第593話 二年ぶりの恩人
久しぶりに来たこの湖の村は、二年前と殆ど変わっていなかった。
以前、僕達が訪れた時は、この湖は魔物によって汚染されており、僕達はそれを解決する為に奮闘した。その時にお世話になった人こそ、この村の村長のアドレ―さんである。
彼は40歳程度の男性で、今は一線を退いているがベテランの冒険者だったそうだ。パッと見でも分かるくらい筋肉隆々の肉体で、ツーハンデッドソードと呼ばれる大剣を片手で扱えるほどの剛腕の持ち主だ。当時は分からなかったが、この世界の書物が読めるようになって武器の種別を知ることが出来た。
「アドレさーん」
僕は、二年前にアドレーさんが暮らしていた家の扉をノックする。
―――ガチャリ。
扉が開いて中から人が出てきた。しかし……。
「あれ?」
「……んん、アンタら誰だ? 俺はアドレーなんて名前じゃないんだが?」
家から出てきた人は僕が知る人とは全く別の中肉中背の中年だった。
「あ、ごめんなさい。もしかしたら別の家だったかもしれません」
「ごめんなさいね……」
僕と姉さんは代表として彼に謝罪する。
彼は、頭をポリポリと掻きながら、僕達を見渡して言った。
「……んー、もしかして村長さんの知り合いか。村長さんは今は鉱山にある新居に移ってるよ」
「鉱山……廃鉱山のですか?」
「おや、あの鉱山が廃鉱山だって知ったのかい? 結構前にあそこで大事件があったんだが、今はちゃんと管理されて使えるようになってる。村長に会いたいならそっちに行くといい。場所は分かるかい? 簡単な地図ならすぐに書けるが……」
「丁寧にありがとうございます。ですけど、僕達は以前に行ったことがあるので大丈夫です」
「お、そうかい。それじゃあ頑張ってくれ」
「はい、色々と教えてくださり本当にありがとうございました」
僕達はもう一度頭を下げてからその場を離れた。エミリア達にアドレーさんが不在だったことを伝えて、次の目的地を教える。
「その鉱山ってのは近いんですか、レイさん?」
「飛行魔法を使えば三十分も掛からないと思うよ、今から行こう」
「分かりました。では早速向かいましょう」
こうして、僕達はまたあの場所に向かうことになった。
「あ! ……申し訳ありません、レイ様。わたくし、この中で唯一飛行魔法を習得しておらず、皆様のように飛ぶことが出来ません」
レベッカは申し訳なさそうに僕達に頭を下げる。
「大丈夫、レベッカ、僕の背中に乗って。しっかり掴まってね」
「よろしいのですか?」
「勿論だよ。ほら、早く乗って」
「はい!」
レベッカは嬉しそうに返事をして僕の後ろに座った。
彼女の柔らかい身体が密着してくる。
「……ふふ♪」
レベッカの小さな身体が僕の背中に張り付くと、彼女は小さく笑みを零した。
「どうしたの、レベッカ?」
「いえ……何でもありません」
「そ、じゃあ行こう」
僕がそう言うと、皆が一斉に飛行魔法を使用して高度を上げていく。そして、僕はレベッカを背負った状態で少し遅れて飛行魔法を使用して皆と同じように飛ぶ。その後、目的地を目指して一斉に飛んでいく。
「レベッカ、まだ空を飛べないんですか?」
「はい♪」
空を飛行中、エミリアはレベッカに飛行魔法を使用できないのか尋ねた。彼女の魔力は今や私と大差ない。その気になれば十分習得が可能なはずだとそう考えていた。だが、レベッカはその事に悲嘆するでもなく、どういうわけか機嫌よく答える。
「(これってもしや……)」
エミリアは考える。もしや、彼女は実は飛行魔法が使えるのではないかと。ただ、レイにおんぶされたいがために嘘をついているのではないか、と。
「(純真無垢な子だったのに……)」
良くも悪くも出会った当初から二年ほど経過している。その間、関係性そのものは大きく変わっていないが心は全員成長している。もっとも、レベッカは変な所で昔のままの態度で接していたりするのだが……。
