第779話 父親と息子

 レイ達が内心バクバクしながら国王陛下とティータイム中、

 アルフォンスとアドレ—の二人は、降り積もる雪の中で静かに会話をしていた。


「本当に久しぶりだな、アルフォンス。お前が武者修行と言って家を飛び出してもう6年……見違えたぞ」


「褒め言葉として受け取っておきます……師匠」


 アルフォンスは自分の父親と話にしては随分と畏まった態度で言葉を返す。

 そんな息子の態度にアドレ—は苦笑して言った。


「今でも師匠と呼んでくれるのは嬉しいが、それはお前が未熟な時の話だ。もう今は普通に接して構わないぞ」


「そ、そうか……」


 アルフォンスは自分にそう促してくる父親の言葉に安堵するが、久しぶりに再会した父親に対してどういった態度で接するか思い悩んでいた。


 彼は6年前までこの父親から戦闘のイロハを厳しく叩き込まれていた。


 当時、もしうっかり「親父」などと声を掛けようものなら、この父親は烈火のごとく怒り狂って「師匠と呼べと言ってるだろうが!」と怒鳴りつけられたものだ。


 その厳しい教育に彼は何度も挫折して家を飛び出そうと思った事があった。だが、自分の父親がかつて”剣聖”と呼ばれたほどの偉大な人物であったことを母から幾度も聞かされていた。


 ならば、自分だってそれくらいやってやると奮い立たせて決して逃げることはしなかった。


 結果、彼は10年の月日の間ずっと父親の厳しい鍛錬を耐えきった。


 そして、今から6年前、最後の鍛錬と称して、彼は偉大な父親と真剣勝負をして―――紙一重だが、見事に勝利を収めた。


 その時、アドレ—は、地面に膝を付きながらも満足そうな表情で彼を見上げながらこう言ったのだ。


『参った、俺の完敗だ。お前のような息子を持てて俺は幸せだ』


 その言葉を聞いて、アルフォンスは全身に歓喜と震えが走った。

 だが、同時にアドレ—はこう言った。


『これからはお前の好きなように生きろ。

 だが、決して自身の名を汚す様な事はするな。お前は”剣聖アドレ—”と言われたこの俺に勝ったのだ。その事を誇りに思って立派な男として生きろ』


 そして、アドレ—は自らの愛剣である”聖剣グラム”を譲り渡した。


 息子の勝利を称えながらも、決して甘やかさず厳しい姿勢を崩さない父親の姿にアルフォンスは心を打たれた。


 そして、その出来事がきっかけで彼は父親に対して尊敬の念を抱くようになり、それまで嫌々呼んでいた呼び方だったのだが、心の底から「師匠」と呼ぶようになった。


 だというのに、目の前の父親は以前の呼び方に戻せと言ってくるのだ。


「……ええと、おや………師匠」


 元の呼び方である”親父”と言い掛けたが、随分昔はそう呼んで何度も叱られたことが頭に過り、結局は師匠と呼んでしまった。


「結局はそれか……まぁいい。お前がそう呼びたければそれでも構わんさ」


 アドレ—は苦笑しながらそう話す。


「二年前、お前が出してきた手紙を見て驚いたぞ。俺と同じように騎士団長に上り詰めたという話も驚きだが、お前が国王陛下の側近の道を選んだことも……だ。お前はどちらかというとこういった堅苦しい仕事は合わないと思っていたんだが……」


「それは、自分でも意外に思ってる……俺はアンタのように強くなろうと、剣で強くなる事ばっかり考えてた……でも、旅先で色々な人と会って……俺の力が人の役に立つなら、それもいいかなって……」


 その言葉を聞いてアドレ—は、一瞬豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべる。だが、すぐにその表情が笑いに変わる。


