第933話 さらばゼロタウン
次の日の朝。僕達は言われた通り冒険者ギルドに再びギルドマスターに会うために訪れた。
しかし、約束通りの時間に来たにも関わらず目的の人物は不在で、僕達は小時間ロビーに待たされることになってしまった。
「……遅い」
僕達が座席で待つ事30分ほど経った頃、アカメがイライラした様子で呟く。イライラが募ったせいなのか雰囲気がかつて魔王軍に所属していた頃のオーラが放っていた。
「私たちを呼んでおいて自分は不在とか態度がなっていない……これだから人間は……」
「あ、アカメちゃん。魔王軍の頃の雰囲気に戻ってるよ……?」
アカメの失言にルナが慌てて口を挟む。アカメもうっかりしていたのか自分の口を押えて周囲を見渡すが、幸い周囲にはあまり人がおらずに誰にも聞かれずに済んだ。
「あ、危なかった……」
「アカメちゃん……もう魔王軍じゃなくて普通の人間なんだからね……?」
「……」
「……まぁまぁ、ギルマスももうすぐ来ると思うから良い子にして待っていよう?」
「……うん」
僕はちょっと落ち込んだアカメの頭を撫でて落ち着かせる。
「それよりも、ルナは大丈夫? 昨日随分疲れた様子だったから姉さんやノルンと一緒に宿に戻ったみたいだけど」
キマイラを倒した後、僕達はゼロタウンに帰還してからすぐに冒険者ギルドに報告に向かったのだが、ルナは特に疲れた様子で先に宿に帰って貰った。
長い間戦闘につき合わせてキマイラから厄介な毒を貰ってしばらく意識を失い、今はエミリアの薬によって解毒に成功して意識も戻ったのだが、すぐにドラゴンに変身して僕達を運んでくれたせいでかなり体力を消耗したようだ。今も長く待たされて目がトロンとしている。
「大丈夫……ちょっと眠いけどね……」
「あんまり無理しないでね……? もし疲れたなら先に船に戻っても……」
「うん、ありがと……ふぁぁぁぁ……」
ルナは猫みたいな欠伸をしながらそのままアカメの膝の上に頭を乗せる。
「……っ!」
「……ごめん、アカメちゃん……ちょっと寝かせて……」
「……」
アカメがなんとも言えない顔をして僕に視線を向けてくる。とはいえアカメが不快に感じている様子はなく、突然の事で少し困惑しているようだ。
僕に視線を向けるのもどうしたら良いのか分からずにアドバイスが欲しいのかもしれない。
「疲れてるみたいだし、膝を貸してあげたら?」
「……うん」
アカメは少しだけ顔を赤らめて自分の膝の上に頭を乗せたルナの頭を不器用に撫でる。ルナは安心した様子で目を閉じて小さく寝息を立て始めた。
今まで人付き合いが乏しかったアカメにとって、このメンバーの中で一番仲がいいのは兄の僕とルナだ。ルナはあの日、お互いの秘密を話し合ったおかげでアカメにとても懐いているし、アカメもルナの事は特別扱いしている。
「……♪」
アカメは口にこそ出さないがルナと話している時は心なしか表情が緩む。今も若干頬を赤らめて彼女の髪を指で優しく撫でており、どこか楽しそうに思える。
「アカメちゃんとルナちゃん。本当に仲がいいわね……お姉ちゃんちょっとうらやましいわ……」
「仲が良いのは微笑ましいことでございます」
姉さんは僕だけじゃなくてアカメにも姉代わりに接しているのだが、色々事情があって上手くいっていない事を不満に思っているらしい。
まぁ本人がそう感じているだけで、アカメは姉さんが作る手料理は随分と気に入ってるようだが……。
「……それにしても本当に遅いわね。何かあったのかしら」
「ギルドマスターって結構多忙なのよ。細かくスケジュールを決めていても色々あって遅れたりすることもよくあるから」
ルナと同じく眠そうなノルンのぼやきにカレンさんが答える。
「エミリアはここのギルドマスターさんの事は僕達よりも詳しいはずだよね。何か知らない?」
僕は後ろで暇そうに自分のとんがり帽子を弄っていたエミリアに声を掛ける。するとエミリアはふるふるを首を横に振る。
「ギルド内で何度か顔を見た事はありますが、話をしたのは昨日が初めてですよ。カレンと違って私は顔を覚えられるほど特別優秀な冒険者じゃありませんでしたし」
「そっか」
「あ、レイ様。どうやらそのギルドマスターの方が来られたようでございますよ?」
ギルドマスターの気配でも読み取ったのか、レベッカがロビーの入り口に視線を向ける。
その瞬間、小さめのドアからガチャリという音がして一気にドアが開き、ギルドマスターが姿を現した。更にギルドマスターと一緒に何人かの男性職員も入ってきて、装飾の施した豪華な木箱をいくつかを僕達の前に置いた。
「お待たせしまして申し訳ありません。少々時間が掛かってしまいまして……ですがお約束通り、今回の依頼の報酬を用意することが出来ました。お納めください」
ギルドマスターはそう言って僕達に頭を下げてから、装飾された木箱の蓋をスライドさせて開ける。中には大量の金貨が積まれていた。
「お約束通り金貨四百枚です。少々重いので持ち運びに気を付けてください。また金額が金額の為、街を歩く際はご注意ください……。では、申し訳ありませんが、私はこれで失礼します……イソイソ……」
金貨が入った木箱を置くと、ギルドマスターはそそくさと書類を整理してその場を立ち去ってしまった。
少々失礼な態度だな……と僕達は思ったのだが、それを察したのか、木箱を運んでくれていた男性職員が申し訳なさそうに僕達に謝罪をしてくれた。
「申し訳ありません。うちのギルマスは本当に多忙でして……ですが、皆様のお陰で本当に助かりました。私たちもギルマスも心からの感謝をしています」
「それなら良かったです」
僕達は最後に男性に挨拶をして小箱を受け取って部屋を出る。そして、受付のロビーに立っていたミライさんに声を掛ける。
「ミライさん。僕達、そろそろ出立します」
「レイさん! ……そうですか、もう行ってしまわれるんですね……また遊びに来るのを心待ちにしていますよ」
「はい……また今度」
僕はミライさんと握手をして別れを告げる。
そして僕達は遊覧船に戻って再び目的地へ出発したのだった。
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