第783話 レイくん、ハメられる

 ――二日後。


 僕達は女神様二人に言われた通り、自身の得た力を確かめるために、とある場所に来ていた。


「おお、やってるやってる」


「うわぁ……絶対私、場違いだよぉ……」


 若干テンションが上がっていた僕とは反対に、ルナはテンション低めだ。

 何故、彼女がそんな様子かというと……。


「うぅー、いくら自分の能力を試すためだっていっても、こんな……闘技場に来ることになるなんてぇ……!」


「まぁまぁ……」


 そう、僕達は今、闘技場に訪れていた。僕とルナは女神様に封印されていた力を解放されたのだが、未だにその力をはっきり掴めていなかった。


 ならば、実戦を通して確認をするのが早いのではないか?とエミリアに提案された結果、今、武芸者たちが己の腕を磨くために集結しているこの闘技場に来ることになったのだ。


 ちなみに提案者のエミリアも、ルナの事が心配だったため付いてきた。


「うおおおおおおおおお!!!!!」


 闘技場の中央を見ると、上半身裸の筋肉質の大男が遠吠えを上げて唸っていた。どうやら対戦相手に勝利して喜んでいるらしい。


「こ、怖いよ、サクライくん!」


「だ、だ、大丈夫だよ……あの人、ただ勝てて喜んでるだけだから……! 別に何かを威圧してるわけじゃないから……!」


「そ、それでも怖いよ……うぅ……」


 ルナはプルプル震えながら僕の服の裾を摑む。そんな僕達にエミリアが話しかける。


「ルナはともかく……レイは未だにあれくらいで怖がってるんですか……?」


「こ、怖がってないよ、別に……!?」


「ルナと同じく縮こまってて、全く説得力ないのですが……」


 エミリアは呆れたような話す。


「だって、あんな大男が叫んでたら誰でも驚くよ!」


 僕はそう言い返しながら闘技場の男に視線を戻す。どうやら次の対戦相手が現れて再び向き合って戦いを始めたようだ。


「……ふむ、特に順番にルールがあるわけじゃなくて自由に戦っているフリーバトルのようですね。レイも挑んでみては?」


「絶対断る」


 僕は即答する。


「……ここに来た意味がないじゃないですか、全く」


 エミリアは呆れたようにそう言いながら、観客席に座ってる見物客の男性の一人に声を掛ける。


「失礼、あの闘技場で戦ってる大男は強いんですか?」


「あん? アンタは?」


 その男性は他の見物客と何か話していたようだが、エミリアは遠慮くなく質問する。


「いや、ただの見学者ですよ。……というか、何やってるんです?」


 エミリアは男が持っていた白い紙に視線を向ける。どうやら紙には細かい数字がいくつも書かれているようだ。


「ああ、ちょっとした賭けだよ。あの大男、今八連勝中でさ。十連勝まで行けるかどうかってな」


「なるほど……」


 エミリアが視線を戻すと、大男は相手の剣を弾き飛ばして相手を切り伏せた。決着がつくのは一瞬だった。


「うおお!! いいぞー!!」


「すげーぞ、次も勝てよーーー!!」


 観戦していた男性たちがそれぞれ歓声を上げる。その歓声を聞いた大男は拳を突き上げて雄叫びを上げたのだった。


 だが反面、男が勝ち続けると顔を青くして情けない声を上げる客たちも居た。


「くそっ、ヤバいな。アイツ、マジで十連勝いっちまいそうだ!!」


「お願いだ、負けてくれ!! 次に負けてくれないと掛け金の金貨五枚が……!!」


 そんな様子を見て、エミリアと話す男はニヤリと笑って呟く。


「……これで九連勝か。いいぞ、十連勝まで勝ち進むと予想してた奴は少ないから、お陰でこっちはぼろ儲けできそうだ……!」


「もしかして、アナタが賭けの主催ですか?」