「……んん、それにしても……」
エミリアは少し速度を落としてレイ達の背後に付く。
レイに抱き着いて幸せそうな表情を浮かべているレベッカの姿があった。
「…………」
その光景を見て、エミリアはほんのちょっぴり妙な胸の引っ掛かりを覚えた。
「(……あれ、私、もしかして嫉妬してます?)」
◆◆◆
それから三十分後。目的の鉱山前に到着した。以前、この場所を訪れた時はいかにも古びた場所だったのだが、今は少人数とはいえ人の姿があり、今は中の鉱山が機能しているようで灯りが漏れていた。
また、鉱山の前にあった一軒家は新設されてやや大きな家に変わっていた。
僕達は飛行魔法を解除して地上に降りて、その家を訪ねる。
「アドレーさん、いらっしゃいますか?」
僕が扉を叩いてから声を掛けると、中からやや大きな足音が聞こえてすぐに扉が開いた。
「おう、待たせたな……って、お前……」
「お久しぶりです……アドレーさん。レイです、以前はお世話になりました」
家の中から出てきた男性は、僕が知るアドレーさんだった。以前より、多少髪に白髪が増えて髭を蓄えている程度で、相変わらずその見事な肉体は衰えていない。
「お前……レイか……見違えたぞ!」
アドレーさんは目を丸くさせて驚く。
二年前と比べたら身長も伸びており、顔つきも多少は変わったかもしれない。
すると、僕の横からひょっこり姉さんが顔を出す。
「こんにちはー、アドレーさん。私の事分かりますかー?」
姉さんは屈託のない笑顔を浮かべてアドレ―さんに微笑む。
「フラウさんじゃないか、アンタは以前とあんまり変わらないな」
「うふふ、それほどでもありませんわー」
なんで姉さんは変わってないって言われて喜ぶんだろう。
女の子はそういうものなのだろうか?
「……とすると、後ろにいるのは……エミリアか」
アドレーさんは僕達二人の背後に視線を移す。振り向くと、エミリアは頭からとんがり帽子を外してアドレーさんに礼儀正しく頭を下げて礼を行う。
「どうも、アドレ―さん。ちょっと姉の事で相談が……」
「セレナの事か……? しかし、お前さんも随分と見違えたな、以前よりも女っぽくなったじゃないか」
「美人になりましたか?」
「ああ……セレナによく似ている。まぁとりあえず上がっていけ、色々話があるんだろ?」
「ではお言葉に甘えて」
僕達はアドレーさんの案内で家の中に入った。家の中は外見同様に綺麗に整頓されており、テーブルには酒瓶が置いてある。
「適当に座ってくれ。今は家内が外しているから俺は酒を飲んでから話すとしよう」
「分かりました」
僕達が椅子に座ると同時に、レベッカとサクラちゃんがアドレーさんに挨拶をする。
「アドレー様、お初にお目に掛かります。レベッカでございます」
「サクラです、よろしくお願いします♪」
二人は各々笑顔を浮かべて机に置かれている酒瓶を手に取り、アドレーさんのコップにお酒を注いでいく。
「お、おう……悪いな、お嬢ちゃん達」
「レイ様がお世話になったとお聞きしまして、ここは妹として当然の事をしたまでです」
「レイさんと初対面の時の話を色々訊きたくて~」
どうやら、二人は僕の昔話を聞きだそうとしているらしい。アドレーさんも、突然僕よりも若い女の子達二人に質問攻めにあって戸惑っている様子だった。
「ふふ、二人とも楽しそうねー」
「……止めなくていいんですか、レイ?」
エミリアに小さな声で質問されるが、僕は笑って答える。
「なんか楽しそうだし、良いかなって……僕もアドレーさんに会えて嬉しいから」
何だかんだでアドレーさんもお酒を注がれて嬉しそうだ。自分の話を根掘り葉掘り目の前で聞かれるのはこそばゆいが隠す様な話では無い。機嫌が良くなったアドレーさんは少しだけお酒に酔いながらも、僕を見て言った。
