第594話 一般人禁止エリア

 王都に帰るころには既に空は暗くなっていた。

 僕達は、ウィンドさんが待っているであろう王立図書館に向かったのだが……。


「あ、レイ副団長……じゃない、レイ様、お待ちしておりました」

「……?」


 王立図書館に向かう途中、王宮の兵士さんがこちらに一声掛けてくる。


「あの、レイ副団長というのは……」


「ああ、これは失礼しました。少し前までレイ様を副団長と呼んでいたので……。それよりも王宮魔道士のウィンド様より言伝を承っております。『王都の病院で待っている』……と」


「!?」

「まさか、カレンさんの身に何か!?」


 彼の言伝を受けて僕達に緊張が走る。

 しかし、兵士さんは僕達の察して慌てて言った。


「あ、いえ。そういうわけでは……!! カレン様の容態を考慮して、一時病院に搬送することになったため、ウィンド様はカレン様に付き添って病院にいるだけです。ご安心ください」


「そ、そうですか……」

 良かった。取り越し苦労だったみたいだ。


「では私はこれにて」

 兵士さんは僕達に一礼をしてから、王宮の方へと戻っていった。


「それじゃあ、先に病院に行こうか」

「ええ」


 僕達は急いで病院へと向かった。


 ◆◆◆


 僕達が病院に入ると、別の兵士の人に声を掛けられた。


「お待ちしていました。カレン様の病室に案内します」

「ありがとうございます」


 僕達はお礼を言って兵士さんの後に付いて行く。向かった病室は、この病院の最上階の個室だった。案内された僕達は兵士さんと別れて、カレンの病室の扉に手を掛ける。


 そして、扉を開くと同時に声を掛ける。


「失礼します。カレンさんの容態は―――」


 ……と、そこまで声を掛けて、僕の動きは固まってしまった。


「……レイ?」

「どうされたのですか、レイ様?」

「そこでボーっとされると、わたし達も入れないんですけどー」


 僕の背後から仲間達が不満そうに言った。


「い、いや、その……」

 僕は、わなわなと肩を震わせて病室の中を指差す。


「ん、何かあるの?」


 姉さんが僕の真横に並んで覗き込む。姉さんの視線は部屋の中央のベッドだった。そこには、カレンさんが落ち着いた表情でベッドの中で眠りに付いていた。


「……良かった。何事も無さそうね」

「……うん、まぁそこまでは僕もホッとしたんだけど……周りをよく見て」

「え?」


 姉さんは僕の言葉に、キョトンとした表情を浮かべながら部屋を見回す。

「…………あらら~?」


 すると、姉さんの顔が徐々に青ざめていく。


「なにこれ……病室の床に、なんか大きな魔法陣が何重にも重なって……」

「うん……僕は見てて軽く吐きそう」


 姉さんの言葉に同意しながら、僕達は病室の中に入る。部屋の中は姉さんの言う通り、無数の魔法陣で囲まれており、それは病室の壁にも黒い文様として続きの魔法陣が描かれていた。


 傍から見れば不気味な光景だろう。

 そして、その中心にあるのがカレンさんが横になっているベッドだ。


 これは何なのか、何か怪しげな儀式でもやるつもりなのか。この病院、実は怪しい邪教徒が運営していて、カレンさんに如何わしい黒魔術でも使おうとしているのではないだろうか?