「おう、そうだ。だが今から賭けるのは無しだぜ、どう考えても十連勝確定の状態だからな。これ以上、賭けの人数が増えると配当分が減っちまうだけだ」


「……へー。ちなみに、あの男が負けたらどうなるんです?」


 エミリアは何故か声を低くして、男にそんな質問をする。


 ……なんだろう、凄く嫌な予感がしてきた。


「ああ? そりゃ、あの大男が負けたら十連勝失敗ってことになる。何人か賭けてるから俺の取り分が減っちまうな」


「ほー、良い事聞きました」


 エミリアはそう言いながら何故かこっちを振り返り、ニヤリと笑う。


「……え、エミリア?」


 僕に謎のスマイルを向けるエミリアに対してうすら寒さを感じた僕は彼女に声を掛けるが、エミリアは僕を無視して再び男に声を掛ける。


「すみません、”十連勝達成”ではなくて、”九連勝で敗退”という賭けは出来ますか?」


「……はぁ? まぁ、出来なくはねぇけどよ。あの大男の強さはアンタも見ただろ? 誰も勝てねぇって」


 男はそう言いながら闘技場に視線を向ける。試合はどうやらまだ始まっていないようで、周囲の参加者たちは大男の強さにビビッて足がすくんで名乗りを上げることに躊躇しているようだ。


「どうしたああああああ!!次の相手はどこだぁぁぁぁぁ!!!俺がぶっとばしてやるぅぅぅぅ!!!!」


 大男は闘技場の真ん中に仁王立ちして大声を上げる。


「あの調子なら、次も余裕で勝ちそうだな」


「違いねぇ!」


 そう言って男たちが笑う。しかし……。


「では、私、今からあの男が”九連勝で敗退”に手持ちの全財産を賭けます。ほら、金貨三十枚です。受け取ってください」


「はぁ!?」


 男は気が抜けたような声を出し、エミリアは懐に入れていた金貨袋を男にポンと手渡す。


「どうしたんです、受け取ってくれないんですか?」


「い、いや……アンタ正気か? この状況でそんな分の悪い賭けをするなんて……」


「受け取らないんですか?」


「……後悔しねぇんだな?」


「しませんよ」


 男はエミリアの不気味な笑顔に、ゴクリと唾を飲み込みながら金貨を受け取る。そして、闘技場の司会者に向かって大声で叫ぶ。


「お、おい!! 賭けは成立だ! 次の挑戦者はいるか!?」


 その声と同時に再び歓声が上がる。すると、エミリアはこっちに向いて笑った。


 ……あっ(察し)。


「次の挑戦者は私が指名します!! レイ、出番ですよーー!!!」


「やっぱり僕かぁぁぁぁぁ!」


「サ、サクライくん!?」


 僕はエミリアに背中を押されながら、嫌々闘技場の真ん中に向かったのだった……。


 ◆◇◆


「おい!ガキが挑戦するらしいぞ!」


「相手は誰だ!?」


 僕が闘技場の中央に向かうと、見物客たちがどよめきの声を上げた。そんな声を出来るだけ無視して中央に立つと、大男もニヤリと笑う。


「よ、よろしくお願いします……」


 僕はなるべく緊張を隠すように穏やかな笑みを浮かべて挨拶をする。


「なんだアイツ、ヘラヘラしやがって!」


「弱そうだなぁ……あんなのが十人目に出てきても盛り上がらねーよ」


「おーい、筋肉ダルマ。そんなモヤシとっとと潰しちまえよ」


 僕が挨拶すると、見物客から野次が飛んでくる。


「(アウェイにも程がある……)」


 どうやら観客は誰も僕が勝つとは思っていないらしい。だが、それも当然だろう。


 僕の体格は成人男性よりも低身長で、一応鍛えているのに筋肉が全然目立たずに見た目も細くてヒョロヒョロだ。


 一方、大男は、僕の倍近い身長で鍛え抜かれ過ぎて膨張しまくった肉体と大きな大剣を持っている。こうして向かい合うと子供と大人どころか、まるで猫とライオンくらいの差だ。


