第934話 本当のお母さん
僕達は久しぶりに訪れたゼロタウンとお世話になった人に別れを告げて、予定通り出航までの時間に遊覧船に乗り込んだ。
遊覧船の停泊してある港に向かうと、船員さん達がゼロタウンで仕入れた物資を運んでいる最中で、僕達の顔を見ると挨拶をしてくれた。
「カレンお嬢様、お疲れ様です!」
「ええ、皆もお疲れ様。出航はまだ時間掛かりそう?」
「あと小時間ほど……カレンお嬢様やレイさん達は最近に船内でお休みください。さほど時間を置かずに出航の準備が整うと思いますので」
「分かったわ。それじゃあお先に……レイ君達も行きましょ?」
「うん」
僕達は頷いて船員さん達にお礼を言ってから船の中へと足を踏み入れる。そして船内に入るとカレンさんのお付きのメイドさんのリーサさんが僕達を出迎えてくれた。
「カレンお嬢様。それに皆様方、お帰りなさいませ」
「ただいま、リーサ」
「ゼロタウンの観光はどうでしたか? レイ様方は元々こちらの出身だとお聞きしていますが……」
リーサさんはそういって笑顔で僕達に質問をしてくれる。だが、僕達はその質問に顔を見合わせて苦笑する。
「……おや? 皆々様、どうもお疲れのようですが……?」
「色々あってね……ここで話すのもなんだし落ち着いた場所で話しましょう。リーサ、部屋に戻ったらティータイムの準備よろしくね」
「はい、畏まりました」
カレンさんはそう言ってリーサさんは笑顔で応じる。そうして僕達は一旦割り当てられた自分の部屋に戻った後、カレンさん達と合流してティータイムにご一緒することになった。
◆
「……なるほど、正体不明の魔物の調査と討伐任務……」
「ええ、本当大変だったわよ」
「今回ばかりは本当に危なかったです……」
僕達はカレンさんの部屋に割り当てられた特別広い部屋でティータイムを一緒に過ごしている。
正直、お茶とお菓子を摘みながら話す内容としてはちょっと血なまぐさい話も混じっていたが、それでもリーサさんは笑顔で聞いてくれた。
「まさか魔王よりも苦戦するなんて思わなかったよ」
「でも、そんな強い相手にもサクライくんは勝てたんだよね……私は殆ど役に立てなくてゴメンね」
「お兄ちゃんは凄い……当然」
ルナとアカメはいつも僕を褒めてくれるんだけど、今回の戦いで二人もかなり活躍してくれたんだよね。
ルナは行きも帰りも僕達を運んでくれて大変だったし、戦闘では難しい役割を押し付けてしまった。アカメも元魔王軍の立場としての責任を感じて動いてたように思う。
カレンさんもレベッカは僕と一緒にずっと戦ってくれたし、僕が戦闘不能の時も必死で戦ってくれた。後で合流した姉さんやノルン、僕達のピンチに駆けつけてくれたエミリアにも感謝しきれない。
だから最後に僕が倒したからといって、僕だけが称賛されるのは違う。
「二人ともありがとう。だけど皆のお陰だよ。ね、姉さん?」
僕が姉さんにそう問いかけると、姉さんは笑って「そうね」と二人に言い、「皆が頑張った結果だと思うわ」と纏めた。
それから話は魔物討伐の話からゼロタウンの話に戻る。先の案件で満足に観光は出来なかったものの、久しぶりに訪れた街は相変わらず賑わっていて、来れて良かったと思う。
僕達はゼロタウンで久しぶりに顔を合わせた人達の話で盛り上がる。後で仲間になったルナ達は彼ら彼女らと面識は無かったものの、街そのものの心象は悪くなかったようだ。
「私達も久しぶりにゼロタウンに帰れて嬉しかったわ」
「顔なじみのギルド職員さんにも会えたしね」
「あのボロ宿の主人も相変わらずの態度でしたね。別に会いたいとは思っていませんでしたが」
「わたくしはあの思い出の宿に再び泊まれて、とても感慨深いものを感じました。レイ様もそう思いませんか……♪」
「そ、そうだね……」
それとなく僕の手を握ってウィンクしてくるレベッカに、僕は照れながら答える。
すると、アカメが僕の空いている手を無言で握ってきた。
「……」
「アカメ?」
「……ズルい」
