガタガタ震わせる僕とレベッカの姿があった。


「……」「……さ、寒いです」

「……レイ、レベッカ、大丈夫ですか?」

「……う、うん」


 笑顔で答えるが体の半分近くが凍り付いており、しばらく動けそうにない。

 動く手で炎魔法を発動して少しずつ氷を溶かし、

 戻ってきた姉さんによって僕達三人は救助された。


 ◆


「死ぬかと思ったよ、本当」

「エミリア様の極大魔法、

 最初に見た時の威力に近い威力でございましたね……」


 僕は直に見たことは無いが、最初に発動した時は集落を丸ごと凍らせるほどだったとか。二度目はオーガ五体を半径五〇メートル近くの範囲で一気に凍らせる程度だったが、今回はその倍程度の範囲になっている。


「いやぁ、私も大したものですね……」

 胸を張って自画自賛しているが、

 今の魔法一発でエミリアの魔法力はほぼ枯渇している。

 僕達は旅人さん二人と同じく馬車の中で姉さんの治療を受けていた。


「冒険者さん達、すまねえ助かった」

「ありがとうございます、命拾いしました」

 僕達は旅人二人の男女にお礼の言葉を貰った。


「いえ、気にしないでください……」

 僕は笑顔で言うが、実際は割と疲労困憊だ。

 特にエミリアは極大魔法の後は撃った直後は、

 すぐに動けない状態になっていた。


「それにしても、

 あんな強力な魔法使いがいるとは思わなかったぜ……」

「本当に、まるで自然現象そのものみたい」


 エミリアの<極大魔法>は魔法の域を超えている。

 特殊な<女神の権能>よりも単純な威力ならずっと上だ。


「詠唱時間と魔力枯渇する以外は完璧だね、エミリア」

「……嫌味で言ってますか?レイ」

 エミリアは少しだけ頬を膨らませながら抗議してくる。


「冗談だよ、凄かった」「えへへ……」

 使いにくいのが玉に瑕だが、あれだけの威力なら文句は言えない。


「レベッカもお疲れ様、それにしても凄い動きだったね」

 さっきの戦闘のレベッカは<全強化>を受けた僕よりも早かった。

 元々機敏だったけど、更に壁を越えたような気がする。


「レイ様にプレゼントしていただいた靴のお陰です」

 レベッカの足元を見ると、

 確かに僕が前プレゼントした白と緑の装飾の靴を履いていた。


「似合うから買ったんだけど、そんなに凄いものだったの?」

「はい!私の足にフィットしておりまして、

 今まで履いてきたどんな物より軽く感じられます!」


 レベッカは馬車から下に降りて、

 その場で跳ねたり飛んだりしながら能力の高さを確認していた。


 もはや軽いというか、むしろ体重そのものが軽くなっているのではないだろうか。跳躍力が尋常ではない。終いには僕の身長の二倍程度の高さのジャンプを助走無しで飛んでいる。着地も綺麗なもので、衝撃を全く受けていないようであった。


「!!?」

 レベッカのスカートのスリット部分がふわっと浮かび上がり、

 見えてはいけないものが見えた気がするが気のせいだ。


「レベッカは妹レベッカは妹レベッカは妹レベッカは妹……」

 僕は必死で邪な衝動を抑える。


「レイくん、急にどうしたの?」

「何でもないです」


 その様子を眺めながらエミリアはため息を吐きながら言った。

「……それだけ凄いと、

 <鑑定>チェックで能力を見てみたいものですが……」

 しかしレベッカは首を横に振り言った。

 どうやら既に断られていたようだ。


「エミリア様、それは無粋でございます。

 プレゼントというものは物そのものではなく、

 籠った気持ちの大きさが大事なのです」


 といってエミリアの<鑑定>を拒否した。

 本人がいいと言うのだから無理強いするものではないだろう。


「それで、旅人さん?お二人はどこに行こうとしてのかしら?」

 姉さんは僕達の会話が終わると、

 その場で茫然としていた旅人二人に問いかける。


 二人はハッとすると慌てて答えた。

「ああ、俺達はこれからゼロタウンに行くところさ」

「なんで徒歩なの?

 馬車で行ってもまだ一週間以上は掛かる距離よ?」

 姉さんの質問に対して、男の方が答える。


「いや、実は金が無くなってしまって……」

「ここに来る最中に山賊が検問紛いのことをやってて、その時に……」

 女の方も申し訳なさそうに言う。


「それって……大丈夫なの?」

「正直ギリギリだな、このままじゃ明日食う飯にも困っちまう」

「私はなんとか稼ぐ方法を考えるので、それまでは……」


「な、なんだかごめんなさい」

 訊いてはいけないことを訊いてしまったと感じたのか姉さんが謝る。

「アンタたちが謝ることじゃないよ……しかしどうするか」


 どうも色々と苦労をしているようだ。

 僕達は二人の旅人さんを近くの村にまで送り届けることにした。

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