第935話 女子会に違和感なく溶け込むレイくん

 ティータイムを終えてから数時間後。

 僕は自室に戻ってカレンさんが最後に口にした言葉を考えていた。


 私とリーサは本当の親子なのに……。


「(……カレンさん、気付いてたんだね)」


 僕は以前にミリク様とイリスティリア様の話を聞いて二人の関係性に気付いていたが、カレンさんもそれを覚えていた事は正直驚いた。


 だが、肝心なリーサさんにその記憶が無いのが問題で……。僕はそう考えながらベッドに寝そべって天井を見つめていると、部屋のドアをノックする音が鳴った。


「レイ、部屋に居ますかー?」


「お菓子を作り過ぎたということで、リーサ様からお菓子のおすそ分けを頂きました」


「折角だし、一緒に食べましょー?」


「……食べ物を残すのは勿体ない」


 そして扉の向こうから、エミリア、レベッカ、姉さん、そしてアカメの順番に声が聞こえてくる。

 

「うん、入ってー」


 僕はベッドから飛び起きて、扉の向こうの彼女達に聞こえる様に声を張り上げる。


 すると「失礼します」とエミリアの声が聞こえて扉が開いて四人が入ってくる。彼女達は美味しそうな焼き菓子が詰め込まれたバスケットや飲み物の入ったティーポットやグラスなどが乗せられたトレイを両手に抱えていた。


「わぁ、美味しそうだね……」


「リーサ様から『皆さんで召し上がってください』と言われて、たくさん頂きました」


「元は他の船員さんに出すためのお菓子だったらしいんですけどね」


 レベッカとエミリアはそう補足した上で、僕の部屋のテーブルにバスケットとグラスを並べて準備を始める。そして全員分のお皿と飲み物が配られた所で、僕達は全員座って食べ始めることに。


「「「「いただきます」」」」


 そして行儀よくいただきますの挨拶をした後、早速焼き菓子に手を伸ばして口に入れてみる。


 サクッとした食感のクッキーの様な味。甘さも丁度良くて本当に美味しい。


「うーん、リーサさんの作るお菓子は絶品ね。一日に何度食べても全然飽きないわぁ~♪」


 姉さんは焼き菓子を食べながら緩みきった表情でそう言う。他の女の子達の同様の感想のようで、姉さんの言葉に首を縦に振りながらお菓子を食べている。


「(何度も、か。……言われてみれば)」


 僕達数時間前にもティータイムでケーキとかクッキーを食べてたんだっけ……。


「……太らないかな」


 若干の不安を感じて僕はボソリと口にしてしまう。が、女性陣に聞かれてしまったようで、黙々と食べているレベッカ以外の視線が僕に集まる。


「……」


「レイ、私が薄々思っていることを口に出さないでください」


「そんな事言われたらお姉ちゃんも不安になっちゃうでしょ!?」


「……私は太る心配はないけど」


 アカメがそう呟くと、他の女性陣の視線が今度はアカメに集まった。


「「……」」


「……何?」


 そして女性陣は無言でアカメの身体をじーっと見つめ始める。


「アカメは逆に身体が細すぎる気がします」


「そうよ、育ち盛りなんだからもっといっぱい食べないと!」


「……そう?」


「はい。だからもっといっぱい食べてください。ほら、私の分のクロワッサンをどうぞ」


「お姉ちゃんのドーナッツもあげるわ」


 二人はそう言ってアカメに自分のお菓子を差し出す。


「……私はそんなにいらない……」


「そう言わないで!ほら!」


 二人は差し出したお菓子をアカメの口元へぐいっと持っていく。アカメは差し出されたお菓子を見て手に取って食べ始める。

 