「しかし本当に見違えたぞ。細く見えるが随分と身体も引き締まっているじゃないか。相当腕も上げたんじゃないのか?」
「ありがとうございます。見て分かるものなんですか?」
「ああ、二年の歳月でよくそこまで成長したものだ。それに身体だけじゃなくて、以前のように何かあれば壊れてしまいそうな雰囲気も消えて凛々しくなった。どうやら、良い経験を積めたようだな」
「はい、アドレーさんのお陰ですよ」
「おいおい、俺は何もしてないぞ。ただ少し剣を教えただけだ」
アドレーさんは豪快に笑いながらそう言った。しかし、それだけじゃない。アドレ―さんは剣術以上に僕に大事な事を教えてくれたのだ。
「そんなことはありません。あの時のアドレーさんの言葉が無ければ、僕は……」
僕がそう話して、目を瞑る。
当時アドレーさんに教えられた言葉を、改めて僕自身が口にする。
「『信念だ。俺はこの剣が届く範囲の仲間や家族は命を懸けて守る。それを邪魔する奴は誰であろうと切り捨てる、例え人間でも……。お前は自分の為ではなく、大切な人の為に戦うことが出来るか……』……僕はアドレーさんにそう質問されて、何も答えることが出来ませんでした」
「……ふ、我ながら臭い台詞を言ったものだな」
アドレーさんは自嘲気味に笑みを浮かべて言う。確かに、あれは少しクサかったかもしれないが、僕にとってはずっと励みになっていた。そして今の僕の根幹を成している。
「僕は二年間、教えられた言葉をずっと忘れませんでした。今でも人相手に剣を向けることは気が引けますが、それでも大切な人達を守るために剣を振るう事は出来るようになりました」
「……」
「でも、それだけじゃない。僕は一人じゃない。
僕の大切な人達は、皆僕に守られるだけの弱い人じゃない。だから、僕は彼女達と共に未来を歩んでいきたい……その為に、僕は今でも戦い続けています」
僕の表情を見たアドレーさんは小さく息をつく。それから、口角を上げて微笑む。その微笑みはどこか懐かしむような、それでいて僕の成長を認めてくれているようだった。
「なら、お前が最後に俺に言っていた言葉、それは叶いそうか?」
僕が言った……あの時の言葉か……。
『僕は、家族や仲間大好きな人達と一緒に、この世界で精一杯生きるんです』
………。
「……まだまだです。大切な家族や仲間は見つけられましたが、後は僕の努力次第ですね」
今思えば、自分も大概な台詞を吐いているなと感じて、僕は苦笑する。
「……良い男になったじゃないか。俺はお前のそんな言葉が聞けて嬉しいぞ」
「僕も、アドレーさんに自分なりの新しい答えを返せてうれしいです」
「そうか、ふふ……」
「あはは……」
お互いに顔を見合わせて笑う。
「(……な、なんか今のレイさん、凄くカッコいいね。……レベッカさん?)」
「(……ええ、レイ様は普段からとても魅力的ですが、今はなんというか……す……)」
「(……す?)」
「(……素敵です! わたくし、胸がキュンとしてしまいました……はぁ……はぁ……レイ様ぁ……♪)」
「(レベッカさん、興奮してるー!?)」
「……あらあら、レベッカちゃん凄く楽しそうね」
「あの子はもはやレイの大ファンみたいなものですから……」
「……そういうエミリアちゃんだってさっきからチラッチラッとレイくんの事ばかり見てるよね~」
「べ、別に私はレイの事を気になってなんていませんよ……!」
「ふふふ、そうかしら~? ……そろそろ素直になってもいいんじゃない……?」
「……余計なお世話ですよ、ベルフラウ」
レベッカとサクラちゃんが隣ではしゃいでいるけど、
少し離れた所で僕達の様子を見ていた姉さんとエミリアが何か言ってる気がした。
「二人とも、どうかした?」
「んふふ、別にー」
「……」
何故かエミリアは顔を赤くして俯いていた。
一体何の話をしていたんだろう?
