第777話 演説

 国王陛下から久しぶりの召集命令が出た僕達一行。


 その際、アドレーさんとの久しぶりの再会を果たして懐かしんでいると、そこに国王陛下が現れて演説が始まった。


 急いで国王陛下の話を聞こうと集まった群衆に紛れるように、演説の聞こえる位置まで移動する。


「皆の者、召集に応じてくれて感謝する。改めて自己紹介をしよう。私がこの国の王であるグラン・ウェルナード・ファストゲートである」


 グラン陛下は背に羽織ったマントを靡かせながら、堂々とした姿勢で壇上からそう話す。


「さて、最後の召集となったこの日に、偶然降雪が重なってしまったことを申し訳なく思う。流石に国王といえど自然現象まで思い通りに動かす事はできん。

 だが我が国の民たちは、私の事をまるで”神様”のように崇めてくれる愛国心の強い者達も居る。有り難いことだが、私にも出来ないことがあることがこれで証明されたと言えるな」


 グラン陛下の言葉を聞いて、一部の冒険者達の笑い声が漏れる。


「……ふむ、子供のような外見でも驚かされたが、この国の王は中々にユーモアに富んだ英傑のようだな」


 アドレ—さんが感心したような声で言った。


「……ねぇねぇ、サクライくん」


 小さな声で僕に話しかけながら僕の服の袖を引っ張るルナ。


「どうしたの?」


「国王さん、突然どうしていきなりあんな話を始めたの? 真面目な話をするのに皆は呼ばれたんじゃないの?」


 ルナは演説を始める前、壇上に上がってグラン陛下が緊張感のない話をし始めた事に目を丸くしていた。確かにルナからしたら国王陛下が突然そんな話を始めた理由が分からないのも無理はない。


「……真面目な話をするからよ、ルナ」


 話を聞いていたノルンが僕達の所へトコトコと歩いてきて、僕に軽く体重を預けてそんな事を言う。


「どういうこと、ノルンちゃん?」


「ここに居る全員がこれから話すことが物騒な内容だろうということは薄々気付いてて不穏な雰囲気を纏っていた。グラン国王陛下はその空気を察して軽く緊張感を解こうとしてるの」


 ノルンの話を聞いて、僕はなるほどと思った。


 確かにこれから重大な話をするだろうという事は分かっているから、皆少し強張った表情だ。皆、武器を所持しているためやや剣呑な雰囲気も感じていた。


 兵士達が陛下の周囲を厳重に警護しているのもそれが理由だ。万一でもあり得ないこととはいえ、ここにいる腕利きの冒険者達が陛下に何かしらの危害を加えようものなら、例え陛下に傷一つ付けられなくともこの国の兵士や騎士たちが動くだろうが、そうなれば協力もあったものじゃない。


 なので陛下は最初におどけてみせてあんな話をしたのだ。


 神様という比喩を出したのは、それを敢えて自身で否定することで、対等の立場であることをアピールしているのだろう。


 話を要約すると、『私は王だがキミ達と共に肩を並べる同志だ』的な意味と解釈できる。


「さすが、ノルンだね。僕達より人の事見てるよ」


「……大したことは言ってないわ。それよりも、陛下もそろそろ真面目な話に移るみたいよ」


 そんなやり取りをしていると、グラン陛下はコホンと咳払いをする。


「……さて、これから我が国の将来を大きく左右するであろう重要な話をする」


 陛下は一度眼を閉じた後、瞼を持ち上げて話し始める。


「キミ達も知っている通り、数ヶ月前まで我が国は諸悪の根源、魔王軍と戦争状態にあった。

 だが、先月の戦いに於いて、我々に与する勇者が魔王軍に対して決定的な一打を放ち、魔王軍は一時撤退を余儀なくされた」


 陛下はそう言って、チラリと僕達の方を見る。


 その陛下の視線に釣られて何人かの冒険者がこちらに視線を向けるが、すぐに陛下に向き直る。思ったよりも注目されなかったことに僕が拍子抜けしていると、エミリアが僕に向かって言った。


