第782話 近況報告&相談タイム

「それで、レイよ。お主らは結局、ここに何をしに来たのじゃ?」


「あ、そうでした」


 ミリク様に尋ねられて、僕はようやく要件を思い出して、それを告げる。


「今から一週間後、グラン国王様率いる王都の軍が魔法都市エアリアルと協力して、魔王軍の拠点に一気に攻撃を仕掛けます」


「ぬぅ!!」


「人間の軍が、魔王軍にか!」


「はい、当然ですが、僕達もその作戦に参加予定です。グラン陛下は次を最終作戦として考えておられて、魔王軍とその大将である魔王を今度こそ完全に撃滅して魔物との戦争を終結させると言っていました」


「……なるほど、それでお主は儂らに助言を求めに来たわけか」


「……はい」


 僕はミリク様の問いに頷く。


「……ふむ、イリスティリア。お主はどう見る?」


「そうさの……。戦力の要であるレイとサクラは当然参加するのであろ?」


「はい、それは勿論です」


「良し。ならば、魔王との直接対決はお主とお主らのパーティに掛かっておる。最終的な勝利条件はそこじゃ……その点で言えば、確実に力になれると思うぞ……のう、ミリクよ?」


 イリスティリア様は扇子で自分を仰ぎながらそう話す。ミリク様も「うむ」と短く頷く。


「あの……具体的にはどのような助言を……?」


「助言ではない。まだお主に解放されていない最後の勇者の封印を解除するということじゃ」


「封印?」


「そう、今までお主は何度か段階を踏んで勇者が持つべき力を解放してきた。その段階は、今の時点でも90%以上解放されているが、、あだ100%ではない。それを100%まで引き出してやろうということだ」


「……は、はい」


 そう言われてもピンと来ない。そもそも、勇者という力について、僕はほとんど分かっていないのだから……。


「というわけで解放するぞ! レイよ、目を瞑れ」


「えと……こうですか?」


 ミリク様に言われた通り、僕は目を瞑る。


「よし……そのまま動くでないぞ……」


 ミリク様がそう言った後、僕の全身に何かが駆け巡る感覚を覚える。


「これで良いじゃろ」


 ミリク様が僕から一歩離れたのが何となく分かった。そして、すぐにルナが僕に声をかけてきた。


「サクライくん!」


 彼女に呼ばれて僕は目を開ける。目の前には予想通りミリク様が居て、その横から心配そうなルナが割り込んできた。


「だ、大丈夫? なんか傍から見て、ビリビリーって電気みたいなのが迸ったんだけど!」


「……ん、大丈夫」


 手足を動かして僕は自分の身体に異常がないことを確認する。


「これで終わりなんですか?」


「うむ、これでお主の勇者パワーは全力全開じゃぞ。勿論、熟練次第で出来ること増えるかもしれんがの」


「ありがとうございます。それで、僕は何が出来るようになったんですか?」


「しらん!!!」


 即答されてしまった。


「……ミリクよ、流石にそれは無かろう?」


「そう言われてものぅ……勇者として解放された能力なぞ千差万別じゃぞ。例えば、サクラなら自身の感情とやる気で無限に身体能力が上がり続けるというものじゃが……」


 サクラちゃん、そんな力があったのか……。


「ていうか、サクラちゃんも100%にしなくて良いんですか?」


「いや? あやつは割と最初の方に一度切っ掛けを作ったら、後は自分でどんどん解放に進んでくれて、今はフルパワー状態じゃ。手間の掛からぬ良い子であるな」


 イリスティリア様は何処か自慢げに語る。


「え、じゃあなんで僕は何回も分割して解放されてたんですか?」


「そりゃあ、お主が弱いからじゃの」


「ぐっ」


 はっきりとそう告げられる。言われてみると反論の余地がない。


「弱いというのは何も強さのことではない。

 精神的な葛藤、悩み、未練、トラウマ……そういうものが心の中に残り続けていると、いくら勇者の力があっても強くなれん。

 事実、お主はベルフラウによって最初の段階から勇者のパワーを持っていたのに、儂とあった時点ではそこそこ程度の強さしかなかったじゃろ。そんな状態で勇者の力を100%にしてしまうと、あれじゃぞ。頭がパーになってしまう」


「頭がパーって……」


「要するに、自分の精神力の弱さと能力の強さが反比例してロクな事にならなくなる。解放度合いというのは、つまりリミッターのようなものじゃ。

 ……そうじゃのう、お主らの世界で例えるなら……軽自動車にロケットエンジン積んだらどうなると思う?」


「ぶっ壊れると思います」


「そう、それと一緒じゃ。脳が焼き切れるだけならまだマシ、何なら身体ごと吹っ飛ぶかもしれん。今のお主であれば、戦艦に重力砲や波動砲やレーザー兵器を搭載したような出力じゃろうな」


