第595話 レイくん、男を見せる時
仲間達を先に帰らせた後―――
僕、ウィンドさん、リーサさんの三人になって静まり返った病室内で、僕達はテーブルを挟んで向かい合い、椅子に座る。
「さて、カレンの呪いの解析の途中で、貴方と、もう一人の魔力の痕跡を確認しました。……単刀直入に質問しますが、カレンに『半身反魂術』を使いましたね?」
「……はい」
仲間には隠していたのだけど、こうも簡単にバレてしまうとは。
「……ウィンド様、その『半身反魂術』とは?」
リーサさんは、聞き慣れない単語に首を傾げていた。
「自身の生命力を対象に半分差し出す魔法。儀式魔法の中も恐ろしく上位の魔法で、危険性が高すぎて禁呪指定を受けているものですよ」
「!!」
「……」
薄々は気付いていたけど相当リスクのある魔法だったようだ。
勿論、それを承知でカレンさんに使用したのだけど。
「どうしてこの魔法を知っていたのですか? この魔法は所謂『失伝魔法』とされているものですよ?」
「……ミリク様から授かりました」
「……なるほど、覚えのない魔力の波動を感じましたが、大地の女神ミリクのものでしたか」
ウィンドさんは納得したように呟いた。
「あの、ウィンド様。私にも分かるよう説明頂けますでしょうか?」
「……ええ、素人にも分かりやすく説明します。『失伝魔法』とは、希少過ぎて誰も使い手が居ない。あるいは、『禁呪』と指定されて、敢えて歴史から葬られた魔法を指します。
そして、レイさんがカレンに使用した『半身反魂術』は後者の魔法です。更に上位の魔法も存在しますが、自身の命を他人に分け与えるという部分では共通してますね」
「レイ様はお嬢様を助ける為に自身の命を差し出しているという事ですか?」
「そうなります。レイさん、今の貴方の状態はどうなっているのですか……?」
二人の視線が僕に集中する。その視線は、どこか心配そうに見えた。
「……大丈夫です。今は、特に問題はありません」
嘘だ。
本当は、今すぐにでも倒れてしまいそうなくらいの頭痛がしているし、体中が痛くて堪らない。それでも、二人には本当の事は言えなかった。
「……嘘ですね。他の人は騙せても、私には通用しませんよ。確かに、大地の女神の力が関与してる事もあって、その負担は緩和されているようですが、カレンの呪いを自身に流し込んでいる以上、ただでは済みません。
カレンは私の手で手厚くサポートしているためいくらか延命できると思いますが、このままではカレンより貴方の命の方が先に尽きるでしょう」
「……そんな!」
リーサさんは口元に手を当てて驚いた。
「……ウィンドさん、リーサさん、一つお願いがあるんです」
「何ですか?」
「この事、他の皆には話さないで貰えますか」
「……」
ウィンドさんは目を瞑って考え込む。
「……馬鹿ですね」
ウィンドさんはそう呟く。
……しかし、その言葉は罵倒ではなく、憐憫の感情が籠っていた。
「……仕方ありませんね。私も覚悟を決めるとしましょう」
ウィンドさんは、そう言って、僕にグイッと近づく。
「!?」
そして、ウィンドさんはいきなり僕に口づけをする。
「――――!?」
「まっ……大胆……♪」
リーサさんが顔を真っ赤にして両手で目を覆う。
しかし、指の隙間からはバッチリと見ていた。
「……んっ……」
「!?!?!?」
僕が混乱しているうちに彼女は口づけを止める。
そして、神妙な表情で言葉を紡ぎ出す。
『我が精神は、今より汝の精神と同化し、我が魂と汝の魂はここに契約を結ぶ。今より、我と汝は運命共同体となる。―――ここに契約は為された』
その瞬間、僕とウィンドさんの身体が一瞬光った。
「……今のは」
「今度は、私とレイさんの間で『半身反魂術』を行いました。これで、レイさんが今感じている負担の半分を私が負担することになります。多少なりとも身体が軽くなったと思いますが……」
彼女に言われて、僕は胸を抑える。