それを見てエミリアと姉さんは顔を見合わせて笑顔になる。


「(イイハナシダナー……って言いたいけど、自分が太るのが嫌だからアカメに押し付けてるように見えちゃう)」


 多分、僕が余計な事を言ってしまったのが理由だろう。

 二人とも女の子だから僕以上に体型が気になっているのだと思う。


「アカメ、僕もちょっと貰っていい?」

「ん」


 僕がそう言うとアカメは自分のお皿をこっちに差し出してくれたので、僕は彼女のお皿の焼き菓子の一つを自分のお皿に移し替える。


 アカメは意外と素直な所があるから、こうしないと言われるがままに全部食べてしまう。だから僕が管理して食べ過ぎないようにしてあげないとね。


「ところで他の三人は誘わなかったの?」


 僕はここに居ないカレンさんとノルンとルナの三人の事を指して質問する。


「カレンは船員さんと次の行き先の相談をしてて忙しそうだったので誘うのを止めたんです。ノルンはいつも通り部屋で眠ってたので……」


「じゃあ、ルナは?」


 あの子の事だから、体重が増えることを危惧したんだと思うけど……。


「多分レイの予想した通りですよ」


「あ、やっぱり?」


 ルナは周りと比較して自分がぽっちゃりしてると思ってる所があるんだよね。


 実際はそんな事は全然無いんだけど。


 周りにいるエミリアやカレンさんのスタイルが良過ぎて比べてしまってるんだと思う。


 あと、今「太らない」と自称したアカメや、今も無言でお菓子を爆食いしているレベッカの体型が全く変わらないのもルナにはマイナスになっているのかもしれない。


「……ところで誰かレベッカに突っ込み入れないの?」


 僕は最初からずっと無言でお菓子を食べ続けて、丁度今20個目のお菓子に手を付けたレベッカに目を向ける。


 レベッカはテーブルの上に置いた20個目のお菓子を頬張る瞬間に、チラッと僕達を一度見るもそのまま何事も無いように再びお菓子を食べ始めた。


「……放っておきましょう」


「……そうだね」


「不思議ですけど、どんなに食べても太らないんですよねぇ、この子って」


 エミリアは黙々とお菓子を食べ続けるレベッカの頭を撫でながらそう話す。この小さな体の何処にそんな分量のお菓子が吸収されるのだろうか。


「羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい」


「姉さんうるさいよ……」


「お姉ちゃんも太らない体質になりたい!」


「姉さんは元女神だから体格が変わらないって言ってなかったっけ?」


「体重は別なの!」


 なんだその例外は……。


 そんな話を僕達が話している間も、レベッカは大量のお菓子をドンドン食べていった。


 と、そろそろ四捨五入したら30個になるタイミングでレベッカの手が止まる。


「ところでレイ様」


 ビクッ!


「え、突然何、レベッカ?」


 直前まで無心でお菓子を食べ続けていたレベッカが突然こちらを見て口を開いたので、僕は驚いて少し心臓が跳ねた。


「レイ様。あまり手が進んでいないように思うのですが、お口に合いませんでしたか?」


「え?」


 レベッカに言われて自身の手元を見ると、確かに他の皆よりは数が減っていなかった。


「……もしかしてレイくん、ダイエットしてるの?」


「え、いやちが――」


「さっき『太らないかな?』って呟いてましたもんね」


「ダメだよ。レイくんは男の子にしては細身で身長も低くて筋肉もあんまり付いてないように見えちゃうもん。もっと見た目からしてガッチリしないと駄目なんだから!!」


「実は女装したいがために今の体格を保とうとしてるとか?」


「とんでもない誤解するの止めてくれないかな!?」


 大体、自分は一度たりとも自分の意思で女装なんかしたことない。


 姉さんに無理矢理女物の服を着せられた時と、実際に女の子になった時に着たくらいだ。


 後者はそもそも性別が変わってるから女装とは言わないのでノーカン。


「あんまり食べないのは別にダイエットしてるとかじゃないよ。それまでベッドでゴロゴロして考え事してたからお腹減ってないだけだよ」


 そもそもあと数時間後には夕食の筈なんだけどね。

 むしろうちの女の子達はよくそんなにお菓子を食べられるなぁ……。

 ちょっと食い意地張り過ぎじゃないだろうか?


「今、失礼な事を考えませんでした?」


「いや何も?」


「デザートは別腹という常識をご存知?」


 そんな常識ないよ。

 人間のお腹は一つだけだよ。

 あと当たり前のように心を読まないで。


「エミリアちゃん、その事は良いとして……考え事ってなに?」


 姉さんはエミリアと僕の会話に割り込んでそう質問してくる。


「うん、ちょっとね」


 僕はそう答えてから、焼き菓子を一つ口に運ぶ。


「……お兄ちゃんが悩み事……これは妹が相談に乗る事案?」


 それまで静かにしていたアカメが突然スイッチが入ったように僕をロックオンする。


「いや、別に悩んでるわけじゃ……」

「聞きたい」


「そんな大したことじゃ……」

「聞きたい」


「……」

「聞きたい」


 アカメのよく分からない圧に僕は押し負けてしまう。そしてアカメの一連のやり取りを横目で見ていた姉さんが悪そうな笑みを浮かべて僕とアカメ両方を見て口を開く。


「レイくん、大したことじゃなくても少しくらい私たちに頼ってもいいんじゃない? ここには可愛い妹と可愛いお姉ちゃんが居るんだから♪」


「なお、片方は偽物な模様」


「エミリアちゃん偽とか言わないでお姉ちゃん割と傷付くから」


「……ふぅ、ご馳走さまでございます」


 僕達が話をしているとレベッカは満足そうな顔をして手を合わせる。


 途中でカウントするのを忘れていたが、あれからレベッカはドーナッツ4個とクレープ2個とモンブラン4個とマフィン5個とクッキー10個を平らげたようだ。


 この子の食欲はもう人外である。


「ところで話は戻しますけど、レイ様が考え事っていったい何を悩んでいたんです?」


 レベッカが思い出したように再び僕の事を考えてくる。


「……あー……まぁ……」


 姉さんの言葉もあるし、僕に皆に相談しても良いかな?と思った。


「カレンさんの事なんだけどね――」


 僕はそう前置きをして、自分が今考えてる事を四人に相談するのだった。

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