第981話 昨夜はお楽しみでしたね(偽姉ブチギレ状態)

 ベルフラウ達がストーカーを諦めて、カレンが謎の女と対峙している時、夜の空に飛び立ったの二人はというと。


「この辺ならいいかなぁ」


 レイはレベッカをお姫様抱っこしたまま飛行魔法で山を降っていき、麓まで辿り着くと飛行魔法を解除する。


「レベッカ、降りれる?」

「は、はい……!」


 自分の腕に抱えられたままのレベッカにレイがそう尋ねると、彼女は小さく頷いてレイの腕の中から降りる。


「ふぅ……」


 地面に足を付けるとレベッカは安堵の息を吐く。しかしまだ気は抜けないと軽く身だしなみを整えて周囲を確認する。


 この辺りはすでに人里から離れているので人の気配が無いはずのだが、それでも念のため警戒は怠らない。人の気配が無い代わりに魔物が出る可能性があるし、何なら誰かがこっそり付いてきている可能性もある。


「(気配は流石に無いか……)」


 完全に撒いたと確信してレイはほっと息を付く。そして、こちらをチラチラを見ているレベッカの方に向き直る。


「……」


 レイが視線を向けるとレベッカは顔を赤らめてこちらから視線を逸らす。


「(……うん、やっぱり急すぎたかな)」


 もうちょっと手順を踏むべきだったと少し反省する。


 蒼い星にも焦ってると言われてしまったし、レベッカが僕の行動に違和感を感じても仕方ない。だけどここまで来て後に引けない。


「レベッカ」

「は、はいっ!」


 レイが名前を呼ぶとレベッカはビクッと肩を震わせて返事をする。


「その……僕が急にデートに誘った事、驚いてる?」


 レイは彼女にそう問いかける。

 するとレベッカはそこでレイに向き合って上目遣いで視線を向ける。


「……はい、正直言って驚きました。レイ様がいきなりデートに誘ってくださるなんて夢にも思わなかったです」


 レベッカは頬を赤らめながらそう答える。


「……迷惑だった?」


「いえ……! ……ですが、何故わたくしを……とは今も思っております。わたくし、自分で言うのも情けないのですが、もう立派なレディにも関わらず未だにこんな未成熟な身体でございますし、両親にも未だに甘えたがる子供だと言われても否定しようがございません」


 レベッカは自分の小さな胸に手を当てながらそう言った。


「それにレイ様はどちらかといえば、わたくしの事を『妹』のように感じていた風にも思えました」

「……」


 レベッカの言葉にレイは一瞬言葉に詰まる。彼女の自分に対してのイメージは中らずと雖も遠からずといった所だからだ。


「レイ様、わたくしの目を見てくださいまし」


 レベッカはレイの傍に寄って彼の目を真っ直ぐ見つめる。ルビーのように鮮やか赤いレベッカの瞳は、レイの心の中を覗き込むように彼の黒い瞳を見つめていた。


 彼の瞳を覗いたレベッカが感じたものは……。


「……」

「……何か見える。レベッカ?」

「……っ」


 レベッカは自身の魔眼を使ってレイの感情を少しでも読み取ろうと試みる。だが、レイが何を考えているのかは分からなかった。


 以前なら魅了の魔眼を使って読み取ることも可能だったが、今のレイは確固たる意志で魔眼の魔力に抵抗していた。


 故に彼の深淵を覗きこむことが出来ずにレベッカは彼の目を覗きこんだまま微動だに出来ずにいた。


 そんな彼女の様子を知ってか知らずか、レイは彼女の小柄な肩を優しく手で支える。


「レイ様……?」


 レベッカは自分を見つめてくるレイに首を傾げてそう尋ねると、彼は優しく微笑んで肩から手を離して、今度はレベッカの手を握る。


 そして彼女にレイは言った。


「……レベッカはさ、将来の事を考えた事がある?」

「……?」


 唐突にレイにそう聞かれて、レベッカは目をパチクリと瞬かせた。


「将来の事でございますか? ……わたくし、一応神子でございますが、将来的には父上と母上の後を継いで神官になるものだと考えておりますが……。言われてみればあまり考えてはいなかったように思います」


「そっか……うん、僕もちょっと前まではそうだったよ」


 レベッカの答えにレイは頷いて夜空を見上げる。


「僕はちょっと前まで元の世界に帰りたいって思ってたんだよ。……姉さんにも言えない事だけどね」


「えっ」


「あ、勘違いしないでね。今はもう全然そんな事思ってないし完全に吹っ切れたつもりだから」


 レイはそう言って慌ててレベッカに弁解する。


「……安心しました。レイ様が何処か遠い場所に行ってしまう。などと、考えてしまうと胸が苦しくなってしまいます」


「……」


 安心した表情で言うレベッカだったが、逆にレイはその言葉を聞いて辛そうな表情をする。


「レイ様?」


「……僕もレベッカと同じ気持ちだよ。誰かが遠くに行ってしまうと想像するだけで泣きそうな気持ちになる。

 だから僕は決めた。自分が手を握った相手は絶対に離さない。何処にも行かせない。たとえ僕の我儘だとしても、道理が許してくれなかったとしても、それだけは貫き通そうって思ったんだ」