「(……でも、変だな。流石に誰も僕の事を知らないって事は無いはずなんだけど……)」


 一応、僕はこの王都ではそこそこ有名人の部類だ。


 全員知ってるわけじゃないが、それでも街の人には”勇者”だとか”大英雄”だとか”騎士様”とかそれなりに知名度があるはずなんだけど……。


「ね……ねぇエミリアちゃん。なんで他の人はサクライくんの事に全然気付かないの?」


「<認識阻害>の魔法を使っておいたんです。レイの事をよほど知っている人物じゃない限り、正体がバレることはないですよ」


「ま、魔法って便利だね……さ、サクライくん頑張ってー!!」


 僕が闘技場で戦う事になったからか、エミリアとルナは最前列の観客席で僕を見守っていた。


「(なるほど、そういう事か)」


 ”認識阻害”の魔法は確か、姿を消すとかじゃなくて周囲に認識されにくくなる魔法だった。


 実際、この闘技場に入ってから僕の事を勇者だのと言ってくる奴は一人も居なかったし、ルナとエミリアが来た時だって誰も気付かない様子だった。


 僕がホッとしていると目の前の大男が話しかけてきた。


「おい」


「え、何でしょうか?」


「……お前、相当な強いだろ」


「!!」


 認識阻害が効いていない!?


「俺を侮るんじゃねえよ。確かに見た感じ貧弱に見えるが、お前から感じる何かが俺に『コイツはヤベェ奴だ、油断したら速攻やられるぞ』って頭の中で警告を出すんだよ」


 大男はニヤリと笑って語る。どうやら魔法はちゃんと効いているようだ。だが、目の前の男の脳だけが僕の事を”ヤバイ奴”と認識しているらしい。


 ……つまり、それが分かるって事はこの人は本物の実力者だ。


「お前が何処の誰かは分からねぇが、ブッ倒し甲斐のある奴ってのは理解出来た。なら、油断せず最初からコイツ大剣の一撃で決めさせてもらうぜぇぇぇ!!」


 大男は吠えながら、僕に目掛けて大剣を振り下ろしてくる。


「……っ!!」


 何の工夫も技量も感じないただの振り下ろし攻撃。


 だけど、その圧倒的な筋力と腕の長さから繰り出されるその愚直な大剣の一撃は、凄まじいほどの圧力と速度を以って僕の目前に迫ってくる。


 回避出来なければ即死、掠ったとしても大怪我は免れない。そして、僕はまだ剣すら構えてない状態だ。


 つまり、防御すら不可能―――だったはずなのだが……。


 次の瞬間、僕は防御することは諦めて最速で足を動かして大男の懐に入り込む。


「!?」


 そして大剣が完全に振り下ろされる前に、僕は走りながら自身の鞘から剣を滑らせるように引き抜く。そのままの勢いで大男の側面を横切ると同時に剣を薙ぐ。


「……あ、……い、今……何を………っ!!」


 僕の後ろで大男がそう呟くと同時に、大男の身体がグラッと揺れて、そのままズシンと倒れた。僕が剣を鞘に戻して後ろを振り返ると、男は大の字に倒れており白目を剥いて完全に気絶をしていた。


 怪我は……薙ぎ払った横腹が腫れあがっているが、血は出ていないようだ。


「―――咄嗟の状況だったので少し難しかったですが、手加減しておきました。死ぬことはないと思います」


 僕が大男に向かってそう言うと、周りから拍手と歓声が上がった。


「なんだアイツ! あんなデカブツ相手に勝てるのかよ!?」


「いつの間に後ろに回ってたんだ? 全然動きが見えなかったぞ」


「つか剣すら構えてなかったような……」


「あのチビ……何者だ?」


「すっげぇ……!! あの強さなら、絶対次の闘技大会の優勝はアイツだな!!」

 