 それはもはや戦艦ではない。


「そういう訳で、お主には徐々に段階を踏んで解放を進めてきたというわけじゃ」


「よく分かりました……ありがとうございます」


「よいよい、では次はルナの方じゃな?」


「え、私!?」


 完全に蚊帳の外だと思っていたルナはとても驚いた表情をしていた。


「ミリク様、なんでルナまで?」


「そりゃあ、その子は元”雷龍”じゃからのう。転生したとはいえその力はまだいくらか残っておる。人間の姿になってしまったため、出力も落ちて以前のような雷龍の姿にもなれんじゃろうが、それでも潜在能力は人間基準では相当なものよ。魔王と戦う前にそれを引き出してやろうというのじゃ」


「え、でも私女の子だし……」


「何を言うとる、この世界では男でも女でも平等じゃ。さっさとこっちに来い」


 ミリク様はそう言ってルナを手招きする。ルナは僕とミリク様を何度か交互に見た後……観念してミリク様の前まで歩いていく。


「目を瞑れ」


「……」


 ミリク様の指示通りに目を瞑る。そして、ミリク様は彼女の頭上に手をかざすとイリスティリア様の方を見た。


「おら、イリスティリアよ。お主もサボっておらんで力を貸さんか! 元々”雷龍”は我ら二柱の神が作り上げた存在ぞ。お主の力を借りねば制御できんじゃろが!」


「……仕方ないのう」


 イリスティリア様は手に持っていた扇を袖に終い、ミリク様と同じようにルナの手をかざす。すると、ミリク様とイリスティリア様がそれぞれの掌から青白い光を放出して、その光はルナを包んでいく。


「終わったぞ」


「……ん」


 ミリク様がそういうと、ルナは目を開けてこちらを見る。


「サクライくん、私何か変わった?」


「いや、何も変わった様子無いけど……」


 僕がそう答えると、ルナはホッとしたように息を吐き、胸を手を当てて言った。


「良かったぁ……ツノとかキバが生えてたらどうしようかと……」


「そんな事気にしてたんだ……」


「そりゃ気にするよ。だって、そばかすとか皺は化粧で誤魔化せるけど、ツノとかキバは絶対に隠せないもん。ツノはフードを被って誤魔化すにも限度があるし、キバに関しては論外!」


 ルナはそう言って、僕に「はぁー」と大きく溜息を吐いた。


「良かったー……サクライくんと同じ人間のままで」


 そう言って、ルナは僕の方を向いて笑みを浮かべる。僕も「そうだね」と答えて笑った。すると、ルナもニコッと笑い返してくれたのだが……。


「……ん?」


 今、ルナが笑った時の歯に、何か違和感が……。僕は確かめるためにルナに近付く。


「え、な……何? どうしたのサクライくん?」


「ルナ、もう一回笑ってくれる?」


「えっと、こうかな……」


 ルナは少し顔を赤らめて再び笑みを形作る。僕はその彼女の口の中を少しだけ覗きこむ……。


「……八重歯になってる」


「え?」


 ルナは驚いたように口を手で隠し、僕に背を向けて自分で口の中を調べ始める。


「ほ、本当だ……あんまり目立たないけど、上の左右の奥の歯が一本ずつちょこんと出てる……!」


「ふむ、人間としてはあまりにも規格外の力故、その代償というわけか……」


「代償が八重歯というのであれば、等価交換の概念がバグっとる気がするのぅ……」


 イリスティア様の冷静な感想にミリク様が突っ込みを入れる。


「うぅ……どうしよ……サクライくん、良い歯医者さん知らない?」


「いや、別にそのままでいいんじゃ……?」


 何なら、八重歯ってむしろ可愛いくらいだよね?自分が思うだけ?


「……ともあれ、ルナよ。お主のパワーはこれで遥かに増したはずであるぞ。この場で少し試してみてはどうじゃ?」


「試すって、どうやってですか……?」


 ルナは自分の口元を両手で隠しながら不満そうにイリスティリア様に返事を返す。


「まずは肉体的な部分の方じゃな。ほれ、レイの手を握って軽く力を加えてみよ」


 それ、仮に竜のパワーでされたら僕の手がとんでもないことになりませんかね?


