第979話 デート

 その頃、レイとレベッカは手を繫ぎながら村の中を散策し、西にある湖へと向かっていた。


「……着いた」


 レイはレベッカと手を繫いだまま、湖の畔までやって来る。湖の水面には夜空に浮かぶ星空が鏡のように反射し、月光によって湖は青く輝いていた。


「歩き回って少し足が疲れたし、少しここで休憩しようか」

「……はい」


 レイが彼女にそう声を掛けると、レベッカは頬を赤らめて頷く。


 レイは地面に敷く為の布をバッグから取り出し、それを芝生の上に広げるとレベッカを誘う。


 そして二人は靴を脱いで広げた布の上に腰掛けて、そのまま寄り寄り添い合って湖を静かに見つめる。


「……」「……」


 レベッカはその光景の美しさに見惚れていたが、ふと隣に座るレイの横顔を見る。彼の瞳には月夜に照らされた湖の光景が映っていた。


 ……彼に好意を抱く女性は何人もいる。


 義理の姉のベルフラウを筆頭に、自身の親友であるエミリア、彼も自身も尊敬する存在のカレン。彼の唯一の郷友であるルナに、見た目と裏腹に聡明で理知的な雰囲気を持つノルン。


 今回の旅行には参加していないものの、彼と同格の勇者であるサクラ。果たして彼女に恋愛感情があるかは置いておくとしても非常に仲が良かった。


 それに彼の生徒たちは大体彼に好意を寄せているし、今では彼の実妹のアカメの事もある。


「……」


 レベッカはそんな光景を想像して、胸が締め付けられるような思いになる。


 今まで彼の方から誰か他の女性を誘うような事が殆ど無かった。だからこうして自分デートに誘ってくれたのはとても嬉しい。


 誘われた時は心臓が跳びはねるほどの衝撃と、彼が自分を選んでくれたという嬉しさが込み上げてきて、こうして寄り添っている今は、彼と触れ合っている箇所が熱を持ち、自身の心臓の鼓動が早くなる。


 きっと彼にも自身の鼓動が伝わっているだろう。

 ずっと繋いだ手も汗ばんでいて、気持ち悪く思われていないか心配だった。


「(わたくし、こんなに緊張していたんですね……)」


 彼とのデートが始まってからというもの、ずっと胸の高鳴りが収まらない。でも同時にこの時間がいつまでも続けばいいなとも思っていた。


 しかし、ここでレベッカの小さな胸に僅かな疑問が浮かぶ。


「(何故、レイ様はわたくしを……)」


 何故、彼が自分を誘ったのか。

 彼は自分のことを少なからず想ってくれているとは思う。

 ただ、それは異性としての感情なのだろうか?


 15にもなってこんな幼児のような未熟な身で彼を射止めることが出来たとは思えない。


 いや、彼が見た目だけで女性を判断するような人物ではない事は分かっている。


 出会った頃から彼は優しかった。


 それだけではなく、まるで自分の事を実の妹のように可愛がってくれた。


 泣きじゃくる自分を抱きしめて慰めてくれたことも、命を救ってくれたことも一度や二度ではない。


 そんな彼だからこそ自分は彼にずっと惹かれていた。


 だが、彼の優しさは常に自分だけに向けられていたものではない。


 付き合いが長くなったことで分かったことだが、彼の好意はどちらかといえば家族としての愛情に近いものだ。


 誰か一人に向けられる想いではなく自分を含めた全員に対しての情愛。まるで家族のような無償の愛、それは彼の傍でずっと見てきたから分かる。



「レイ様」

「ん……なに、レベッカ?」


 思い切って彼に問いかけるレベッカ。彼は首を傾けてこちらを振り向く。


 月明かりに照らされたその横顔があまりにも凛々しく思えて、思わず見惚れてしまう。


 レベッカにとって彼は物語に出てくる白馬の王子様そのものだった。


 そんな恋い焦がれている彼相手だからこそ、彼の想いを疑うような言葉を口にするのは憚られた。


 だが、それでもレベッカは知りたかった。


「……何故、他でもないわたくしを――」


 と、レベッカが口にしたその時。


 背後の草むらで何か物音がした。

 レベッカとレイは気配を感じて後ろを振り向くと、そこには――


「……あ」

「……ば、ばれちゃった……」


 そこには、前回からずっとレイ達の後を追っていた仲間達が、草むらの陰から覗き込んでいた。


「み、皆様……いつの間に……」

「ああもう……折角気付かないふりをしてたのに……」


 レベッカは驚き、レイは溜息を吐いて頭を抱える。そんな二人の反応を見て仲間達は草むらから出てきて、それぞれ言い訳を始める。


「ご、ごめんなさい! でもどうしても気になっちゃって」

「あ、あの……決して覗き見をするつもりでは……」


 それぞれ謝罪をするのだが、レベッカは先程まで喉に出かかっていた言葉が引っ込んでしまい、レイの方も折角のデートで邪魔が入ったことに肩を落としていた。


「……はぁ、仕方ない。レベッカ」


 レイはレベッカから一旦手を離して立ち上がり、レベッカに声を掛ける。そして彼女の背中と足の裏に手を通して持ち上げる。


「レ、レイ様!?」


 驚くレベッカだったが、彼女は直ぐに自分がお姫様抱っこをされていることに気付いて赤面する。そんな彼女の表情を気にすることもなくレイは仲間達に告げる。


「皆、もう付いてきちゃダメだよ。僕達デート中だから」

「ちょっ」


 レイはそう言って仲間の返答を待たずに飛行魔法で空に舞い上がる。

 当然、お姫様抱っこしたレベッカも一緒に空に上がる。


「あ、あの、レイ様?」

「行こうレベッカ。まだ話の途中だもんね」

「っ!」


 そう言われてレベッカは口を噤んでしまう。


 レイは口を噤んだレベッカを見て申し訳なさそうな表情をすると更に空に舞い上がる。


 そして、そのまま村を出て夜の空へと旅立つのだった。

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