 そんな歓声を聞きながら、僕は今の戦いの感触に不思議な感覚を覚えていた。


「(……なんだ、今の? 頭の中のイメージと実際の自分の動きが完全に一致してた……?)」


 本来、剣を構えて攻撃を繰り出す動作というものは、頭の中のイメージと実際の動きを完全に再現するのは難しい。


 それはイメージの中で出来る動きというものは、物質に掛かる抵抗まで計算するのが非常に難しいためだ。


 例えば、足捌きや踏み込みは、実際に足を地面に付けてイメージしないとズレが生じる。だけど、さっきの僕の動きは頭の中の一連の動作が完全に再現出来た。


 それはつまり、自身の脳から身体に送られる命令伝達が一瞬未満の速度で、僅かなブレも存在せず理想の動きで行なわれたという事だ。


「(まさか、これが解放された勇者の力……?)」


 勇者の力というにしては地味に思えるが、この能力は規格外のモノだ。要するに今の僕は物事を一瞬でイメージ出来る上に物凄く”反射神経が良い”のだ。


 しかも僕の力加減も完璧になっているようで、大男の怪我の度合いも最小限に済ませることが出来た。これなら、例え刃の付いた剣で斬ったとしても、峰打ちのように無傷に抑えることも可能だろう。


「……でも、やっぱ地味なような……」

 

 100%まで勇者の力が解放されたと聞いて、内心ワクワクしてたのだが……。僕が若干ガッカリしていると、観客席の方で声が聞こえた。



「ば、バカな……あの男が負けただと……? アイツは、A級冒険者だぞ?」


 エミリアと賭けをしていた男は、ワナワナと肩を震わせ、自身が手に持っていた紙を客席の下に落っことす。


 そんな男を見て、エミリアは淡々とした声で言った。


「どうやら賭けは私の勝ちのようですね。配当金を頂きましょうか? 金貨三十枚賭けたのですから、当然相応の額が貰えるんですよね?」


「ぐ………ち、ちくしょう!!」


 男はエミリアに怒りの表情を向けながらも、自身の金貨袋から金貨の束を取り出してエミリアに押し付ける。


 エミリアは男の形相を見ても一切気に留めず、受け取った金貨の数を数え始める。


「ひぃ、ふぅ、みぃ…………ふむ、私が賭けた金貨の三倍の九十枚はありますね……」


「くそ……! 折角大勝ち出来ると思ったのに……これじゃあ実入りが……!」


 男は本当に悔しかったらしく、自身の目の前の椅子を蹴り飛ばし、痛かったのかすぐに自分の足を擦っていた。


「……ふむ、それじゃあここからは私が仕切るとしましょうか」


「……は?」


「(……は?)」


 男の疑問の声と、僕の心の声がハモった。エミリアはいきなり何を言いだすのだろうか。


「それじゃあ、次はレイが三十連勝できるかどうか賭けましょう。勿論私は勝つと予想しますが、配当はどうしますか?」


「ちょ、エミリア!?」


 僕は慌てて抗議しようとするが、エミリアは僕の抗議を聞こうともせずさらに続ける。


「では、レイが勝利出来た場合は配当金は何倍にします?」


「お……おい! まて、何を勝手に!!」


「ちょっと待てぇ!」


 僕と男は同時に声を上げる。だが、エミリアはそれを気にも留めず続ける。


「おや、貴方も儲けられるチャンスでは? 何処で連勝が止まるか賭けになりませんかね?」


「……た、確かに……。良いぜ、乗ってやるよ!」


 そんなエミリアの突然の提案に、男は乗り気でエミリアは金貨を机の上に置き始める。そして、エミリアは僕に大声で言った。


「レーーーイ!! 期待しますからねぇぇーーー!!!」


「ふ・ざ・け・る・なーーーーーー!!!!」


 僕の怒りの叫びは、闘技場に虚しく響くのだった……。

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