第120話 意味深な……

 ――九日目、次の日の朝。

 僕は朝早くから宿を出て、ジャミルさんの待つ露店の場所へ向かった。

 ジャミルさんは約束の場所で待っていた。

 昨日と違って今日は旅衣装だった。


「お待たせしました」

「やぁ、来てくれたね。それじゃあ行こうか」

 そう言って僕とジャミルさんは村の外へ出た。


「ジャミルさん、何処に行くんですか?」


「ここから十キロほど先にある森に向かう。

 そこでちょっとした採取をしてもらいたくてね」

「採取?分かりました」


 僕はそれを言葉通りに受け取って、ジャミルさんに付いて行った。


 そして――


「あの、ジャミルさん?」「なんだい?」


 僕達の目の前には巨大な壁があった。

 高さ二十メートルほどの壁、横幅も五十メートルはあるだろうか。

 入り口は頑丈そうな鉄格子の門があるだけで見張りなどはいない。


「ここは?」


「この先に僕の用事のある森があるんだ。

 ここから少し危険でね。

 こうやって壁に囲っていないと魔物が村を襲う可能性があるんだ」


 ジャミルさんは鉄格子の鍵を開けて門を開いた。


「え、あの、そのカギは?」

 しかし、ジャミルさんは僕の質問を無視して言った。


「さて、行こう。キミの働きに期待しているからね」


 ジャミルさんはさっさと壁の向こうに行ってしまった。

 ……もしかしたら、思ったより危ない仕事になったかもしれない。

 そう思いながら、僕は一歩を踏み出した。


 門を抜けると、そこはもう外の世界だった。


 僕は辺りを見回す。

 鬱蒼とした木々が生い茂り、足元には雑草が生えている。

 少し遠くの方を見ると、山々が見える。


「こっちだよ」

 ジャミルさんは僕を手招きしながら森の中に入って行く。

 僕もそれに従って後に続く。


「……あのジャミルさん、ここで何を採取するんですか?」

「うん、それなんだけどね……」


 その時、森の奥から獣の遠吠えが聞こえた。


「――来たね」「えっ?」

 すると奥から何かが凄いスピードでこちらに向かってくる気配を感じた。

 その気配は次第に大きくなり、その正体が分かった。

 それは熊のような大きな体躯、鋭い牙に爪、爛々と輝く眼光。


「<フォレストベア>だね」

 ジャミルさんは冷静に言った。


「魔物ですか?」


「いや、野生動物さ。

 ただ滅茶苦茶気性が荒くてよく人を襲う生き物だけど」

 それは実質魔物と何も変わらないのでは?


「あの動物の毛皮は中々高級品でね。

 僕も欲しいんだけどあんな凶暴なもんで困ってたんだよ」


 ジャミルさんは腰に下げていた杖を熊に向ける


「ちょ、ちょっと待って下さい!

 そんな危険な動物がいるなら早く逃げましょう!」


「そうはいかない。

 なんせ僕の採取の対象の一つはあの生き物なのだから」


「えっ、採取って薬草とかそういうのじゃ……」


「そんなこと一言も言ってないけど」

 だ、騙された……!