「……」


 その言葉を聞いてレベッカは、彼らしくないと思った。


 だが、同時に彼らしいとも感じる。

 彼の言葉は、彼が成長する前の出会った頃の彼そのものだったからだ。


 しかしそれと決定的に違うのは、彼が自分の我儘を全面的に押し出していることだ。


 普段謙虚な彼がここまで自分の意思を貫こうとするのは一緒に旅をしていてもそう滅多に見られるものではない。


「ねぇレベッカ。自分の事を想って泣いてくれる両親の顔を見た事ある?」


「……え?」


「僕はある。あんな風に泣いてくれる人がいるのに、遠く行ってしまった自分を親不孝者だと思ってる。でも僕はこの世界に留まることを決めてしまった。僕は両親にこれ以上何かしてあげることは出来ない。

 もしかしたら再び奇跡みたいな事が起こって会えるかもしれないけど、奇跡なんて何度も起こるものじゃないからね」


「レイ様、一体何のことを仰っておられるのですか……?」


 レベッカはレイに問いかけるが、彼はそれに答えずに話を続ける。


「だけどね、僕は分かったんだよ。

 僕の両親に無理でも、同じような辛さを抱えている人達の力になってあげられるかもしれない。

 こんなちっぽけな存在の僕でも……ううん、それも違うかもしれない。親不孝者だと自覚している僕だからこそ、今度こそ間違いは犯さない」


 レイはそう言って再びレベッカに視線を戻す。


「――レベッカ、あの時、僕にしてくれた告白を覚えてる?」

「っ」


 レイの言葉にレベッカは息を呑む。


『わたくしは、レイ様を愛しております』


 レベッカは彼に初めて想いを告げた時の事を思い出す。

 まだ心が今ほど成長していなかった頃の話だ。


「……覚えております」


「……今でも、僕の事、想ってくれてる?」


 レイはそう彼女に問いかける。

 彼女に問いかけるレイもまた顔を赤らめていた。


 そんな彼を顔を見て、レベッカはしばしの沈黙の後で意を決したように顔を上げる。


「――はい。レベッカは、レイ様の事をお慕い申し上げております」


 レベッカは、これ以上無いくらいの笑顔でそう答えた。


「僕も――キミの事を愛してる」


「レイ様……」


 レベッカは潤んだ瞳でレイを見つめる。


 そんな彼女をレイは優しく抱き寄せると、そっとその唇に口付けをした。


 彼と口づけを交わしたのは、あの時の告白から数えて二度目だった。


 互いの時間が止まったのように。


 そして、ゆっくりと唇が離れるとレイはレベッカの肩を掴み、彼女を真っすぐ見つめながら言う。


「結婚しよう、レベッカ」

「―――っ!」


 その言葉にレベッカは目を見開いた。


「……駄目、かな?」

「いえ……! その……わたくしでよろしいのでしょうか……?」


 レベッカの言葉にレイは少し困った表情を浮かべる。


「あはは……そういう言い方をされるとちょっと自信無くすかも……」


「あっ! そんなつもりは決して……! ですが……その……宜しいのですか、レイ様には他に意中の女性がおられるのでは……」


「……ええと。今、その話は……」


「いえ! 今だから言わないわけには参りません! わたくしはこれでも神子でございますし、もしわたくし達が婚姻を結ぶとなれば、それはこの村の未来を決めるほどの一大事でございます!

 最悪、この村で骨を埋めるやもしれませんし、何よりもレイ様を想う方々……特にベルフラウ様は……」


「いや、姉さんは僕が結婚しても絶対離れないって言ってたけどね……」


「……申し訳ございません。ベルフラウ様を例に挙げるのは間違いだったやもしれませんね」


 それはそれで姉さんが可哀想な気もするけど……。

 と、レイは心の中で苦笑する。


「ですが、レイ様には他にもわたくしよりも魅力的な女性のアプローチを受けているではございませんか」


「う」


「例えば、カレン様とか」


「ぐ」


「同郷の友であり、わたくしの目にも分かるほどにレイ様を慕っているルナ様」


「……そ、それは……」


「一度は関係を解消したとはいえ、お付き合いをされていたエミリア様」


「ぐはっ!」


「それに、レイ様が密かに見惚れているノルン様」


「なんでそこまで知ってるの!?」


 レベッカの鋭い指摘にレイは思わず声を上げてしまい、それを聞いた彼女はふふっと微笑む。


「レイ様、先程は全然感情を露わにしなかったというのに、今は素直でございますね」


「……あー、その……それはね」


 レイが何か言い訳をしようとしたところで、レベッカは彼の口元に指を立てて言葉を遮る。


「レイ様、どうかわたくしに猶予を下さいませ」


「え?」


 レベッカはレイから一歩離れると彼の前で恭しく礼をする。


「レイ様とわたくしの婚約の話は、この村の皆にもまだ伝えておりませんし、今ここでお返事を差し上げるわけには参りません」


「……それは保留ってこと?」


「はい。ですがわたくしの返事は既にほぼ決まっております。レイ様、少しだけお待ちくださいまし。わたくしもレイ様も、そして皆様も、皆が納得できる結末を必ず用意してみせます」


「それって……」


「ふふ……レイ様のプロポーズのお陰でわたくしの胸の内がポカポカと温かい気持ちに満たされております。

 今はこの余韻に浸っていたいですから……レイ様、もう少しだけデートを続けましょう。話の続きは村に帰った後でも遅くはありません」


「……分かった。じゃあ今日はまだまだ二人っきりでいようか」


 レベッカの提案にレイも頷き、再び二人は並んで歩き出す。


 ――二人は、深夜遅くまで二人だけの甘く蕩けるような時間を過ごした。

 ――そして、夜が明けた!

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