第778話 保護者面談

 グラン国王陛下の演説で奮起した冒険者達。


「では皆の者、魔王軍との決戦までそれまでに腕を磨いてほしい。

 報酬はいくらでも払うが、キミ達が戦場で死んでしまえば払う物も払えなくなる。それまで腕を存分に磨いておいてくれ。今日から地下の闘技場の立ち入りを自由に許可する。そこで武芸者同士腕を磨くのも良し、一人で鍛錬に努めるのも自由だ。……では、解散!!」


 陛下がそう言って、冒険者や武芸者たちは広場から立ち去っていく。何人かは早速、自由に出入りを許可された闘技場に向かうらしく、そこで腕を磨くようだ。


「(最終的にお金で釣られてた人も多かった気がするんだけど、あれで良いんだろうか?)」


 僕がそんなことを思っていると、広場の高台から降りてきた国王陛下が僕の方へ向かってくる。


「やあ、久方ぶりだな。短い間ではあるが、平穏な日々を満喫出来ているかい?」


 グラン陛下はニッコリと笑って僕達に声をかける。そこで僕もハッとすると、僕達は慌てて姿勢を正して敬礼をする。隣ではアドレーさんも同じように敬礼をしていた。


 すると、陛下もアドレーさんの存在に気付く。


「……ん、そこに居る御仁は……?」


「お初にお目に掛かります、グラン国王陛下殿。俺の名前はアドレー・フリーダム申します。不肖の息子が大変お世話になっているようで……」

 アドレーさんは見た目に反して丁寧にお辞儀をしてそう返事をする。


 すると、グラン陛下は一瞬目をパチクリさせる。


「ん……御仁……今、息子と……」


「はい、先程、陛下の直属の護衛をしていた男……アルフォンス・フリーダムは俺の息子でして……何か、ご迷惑を掛けていないでしょうか?」


 すると、陛下は今までに見たことが無いような驚いた表情をする。


「なんと……まさか、御仁が彼の父だとは……。なるほど言われてみれば何処となく彼に似ている……」


「いやはや、お恥ずかしい……」


「はは、ご謙遜なさるな。貴殿の名は私でも聞いたことがある。それに彼もあの若さで我が国の騎士団長を務めているほどの実力者です。迷惑などそんな事は全くありません」


「だといいのですが……昔からアイツは酒癖と女癖が悪かったですからなぁ……少しは成長したのでしょうか……?」


「なるほど……その点は確かに私も手を焼いていましてな……」


 陛下はそう言ってアドレーさんと軽く談笑をしている。僕はその様子を見て少し驚いている。


「へ、陛下がごく普通に世間話してる……」


「ある意味貴重ね……陛下はいつも気を張ってらっしゃるから……」


 僕の呟きにカレンさんが小さく苦笑してそう言った。


「……」


 なお、そのアルフォンス当人は、遠くでじっと陛下と自分の父親が和やかに会話しているのを物陰から嫌そうな顔でひっそりと眺めて、その場に近付こうとしなかった。


 分かる、その気持ちはすごく分かるよ。僕もこんな風に自分の親と学校の先生が話し合ってると、物陰からコッソリ様子を窺いたくなるよ。


 すると和やかに話していたアドレーさんが、突然真面目な表情に戻って一歩後ろに下がって深々と頭を下げる。


「……と、申し訳ございません。立場を弁えず勝手に無駄話を」


「いや、こちらこそ申し訳ない。彼も事は買っているので思わず興が乗って喋り過ぎてしまった」


 陛下は「ははは」と爽やかな笑みを浮かべてフレンドリーな態度を取る。


「さて、このような話をしていると、彼も気になってしかたなかろう。こちらに呼ぶとしようか」


 そう言って陛下はクルリと背後を向いた。そして、こちらをじっと見つめていたアルフォンスさんと目が合ってしまう。


「うげ……!」


「そんなところで見ていないで、キミもこちらに来たまえ」


「……く」


 アルフォンスさんは、陛下に呼ばれて嫌そうにしながらこちらに向かってくる。


「お、お呼びでしょうか、陛下!」


「うむ、キミに大切なお客さんが来ているよ。アドレー殿だ、キミのお父上だろう?」


「……え、ええ……」


 アルフォンスさんは目に見えて分かるくらいに顔に脂汗を滲ませながら返事をする。


「久しぶりだな、アルフォンス」


「……し、師匠」


 ……師匠? 今、アルフォンスさんは自分の父親の事を師匠と呼んだような……?


