第781話 疑似空間でいちゃつく二人

 眩い光のような温かさを感じ、僕達は眠りから覚めるように徐々に意識を覚醒させていく。


「う……」

「んん……?」


 僕とルナは互いに頭を軽く押さえながら目を開ける。すると、目の前には星々が瞬く宇宙のような空間が広がっていた。


 だが、周囲は暗いが僕らの周囲ははっきりと黙認出来る。見上げても首を横に動かしても下を向いても同じ宇宙が広がる世界。


 間違いなく、ここは次元の扉の先……神のみに許された”領域”だった。


「ここは……?」


 僕は辺りを見回すと、同じように隣でルナもキョロキョロとしているのが見えた。


「ここは神の領域って言われる場所だよ。ここに僕達が会いたい人達が居るんだ」


「ということは、ここが……?」


 ルナはそう言いながら、少し怖がりながら足を踏み出す。


「あ、歩ける……!」


「そりゃ歩けるよ……今まで立ってたわけだし……」


「で、でもこんな何処を見ても同じ風景の場所なんて初めてだよぉ……!」


 歩けると分かったルナは興味本位でその辺を歩き回る。


「わぁ……綺麗……なんか3Dのプラネタリウムみたい……」


「ここに来るときはいつも切羽詰まった時だったから考えたことも無かったけど、言われてみればそんな感じだね……」


 僕は改めて辺りを見回す。ルナの言うとおり、何処を見渡しても全く同じ景色が続くこの空間は、確かにプラネタリウムにも似ている気がする。こうしてみると中々に幻想的な光景で綺麗な場所だ。


「あーあ、スマホがあれば写真撮って永久保存確定なのに……」


「いきなり女子高生みたいなこと言い出したね……」


 僕がそう呟くと、ルナは頬を少し膨らせて何か言いたそうに僕を見つめる。


「なに……?」


「む、本当だったら今頃私は現役の女子高生だったよ。 サクライくんだってそうでしょ?」


「ん……言われてみれば、そうなのかな……?」


 異世界に来て既に二年経っている。僕がこの世界に来る前は中学三年生だったわけで、そう考えたら今の僕は本来高校二年生だということになるのだが……。


「考えたことも無かったよ」


「うー……私はドラゴンだった頃の記憶が殆ど無いから、元の世界の記憶の方が印象に残ってるんだけどなぁ……サクライくんは違うの?」


「こっちに来て本当に色々あったからなぁ……勿論、お父さんやお母さんの事は忘れた事なかったよ?」


「ふーん、じゃあ私は?」


 ルナは僕に至近距離まで近づいてきて僕を見上げるように言う。


「……も、もちろん覚えてた……よ?」


「あ、嘘だ、目が泳いでる。……私に会うまで忘れてたでしょ?」


「……………はい」


「酷い……私、サクライくんに優しくされてからずっと忘れた事ないのに……あの日の事は私にとって大事な思い出なのに……!」


「その言い方、絶対誤解を生むから止めて!?」


 傍から聞いたらまるで僕と彼女の間に何か、ひと夏の思い出的な何があったように聞こえてしまう。周囲に誰か居なくて本当に良かった。


「ぷー」


 僕がそう言うと、ルナは唇をとがらせてそっぽを向く。そして、そのまま歩いて行ってしまうので僕も慌ててその後を追う。


「ねぇ、サクライくんは元の世界に帰りたいって思ってる?」


 暫く歩いているとルナはぽつりと僕にそう尋ねてきた。僕はその質問に足を止めて彼女に振り返る。すると彼女もまた足を止めて僕を見つめていて……その瞳は不安そうに揺れていた。


「……ううん、今は思わないよ」


「……そうなの?」


 僕は彼女から視線を逸らしながら、周囲に瞬く星々を眺めて言った。


「……確かに悔いはあったよ。両親と喧嘩別れしたまま僕は死んでしまったし……」


「……」


「だけどそれも、”願いの樹”のお陰で叶えてもらえたからね……。もう二度と会えないと思ってた両親と再会できたし謝ることも出来たんだ……だからもう帰りたいと思わない」


「……本当にそれでよかったの? サクライくんは家族と一緒に元の世界に帰りたいとは思わなかったの?」


「二人の顔を見て少しも思わなかったわけじゃないよ。だけど、今はこっちの世界で、お父さんたちと同じくらい大切な人達が沢山出来た。だから、僕はもう戻ろうとは思わないよ」


「……なんか、ズルい」


 ルナはボソッとそんな事を言う。僕は彼女に視線を戻す。


「ズルいって……」


「……だって、私はドラゴンの時は記憶も曖昧で、死んだ時からずっと考え方が何も変わってないのに……。なんだか、サクライくんだけ大人になった感じ……何かズルいよ……」


 そう言って彼女はまたそっぽを向いてしまう。僕は彼女の横に立ってその横顔を見つめながら言った。


「……ルナだって、あの時とは違うよ」


「そう?」


「うん、まず名前が違うし……」


「た、確かに、今の私は『ルナ』って名乗ってるけどさぁ!」


「……椿楓(つばきかえで)の時と比べて、今はしっかり自分の意見を言えるようになったじゃん。昔は泣いているところばっかりだった気がするけど、今は全然そんな事ないでしょ?」


