第816話 愛ゆえに

【三人称視点:ベルフラウ】


 レイが魔導船から飛び出した直後———


「レイくん!!」


「レイ様、お一人では……!!」

 

 いきなり飛び出そうとするレイを止めようとした仲間達だったが、止める暇も無くレイは外に出ていってしまった。


「……どうしよう……私が臆病なせいだ……!」


「……あなたのせいじゃないわよ、ルナちゃん。怖いのは当然よ……」


「で、でも……そのせいでサクライくんは一人で……!!」


「……っ」


 レイが一人で出ていったのはおそらく彼が仲間を気遣い過ぎた結果だ。


 本来空中での集団戦を得意とするエミリアに声を掛けなかったのは、先程の連戦で疲労をしていることを考えたからだろう。


 レベッカは飛行魔法を使えないようだし、私も空は飛べるけどそもそも戦い自体がそこまで得意な方ではない。


 それでもレイが真っ先にルナに力を借りに行ったのは、この戦いで最も適していると考えたからだ。だけど彼女自身がそれを拒んでしまったために、無理強いしてしまったと彼は後悔してしまい誰にも力を借りずに出ていってしまった。彼は選択を誤った。


「……心配する事ありませんよ、ルナ。私がレイを追い掛けますから。なぁに、船底に取り付いてる変なドラゴンをぶっ潰してレイを連れ戻せばそれで解決する話です。楽勝ですよ」


 エミリアはそう言いながらルナの頭を撫でて、レイを追おうと甲板の上から飛び降りようとする。


 だが、レベッカがそれに待ったを掛ける。


「待ってください、エミリア様。エミリア様は先程の戦いでかなり消耗してしまっているのでは?」


「……否定はしませんが、この状況でレイを追えるのは私かセレナ姉くらいでしょう。レベッカだって今は動けないのでは?」


「……それはそうでございますが……」


 レベッカはエミリアの言葉に反論出来ずに口ごもる。レベッカは飛行魔法の錬度が低く、彼女どころかレイほど空中で動き回ることも出来ない。おまけに、先ほど強力な魔法を使用した反動で彼女の身体も万全とは言い難い。


「私が行ってあげたいところなんだけど、正直空中戦はあまり得意じゃないのよね……」


 カレンはそう言って手を強く握りしめる。そこにサクラが空気読まずに明るい声で手を挙げて言う。


「あ、じゃあわたしが行きますよ! とりあえずレイさんを助けてから適当にドラゴンさん達と相手にすればいいんですよね」


「サクラ、貴女は力を温存しておけって陛下に言われていたでしょう?」


「でもでも、レイさんだって陛下の忠告を聞かずに飛び出していったじゃないですか! というわけで、わたしが行きます!」


 サクラはそう言いながらエミリアと同じように上に登って行こうとする。


「――待って。エミリアちゃん、サクラちゃん」


 だが、それは最も意外な人物が止める。その人物に全員の注目が集める。


「……ルナちゃん」


 ベルフラウはその少女に視線を向けて呟く。二人を止めたのは、怯えて身動きが取れなかったルナだった。


「サクライくんに無理させてしまったのは私が原因。だから私が助けに行きます」


「無理しちゃダメよ。貴女は戦い慣れてないし、今だってまだ震えているじゃない」


「っ……それはそうだけど……でも……!」


 ベルフラウの言葉にルナは言葉を詰まらせる。


 彼女の言っていることは正しい。ルナは戦えるような性格ではないし、実際に身体も震えてしまっている。だけどここでまた何もしないでいてレイを危険な目に遭わせるのはもっと嫌だった。


「……私は、サクライくんに救われた……! だから、今度は……私がサクライくんを!!」


 震える声で強い意思を示す少女は、そのまま船の外に身を乗り出し―――


「ルナちゃん!!」


 彼女を止めようとベルフラウは走り出して手を伸ばす。だが、あと一歩の所でベルフラウの手はルナの手を掴むことは出来ず、ルナの身体は魔導船から落下してしまう。


「っ! ルナちゃん!!」


 ベルフラウは反射的に自分も船から飛び降りて、落ちていくルナの身体を掴もうとするが―――


『<竜化>』


 その瞬間、ルナの身体が輝いて巨大な竜の姿へと変貌する。その魔法の勢いのせいかベルフラウの身体は上に吹き飛ばされ、魔導船の甲板へと押し戻されてしまった。


「……ルナちゃん、そこまでレイ君の事を……」


 ベルフラウが魔導船の外を見て呆然としていると、カレンがベルフラウに手を差し伸べる。


「……あの子に任せましょう。大丈夫ですよベルフラウさん。レイ君は強いし、ルナちゃんも思いの強さならきっとレイ君にも負けてないわ。きっと、二人とも無事に戻ってくる」


「……そうですね」


 ベルフラウはカレンの手を取って立ち上がると、不安気な表情で空を見上げた。上空は暗雲に包まれており、これからの自分達の行く先の不安定さを示しているように見えた。


「……ところでノルンちゃん何処行ったの?」


 ベルフラウはさっきからそれがずっと気になっていたのだが、言うタイミングが無かったため今になってしまった。


「疲れたからって船室で寝てますよ」


「こ、これだけ騒いでて寝てるの……?」


 あの子の図太さは相当なものだと感心するベルフラウだった。

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