 僕が質問しようか悩んでいると、レベッカが僕の傍にやってきて耳元でこう呟いた。


「レイ様、疑問のお気持ちは分かりますが、今は久しぶりの親子の再会でございます。質問は後でされればよいかと」


「……それもそうだね」


 僕はレベッカに言われて頷く。確かに今は二人にとっては久しぶりの親子の再会だし、それを邪魔するのは憚られるか。


「では、私もこれで……レイ君達、二人の話の邪魔をしてはいけないよ。あちらで私と話そうか」


 グラン陛下は、近くにある喫茶店を指差してそんなことを言った。


「は、はい、喜んで……!」


「では行こうか」


 グラン陛下はそう言って笑みを浮かべて、護衛を連れて喫茶店の方へ向かって行った。


「……それじゃあ、アドレーさん」


「おお、お前達、陛下に粗相がないようにな。俺はここでこのバカ息子と話をしている」


 アドレーさんの言葉に、何とも言えないな顔をするアルフォンスさんだった。僕達は二人に軽く頭を下げてから陛下の後を追った。


 ―――そして喫茶店にて。


「ふふ、こうやって店に客として入るのは久しぶりだな」


 陛下は店内の一番奥の席に座ってそう言う。僕と姉さんもそれに続くように陛下の席とテーブルを挟んで向かいの席に座る。仲間達は僕達の背後のテーブル席に座っている。


 ちなみに、彼の護衛の騎士達は席に着かずに、店の人の邪魔にならない場所に立って警護に努めていた。その様子に店の店員たちもやや緊張気味で、粗相が無いようにややギクシャクしていた。


 もしかして、国王陛下の護衛って凄く忙しい職業なんだろうか?


 同じく護衛していたはずのサクラちゃんは、普通にカレンさんの隣の席に着いてリラックスしていた。この子は普段から自由なので陛下も特に気にした様子もないようだ。カレンさんも慣れたもので、彼女の頭を撫でて仕事の労をねぎらっていた。


「さて……とりあえず何か飲みながら話をしようか」


 そう言って陛下はメニューを開いてこちらに渡す。それぞれ好きなドリンクを注文する。


「(まさか陛下と喫茶店で飲食することになるとは……)」


 護衛の人達は何も言わずにこっちを見ているが、こういうことを頻繁にやっているのだろうか。


 僕達は若干緊張しながらも注文を終えて注文したメニューが届くのを待つ。そして、店員さんが緊張の面持ちでドリンクを僕達の前に置いて去っていく。


「さて、しばしの親子の対談だ。つもる話もあるだろう。私達はゆっくり見守るとしよう」


「そ、そうですね……」


「それにしても陛下、こんな所でゆっくりしていて良いのでしょうか。国務とかお忙しいのでは?」


 僕の隣に座る姉さんは直球で質問をぶつける。


「構わないよ。当然、予定は詰まってるが、私の傍には優秀な秘書も護衛も居る。君達との話が終わってからでも十分に間に合う」


「まぁ、流石陛下」

 姉さんはそう言って慎ましく笑う。普段の姉さんより物腰が丁寧だ。


 最初の頃の対応は自分を女神だと言い張って陛下を爆笑させていたが以前よりも柔軟な対応をするようになった。色々学んだのだろう。


「……だが、そこまでのんびりするつもりはないよ。何せ、これから冒険者達に渡すための報酬の額を決定しなければならないからね。

 それに、私の仕事もまだ山積みになっている。今回の遠征が終わったらまた忙しくなることだろう」


 そう言って陛下は苦笑を浮かべた。


「だが、これから戦いに赴くキミ達の苦労に比べれば些細なものだ。私も彼らと戦場に赴くとはいえ、主な役割はあくまで後方支援、前線で戦う彼らとは苦労の質が違うからね。

 その為にも、私は彼らの戦意を高める為に最善を尽くす。まぁ、今回提示した額は少し奮発したせいで財務大臣に苦言を言われてしまったがな。私はどうも金遣いが荒いらしい」


 そう言って陛下は愉快そうに笑う。


「しかし、彼の父親が”アドレ―殿だったとは……なるほど、アルフォンス君の実力が確かなわけだ」


 その物言いに、僕は軽く疑問を覚えた。まるで、グラン陛下は、アドレーさんその人を知っているような言い方だ。


「国王陛下、もしやアドレー様の事をご存じだったのですか?」


 同じ疑問を感じたのか、レベッカが僕の背後の座席から顔だけ出して陛下に質問する。


「ああ、『ゼロタウンの地にこの人あり』と言われた歴戦の戦士だよ。”剣聖アドレー”と呼ばれるほどの剣の達人だ」


「え、そうだったんですか?」


「あの人、かなりオーラのある人だったけど、そこまでの英傑だったのね」


 僕と姉さんは陛下の言葉を聞いてかなり驚く。アドレーさんが剣聖と呼ばれるほどの凄い人だったなんて初めて知った。


 いや確かに、僕はあの人から剣の扱いを教わったけど、そこまでの人だったなんて……。


「実は僕、昔あの人に剣の手ほどきを受けて……でも、まさかそんな凄い人だとは知りませんでした」


「なるほど、ということはキミはあの御仁の弟子ということになるな」


 グラン陛下は僕の言葉にそう答え、お店の窓からアドレーさんとアルフォンスさんの様子を伺う。


「しかし、父親とその息子が同じ戦場で戦うことになってしまうとは。……このような戦争早く終わらせて平和な世にしたいものだ」


 陛下は腕を組み、やや憂いを帯びた表情をして彼らを見守っている。僕達も陛下と同じように二人の様子を見守る事にした。

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