「分かりました。サクライくん、手を出して……」


「………」


 僕は念の為、こっそり手に魔力を込めて最低限防御力を底上げしてから両手を差し出す。ルナは自分の手を僕の左手と右手を軽く握って「えいっ」と力を込める。


「どう? 強くない?」


「……いや、全く」


 本当に微細な力しかかかっていないようだ。全然痛くも痒くもない。僕の返事を聞いたルナはもう一度力を入れるが……顔を赤らめて肩をプルプルさせて力を込めるルナが可愛いだけだった。


「ふむ、外見が人間のままじゃから肉体面の強化は無し……と。では、魔力の方はどうかの?」


 ミリク様は顎に手をやって思案げにそう呟くと、手をパチンと鳴らす。すると次の瞬間、目の前に大きな機械仕掛けのゴーレムが出現した。


「コイツはアンティークゴーレムという。宮殿などの施設を防衛するための無人システムなのじゃが、魔法の的にするにはうってつけじゃろ」


 ミリク様はゴーレムの本体部分を拳でコンと殴るが、ゴーレムは微動だにしない。


「機能はシャットアウトしてあるから動くことも無いぞ。さ、ルナ。試してみるがよいぞ」


「う……なんか怖いかも……」


 ルナはそう呟き、攻撃魔法を放つには丁度良い距離くらいに近付いて杖を構える。僕達は巻き込まれない様にルナの後ろに移動して見守る。


 そして―――


<初級炎魔法>ファイア!!」


 ルナは基本的な攻撃魔法を発動させる。発動した魔法は炎の小さな弾となってまっすぐゴーレムに飛んでいく。


 そして、それが着弾すると―――


 瞬間、耳をつんざく爆発音と強烈な爆風が吹き荒れる。


「うわぁぁぁ!」


 ルナはその風圧に耐えられず後ろに倒れる。しかし、彼女が床に頭を打ち付ける寸前に僕が彼女を後ろから抱きとめる。


「あ、ありがと……サクライくん……」

「うん……それは良いんだけど……」


 ルナのお礼に、僕は汗を掻きながら彼女に返事を返す。だが、それ以上に、今のルナの魔法の結果が気になり、ルナを立ち上がらせて二人で目の前のゴーレムの姿を確認すると……。


「……うわぁ」「……うわぁ」


 僕とルナの声が見事にハモった。ゴーレムの全身は見事に吹き飛んでしまっており、粉々になって着弾地点も真っ黒に焦げてしまっていた。


「これ、私がやったの?」


「……うん」


 自分がやったことが信じられなくて僕に質問する彼女に、僕は頷くしかなかった。


「……ふ、『今のは<上級獄炎魔法>インフェルノではない……<初級炎魔法>ファイアだ……』……と言ったところかのう、イリスティリアよ?」


「……その台詞を聞いて余にどうしろというのだ」


 ミリク様のおふざけにイリスティリア様が溜息交じりにそう答える。


「しかし、ルナよ。今の魔法の威力は申し分ないのう」


「はい……威力が上がっているのは自覚できますけど……」


 ルナは杖を仕舞って不思議そうに自分の両手を見つつ呟く。


「しかし、パワーの制御が上手く出来ておらんの。魔王討伐までに自分の今の力の制御を覚えた方が良いぞ」


「はう……はい……」


 ルナはしょげたように肩を落とす。


「勿論、レイもじゃぞ?」


「え、僕も?」


「お主も自分の得た力を今一つ理解しておらんのじゃろ? 別に魔王討伐までずっと修行を続けろとは言わんが、今出来ることを理解する為に実戦を繰り返して自分の力を把握しておけ。

 お主はサクラと違って感情を爆発させて戦うタイプではないのだから、冷静に自分の力を見極めてそれをうまく活用せよ」


「ほう……ミリクにしては中々的を得た意見である」


「お主は黙っとれ。良いか、二人とも?」


 ミリク様の言葉に僕とサクラは頷く。


「それでは、今日はもう帰るがよい。そろそろ時間は深夜じゃぞ?」


「え!?」


「……忘れていたのか。この領域と地上では時間の流れに差があるのじゃ。あんまり長いすると向こうでは何日経ってるか分からんくなるぞ」


「か、帰ります!」


 のんびりし過ぎて帰ったら魔王討伐に間に合わないなんて事になったら洒落にならない。


「では、地上に帰すぞ」


「吉報を待っている。魔王如きに負けるでないぞ?」


「はい!」


「それでは、さらばじゃ」


 ミリク様のその言葉と同時に、僕二人は一瞬で地上にワープした。その日、王都に帰る頃には深夜を回っていたのだった。

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