 そんなこと言ってる間に、

 フォレストベアはこちらに向かって襲い掛かってきた。


「くっ!」

 僕は仕方なく剣を構える。

「なあに、大丈夫さ!僕もいるからね、キミ一人に戦わせないさ!」

 ジャミルさんはそう言って持っていた杖を熊に向けて言った。


<初級炎魔法>ファイア!!」

 ジャミルさんの杖から火の弾が飛び出し、フォレストベアに飛んでいく。


「ジャミルさん魔法使いだったの?」


「そうだよ!これでも魔法訓練中等部までは勉強してる」

 高等部は勉強してないらしい。

 しかし、ジャミルさんの放った火の弾は、

 フォレストベアが腕を一振りすると簡単に弾かれてしまった。


「あ……」

 ジャミルさんはバツが悪くなったのか、僕の後ろに隠れて言った。


「さ、さぁ!あのフォレストベアを倒そう!」

「……」

 この人はもう……。


「はぁ、仕方ないか」

 僕は剣を構えてフォレストベアと対峙する。


「グオォオオオッッ!!!」

 フォレストベアは雄叫びを上げて僕に突進してくる。

「はぁあああっ!!」

 僕はそれを横に避けて、すれ違いざまに剣を振るう。

 しかし、フォレストベアはその巨体に似合わない俊敏さでそれをかわした。


「ちぃっ!」

 僕は一旦距離を取り、再度剣を構えた。


「グルルゥウウッ」

 フォレストベアは威嚇するように喉を鳴らす。

 僕は間合いを図りながら少しずつ後ろに下がる。


<初級雷魔法>ライトニング

 ジャミルさんからの支援攻撃が入る。

 雷魔法を受けたフォレストベアは体を僅かに痙攣させる。


「今だ!」

 僕は声を上げ、一気に距離を詰める。


「グオオォオオッ!!」

 硬直が解けたフォレストベアはこちらに手を振り下ろして反撃するが、

 僕がそれを剣で受け止め、そのまま反撃する。


「……」

 そんなに強くはない。

 ただ、僕の攻撃で傷を負ったからか、僕から距離を取ろうとしている。


 そして、弱っているうちに止めを刺そうとするのだが――。


「レイくん!援護するよ!」

「あっ」

 僕が静止するより先に、ジャミルさんが前に出て魔法を撃つ。

 しかし、その魔法はあまり効いておらず、逆に――


「グアアアアッ!!」

 どうやら怒らせてしまったようで、ジャミルさんに襲い掛かってきた。


「な、何で私の方に――!」

 ジャミルさんは後ろに下がって逃げようとするが、

 木の根で転んでしまい尻餅を付いた。


「グアアア!」

「うわっ!もうダメだ!!」

 フォレストベアに追い詰められて、後ずさりするジャミルさん。


「――っ!」

 僕は手に持っていた剣をフォレストベアに投擲し、


「ガアァアッ!?」

 フォレストベアの背中に深々と刺さった。


 僕はそのまま駆け出し、

 フォレストベアの剣を引き抜くと同時に背中を大きく刃で抉り、

 フォレストベアは悲鳴を上げて倒れた。


 剣の血をふき取って鞘に収める。

 僕は尻餅を付いたまま茫然としているジャミルさんに声を掛けた。


「ジャミルさん、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……急に襲われてびっくりしただけだよ」

 そう言ってジャミルさんは立ち上がり、

 背中と尻に付いた土を手で払った。


「いや、それにしてもキミは強いね。

 あのフォレストベアをあんなあっさり倒すとは」


「いえ、ジャミルさんが囮になってくれていたので……」


 正面から戦うと俊敏で力が強くて厄介だが、

 ああして背中を向けてくれると倒すのは容易だ。


 本当は炎魔法で焼き払う方が簡単だったけど、

 どうも毛皮が目的らしかったので今回は止めておいた。


「キミのおかげでいい毛皮が手に入りそうだ」

 ジャミルさんは背負っていたカバンからナイフを取り出して僕に差し出した。


「え?これは?」

「何って、今から毛皮を剥ぎ取るから手伝ってほしい」

「えぇ……」


 そう言いながらジャミルさんは、

 もう一つナイフを取り出して毛皮を剥いでいく。


「……よし、これで終わりっと」

 ジャミルさんは一仕事終えたような表情で額の汗を拭っている。

 結局、僕もジャミルさんを手伝ってしまい、

 気付けばフォレストベアの解体が終わってしまった。


「さて、じゃあ奥へ行こうか?」


「え、今ので終わりじゃないんですか?」


「勿論だよ、今日一日付き合ってもらうつもりだからね」


 そんなぁ……。

 ジャミルさんは森の奥へと進んで行く。

 その後ろ姿を見ながら僕はため息をついた。


「でもまあ、これもプレゼントの為だし……仕方ないよね」

 そう自分に言い聞かせて僕はジャミルさんの後ろを追いかけた。


 ◆


 その後、何度か魔物か野生生物かよく分からない敵と遭遇しながら、

 数時間が経って、ようやく次の採取対象と遭遇した。


「――見つけた。あの鳥の羽は装飾品の飾りとして使えるんだよ」

 そう言いながらジャミルさんが指を差したのは、七色の羽を持つ鳥だった。


「あれも動物ですか?」

「そうだよ、でも人に襲い掛かってくるけどね」

 そんな動物ばっかだな、ここは。


「でも、あの鳥は綺麗ですね」

「だろう!特にあの虹色に輝く羽は人気なんだ。はやく捕まえよう」


「はい……」

「あ、でも……」

 ジャミルさんは言葉を続けた。


「あの鳥は人間を見つけると魔法を使ってくるから気を付けてね」

「もうちょっと早く言ってほしかったです!」


 虹色の鳥に向かって剣を鞘から抜きながら駆け出す。

 ジャミルさんが言い終えたくらいに、虹色の鳥は既に魔法を放とうとしていた。


<炎球>ファイアボール』「――っ!」

 僕は鳥が放った火球目掛けて剣を振って、魔法を唱えた。


<剣技・風魔法Ⅱ>風圧破

 僕の剣から風魔法が放たれ、

 敵の炎球は真空の刃によって切り裂かれ消失した。


「たああっ!」

 僕はお構いなく鳥に向かって剣を振るい敵を切り裂いた。


 グシャアアッ!

 という音と共に血しぶきが上がり、虹色の羽毛が宙を舞う。

 僕は地面に落ちた虹色の羽根を拾い上げ、確認する。


「ジャミルさん、終わりましたよ」

 僕は後ろにいるジャミルさんの方に振り向きながら言った。


「は、早いね……うん、お疲れ様」

「いえ、それにしても結構危険な動物が多いですね」


 先ほどの<フォレストベア>然り、この<レインボーバード>もそうだ。


 他にも採取対象では無かったが、

 見た事もない大きな蜘蛛や巨大なムカデなど正直嫌な魔物がうようよしている。

 確かにここに一人で向かうのは危険だろう。


「ああ、それはそうだね。

 だから壁で森を封鎖して魔物を出入りできなくしてるんだから」


「なるほど……」

 それは納得できなくもないんだけど……。

 何でそんな危険な場所のカギをジャミルさんは持ってたんだろう。


「ジャミルさんはそんな場所のカギをなんで持ってたんですか?」


「え?それはアレだよ……。

 えーっと、村からカギを借りてきたからかな」

「……」

 ジャミルさんはこちらに目を合わせようとしない。


「決して、勝手に持ち出したわけじゃないよ?」

「勝手に持ち出したんですね」


 ……もしかして、ここの動物って、

 危険なだけじゃなくて、実は保護されてたんじゃ……。


「さ、さぁ、次が最後だから行こう!!」

「あっ……はい」


 何となく察したけど、

 今から止めて機嫌損ねられても困るし、

 大人しく付いて行くことにした。

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