「(……確かに、胸の鼓動の痛みも、身体の痛みも減ったかも……)」
そして、ウィンドさんに問い掛ける。
「どうして、こんなことを?」
すると、彼女は答えた。
「私も覚悟を決めると言ったはず。私の弟子のカレンの事を想って貴方が命を賭けてくれたのです。ならこの程度の助力はしてあげないと私がカレンに怒られてしまいますよ。
……ちなみに、さっきのキスは儀式に必要な要素なので要らぬ誤解はしないように。……リーサさん、さっきから羨ましそうに見ないでください」
「すっすみません……でも……あぁ! 私とした事が、お嬢様になんて報告すればいいのか……!!」
リーサさんは、頭を抱えながらブツブツ言っている。
「……というか、レイさんはカレンにこの術を掛けたのですから、カレンに口づけをしていますよね?」
「そうなのですか、レイ様!?」
「………」
言わなきゃバレないと思ったのに……。
「さすがに、カレンもファーストキスでは無いでしょうけど、セカンドやサードくらいまで奪われていたら、レイさん、恨まれても知りませんからね?」
「……」
……それはそれで嫌だ。何が嫌なのかは伏せるけど。
「あ、いえ。カレンお嬢様は男性経験ないのでファーストキスになるかと……」
「……カレンを揶揄うネタが増えてしまいましたね」
やっぱりこの人、性格悪い……。
「でもでも、カレンお嬢様はきっと喜ばれるので、レイ様は気になさらなくて大丈夫ですよ…………責任さえとってもられば」
リーサさんの最後にボソッと付け足した発言は、聴こえてしまうと取り返しが付かなくなりそうだった。
「(でも聴こえてしまった……)」
責任ってなんだろう……やっぱり結婚とかそういうのかな……。
でもエミリアの事もあるし、大体僕じゃカレンさんに釣り合わないんじゃ……。
「リーサさん。貴女の発言でレイさんが大いに悩んでしまっているのですが」
「ま、まぁ……冗談のつもりだったのですが……」
……リーサさん、本当に?
ウィンドさんは僕達をジト目で睨みながら咳払いをする。
「……コホン。ともかく、私とレイさんもこれで運命共同体です。私は死にたくありませんので、レイさんも死なないように努力してくださいね?」
「いや、僕も死にたくはないですが……」
「自発的に死ぬような事はしないでしょうが、『カレンの為なら死んでも良い』とか本気で思ってそうだったので。ですが、私を巻き込むと分かれば、貴方も簡単に無茶はできないでしょう?」
「……う」
ウィンドさんには僕の心が読まれているようだ。
「その、今のお二人はどういう状況なのか、何度も申し訳ありませんが、わたくしにも分かるようにも説明してもらえますか?」
リーサさんは僕達にそう質問する。
ウィンドさんは、その言葉に頷いて状況を整理する様に僕達に言った。
「いいでしょう……。
呪いの大本はカレンにありますが、呪いの半分は大地の女神ミリクが受け持ち、私、レイさん、カレンは残りを1/3ずつ負担し合っている状況です。
神である大地の女神ミリクは、その力が大きく弱体化することはあっても死ぬことは無いでしょうが、私とレイさんはカレンの呪いが解けない限り、いつか必ず死亡してしまいます」
「……なるほど」
説明に納得したリーサさんは、何かを決意した様子で、彼女に言った。
「――ウィンド様、私にも『半身反魂術』を掛けてくださいませんか?」
「えっ!?」
「……正気ですか?」
僕達が驚く中、リーサさんは真剣な眼差しでウィンドさんを見つめ続ける。
「はい。先程ウィンド様も仰いましたが、私も覚悟を決めました。どうか私にも同様の処置をお願いします」
リーサさんは、そうはっきりと強い口調で口にして、僕達二人に頭を下げる。
「……という事ですよ。レイさん、どうしますか?」
「え、僕が決めるんですか!?」
僕やウィンドさんはともかく、一般人のリーサさんまで巻き込むなんて……!