 僕達は、その謎の光景を見て完全に頭が回らなくなっていた。


 僕達が入ってから硬直していると、カレンさんの傍で彼女をお世話をしていたリーサさんとウィンドさんがこちらを振り向いて、歩いてきた。


「皆様、ご無事で何よりです」


「おかえりなさい、サクラ、皆さん。情報は得られましたか?」


「…………あ、はい……」

 すぐに報告したいところだけど、この異様な光景を見て言おうとしていた事が頭から全て抜けてしまっていた。


「あの、ウィンド様。もしかして、この怪しげな魔法陣の文様は貴女様がやったのでしょうか?」


「もし、これがこの病室のインテリアだとしたら、私ならブチギレますね」


 レベッカはウィンドさんに恐る恐る質問し、エミリアは冷めた目で床に描かれた模様を見る。


「失敬な、この私が何の考えもなしにこんな趣味の悪いインテリアをすると思いますか?」


「自分で趣味悪いって分かってたんですね……」


 エミリアが呆れた目でウィンドさんの呟くと、カレンさんをお世話をしていたリーサさんが立ち上がってこちらにやってくる。


「あの、皆様。ウィンド様は酔狂や道楽でこのような理解不能な……失礼……珍妙な……いえ、独創的で、芸術的な模様を描かれたわけではありませんわ」


「リーサさん。今、本音が出てませんでしたか?」

「気のせいです、ウィンド様」


 リーサさんは笑顔で言い切った。

 それを見て、ウィンドさんは若干気まずそうな顔をする。

 そして、呆れた表情の僕達の顔を見てから咳払いをして言った。


「こほん、皆さん。何か誤解があるようなのではっきりと訂正させて頂きます。この文様は、何も私の個人的な趣味では無く、カレンを救うための魔法陣です」


「いえ、知ってますが」


「仮に師匠の趣味だったら、わたし、師匠の弟子やめますよ?」


 エミリアは即答し、続くサクラちゃんは笑顔で辛辣な事を言い切った。


「………」

 ウィンドさんは二人の反応で真顔になり、僕の方を見た。


「こっち見ないでください」


「……一人くらい私の味方をしてくれても良くありませんか?」

 僕に助け舟を求めるウィンドさん。流石にそろそろフォローしておこうか。


「それで、この魔法陣にどういった効果があるんですか?」


「……魔王から受けた呪いを完全に中和する方法はありません。代わりに、この魔法陣は王都全体から僅かずつマナを供給する仕組みになっています。それをカレンに流し込むことで、彼女の減り続けるマナを補っているのです。……まぁ、時間稼ぎではありますが……」


「流石、ししょー」


「サクラ、手の平を返してもさっきの物言い、私はずっと記憶してますからね」

「うっ」


 ウィンドさんのジト目に、サクラちゃんはたじろいだ。


「ちなみに、この個室を丸々買い取っていますので、私達以外にこの趣味の悪いインテリアを目撃する人物はいませんよ」


「趣味が悪いって分かってるならどうにかならなかったんですか?」


「不可能ではありませんが、私にとっての苦肉の策です。

 兵士さん達には『あっ……なるほど、流石、王宮魔道士殿……(察し)』という表情をされてしまいましたが、ある意味私のイメージ通りだったので私への精神ダメージは軽微でした。

 他にも、ファンシー寄りなデザインも可能でしたが、その場合、本当に私の趣味だと思われてしまいそうなので断念しました」


「その判断は正しいと思います、ししょー」

「……実年齢40歳だもんね。そんな誤解を受けると辛いわよね」


 姉さんが呟くと、ウィンドさんは遠い目をして答えた。


「……ええ、まぁ、そういうことです」

 ……その言葉に、僕達は何とも言えない微妙な気持ちになった。


「(サラッと僕の知らなかった情報が……40歳だったのか……)」


 ウィンドさん、見た目10代後半か20代前半が良いとこなのに。


「レイさん、今の話を聞いて私のイメージはどうなりましたか?」


「図太そうなのに意外と中身は繊細なんですねって」


「今度レイさんに教育的指導を施すので首を洗って待っててくださいね」

「何で!?」


 僕は思わず声を上げた。

 すると、ウィンドさんは僕を見て小さくため息を吐いてから口を開く。


「それはそうと、皆さん。結局、目的の人物には会えそうなんですか?」


「あ、はい。アドレーさんに聞いたところ、エミリアの姉のセレナさんは1年前にフォレス大陸に渡ったそうです」


「……なるほど、それは好都合ですね」


 ウィンドさんはしたり顔で話す。

 そうそう、この人はやっぱこういうイメージなんだよ。


「では、明日、近隣の港町へ向かってください。

 フォレス大陸への詳しい航路は、そこで聞くとしましょう」


「分かりました」

 僕達は、それを聞くと眠っているカレンさんの様子を見てから病室から出ていく。

 しかし、最後尾の僕が出ていこうとすると、ウィンドさんに声を掛けられた。


「―――レイさん、少しだけ残ってもらえますか?」

「??」


 理由は見当が付かなかったが、僕は了承して皆を先に帰らせた。

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