何がズルいのか。多分、レベッカが僕に甘えてきたから妹として対抗心を燃やしてきたのだろう。自分の妹ながら可愛らしい。
「……うぅ」
「……ルナも我慢しないでレイに甘えたら? ほら、背後から抱き付くとか?」
「ふぇ!? む、無理だよノルンちゃん……!」
ルナとノルンがコソコソと話をしていたが、しっかりと僕にも二人の会話が聴こえていた。
その後、いつルナが僕に後ろから抱き付いてくるのか期待……ではなくて身構えていたのだが、結局してこなかった。残念。
「でも今回で魔王討伐の件はほぼ終わったし、これからは戦う事も殆ど無くなるんでしょうね」
「それはそれで冒険者としてどうかと思うんですけど」
カレンさんは全ての難題が片付いたことに安心したのか嬉しそうだ。が、しかし。エミリアはちょっと物足りそうにカレンさんの言葉に異議を唱える。
「ふふ、良いではないですか。冒険者は何も戦う事ばかりではありませんし。文字通り『冒険』をするのが冒険者なのですから、戦いが本業となっている冒険者が本来の役割に戻れるのは正しい事だとリーサは考えますが?」
「まぁ、そうかもしれないですけど……」とエミリアの言葉。
リーサさんの言う事はもっともだ。
中には冒険者という言葉に惹かれて冒険者を目指した旅人も多かっただろう。だが魔王復活が近くなって魔物が凶暴化すると冒険どころか街から街へ移動するのすら難しくなる。
そうなれば冒険者の本来の名前よりも魔物討伐が優先されるようになるのは仕方ないのだ。しかし、魔王の影響が無くなり魔物の数が減った今、冒険者は本来の言葉の意味通り『冒険』を再開する事が出来るかもしれない。
それから僕達が賑やかにお茶を楽しんでいると……。
「それではカレンお嬢様、私はお仕事に戻りますので」
リーサさんは紅茶を入れてくれた後にそう言って、軽く頭を下げてから扉の前の間で歩いていく。僕とカレンさんは立ち上がって扉の前まで見送る。
「もう行くの?」
「はい、お嬢様」
カレンさんの少し残念そうな声にリーサさんははっきりとそう返事をする。
「リーサさん、いつもありがとうございます」
僕がそう声を掛けると、リーサさんはこちらを振り向いて眼鏡を掛け直して微笑む。
「いえ、これが私の務めですから……では皆様方、次の目的地まで優雅な船の旅をお楽しみくださいませ」
リーサさんは両手でスカートの裾を摘んで軽く頭を下げてから退室する。
「(……リーサさん、もうちょっとゆっくりしていけばいいのに)」
お仕事が大変なのは分かる。だけど僕達にもっとカレンさんと一緒に居れば……と思うのだが。
でもそれは僕が彼女とカレンさんの本当の関係性に気付いてるからこそ思うのかもしれない。リーサさん自身、それに気付いてるかは分からないけど……。
「(……カレンさんはどう思ってるのかな)」
僕はそんな事を考えながら、ふとカレンさんを見ると……。
「……♪」
カレンさんはリーサさんが退出した扉の方を見て穏やかな表情をしていた。
「ん?」「あ」
僕の視線に気付いたのかカレンさんが僕の方を向いて視線がかちあってしまった。
「レイ君、どうしたの?」
「ええと……」
……聞くべきなのだろうか?カレンさんがリーサさんのことをどう思っているのか。
しかし、カレンさんは僕の考えを読み取ったのか指を口に当ててニコッとこちらに向かって微笑んだ。
それを見て僕は少しだけ察することが出来た。
「(……)」
僕もカレンさんと同じように扉の方に視線を戻す。
「リーサね。少し前に私にこう言ってたのよ」
「……?」
「……『お嬢様に対して失礼とは思っているのですが、私はいつもお嬢様の事を自分の娘のように思っております』……って」
「……リーサさんが?」
「変な話よね……自分の娘のようにって……。だって……」
……私とリーサは本当の親子なのに。
カレンさんは声に出さず、口だけを動かしてそう呟いた。
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