しかし、ウィンドさんは僕の傍に寄って、耳元で囁いた。
「(……おそらく彼女なら持ち堪えるでしょう。彼女の正体、あなたなら薄々気付いているのでは……?)」「!!」
ウィンドさんの言葉を聞いて、僕はすぐにウィンドさんを見た。
「……まさか、あの事を知って―――」
「……さて、どうでしょうか。ですが、彼女の提案は私達にとっては助かると思うのですが……?」
「……く……」
僕は、ずっと頭を下げたまま動かないリーサさんを見る。
「(ウィンドさんの態度を見るかぎり、リーサさんの正体はやっぱり……)」
以前、神の領域で推測した内容が彼女の言葉で確信に変わった。
「(……リーサさん、それにカレンさん、両名とも人間じゃない。おそらく、呪いの影響は僕達よりも小さいだろう)」
それでも、カレンさんはずっと目を醒まさない。僕達よりも負担は小さくても、僕達の誰かが死んでしまえば、連鎖的に全員死ぬことは確定だ。
「……リーサさん、本当に良いですか? 仮に僕達の誰かが死ねば……」
「その時は、私もカレンお嬢様も死ぬという事でしょう? お嬢様に先立たれては私は生きる意味がありません。私にとってお嬢様と運命を共にするのは本望です」
「―――っ」
これは、もう僕には彼女の意思を押し留めることは出来ない。
「……レイさん、貴方の負けですよ」
「……みたいですね」
僕はため息を吐く。
「分かりました……ウィンドさん、やってあげてください」
僕はウィンドさんにそうお願いする。が、当のウィンドさんは―――。
「……はい? 何故、私に頼むのです?」
「え」「えっ」
何故か、僕とリーサさんは驚いた表情でお互いの顔を見合わせる。
「……ウィンドさん、リーサさんに掛けられるんじゃないの?」
「掛けられますが、私がそれをやるとは言ってません。レイさん、貴方は大地の女神様の力を借りているのでしょう。同じ手法で彼女に『半身反魂術』を掛けてあげてください」
「い、いや、それはつまり……」
「おや、何を躊躇しているのでしょうか?」
ウィンドさんはそう言って、僕をニヤニヤとした表情で見る。
「こ、この人、本当に……!!」
ウィンドさんは、僕が彼女に『半身反魂術』を掛けたくない事に気付いている。
僕がそれをしたくない理由は明白だ。
『半身反魂術』は肉体の接触……つまり『口づけ』をしなければいけないからだ。
流石に、別の女性に対して何度もそれを行うのは……。
「レイ様。私は構いません」
「うっ……」
リーサさんも乗り気の様子で、僕の方に歩み寄る。
「さぁ、レイ様。カレンお嬢様を助ける為に、私に愛の口づけを!!」
「いや、愛って」
「さぁ……お願いします!!」
……う。
いくらリーサさんが自分の母と同じかそれ以上に年上だとしても、これは……。
「レイ様……早くしてくださいね?」
「……」
僕は覚悟を決めて、リーサさんの両肩を掴む。
そして、顔を近づけていくが――。
「待ってください」
ウィンドさんが急に割って入って来た。
「な、なんですか!?」
「いえ、もう少し甘いシチュエーションの方が良いのではないかと」
「ウィンドさん、そろそろ怒っていいですか?」
「冗談です。そんな怖い顔しないで下さい」
ウィンドさんはそう言うと、「仕方ないですね」と言って、リーサさんの方を向いて一歩下がる。
そして、一言。
「おっと、手が滑りました(棒読み)」
あからさまに気の抜けた声と同時に、ウィンドさんは僕の背中を強く押す。
「ちょっ!?」
「わっ!」
突然の出来事に、僕達はそのまま倒れ込んでしまい、その拍子に僕とリーサさんの口が互いの唇に接触してしまう。
「―――!!!」「……!」
僕は咄嗟に彼女から身を引いて顔を上げる。その拍子に僕の右手が何か柔らかいものを掴んでしまう。
その柔らかいものが何か確認する前に、僕は彼女に謝罪の言葉を掛ける。
「ごごごごごごごご、ご、ご、ごめんなさい………!!」
「い、いえ……その……」
リーサさんは顔を赤らめて、僕から視線を逸らす。今の僕は仰向けになった状態のリーサさんに跨って彼女の腰と足の辺りに体重を乗せている。所謂マウントポジションというやつだ。
「ウィンドさん、なんてことを!!!」
「ふふふ、レイさん、良い見世物ですよ」
「この人は……!!」
僕はウィンドさんを睨む。しかし、彼女は全く悪びれた様子は無い。
「レイ様……」
「え、はい?」
リーサさんは未だに頬を赤く染めながら、僕の方を見てこう言った。
「あの、レイ様の右腕がその……私の……」
「え?」
僕は自分の右腕を見る。
すると、そこにはリーサさんの胸がしっかりと握られていた。
「――っ!! す、すみません!!」
僕は慌てて彼女の上から退いて立ち上がる。
「……リーサさん、本当に申し訳ありません。わざとじゃないんですけど……」
「い、いえ! 大丈夫です。むしろ懐かしさを覚えたというか、女としての矜持を思い出したというか……」
「レイさん、もうそこまでやっちゃったなら最後までやりましょう?」
「最後までって何!?」
ウィンドさんの言葉に反射的に反応する。が、その言葉の意味は『半身反魂術』を術を行えという意味だったことに、僕は一瞬気付かず、てっきりその……。
その後、散々ウィンドさんに揶揄われた後に、リーサさんに『半身反魂術』を掛けたのでしたとさ。
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