「……う、それは……そうなのかも……私も、成長してるのかな……?」


「してるよ、絶対」


 そう言いながら僕は彼女の頭を撫でる。


「……うん、サクライくんが言うなら信じる」


 彼女は僕の手を受け入れながら、納得するように言った。


「……はぁ、なんだか甘々な雰囲気じゃのう……」


「!!」

「!!」


 その時、僕達の背後から女性の声が聞こえた。振り向くと、そこには露出の多い衣装を羽織った褐色肌の女性と、和風の衣装を身に纏った長い黒髪の日本的美人の女性の二人。


 僕達がここに来た目的の人物だ。


「ミリク様、それにイリスティリア様も一緒なんですね」


「え、この人達が?」


 ルナは目の前の二人とは初対面だ。


「うん、褐色肌の女の人が、”大地の女神”ミリク様。巫女風の衣装の黒髪の綺麗な人が”風の女神”イリスティリア様だよ」


「凄い……神様って本当に居たんだね……」


 ルナは女神達の登場に少し緊張している。僕はそんな彼女を安心させるように、彼女の手を握りしめる。


「お久しぶりです、ミリク様、イリスティリア様」


「うむうむ、久しいの。レイよ」


「無事、目的を達してカレンを救出出来たようだの。それでこそ勇者……我らも知恵を貸した甲斐があったわ」


 イリスティリア様は扇子を取り出して自分を扇ぎながら言う。


「ミリク様、お身体は大丈夫ですか? 僕達が本来受け持つはずの<呪い>をミリク様が代わりに取り込んでくれたんですよね。お陰で僕やカレンさんが無事で済みましたが、ミリク様は……?」


「なっはっはっは! 見ての通りじゃよ! 女神にとって呪いなど、その辺の蚊に刺されたようなもんじゃ!」


「よかったぁ……」


 僕はその言葉通り、健康そうなミリク様を見て胸を撫でおろす。しかし、そんなミリク様をイリスティリア様は変な目で見つめていた。


「それよりもレイよ。その娘は? 以前にここに訪れた時は、そのような娘は知らんだぞ?」


 イリスティリア様はそう言ってルナを見つめる。


「あ、紹介遅れました。この子は……ルナです」

「よ、よろしくお願いします!」


 ルナはピーンと背中を張ってお辞儀する。


「……ルナ?」


「ええと、本来の名前は別にあるんですが……」


「記憶が色々ゴチャゴチャになってから人間の姿に戻れたので、心機一転……的な感じで、名前を変えることにしたんです!」


 ルナはそう言って緊張気味に話す。


「記憶が……ふむ……少し良いか?」


 そう言って、イリスティリア様はルナの頭に軽く手を当てる。


「あ、あの……?」


「静かに……少し、記憶を探っておるだけの事よ……………なるほど、そういう事か」


 イリスティリア様は納得した様子でルナの頭から手を離し後ろに下がる。


「イリスティリアよ、何か分かったのか?」


「うむ、こやつ、”雷龍”じゃ」


「……なぬ!?」


 ミリク様が鋭い目をルナを見つめる。


「う……」


 思わずルナはその視線に怯えてしまい、僕は彼女を庇うようにミリク様の前に出る。


「ミリク様、ルナが怖がってます!」


「……す、すまぬ……しかし、我らが生み出した”雷龍”の気配がいつのやら消えたと思ったら、まさか人間の姿に転生しなおしていたとは……」


「……神にも予想出来ぬ事態というのは、いつの世もあるというもの。本来、世界の危機の時のみに目覚める雷龍が、誤作動を起こし始めていた時から、このようなエラーが起きることは予想しておった。……のぅ、ルナよ。お主、雷龍の時の事をどの程度覚えておるかのう?」


 イリスティリア様にそう問われて、ルナは困惑しながら答える。


「ええと……正直、サクライくんと会った時以外の事は殆ど……ずっと悪夢の中に閉じ込められていたみたいで……」


「……そうか……雷龍は本来、人格など存在せぬ。それが間違って人間の魂が入り込んでしまったせいで、お主を苦しめてしまう結果となってしまったようだ……今、ここに詫びよう……済まなかった……」


 イリスティリア様はそう言って、ルナに向かって頭を下げた。


「い、いえ! 神様にそんな……!」


「……だが、それでお主の折角の二度目の人生を狂わせてしまった……」


「……でも……怖い思いは沢山したかもしれませんけど、私はサクライくんに会えたので……それだけで、この世界にこれで良かったと思いました……だから、もう謝らないでください……」


「……!」


 イリスティリア様は驚いた様子で僕達二人を見つめる。


「……そうか、ルナとやら。お主、身なりはまだまだ子供だというのに中々に器が出来ておるな……。あい、分かった……ならば、これ以上の謝罪は止めておこう」


 イリスティリア様はそう言って目を瞑って頷いて一歩下がる。


「それで、レイよ。お主らは結局、ここに何をしに来たのじゃ?」


「あ、そうでした」


 ミリク様に尋ねられて、僕はようやく要件を思い出した。

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