「ふふ……そうか、そうか……ははは! それは良い! 俺の言い付け通り、良い男になったじゃないか!!」


 そう言ってアドレ—はアルフォンスの頭をワシワシと撫でまわす。


「(……いてて、相変わらず力加減が下手だな、この人は)」


 アルフォンスは心の中でそう思いながらもされるがままに頭を撫でられる。父に褒められることがたまらなく嬉しかったのだ。


「仕事は忙しいのか、今夜、一緒に酒でも飲もう」


「―――っ! ……もちろん付き合わさせてもらうよ………親父……!!」


「お、ようやく昔の呼び方に戻ったな」


 アドレ—はそう言って笑う。


「(全く、この人は本当に不器用だな……いや、それは俺もか……)」


 アルフォンスはそう思いながらも、黙って父親の手を受け入れるのであった。


 ◆◇◆


 ――一方、レイ達の方は。


「見ろ、キミ達。アドレー殿とアルフォンス君が手を取り合って笑い合っている。どうやら満足のいく再会が出来たようだな」


 陛下はそう言って、お店の窓から外の二人の様子を伺う。


「さて、良いものが見れたことだし……私はそろそろ国務に戻るとしようか」


 陛下はそう言って座席を立つ。


「あ、じゃあ僕達も―――」


 そう言いながら僕達も席を立とうとするが、陛下はこちらに手の平を向けて言った。


「いや、キミ達はのんびり休んでてくれて構わない。まだ休暇の最中だというのに呼び出して悪かったな。ここの支払いは私が払っておくよ。ついでに外に居る彼らもここに呼んでおこう。親子の再会の次は一緒に食事と行こうじゃないか」


 そう言って陛下は店の出口に歩いていく。

 そして、緊張でガチガチに震えていた店員を掴まえて、ポケットから袋を取り出して金貨を一つまみして店員に押し付ける。


「さて、食事代はこれくらいで足りるだろうか?」


「え、え、え!!???」


 店員は手渡された金貨の量を見て目をぱちくりさせて陛下を見る。


「おや、足りなかったかい? この後、他に客を二人呼ぶつもりで、その分の食事代も足したつもりなんだが……」


「い、いえ!! 十分でございます!!」


「なら良かった。……私と一緒に店に入ってくれた彼らと、これから誘う二人は私にとって『友』と言っても良い間柄なんだ。よしなに頼むよ」


 陛下はそう言って店員の肩に手を置く。


「か、かしこまりました!!!」


「うん、いい返事だ」


 陛下は上機嫌でそう言って店の出入り口から外へ出る。そして、陛下の護衛に来ていた騎士達もそそくさと陛下の後を追って店を出ていった。


 その後、少ししてアルフォンスさんとアドレーさんが店に入ってきた。


 すると、それを見て金貨を渡された店員は二人に駆け寄る。


「い、いらっしゃいませ!! 国王陛下様のご指示でお客様のお席へご案内させて頂きますっ!!」


 と、さっきまでの緊張はどこへやら。背筋を伸ばして声をやや上ずらせながら二人を席に案内した。


「ああ、ありがとう」


 そして、二人が店員に礼を言って案内されて席に座る。その途中、アルフォンスさんがこっちに気付いてやってきた。


「おう、お前ら」


「アルフォンスさん、もう挨拶は終わったんですか」


「……やっぱり見てやがったのか……グラン陛下が機嫌良さそうに店から出てきて、『私はもう戻るが、キミ達は二人で食事でもしていってくれ。ここは私の奢りだ』とか言ってたぞ」


 アルフォンスさんはバツが悪そうな顔をして言った。すると、カレンさんと仲良く食事をしていたサクラちゃんが立ち上がって言った。


「あれー、団長? カフェで食事なんて珍しいですねぇ。ここにはお酒もおつまみもありませんよ?」


「うるせぇよ、サクラ! んなこと知ってるが、陛下に誘われたら断るわけにもいかねーだろーが!!」


「あははー、お父さんと一緒にカフェとか面白い構図ですねー」


「……お前、後で覚えてろよ。サボってた書類仕事、全部終わるまで家に帰さねぇからな!」


「うっ!?」


 アルフォンスさんの言葉にビックリして、サクラは飲みかけていたカフェをゴクリと飲み込んだかと思ったらせき込む。そんなサクラちゃんの様子にアルフォンスさんは呆れて、そのままアドレーさんが座る席の向かいへと戻っていった。


「あらあらサクラ、大丈夫?」


 カレンさんはせき込むサクラちゃんの背中を摩ってハンカチを取り出して彼女の口元を拭く。


「ううー、せんぱーい、どうしよー、この後、私帰してもらえませーん」


「ふふ、サクラ? 仕事サボってたから自業自得よ?」


 カレンさんはニッコリ笑顔で言った。


「そ、そんなー。先輩、手伝ってー?」


「だーめ♪」


 そう言ってカレンさんは、サクラちゃんの頭を優しく撫でる。その後、サクラちゃんはやけ食いをし始めて、僕達は苦笑するのだった。

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