「ところで、セレナの事で相談があると言っていたな?」
アドレーさんはコップに入っていたお酒を一気に飲み干すと、火照った顔で僕を見る。
「そうでした。実は事情があってセレナさんを探しているんです。彼女は放浪しながら旅をしているみたいですし、アドレーさんの所に顔を出してるかもしれないと思いまして……」
僕がそう話すと、エミリアと姉さんがテーブルの近くまで歩いてきた。
「何でもいいんです、セレナ姉の事知ってることがあれば」
アドレ―さんを見ながら、エミリアは真剣な顔で言った。
「あいつを探してるのか……ふぅむ……」
アドレーさんは、腕を組んで考え込む。
「俺もここ最近会ってないな……。まあ、俺も忙しくて村を出ることもあるからすれ違いになってるかもしれんが……」
「そうですか……」
やはり、そう簡単には見つからないか……。しかし、アドレーさんは腕を組んだまま、まるで何か思い出そうとしているかのように目を瞑りながら、呟いた。
「いや、待てよ……確かアイツは……」
「何か思い出しましたか!?」
エミリアは詰め寄ってきて僕の隣に座り、アドレーさんを真剣に見つめる。
「ああ、そうだ。ちょうど一年前くらいだが、珍しく俺を訪ねてきたことがあったぞ。確か……『歴史を探るために、昔、戦争で荒れた国に行こうと思うの。貴方も一緒に来る?』……と冒険に誘われたな。流石に、村の村長の仕事をすっぽかすわけいかないから断ったが……」
「昔、滅びた国……?」
「それってもしかして……」
「……おお、そうだ。確か、フォシールという国がある場所だったな」
「それです!」
アドレーさんの言葉を聞いて、エミリアは勢いよく立ち上がる。
「おい、どうしたんだ急に」
「私達、急いで行かないといけなくて……。ありがとうございました!」
エミリアは慌てて頭を下げる。
「行きますよ、レイ! 私達の目的地が定まりました!!!」
エミリアは僕の手を握って立ち上がる。
「(……確かに、フォシールは僕達が行こうとしていた国……そこにセレナさんが居るとなると……)」
それなら行かない理由はないだろう。
僕もエミリアに続いて立ち上がり、アドレーさんに頭を下げる。
「アドレーさん、ありがとうございます。これで僕達の目的地が明確になりました」
「そうか……その様子だと、随分と急ぎのようだな」
「……はい、今じゃなければもう少しゆっくり話したかったのですが……」
「気にすることはない。またいつでも来い」
「はい、必ず」
僕は笑顔を浮かべて返事をする。
「皆、行くよ」
僕はエミリア以外の仲間に視線を移す。すると、ぽややーんとしたレベッカと、困った表情でレベッカを見つめていたサクラちゃんが居た。
「……レベッカ、起立!」
僕は学校の先生のようにレベッカに声を掛ける。
すると、レベッカの背中がピクンを揺れて反射的に立ち上がる。
「―――はっ!? すみません、レイ様の凛々しいお姿に見惚れておりました」
「……」
この子は一体何をしに来たのだろうか。
「レベッカ、目的が決まったから出るよ。姉さんとサクラちゃんもいい?」
「勿論よ。カレンさんを助ける為に早く向かいましょう」
「うん、先輩の為にがんばろー♪」
二人はやる気満々といった感じだ。
「……なるほど、そのカレンという仲間の為に、お前は動いているのか」
アドレーさんは合点がいったように呟く。
「はい、だからアドレーさん、本当にありがとうございました。今度はもっと落ち着いてお話したいです」
「ああ、楽しみにしている」
アドレーさんは微笑んで言った。
「では、失礼します」
僕達は、アドレーさんと別れて、魔法陣によって王都に帰還した。
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