「念のため認識阻害の魔法を掛けておきました。私達が変に目立つ事はありませんよ」


「助かったよ、エミリア」


 目立つ事が苦手な僕に配慮してくれたのだろう。僕は彼女に礼を言う。彼女は小さく頷き、再び僕達も陛下に視線を戻す。


「……だが、魔王軍は再び動き出した」


 陛下の言葉に、集まった冒険者達がどよめき出す。


「奴らは、勇者の手によって倒された魔王とは別の存在を新たな”魔王”として祭り上げ、それを機に再び魔物達の動きが活発化し始めている。

 あるいは勘付いていた者も居たかもしれないが、ここ一月の間、この国の兵士たちは何度もこの国に差し向けられた魔王軍の先遣隊を撃退してきた。だが、それもそろそろ限界だ……故に、こちらから攻め入ることにした」


 その言葉に、周囲は騒がしくなる。

 陛下は一呼吸置き、集まってくれた冒険者達に向かって声を張り上げる。


「ここに集まった歴戦の冒険者達、そして武芸者として名を上げてきた益荒男たちよ。キミ達は今日まで凶悪な魔物達と戦い抜いた強者だ。私は、キミ達の事を高く評価している!!」


 陛下の言葉に、周囲の冒険者達はニヤリと笑う。


「私は国王として……いや、この国を心から愛す一人の人間としてキミ達にお願いがある!!

 我らイディアルシークはこれより1週間後、この地より遠く離れた魔王軍の拠点へと赴き、今度こそ魔王軍を撃滅する!!!! その際には、是非ともキミ達の力を貸してくれないだろうか!?」


 グラン陛下は、そこで一旦声を静めて、冒険者達の顔を見る。


 騒がしかった冒険者達が一斉に静まり返っており、中には面倒な事に巻き込まれたと言わんばかりの面倒臭そうな表情で広場から離れようとする人たちの姿もあった。


 ―――だが。


「―――もし、キミ達が力を貸してくれるなら、相応の報酬を支払う事を約束しよう。私達と共に参戦してくれただけで、一人金貨五十枚だ」


 その陛下の言葉は、その場からこっそり逃げ出そうとしていた冒険者達の足を止めて振り向かせるには十分だった。


「ご、五十枚!? ……おい、国王様、それ本当か!?」


 一人の冒険者が、恐る恐るグラン陛下に問いかける。グラン陛下は「二言は言わん」と言って、指をパチリと鳴らした。


 既に準備してあったのか、陛下の後ろの控えていた兵士達がいくつもの豪華な装飾の付いた宝箱を目の前に置いて、その蓋をゆっくりと開けていく。


 するとその中には、輝かしいほどの大量の金貨と、どれほどの値段が付くかも想像できないほどの煌びやかな宝石が、ぎっしりと詰まっていた。


「……すげぇ」 

「へへ……俺、ちょっとやる気が出てきたぜ……」


 先程までの気怠げな表情が一変して、冒険者達の瞳に闘志が宿る。グラン陛下はそれを見て満足そうに頷きながら言葉を続ける。


「キミ達がこの国の勝利に貢献してくれるのなら、当然それだけの報酬を用意している。……だが」


 そこで一呼吸区切ると、陛下は広場に集まる冒険者達を見回すように見る。その威圧感に気圧されて冒険者達はゴクリと喉を鳴らす。


「あくまで”最低”金貨五十枚だ。そこから戦果を挙げてくれた猛者たちは、それの数倍。戦果に応じて更なる報酬を約束しよう!!!!」


 陛下のその言葉に、冒険者達の瞳に再び闘志が宿り始める。


「戦果に応じて更に報酬か……それはいいや」


「うおっし! こうなりゃ、やるしかないだろ!」


「よっしゃああああああああ、やるぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 グラン陛下の言葉に冒険者達が興奮しながら口々にそんな声をあげていた。


「では、我と共に参戦してくれる勇敢な若者たちよ。手を挙げて名を名乗ってくれ、それを参戦の意を示したこととする」


「「「「「「「おおーーー!!!!!」」」」」」」


 陛下がそう言うと、冒険者達は拳を振り上げて歓声をあげる。


 そして、陛下に名を呼ばれた冒険者達が前に出て武器や腕を掲げて広場の高台に立つ。その冒険者達を数えるとキリがないが、ここに集まって参戦を断った冒険者は居なかった。


「魔王軍拠点への侵攻はおよそ1週間後を予定する!それまでは英気を養いつつ、各々準備を怠らぬように!!」


 グラン陛下がそう宣言すると、周囲から今日一番の歓声が上がった。僕達はその様子に呆気に取られてしばし呆然としていた。

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