第980話 VS不審者

 レイが逃げるようにレベッカをお嬢様抱っこして飛び出し、二人をストーキングしていた仲間達は置いて行かれてしまった。


「あー……逃げられちゃったわね」


 カレンは二人が逃げて行った方を残念そうに見ている。


「もう、ベルフラウが前のめりで飛び出そうとするからバレちゃったじゃないですか!」


「な、なによぉ……皆が後ろから私と押してきたのが理由でしょう?」


「だ、だってベルフラウさんが前に居るせいでサクライくん達の姿がよく見えなかったし……」


 ベルフラウの言葉にルナがちょっとムッとした様子で返す。


「……というより、レイの方は割と最初の方から気付いてたように見えたけどね」


「え、そうだったの。ノルンちゃん?」


「……『折角気付かないふりをしてたのに』って言ってたでしょ、あの子」


「あ、言われてみれば」


「で、どうします? レイに念押しされちゃいましたが」


 エミリアは面倒そうな表情でベルフラウに視線を向ける。


 実際の所エミリアのベルフラウと同じく二人の事が気になっているのだが、一度尾行を見破られた以上難しいだろう。


「う、うぅ……でも……」


「……これ以上お節介を焼くとレイに本気で怒られちゃうかもしれないわよ」


「わ、分かったわよ……。もう止めにするわよ……」


 ベルフラウはしょんぼりと項垂れながら仲間達に付いて行くのであった。


「……ふぅ」


 そんなベルフラウ達の様子を遠くから見ていたエミリアは小さく息を吐くのだった。そしてその場から動こうとしないカレンに声を掛ける。


「カレン、私たちも帰りましょう」


「そうね。留守番させてるリーサとアカメにも悪いし、そろそろ行きましょう」


 カレンは頷いて二人も仲間の後を追おうとするのだが……。


「……」


 カレンはピタリと足を止めて背後を振り返る。


「カレン?」


「……ちょっと外の空気を吸いたくなっちゃったわ。先に帰ってて」


「……良いですけど」


 エミリアはカレンの言葉に訝しみながらも、「分かりました」とだけ言って立ち去る。


 そして一人残ったカレンは皆が立ち去った後、腰に掛けていた剣を抜く。


「……さっきから覗いている事に気付いているわ。出て来なさい」


 ゾッとするほどに冷たい声色でそう告げるカレン。


 しかし、周囲には草木が風で揺れる音と遠くの滝が流れる音以外何も聞こえない。


 カレンはしばら微動だにせずに様子を伺い、剣を掴む手を一瞬だけ動かす。


 するとカレンの前方10メートル先の草むらが僅かに揺れると、その先端が鋭利な刃物で切断されたように地面に落ちる。


「……警告はした。これ以上時間を無駄にするなら攻撃を仕掛けるわ」


 無慈悲なカレンの言葉に、草むらは再び沈黙する。


 その数秒後、カレンが叩き切った箇所の草むらから一人の女性が現れた。


 周囲が暗いせいでカレンはその女性の素顔が分からなかったが、眼鏡を掛けた金髪の女性だった。


 女性は長い髪を後ろで纏めてポニーテールのようにしており、眼鏡の奥の瞳はカレンを真っ直ぐ見据えている。


「……」


 女性は無言でこちらを睨みつけてくるが、カレンはそれを意に介さず剣を構え直す。


「……見ない顔……初対面ね。名を名乗りなさい」


 カレンは油断せずに女を睨みつけて詰問する。女性は眼鏡をクイッと掛け直してから口を開く。しかし、彼女が口にした言葉はカレンの質問に答えるものではなかった。


「――カレン・フレイド・ルミナリア。

 気配を消したつもりだったのだけど、それでも私の事に容易く気付く辺り、ただの人間では無さそうね。なるほど、あの子と一緒に行動を共にしているだけある……興味深いわ」


「――っ」


 質問をはぐらかされたばかりか、目の前の女はカレンのフルネームを口にして意味の分からない言葉を口にする。


 カレンは舌打ちをして剣を構え直して目の前の女を威圧する。しかし女はまるで気遣うような声色で言った。


「――そう怖い顔をしないで、綺麗な顔が台無しよ。

 別に私は貴女に敵対するつもりはない。たまたま監視対象があなた達と被っただけに過ぎないわ。ここはお互いに見なかったことにしない?」


「ふざけた事を言わないで。私がこのまま不審なアンタを放っておくと思う?」


 カレンは目の前の女に対して警戒心を緩めず、剣を構えたままでそう返す。


 カレンは考える。


 目の前の女の正体は分からない。しかし初対面にも関わらず自分のフルネームを知っている時点で自分にとって十分警戒に値する。


 更にこの女は先程『監視対象』と口にした。それが誰を指しているかは今のところ判断が付かないが、おそらくレイとレベッカの事に違いない。


 こちらの質問に答えず、身元を明かそうともしないこの女が怪しくない筈が無い。本人は敵対するつもりはない、などと言っているがその言葉も信用に値しない。


 カレンは目の前の女を敵として認識する事にした。

 そして、いつでも斬り掛かれるよう剣を僅かに振り上げる。


 謎の女はカレンの敵意を感じたのか、一歩後ろに退こうとする。


 その瞬間――


「――っ!」


 カレンは疾風を想起させる速度で謎の女との間合いを詰め、剣を振り下ろす。


 それはまさに一瞬の出来事。カレンが剣を振り上げた次の瞬間には振り終えていたのだから。


 しかし、女はそれを僅かに体を捻ってたと思うと、次の瞬間にはその姿を消していた。


「――なっ……?」


 カレンは突然消えた謎の女に驚愕するが、すぐに冷静になって気配を探る。


 しかし、謎の女の気配は周囲に一切感じられなかった。


「(……どういうこと? 私の<心眼>を以ってしても気配を探れないなんて……)」


 レイとレベッカの同技能の技量には少々劣るが、それでもカレンの<心眼>は対象を絞れば自身を中心とした半径50メートル以内の生物の気配を感じ取ることが出来る。複数の気配を同時に感知するのは難しいが、それでも対象を絞れば高速で動く相手すら正確に感知可能だ。


 しかし、謎の女が突如として消えたと同時にその気配も消えてしまったのだ。


 それはつまり、自分を超える技量を持つ戦士が気配を消してこちらの<心眼>を無効化しているか……。


 あるいは、認識できないほど一瞬で遠くに移動したという事になる。


「(そんな芸当、それこそ一瞬で空間を移動しない限り――)」


 と、そこまで考えてカレンはハッとする。


「まさか……空間転移?」


 そう口にしてカレンは首を横に振る。


「(……いや、空間転移は普通の人間には出来ないし、そんなわけないか……)」


 カレンは自分の考えが間違っていると納得させる。

 そして一息付くと剣を鞘に納める。


「あの女が何者かは分からないけど、放っておくのは危ないわね。一旦戻って仲間と相談するしかないか……」


 カレンはそう考えて足早にその場を後にして仲間達の元へ急ぐのだった。

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