第780話 帰宅した後、外出

 喫茶店での食事を終えて、僕達とフリーダム家の親子二人は店を出た。外は先程よりは晴れ間が見えており、雪も止んでいる様子だった。


「ところで親父、宿は取っているのか?」


 喫茶店を出たところで、今日はこれで解散という話になったのだが、アルフォンスさんはふと自分の父に問う。


「いや? 実は今日到着したばかりでな。今から宿を探そうと思っていたところだ」


 アドレーはそう答える。

 すると、アルフォンスさんは「やっぱりか」と呟いた。


「ん、何か問題あるのか?」


「ここ最近、陛下が人を集めたせいか何処の宿も人がいっぱいだぞ。空いている宿を探すのに苦労すると思うぜ」


 アルフォンスさんはようやく父親との会話に慣れてきたのか話し方もいつも通りに戻っていた。


「そうなのか……困ったな」


「あ、それなら僕達の宿に―――」


 僕は二人の会話に割り込んで、自分達が暮らしている宿の事を話そうとする。


  僕達の宿は陛下の計らいにより貸し切られており部屋がいくつか余っていた。そのうち一つを使ってください……と、僕は言おうとしたのだが……。


「ちょっ、待ってレイくんストップ!」


 慌てた様子の姉さんが僕を腕を掴んで止めてきた。


「どうしたの、姉さん?」


 僕が質問すると姉さんが僕の耳元で言った


「(今は息子であるアルフォンスさんに任せましょ?)」

「え?」


 僕は姉さんの言いたいことがよく分からなくて、困惑しながら二人に視線を戻す。

 すると、アルフォンスさんが何故かこちらを見てホッとしたような表情をしており、すぐにアドレ—さんの方に視線を戻して言った。


「なら、俺ら騎士団の使ってる宿舎に来ればいい。男ばかりなのはアレだが国の税金で作られてるだけあって設備が整ってるぜ。ついでに修練場も近いから退屈することもないはずだ」


「おお、それは良いな。久しぶりに手合わせでもするか」


「はは、もう歳なんだから無茶しないでくれよ、師匠?」


「なにおぅ? この剣聖と呼ばれた俺に生意気な……! よし、決めた。この後すぐに手合わせするぞ……!!」


 アドレーさんは息子に挑発されて楽しそうに言い返す。そして、二人揃って王宮の方へ足を向けて去って行った。


「……なるほど、アイツは初めから誘うつもりで居たのね。……あんな楽しそうにしちゃって、意外と可愛いところがあるじゃない」


 カレンさんはそう言って笑い、二人の背中を見送る。


「どういうこと?」


 僕はよく分からず首を傾げる。


「ふふ、レイくんもまだまだね」


 カレンさんはそう楽しそうに笑う。そして、カレンさんの言葉を補足する様に姉さんが言った。


「彼が最初に言った言葉、”探すのに苦労すると思うぜ”ってのは多分嘘じゃないかしら。本当は、自分が父親ともっと色々話をしたくて、その為に自分の宿舎に誘ったんじゃない?」


 姉さんのその言葉に、エミリアは「なるほど」と言って頷いた。


「つまり、お父さんと一緒に居たかったからああ言ったってこと?」


「そうね」


「……あの人も、そんな風に思うんだ……」


 アルフォンスさんは普段の言動や女癖の悪さで誤解されがちだが、職務に忠実で真面目な大人だ。そんな人でも、親と離れて過ごす日々に思う所があったのだろうか。


「アイツ、何だかんだで根は真面目なのかもね。女好きなのは救いようがないけど、同時に本人は女には手を出さないっていう信条を持ってるみたいだし」


「そういう所、確かにアドレーさんに似てるかも……」


 カレンさんの言葉に、僕は彼がアドレーさんに似た部分があると感じた。


「さぁ、私達も帰りましょうか」


「そうだね」


 姉さんの言葉に頷き、僕達は宿への帰路に足を向けた。


「あ、でもサクラはお仕事に行かなきゃね」

「ぎく」


 カレンさんの声にサクラちゃんが肩を震わせて足を止める。すると、サクラちゃんはカレンさんに甘えるように彼女の袖を引っ張る。


「せんぱぁーい、助けてぇ……!」


「……仕方ないわね、私も一緒に行ってあげるわ」


「本当ですか!?」


「ええ、少し待ってて」


 カレンさんはそう言って彼女の頭を撫でて、こちらを振り向く。


「そういうわけだから、私とこの子は王宮に戻るわね」


「分かったよ。それじゃあね二人とも」


「うん、またね」


「はーいばーい、です!」


 そうして僕達は二人に別れを告げて宿へ帰るのだった。


 ◆◇◆


 その後、お昼から僕とルナは王都から遠く離れたある場所に向かっていた。


「ルナ、ここで降りて」


『うん』


 竜化した彼女の背中に乗って空を見下ろしていた僕は、目的の場所を見つけて彼女に声を掛ける。


 僕の指示を受けた彼女はそのままゆっくりと地上に着地し、僕が彼女の背中から降りるとその姿を人間の姿に戻した。


 目の前にあるのはひび割れた洞窟。以前に来た時と比べて崩れない様にしっかりと舗装されており、中に入っても倒壊の危険性は無いはずだ。


 洞窟の中を覗くと、所々に燭台の灯りが見える。


「陛下にこの場所の事を伝えておいて正解だったね……さて、僕は中に入るけど、ルナは……」

「一緒に行く!」


 ルナは僕が質問する前に強く頷く。僕はクスリと笑い、彼女に頷く。


「分かった。灯りはあるけど足元に気を付けてね」


「うん」


 そして、僕はルナの手を取って、洞窟の中へと二人で入って行く。しばらく進むと開けた空間に出た。そこは他の場所と空気が若干違っており、規則正しく燭台が並べられており、以前には無かった女神を模った像が設置されていた。


「これ、誰が作ったのかな?」


「サクラちゃんが前に住んでた街に手先の器用な人が居るらしくて。陛下がその人を呼びよせて依頼したんだって。ここは神様との境界が近い場所だからってことで」


「へぇ……。私は初めて来たけど、空気が澄んでる気がするかも……」


 ルナは燭台をぐるりと囲む様に立つ女神像の前まで歩み寄り、膝をつく。


 僕も彼女と同じように膝を付いて、その女神像に向かって祈りを捧げるように軽く手を突き出して両手を合わせて目を瞑る。


 そして、二人声を揃えて言った。


「「ミリク様、イリスティリア様、僕(私)達を次元の門へ連れてってください」」


 そう言葉にすると、洞窟内の周囲に僕達の声が反響し、しばらくしてから女神像から光が溢れだした。


 ――よかろう、其方達をこちらへ案内しようぞ。


 すると、透き通るような女性の声が僕達の脳裏に響いた。次の瞬間、僕達の身体が徐々に透けていき、同時に意識が薄れていった。

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